一男去って、また一男?! ~貴族の九男、苦難の連続~

まとめなな

第1話

 王国に名を轟かせるユーリス公爵家。その当主には九人もの息子がいた。長男は王立騎士団の頂点に君臨し、次男は大陸武術大会を制し、三男は詩歌や音楽の才能が宮廷で認められている。四男から八男もそれぞれの専門分野で頭角を現し、領内外から高い評価を受けていた。

 だが、その陰でひっそりと暮らしているのが九男ディール――病弱で魔力も弱いと診断された彼は、家族からも周囲からも「存在感の薄い末子」と見なされていた。広大な屋敷に居を構えていながら、ディールの私室は母の好意で何とか確保された離れの一室にすぎない。だが彼自身は、兄たちの華やかさに嫉妬するどころか、目立たずに暮らせるのならそれでいいと考えていた。――少なくとも、あの事件が起こるまでは。


 ある日、ユーリス家に衝撃的なニュースが飛び込む。隣国との外交任務に赴いていた**長男**が、突如として姿を消したのだ。領内や周辺部の捜索隊が出動したものの、長男の行方を示す確かな情報は得られず、現場には激しい戦闘の痕跡だけが生々しく残っていた。

 「まさか、一男が……」

 家の中心たる存在だった長男の喪失は、ユーリス家全体を揺るがす大問題となる。しかし王国の行政機構は常に動いており、次男以下の兄たちは、それぞれ担当の要職や地方管理へ散っていった。邸内は重苦しい雰囲気に包まれ、母は取り乱し、父は沈痛な表情で長男の無事を信じて祈るしかない。ディールはといえば、自室で長男を案ずる気持ちを抱きつつも「俺には何もできない」と俯くばかりだった。


 ところが、それからさほど日を置かずに**次男**にも悪夢のような出来事が起こる。捜査拠点を回っていた次男が謎の刺客に襲われ、重傷を負って帰還してきたのだ。何とか治療を試みたものの、状態は深刻で、結局意識を戻さぬまま息を引き取ってしまう。

 「一男去って、また一男……」

 この短期間に長男と次男をほぼ同時に失うという非常事態に、家の者たちは言葉を失う。父も母も深く嘆き、王国中からお悔やみの使者が訪れるほどの大事件となった。その一方で、ディールの身体には奇妙な変化が生じる。胸の奥から魔力がほんのわずかに湧き上がる感覚があり、右手の甲には見慣れない痣が浮かんでいた。まるで失われた兄たちの力を継承するかのように――。

 「……まさか、こんなことが……」

 ディールは戸惑いながらも、書庫にこもって古文書や文献を調べ始める。ユーリス家は古くから王国を支える貴族であり、多くの史料を保管していたが、その奥底に“九男”にまつわる奇妙な記述が眠っていた。曰く「魔将軍ガーデュラスを封印する際、英雄は自らの血筋にその余波を宿した」「やがて“九番目の息子”が生まれし時、血筋は再び魔を呼び寄せる器となるかもしれない」――。ディールはその文字を読み、自分の境遇とあまりに合致する内容に困惑する。しかし、確固たる証拠があるわけでもなく、家族に打ち明けても混乱を招くだけだろうと思い、しばらくは黙していた。


 だが、そんなディールに新たな試練が舞い込む。領内中央に位置する**大聖堂の地下封印**が弱まり、封印された魔物たちが活動を始めたという報告が国から届いたのだ。元来、その聖堂の管理はユーリス家の責務であり、本来ならば戦闘や魔術に長けた兄たちが対処すべきだった。ところが長男・次男は喪失、三男は王宮での調停に手を取られ、四男以下も国境警備や財務交渉で手が離せない。父は重い決断を迫られた末、ディールを派遣することで、かろうじて面目を保つことにした。

 「何かあったら即座に引き返すのだぞ、ディール……」

 父は沈んだ表情でそう言った。ディール自身も自信はなかったが、「自分を突き動かす何か」があると感じていた。奇妙な痣が疼くたびに、ほんの少しだけ魔力が増している気がするのだ。長男や次男の死と何らかの関係があるのかもしれない――その思いを抱きながら、ディールは侍女マティアと少数の騎士を伴い、大聖堂へ向かった。


 長い道のりを経て聖堂に着くと、既に地下から漂う瘴気が地上へ漏れ出していた。司祭たちは祈祷で押し留めようとしているが、封印の弱体化は明らかだった。ディールが下層へ降りていくと、そこには異形の魔物が蠢(うごめ)き、不気味な咆哮が通路に反響している。同行していた騎士たちも次々に体調を崩し、ついには戦闘不能に陥る者が相次いだ。

 「ディール様、どうかお気をつけください……!」

 マティアが青ざめた顔で呼びかける中、ディールはその場に立ち尽くす。目の前に迫る魔物たちは、生物のパーツを“継ぎ接ぎ”したような醜悪な姿。まるで地獄の怪物を寄せ集めたかのような怨嗟(えんさ)の塊に震え上がるが、その瞬間、痣が激しく熱を帯び、体内にある魔力が爆発的に跳ね上がった。

 弱々しいはずのディールが繰り出した魔法は、驚くほどの威力で魔物を焼き払い、一瞬のうちに通路を切り開いた。その反動で視界が歪み、全身の力が抜けて床に膝をつく。マティアが駆け寄り、ディールを抱きかかえる。

 「どうして、こんな力が……?」

 ディールは自問しながら、奥にある封印石の台座へ目をやる。古の文字が浮かぶ石碑には、儀式によって再封印できる旨が記されていた。意識が朦朧(もうろう)とする中で呪文をなぞり、祈りを捧げる。すると、石碑がかすかな光を放ち、狂乱していた魔物たちは次々と塵へと還っていった。

 司祭たちは歓喜し、ディールを「我らを救ってくれた恩人」と称える。だが、ディールの心は喜びよりも罪悪感に苛まれていた。長男、次男――自分の愛した兄たちが失われるたびに、なぜか自分の力が増していく現実。その残酷さをどう受け止めればいいのか、答えは見つからないままだった。


 その後、急報が入った。今度は**三男**までもが、王宮での調停中に毒を盛られ、助かる見込みがないという。駆けつけた医師団も毒の成分を特定できず、三男は帰らぬ人となった。

 「また一男……」

 自室のベッドで痣を押さえながら、ディールはむせび泣く。長男、次男、そして三男まで――彼らが逝くたびに、自分には得体の知れない魔力が流れ込んでくる。これがただの偶然なのか、あるいは“九男”に宿る呪いの力なのか。苦悩は日に日に深まるばかりだ。

 そんな折、ディールは書庫で一枚の古地図を発見する。そこには「封印の地図」と書かれ、王国北部の山岳地帯に奇妙な印がいくつも記されていた。付箋のような走り書きには、魔将軍ガーデュラスにまつわる石碑や神殿がこの地に存在する可能性が示されている。「これを確かめれば、兄たちが次々に命を落とした理由がわかるかもしれない」――そう思い立ったディールは、父や残る兄たちに相談する。

 しかし、家中は既に混乱の極みにあった。三男の死を受け、国王からは“領内安定の責務を放棄しているのではないか”と疑念を向けられ、四男以下の兄たちは政治的・軍事的対応に追われて身動きが取れない。最終的に、ディールはわずかな護衛と侍女マティアを連れ、単独で北へ向かうことを余儀なくされる。

 道中、山を越えるルートは盗賊が跋扈(ばっこ)しており、魔物の徘徊も後を絶たない。護衛は少数精鋭とはいえ、ディールの体力は限られていた。大聖堂で使った大魔法の反動か、しばしば熱を出し、ベッドに伏す日もあった。しかし、痣が疼くときだけは謎の魔力が燃え上がり、一時的に戦闘を切り抜けられるほどの力を振るえる。それが今のディールにとって唯一の頼みの綱だった。もっとも、その力はあまりにも不吉な出どころを感じさせ、「失われた兄たちの死と引き換え」と思えば胸が張り裂けそうになる。

 雪深い峠を越えた先に、目的地たる古神殿の廃墟があった。岩肌に隠されるように扉が設置され、中へ進むと、不気味なほど広大な空洞が広がっている。床には古代の紋章が散りばめられ、中央には大きな結晶が浮遊していた。血のように赤黒い光を放ち、見るだけで嫌な圧迫感を覚える。ディールが近づくと、結晶は脈打つように輝き出し、体内の痣が猛烈に痛んだ。

 「ディール様、あれは……!」

 マティアが叫ぶ隙もなく、結晶から発せられた黒い稲妻が周囲を薙ぎ払う。護衛の兵が吹き飛ばされ、悲鳴がこだまする。ディールは必死に魔力を集中し、闇属性の攻撃を放って結晶を抑えようと試みるが、相手の力は強大だった。痣の痛みが全身を焼くように走り、意識が遠のきかける。その中で、“兄たちを失うたびに宿った魔力”が奔流となり、ディールの身体を駆け巡る。

 「苦しい……でも……ここで負けたら、もっと多くの人が……!」

 ディールは悲壮な覚悟を決め、ありったけの魔力を複合魔法陣へ注ぎ込む。結晶は激しく抵抗するものの、やがて亀裂が走り、破片となって周囲に飛散し、霧散していった。

 その場に崩れ落ちたディールを、マティアが抱き起こす。廃墟に立ち込めていた黒い靄(もや)は薄れ、まるで千年の悪夢が一瞬解けたような静寂が訪れた。これは“魔将軍ガーデュラス”の力の一片だろうか。もしそうなら、兄たちの命を代償にして開花したこの魔力で、一部を封じることはできたというわけだ。しかし、それが完全なる終息なのかはわからない――ディールの胸には、不気味な不安が渦巻いていた。


 北の封印地で結晶を砕いた一行は、なんとか王都へ戻るべく山を下った。だが、帰路もまた厳しい試練の連続だった。道中で大雪に見舞われ、護衛の兵たちは疲労困憊(こんぱい)となり、一行は山あいの小さな集落で足止めされる。集落の者たちは他所者に不信感を抱きつつも、ディールたちが領内を守る貴族の一行と知ると、かろうじて宿を貸してくれた。

 「何とか温かい部屋が確保できましたね……」

 集落の宿で、マティアがほっと息をつく。外は吹雪で視界も悪く、まともに進むのは不可能だった。ディールはベッドに腰掛け、疲れ切った護衛の兵たちと共に行商人から買い取った乾燥肉を分け合う。すると、宿の主人が憔悴した表情で部屋に入ってきた。

 「もし、あなた方に余力があるなら、助けてほしいことがあるんです……」

 話によると、この集落では数日前から子供たちが次々と体調を崩し、深い眠りのまま目を覚まさなくなるという異変が起きているらしい。医師を呼びに行こうにも、この吹雪で往診に来られるとは思えない。しかも、村はずれのほうで“亡霊のような人影”を見たという噂があり、不安が広がっているのだとか。

 「我々は正直、もう国へ戻るだけで精いっぱいで……」

 護衛の兵はそう呟き、目を伏せた。彼らはディールの命を最優先で守る立場だ。このまま山を下りれば、数日で首都に戻れる見込みもある。長居すれば、また何か危険に巻き込まれるかもしれない。

 しかし、ディールは宿の主人の懸命な訴えを聞き、心が動かされた。周囲に視線を巡らせると、暖炉の灯りでかろうじて温まる子供たちの姿が目に入る。みな一様に顔色が悪く、苦しげにうなされていた。

 「わかりました。自分たちにできることがあるなら、試してみましょう」

 迷いのない口調でそう答えるディールに、兵たちは眉をひそめるが、マティアは意を汲んだようにうなずいた。

 「ディール様……確かに、子供たちを放っておけませんものね」


 翌朝、吹雪が少し収まり、外を歩ける程度になったところで、ディールとマティアは村はずれにある古い小屋を訪ねた。そこに住む老婆は村で唯一の薬草師だったが、最近は足腰が悪化し、まともに薬を調合できていないという。部屋の奥では様々な薬草が干され、埃をかぶった薬研(やげん)や道具が転がっていた。

 「ごめんよ、最近はこの通りなもんでね……」

 老婆は床に座ったまま、潰れた薬箱から少しの薬草を取り出し、ディールに手渡した。

 「これは眠り病の症状を和らげるには効くかもしれん。だが、そもそも原因が何か、はっきりしないのさ」

 老婆の指先は震えており、調合道具を扱うには難しそうだ。ディールはマティアの手を借りながら、書庫で学んだ薬学知識を思い出して薬の処方を試みる。草の粉末を一定の比率で混ぜ、溶かし、煮詰める。とはいえ、ディール自身も専門家ではなく、半ば実験のような手探り作業だった。

 ふと、ディールの手の甲の痣が微かに光を放ち、ひりりと疼く。まるで何かを警告するかのような予感に、ディールは思わず身を強張らせた。マティアが怪訝そうに眉を寄せる。

 「ディール様、痛むのですか?」

 「……うん。少しだけ。でも心配ないよ」

 実際には、心配しかない。これまで幾度となく痛んだ痣が、何らかの災厄を呼び込むかのようにタイミングを合わせていたからだ。ディールは頭を切り替え、小屋を出て村のあちこちを巡り、倒れている子供たちの様子を一人ひとり確認して回る。深く眠り込んでいるだけなら呼吸はあるが、時折うわ言のように「助けて……」と口を動かす子もいた。

 周囲を観察するうちに、ある共通点に気がついた。子供たちの枕元には、黒いすすのような粉が薄く落ちている場所が多いのだ。村人に問いただしても、いつの間にかついていたとしか言わない。ディールはその粉を少し採取し、手にこすり合わせて匂いを嗅ぐと、かすかに土気の混じった独特の刺激臭がした。

 「これは……魔力が混じってる? いや、でもどういう性質なんだろう……」

 マティアが不思議そうに粉を見つめるが、ディールにも正体がわからない。一旦宿へ戻り、薬草師から預かった薬を子供たちに飲ませて対症療法を試すことにした。薬は少しずつ効果があるようで、息遣いが安定した子が何人か出始める。とはいえ、根本的な解決には至らない。ディールは兵たちに相談し、夜の見回りを強化することにした。

 そして深夜、村の外れで奇怪な唸り声を聞いたとの報告が届く。ディールが騎士を従えて向かうと、森の入り口付近が淡い紫色の霧に覆われていた。その奥から、ぼんやりと人形のようなシルエットが揺れている。まるで亡霊か幻影のようだ。騎士の一人が剣を抜いて警戒するが、ディールは思わず制止の合図を出す。

 「ここは僕が先に行く。皆は後ろから援護して」

 魔力の波長を感じ取ったディールは、杖をかざしてゆっくりと霧の中へ足を踏み入れる。すると、そのシルエットがふっと消え、代わりに子供たちのか細い声が聞こえた気がした。背筋が寒くなる。深く息を吸い込み、痣の疼きに耐えながら霧の中心を探ると、地面にぽっかりと開いた穴が見つかった。穴の周囲には先ほどの黒いすすが付着しており、そこから魔力が立ち上っているようだ。

 「どうやら原因はこの穴の下にありそうですね……」

 マティアが近寄り、灯火をかざす。覗き込むと、朽ちた階段が下へ続いているのが見えた。何の目的で作られた通路なのか、これまで村人たちも気づいていなかったらしい。騎士が一名、ロープを固定して先に降り、合図を送る。ディールも意を決して階段を下りていく。

 地下に広がっていたのは、狭いが人工的に整えられた空間だった。壁には古代文字らしき模様が刻まれ、中央に小さな祭壇のような台座がある。その上には黒ずんだ小瓶が置かれ、かすかに紫色の光を放っていた。

 「これは……何かの呪術かもしれない」

 ディールが手を伸ばそうとした瞬間、瓶が自ら震え始め、不気味な声が地下全体にこだまする。やがて瓶の口から黒い霧が噴き出し、その場にいた騎士やマティアの足元を這(は)うように広がった。ディールは思わず跳び退り、魔法の結界を展開する。

 「っ……! また痣が……熱い……」

 ここでもまた、兄たちから継いだかのような闇の力が反応を示す。ディールは痛みに耐えながら、瓶を封じ込める魔法を模索する。しかし、瓶が放つ霧は生き物のようにうねりながら周囲を覆い、まるで“魂”を奪うかのごとく騎士の一人を昏倒させた。

 「ディール様、このままでは……!」

 マティアが叫ぶ。ディールは痣の力に意識を引っ張られながらも、かろうじて踏みとどまった。呪術に対抗するためには、陽と陰の力を融合させる必要がある――以前、書庫で読んだ複合魔法に関する一節が脳裏をよぎる。自分の持つ闇属性に、この地下に漂う微弱な“自然の光”を掛け合わせれば、中和効果が期待できるかもしれない。

 「やるしかない……!」

 杖を掲げ、ディールは心の内側へ潜り込むように意識を集中する。兄たちの死を踏み台にした力かもしれない。それでも、今、ここで村の子供たちや仲間を救うためなら、この力を使わないわけにはいかない。

 ――複合魔法陣、発動。

 闇の魔力を左手に、微かな光の粒子を右手に集め、それらを同時に噴出させる。瓶から放たれていた黒い霧が、ディールの光と闇が混じり合う渦に飲み込まれ、悲鳴のような音を立てて消えていく。騎士たちは何とか意識を取り戻し、マティアも安堵のため息をつく。瓶の光は薄れて砕け散り、残った破片にはただの汚れたガラスがあるだけだった。

 その直後、ディールは力を使い果たして倒れかける。マティアが即座に駆け寄り、その身を支える。痣の熱は収まり、代わりに鈍い痛みとなって全身にのしかかる。だが、これで村を蝕んでいた呪術的な病の源は潰えたのではないか――そう確信できる瞬間だった。


 地上へ戻り、夜が明けると、宿の一室で寝込んでいた子供たちの呼吸は明らかに落ち着きを取り戻し、まもなく目を開け始めた。家族たちは涙を流し、ディールたちに感謝を述べる。村長が深く頭を下げ、「こんな僻地まで来て、助けてくださるとは……」と言葉に詰まる。一方、ディールは複雑な表情で微笑み、ささやかな薬学知識が役に立ったことを心の支えに感じつつ、やはり自分の力の真の出どころに対しては後ろ暗い思いを抱えていた。

 「それでも、誰かを救えたというのは……たぶん、良いことなんだよね」

 ぽつりとつぶやくディールに、マティアが小さく微笑む。

 「ディール様の力が、こうして人のために役立ったのです。ご自分を責めすぎないでください」

 ディールはうなずき、もう一度眠る子供たちの頭をそっと撫でる。今はただ、彼らが元気に目を覚ましてくれることを願うばかりだった。


 集落を後にし、吹雪の峠を越えた一行は、ようやく王都へ帰還する。ディールとマティアを出迎えたのは、驚くほど憔悴した父と、血相を変えた四男・五男ら兄たちの姿だった。

 「ディール、お前まで失ったら、我々はもう……」

 四男も「まさか、あんな山奥まで行っていたとは……危険すぎる」と叱るが、その口調はどこか安堵を含んでいた。ディールは「ただ、家の役に立ちたかった」と答え、あらましを報告する。

 兄たちは皆、迪ールの旅路での苦労や危険を聞くにつれ、そして村を助けた話に耳を傾けるうちに、黙り込んでしまう。五男がやがて顔を上げ、「お前の力は……やはり、あの兄上たちの死と関係が……」と問いかけた。ディールは言葉に詰まるが、正直に首を振った。

 「わからない。ただ、兄さんたちがいなくなるほど、僕の中の魔力が大きくなっている気がする。でもそれは魔将軍ガーデュラスの封印と密接な関係があるかもしれない」

 やりきれない沈黙が広間を包んだ。過酷な現実の中で、残された兄弟たちはようやく「九男ディール」が抱える宿命に気づき始めていた。それでも四男は、小さく笑みを作りながら口を開く。

 「ディール、何もかもお前だけに背負わせるわけにはいかない。俺たちも、今から協力する。これまでのことは……本当に、すまなかった」

 厳粛な空気の中で、兄弟たちはそれぞれ決意を固め合う。魔将軍ガーデュラスの完全復活など起こしてはならない。今こそ、ユーリス家が結束して呪いの連鎖を断ち切るときだ。しかし、それがいつ、どんな形で襲いかかってくるのか――その正体はまだ深い闇の中にある。


 夜、ディールは離れの書庫へ戻り、これまでの調査記録を一つひとつ確認していた。大聖堂地下の魔物封印、北の神殿での赤い結晶との激突、そして今回の村の“眠り病”を誘発した呪術の瓶。すべてにおいて“魔将軍ガーデュラス”の力が関わっていると推測できるが、まだ核心には届いていない。

 ふと、棚の奥で埃を被った小箱を見つける。開けてみると、古びた鍵と紙片が入っており、紙片には「汝、九男なる者よ。此の扉を開けしとき、二度と引き返すこと能わず」と、不吉な文言が走り書きされていた。書庫で繰り返し目にした、先祖の英雄譚に付随するメモ書きらしい。

 「先祖が残した、何かの封印の鍵か……」

 ディールは震える手で鍵を握りしめ、かすかに痛む痣を見下ろす。これが四男、五男、六男……さらに他の兄弟まで奪う予兆となるのは、あまりにも耐えがたい。絶望が深まれば深まるほど、魔将軍ガーデュラスの力は増すという伝承もあった。だが、この運命から逃げるわけにはいかない――すでに失われた兄たちを無駄にしないためにも、呪いを断ち切るしか道はないのだ。

 翌朝、ディールは父と四男・五男をはじめとする兄弟を集め、封印にまつわる次なる可能性を打ち明けた。小箱の鍵を見せ、「何らかの“扉”を開けるためのものらしいが、場所がどこなのかは不明だ」と説明する。兄たちは難しい顔をしながらも、「我々も全力で協力する」と応じてくれた。これまで軽んじられてきた九男が、今では家の希望として扱われ始めている事実に、ディールは戸惑いと申し訳なさを感じながらも、少しだけ救われる思いでもあった。

 ただし、魔将軍ガーデュラスの意志がまだどこかで脈打っている以上、いつまた襲撃や暗殺が起こるかわからない。父は王宮や周辺貴族との連絡を強化し、四男は軍備を拡充して領内の警戒を厳重にしていく。五男は政治方面の窓口を押さえ、いざという時にディールが動きやすいよう段取りを整えていく。それぞれが手分けして策を講じる中、ディールは「次はどこで、どのような魔が降りかかるのか」という問いに苛まれ続けた。

 ―― 一男去って、また一男。兄たちの命を糧に得たかのような力を背負い、ディールは呪われた九男として覚悟を決める。

 その夜、ふと目を覚ましてしまったディールは、書庫から抜け出して庭に出た。月明かりの下、かつて長男が鍛錬に使っていた木剣が壁に立てかけてあるのが目にとまる。もう帰らぬ兄の面影が蘇って胸が痛むが、同時に「兄は何を思いながら剣を振っていたのだろう」と考えずにはいられない。

 「長男、次男、三男……僕は本当に、この家を守れているのかな」

 自問自答する中で、痣が再び熱を帯びる。もしこれが魔将軍の誘惑であるならば、いつか自分の意志が折れ、すべてを破滅へ導いてしまうかもしれない。その恐怖は尽きないが、同時に兄たちの遺志がディールを支えている感覚も確かにある。

 「もう絶対に誰も失いたくない。僕は“九男”として、この呪いと真正面から戦うんだ」

 ディールは木剣を手に、弱々しい身体でありながら、ぎこちなく素振りを始める。闇夜の風が冷たく頬を刺すが、次第に心の奥底にわずかな熱が灯ってくる。遠くから、四男が物音に気づいて駆け寄ってきた。

 「ディール、こんな時間に……」

 「練習をしようと思って。兄さんたちのように強くなれないかもしれないけど、何もしないでいるよりは……」

 四男は黙って苦笑し、ディールの手首を支えながら少しだけ構え方を修正する。かつて長男が何度か見せてくれた剣術の基本を、断片的に思い出しながら。あの輝かしかった兄を想起するたびに、胸が締めつけられる。それでも、九男として背負うべきものを理解した今、ディールは前に進まなければいけない。

 やがて東の空が白み始め、朝日が庭に差し込む。二人して息を切らし、汗を滲ませながら木剣を下ろす。確かな成長を実感できるほどの時間ではないが、ディールの心には新たな決意が根を下ろしつつあった。

 ――いずれ“魔将軍ガーデュラス”が完全に目覚めるとき、ディールは再び試されることになるだろう。兄たちを喪った悲しみを糧に、呪いを砕いてみせるのか、それとも絶望に呑まれて歴史を繰り返すのか。

 だが、その選択は今はまだ見えない未来の話だ。大切なのは、もう一歩ずつでも進むこと。ディールは痣の痛みに耐えつつ、剣を握る手に微かな力を込める。そして心の中で、いまは亡き長男、次男、三男へと誓う。

 「兄達の無念を、僕は無駄にしない。九男である僕が、いつかこの呪われた連鎖を終わらせる。必ず――」


 こうして、一男去って、また一男という悲劇を経ながらも、九男ディールは運命に立ち向かう決意を固めた。

 その道程は長く、苦難の連続であるに違いない。だが、彼の背には亡き兄たちの想いがあり、残された兄弟たちの支えがある。何よりも「誰かを守りたい」という意志がディールを突き動かしていた。いつの日か、魔将軍ガーデュラスの脅威が再び王国を襲うとき、貴族の九男がどのような答えを導き出すのか――その行く末は、いまだ闇の中にある。

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