第5話:決闘の終わり

 月の光が射し込む部屋で、夜風を感じながら俺は目を覚ました。

 起きた瞬間、襲ってきたのは異常な疲労。

 あまりにも体が重く、指一本すら今は動かせない。それに疲労だけではなく、筋肉痛にでもなっているのか全身が滅茶苦茶に痛い。


「玲、夜だよー。そろそろ起きてー」


 そんな状態である俺の事を無視して、相棒は俺の体を揺すっている。


「……起きてるから止めてくれ」


 体を揺らされる度に痛みを感じるから叫びたいが、そこはなんとか我慢して起き上がった。


「そうだカグヤ、俺は勝ったんだよな」


 カグヤを使った反動で気絶したのは分かっているので、俺はそう聞いた。あの時、腕を斬った俺は、続けるように首に一撃を叩き込んだ。

 心臓に首、その二つを貫かれ切られた鎮凪は確実に倒れただろうし負けたということは無いはずだ。


「えっと、……その事なんだけどね」

「なんだ? 勝ったんだろ」

「確かに玲は止めを刺したよ、だけど……」


 言いづらそうに頬をかきなながら、言い淀むカグヤ。

 なんでそこまで言い淀むんだ、勝ったならもっと喜んでいいだろ。それに、止めは刺したってそれはもう勝ったって言っている様なものだろう。


「えっとね、言いにくいんだけど――――」

「起きたな玲坊、その様子では回復したようじゃな」

 担任の先生であり、今回の審判も務めた朧さんが部屋に入ってきたことで言おうとしていた事を中断し、布団の中に隠れるカグヤ。だがすぐに相手が朧さんという事が分かり、布団から出てきた。


「久しぶりじゃなカグヤ」

「だね。私はいつも浮いてるけど実体化して会うのは久しぶりかな?」

「じゃな、今度酒でも一緒に呑むか?」

「あ、お願い。玲が買ってくれないから最近飲めてなくてさ」


 俺が居る事を無視して世間話を始めてしまった妖怪二人組。

 それに対して俺は、咳払いをしてこっちに意識を向けさせた。


「なんじゃ? このぐらい許せ」

「それはいいですけど、疲れてるからせめて俺が寝てからにしてください」


 ずっと体に感じている疲労と筋肉痛故に、俺は敬語を忘れてため口で話しかけてしまった。


「かか、まあ初めての決闘だからそれは仕方ない事じゃ。それより玲坊、いい決闘だったのう。久しぶりに儂も血が滾ったぞ」

「それはよかった。そうだ、結果はどうだったんですか、カグヤに聞いても濁されるんです」

「結果か? それなら引き分けじゃ」

「え、いや引き分け? というか、逢魔の契で引き分けなんて起こるんですか?」


 だって、決闘のルール的に妖力か霊力が削り切られ気絶した時点で勝負が決まる。だから引き分けなんて起こる事はないはずだ。


「そう言いたいのじゃがな、引き分けの勝負なんて本当に稀でな。儂も長く生きているが、引き分けを見たのは二度目じゃぞ」


 そういえば止めを刺すとき、興奮して俺の勝ちだとか言ったよな……。

 やばい、凄まじくダサいぞ。


「なんじゃその微妙な顔は、あの鎮凪紅羽相手に引き分けたんじゃもっと喜べ」

「……朧さん、この場合って報酬どうなるんですか?」

「それは、どっちかになるじゃろ。無しにも出来るし、有りにも出来る。そこは当人同士で決めてくれ」

「……了解です」

「じゃあ、もう元気なようだし、あとは三人で話し合ってくれると助かるぞい」


 ん、三人? 疑問に思ったその時には既に朧さんの姿はなくて、この部屋には俺とカグヤの二人が残された。それから数秒後、部屋の扉が開き見覚えのある少女が入ってくる。それを見たカグヤは、すぐに霊体に戻って刀に隠れてしまった。

 部屋に入ってきた鎮凪は、一度周りを見渡してから一言。


「……起きてますか?」

「起きてるよ、何の用だ?」

「今日の事を謝りに来ました」

「決闘の事か? 特に謝られるようなことはなかったと思うんだが」

「身勝手な理由で決闘を挑んだ事についてです」


 確かにこの決闘は俺が屋上での姿を見たことにより始まったが、結果的に悪くなかったし……別に気にするほどでも無いような。


「あーそれより勝ったら何を要求する気だったんだ? 前は言えないって言ってたが、ここなら言えるだろ」

「それは……あのですね、怒らないでください」

「よっぽど理不尽な理由じゃなきゃ流石に怒らないぞ」

「そうですか。なら言いますが、口封じしようと思って挑みました。あの事誰かに言われたら、きっと屋上で叫ぶ変な奴っていう噂が立つかもしれませんし、最悪の場合友達が完全に出来なくなってしまうと思いまして……気がついたら挑んでました」


 誰かに言いふらそうとは思わなかったが、そんな考えになるのもまあ分かる。俺も、焦っていたら同じ行動を取ると思うし、そいつが誰にも言わないと言っても、それが本当かどうか分からない。

 そうなれば確実に口封じできる逢魔ノ契を使うのは理解は出来る。それに鎮凪は常世の姫、どんな小さな噂が波紋を呼ぶか分からないし、警戒するのは当たり前か。


「まあそうだろうな。それでどうするんだ? 引き分けになった場合、報酬をありかなしかで選べるらしいし、このまま口封じするか?」

「いえ、それは大丈夫です。貴方は他言するような方ではないはずですから」

「随分と信用されてるな、まだ俺達はほぼ関わった事がないんだぞ」

「あんなに正直に戦う方が、屋上での私の事を誰かには話さないと思います」


 真っ直ぐと折れないような意志を持ちながら、俺にそんな事を伝えてくる鎮凪。あまりの信用の高さにちょっと驚いたが、元々言いふらすつもりなどなかったし縛られるのは苦手だからこれで良かっただろう。


「じゃあ、報酬はなしでいいよな。俺も元々、命令なんかするつもりなかったし」

「あ、それはありでお願いします。朧先生から聞きましたが、玲君のあの技は霊力を消費するもの。それがなければ引き分けにはなっていなかったはずですし、私は負けていましたから。だから勝者の貴方はちゃんと報酬を受け取ってください」


 いや、あれがなければそもそも最後のトドメまで辿り着けなかったし、俺は引き分けの方がいいのだが……というか先生、俺の秘密をばらすなよ。


「いらない」

「貰ってください、でなければ納得できません」

「納得してくれよ、どっちも何もなしで無事解決。それでいいだろ」

「駄目です。それじゃ悔しいじゃないですか」


 悔しいって何が? 悔しがる要素なんてないだろ。

 だが鎮凪には何か拘りがあるのか、何故か引こうとしない。


「私は負けたんですから、ちゃんと対価を払わないといけません。ですから、はやく何か命令してください」

「待て、この勝負は引き分けだ。だから、俺が報酬を受け取るなら、お前も受け取らないと成立しない、だからなにも無しでいいだろ」

「なら命令権を使ってでも貴方に命令させます!」

「そこまでするのか……」

「はい、覚悟の上です」


 どんな覚悟だよ、そんな覚悟をしなくてもいいだろう。というか、本当に最初抱いていたイメージと違うな。こんなに頑固だとは思わなかった。


「一つ聞かせてくれ、お前さては拗ねてないか?」


 思えば、鎮凪の表情はちょっと不満そうだ。

 そしてそれが図星だったのか、その問いに少し体を跳ねさせる鎮凪。


「……拗ねてないです。負けが悔しいだけですから」

「それって拗ねてるよな」

「だから拗ねてないですって。ほら速く決めてください」


 確かに自分が仕掛けた勝負。それも命令権をかけた決闘で、引き分けだったとはいえ本人は負けを認めているこの状況。そんな状況で、認めた相手は報酬を渋っている……あ、俺もそんな事やられたら悔しいな。

 というか、ムカつく。俺だったら絶対引かないし、命令権を使ってでもいいから報酬を貰ってもらわないと、納得がいかない。

 でも彼女に対する命令なんか思いつかない。俺としては護衛を続けられれば良いし、要求なんて元々考えていなかったから。

 だからこそ悩み続け、そして俺の頭に過ったのは無表情でピースをする先輩の顔だった。


「なら、ある部活に入ってくれないか? 丁度部員募集してて、探してたんだよ」

「……それだけですか? もっとこう――――うぅ、そのぐらいなら大丈夫です」

「じゃあ、これでお前も俺に命令する事が決まったな」

「え、私はいらないんですけど」

「駄目だ。ルール上両者命令しなければ成立しない。どうしても、俺に報酬を受け取って欲しければお前も俺に命令する事」


 とある先輩がよく使うお菓子戦術だ。

 先にモノを渡して逃げられない状況を作る……これなら逢魔ノ契の仕様上、これで鎮凪は断ることが出来ない。


「……嵌めましたね」

「嵌めるもなにも、仕様だから仕方ないだろ」


 やっぱり鎮凪はどこかポンコツだ。

 もう、俺の中での鎮凪のイメージは天然ポンコツ戦闘狂で固まってしまっている。きっとこの先に何があっても、そのイメージは変わることないだろう。


「ずるいです」

「そう言われてもな……」

「まあいいです――――なら私と……いえ、また戦ってください」


 本当に戦闘狂だなこのお姫様、俺も引き分けなんかでこいつとの勝負を終わらせたくないし、再戦は望む所なのだが……その言い方だとすぐ戦う事になるよな。俺は当分は誰かと戦う事なんてしたくないので、そこははっきりしておこう。

 その前にだ、俺はこいつに言いたいことがあった。


「そうだ鎮凪、お前もう命令権とか賭けるなよ。一応お前は常世の姫なんだろ」

「うぅ、反省はしていますのでそれは言わないでください。でも納得したんですよね、なら掘り返さなくても……」

「駄目だ。お前は綺麗なんだからその辺りの自覚を持て」


 直接そういうのは恥ずかしいが、鎮凪にはそういう所をはっきりさせないといけない気がする。こいつと戦う前の言葉でも少し思ったが、自己評価が他人と噛み合っていない。


 戦いを至上とする妖怪の中でも強く、子供の頃から名が広まっている。それに加えて常世の姫でこの容姿だ。性格も真っ直ぐで裏表を殆ど感じない、そして誰かに騙されそうな世間知らずだ。こんなのほっとける訳ないし、今度からは部活仲間でもある。だからここはちゃんと言おう。


「……分かりました」

「よろしい……改めてありがとな、本当に今日は楽しかった。また戦おうな」

「こちらこそ、是非よろしくお願いします」


 その時彼女は自然に笑い、そして小指を前に出して、


「じゃあ約束です。絶対にまた戦いましょう、次は私が勝ちます」


 子供がよくやるような指切りを俺に求めてきた。


「上等だ。もうお前の攻撃は見切ったからな、圧勝してやる」


 返答として俺は彼女と指切りを交わし、ここに一つ約束をした。

 この学園にいる間は好きに戦えるが、またいつか戦おうと。今度も全力で戦って、次は勝者を決めると、そんな事を決めて俺は彼女と別れた。


「カグヤ、これから楽しみだな」

「そうだね……とりあえず今日はゆっくり休んでね玲」

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異種族百鬼譚 ~多種族溢れる世界で裏組織に所属する元英雄の俺の周りにはいつの間にか病んだ奴しかいなかった~ 鬼怒藍落 @tawasigurimu

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