第4話:逢魔ノ契

 武器を変えた紅羽が持つのは、十文字槍と呼ばれる物だ。

 突く、薙ぐ、刎ねるを得意としたこの武器は刀よりも手数を稼げ、何より迫る相手を迎撃する物だ。

 それに紅羽の得意とする速度が合わさって、槍はより強力な武器へと変化する。


「どうしましたか! 持ち前の防御が薄れていますよ!」


 刀の防御を槍は抜け、玲の霊力は徐々に削られていく。

 だが、二メートル以上のリーチを持つ槍に対して攻めるという事は難しく、今の玲は防御に徹する事しか出来ないのだ。


「……最初お前に持ったイメージを返してくれ」

「何のことですか? 軽口叩いている暇があったら、反撃して見てくださいよ!」

「うん、やっぱり返せよ」


 最初は、御伽噺の姫みたいだとか思ったのだが、こいつただの戦闘狂じゃねぇか……そう心の中で愚痴る玲。


「あぁ、楽しいですね、久しぶりですよこんなの!」


 あまりの楽しさに玲に戦いを挑んだ理由すら忘れて戦闘に没頭する紅羽。

 それを見て僅かに頬を引きつらせながらも、自分でも気付かないうちに自然と口角を上げて彼女の連撃を受け流し続ける玲。


(あぁ、なんだこれ? 攻められない、倒せない。でも、何でだろうな? どうしてもこの戦いが終わって欲しくない……)


 両者は互いの位置を何度も変えながら、幾度となく攻防を交わしていく。互いに引かず、火花を散らし、痛みを忘れ、戦いに没頭する。


「どうしたお姫様? 息が上がってるぞ」

「そっちこそ、もう霊力が少ないでしょう」


 玲がそう言えば、周りの目も考えずそう笑い返す紅羽。

 確かに紅羽の勘は正しかった。最初に与えた一撃はかなり玲の霊力を削っており、その後の連撃のおかげもあり残りは三割ほど。

 頭や心臓と言った急所に一撃を叩き込めば削りきれる量で、玲もそれを分かっているのか先程からあまり攻められずやはり防御に寄っていた。


「あぁ、楽しいですね!」

「……そうだな」


 最初の目的は何処へ行ったのか、この決闘で周りの目も気にせずに削り会う人間と妖怪。


 これが、これこそが逢魔ノ契というものだ。

 遙か昔、まだ妖怪等が受け入れられていなかった時代。

 その者達によって増え続ける被害の中、陰陽師や妖怪狩りといった者達が現れた。だが和解された現代では、暴れる妖怪という者は数が少なくその者達の需要は減ってしまった。


 逢魔ヶ時に現れていた妖怪達、そしてそれと戦っていた英雄達。その者達との戦いを忘れないように、歴史に残すために、また彼等のような者と戦うために。そんな思いで常世側が作ったのが逢魔ノ契。


『こんな戦い、大会でも滅多に見れないぞ!』

『あの一年、紅羽様とあんなに戦うなんて化け物か?』

『見てよ、二人とも笑ってる』


 簡単に終わらせてたまるか、絶対に勝ちたい。

 玲の中に次々沸いてくるそんな思いの数々。

 勝ちたい、負けたくない、それらがもう限界に近い体を何度でも動かしてくれる。感じる痛みは長引く度に鈍くなり、何よりそれがスパイスに。


 体が軽い。血肉が滾る。

 頭が冴える。呼吸すら忘れてしまう。ただただ目の前の相手に勝ちたくて、こんな最高の初戦で、どうしても負けたくなくて、俺は時間を忘れて武器を振るう。

 本来俺は、戦いで楽しんじゃいけないはずなのに――でも、そんな事が気にならないくらいにこの戦いに熱中する。


 残った霊力など知らない。

 痛みなんかどうでもいい。

 ただ動け、体を動かせ、目の前の相手はまだ動けるだろう。心の底から楽しそうに、俺と対峙しているだろう。ならそれに答えるしかないのだ。


 ただ今の俺は彼女に勝ちたい。

 そんな思いだけが沸いてくる。斬って防いで切り裂いて、何度も何度も彼女を打倒するために前へ前へと――。


(なんだこれ。あぁ――どうして、こんなにも終わって欲しくないと思えるんだよ)


 俺は――勝ちたい、何が何でも彼女に勝ちたい! 負けられない!


 そんな玲と同じように紅羽の中にもある思いが生まれていた。

 ずっと戦っていたい、そしてその上で彼に勝ちたい。

 夢見ていた。焦がれていた。何より願い続けた戦いだった。

 最初は焦りから挑んでしまった逢魔ノ契だったが、今はそんな事も忘れて、ただこの戦いを楽しもうと全力で笑いながら、向かってくる彼に答える。


 あぁ、終わらないで欲しい。

 続けたい、その上で彼を打倒する。

 楽しいな、嬉しいな、ここまでやって倒れないでくれる。

 皆と違って私と戦い続けてくれる。

 感じる痛みは快楽に、続く戦闘を味わいながら彼女は笑い、この好敵手を倒すためにまた武器を変えて彼に向かう。


 全力を出しても倒れない。

 私一人では勝てるかも怪しい。

 負けて誰かに失望されるかもしれない――普段だったら頭に過るはずのそれは、今に至ってはどうでもいい。

 いつ終わるか分からない、一瞬でも隙を晒せば確実に負けてしまう。短いようで長いこの戦いは、見る者を魅了し何より終わって欲しくないと思わせる。


『頑張って鎮凪様! 負けるな!』

『いけ百鬼! 頑張れ!』


 沸く観客、その声は大きく他の生徒も叫びだし、闘技場は応援による大合唱に包まれる。 だが今の二人にはその声は届かず、ただただ笑うのみ。


(勝ちたい負けたくない、でも今のままじゃ足りない。だから、力を貸してくれ相棒!)


百鬼譚ひゃっきたん第壱項だいいちこう――妖刀姫ようとうき迦具夜姫かぐやひめ。さぁ第弐ラウンドだぜお姫様」


 その言葉を告げればどこからか彼の正面に本が出現し玲の体が炎に包まれる。そしてその直後、一匹の鬼が姿を現した。玲の面影を残すその鬼は、髪が長く伸びており顔には蛇の鱗のような物が生えている。


「その姿……やはり貴方は人間ではなかったのですね」

「いや人間だよ、ただちょっと妖怪の力を借りれるだけのな」

「――――面白いですね、そんな相手今まで見たこともありません!」


 驚愕に目を広げるも、すぐさま笑う紅羽。


「ははっ――すぐ倒れんなよ」

「そっちこそ、拍子抜けにならないようにしてくださいね!」


 カグヤの力を借りたことで、より好戦的になった彼にそれだけ告げるとまた戦闘が再開する。

 今度紅羽の腕に現れたのは二本の槍、おおよそ常人では扱えない長さを誇るそれを両の腕に構えた紅羽は、鬼となった玲に舞うように何度も連撃を仕掛ける。

 槍を薙ぎ払い、振り回し、防御を崩さんとして舞う戦姫。

 馬鹿げた力で振られる槍をその身に受ければ、致命傷は避けられず残りの玲の霊力では確実に削りきられてしまう。

 それに、玲の能力は使っている最中ずっと霊力を放出してしまう。本来なら、使わないで防御に回っていた方が勝率は高かったのだが――――。


(そんな思いでこいつと戦うのは何よりの侮辱だ。出し惜しみして、防御に徹して勝利する? そんなのつまらないだろうが!)


 安全策?

 そんなのどうでもいい、全力で俺はこいつを打ち倒す。

 そう決めた玲は強化された身体能力をフルに使い、紅羽の壁の如き連撃をいなし、ついには反撃までこぎ着けた。


 もう、これからは何もさせない。今度は俺の番だ。

 それを行動に表すように、鬼の身体能力そして自分の培った技術を使い懐に潜って、相手の行動を阻害する。


 近づきさえすれば、相手の次の挙動は読みやすい。

 技が出る前に先手を取って行動を潰し、紅羽にやられたように防御を崩す。

 もはや槍では不利だと悟った紅羽は、玲の攻撃を凌ぐため手数の多い双剣に武器を再度変えた。


 だが、変える際に一瞬。

 それも刹那と言ってもいいほどの隙が出来る。


「それを、待ってたぞ!」


 速い、巧い、高耐久に馬鹿げた力。

 その四拍子が揃った戦車のような相手に初めて当たったまともな一撃。その攻撃は、彼女の心臓を貫き身に宿る妖力の大半を削った。


「ぐっゥ――――ですが、もう逃げ場はありませんよ!」


 瀕死の彼女が札を投げれば、玲の周りには紅羽が先程使った槍が何本も現れ、その矛先が全て玲の体を向いている。

 紅羽は、玲の持つ刀を完全に掴み完全に逃げ場を絶った。刀を離せばとも思ったが、今からでは……もう間に合わない。


「終わりです!」


 無防備になった玲に対して十を超える槍がそのまま体を貫いた。

 串刺しにされ全身を貫く感覚、それに常人が耐えられる訳がなく、玲はあまりの痛みに地面に倒れた。

 意識を失った筈の玲。しかし、何故か決闘終了の合図は出されず。

 それを不審に思った紅羽が、距離を取ってからトドメとして渾身の力で槍を投げつけた。必中の攻撃、意識の無い玲には避けるなんて事は不可能――――勝負はこれで決しただろうと、そうこの決闘を見守る全ての観客が思ったときだった。


「負け……ねぇ、負けられねぇ」


 炎が走る。

 その炎は、迫る紅羽の槍を焼き尽くし渾身のその攻撃を防ぐ。

 ショック死してもいいほどのダメージを食らいながらも立ち上がり、玲は真っ直ぐと紅羽を睨み付けた。


(痛みはある――――だけど、まだ体が動く。なら――――」


 そこで思考を切って、ボロボロの体に鞭を打つ。

 無理矢理動かされたその体は、溢れる炎に押されて紅羽の元に辿り着いた。紅羽はすぐに反応して、双剣を構えてトドメを刺そうするのだが、僅かに玲の方が速い。

 腕を落とした。

 そして――――――――首を、


「俺の、勝ちだ!」

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