第3話:決闘開始
俺が通うこの学校……
逢魔ノ契というのは、今世界で最も流行っている日本発祥のスポーツである。
己の全力を掛けて戦う異種族格闘技戦で、この世界に存在するすべての種族が参加できる。あくまでスポーツであり、娯楽ではあるが、そのプロともなればかなりの地位や名声が手に入るのだ。
そしてこの学園では、その逢魔ノ契を試験的に体験出来るように、校内ならばどこでも戦う事が出来、それを応用した様々な行事が組み込まれている
それを用いた一学期一発目の決闘形式の逢魔ノ契。
見逃すものなんて一人もおらず、この闘技場の観客席には五百人近い生徒達が集まっていた。
「人が多いですね。まあいいです、私は勝つだけですから」
屋上で会った時とは違う雰囲気を纏いながら彼女はそう言った。
凄い自信だな。いやこれは自信というより当たり前の事なのだろう。だって、彼女の公式戦の記録を見る限り無敗だし。
そんな彼女からしたら、決闘をほぼ未経験の俺を敵として見る方が難しい。
「一つ聞かせてくれ、鎮凪が勝ったら何を命令するんだ?」
「それはここでは言えません」
「それならいいか。だけど俺が勝ったらどうするつもりなんだよ」
「――その時は煮るなり焼くなり好きにしてください。覚悟は出来ています」
「分かった。何でもいいんだな」
「はい、鎮凪の名に誓って嘘はつきません」
会話はそこで終わる。
そして決闘開始まであと一分程となった。もう相手と話す事は無く、ここからは武器で語り合う事しか出来ない。
開始直前になると、急に闘技場の床が開き、そこから朧さんと何やら手形を差し込むのに丁度良い穴が空いている装置のような物が出てきた。
慣れた様子でそれに手形を差し込む鎮凪。見よう見真似で俺もそれに自分の手形を差し、準備完了。
事前に勝負内容は鎮凪の奴が決めているので、すぐに結界が闘技場全体に貼られ、あとは朧さんの言葉を待つだけに。
「双方武器を抜け――――これより逢魔ノ契を執り行う!」
言葉に釣られ俺は背負っていた刀を抜いた。その動きに合わせるように鎮凪は一本の刀をどこかから取り出して右手に構えた。余っている手には、何やら札が数枚握られている。
「決闘開始じゃぁ!」
俺と鎮凪が武器を構えた事によって逢魔ノ契が開始した。
よく分からない八つ当たりで始まったこの決闘。だが、心の何処かで初めての公式戦を楽しみにしている俺がいる。
「勝つぞカグヤ!!」
「分かったよ相棒、絶対勝とうね!」
◆ ◆ ◆
「速攻で決めさせて貰う!」
朝から色々考えて結局そう判断した玲は、急所でもあり心臓の次に妖力を削ることが出来る首に狙いを定めてから紅羽へと接近した。
それに対して紅羽は、プロとしての経験から一瞬で相手が自分のどこを狙っているかを判断し、下から刀を強くぶつける事でその攻撃を防御した。
あまりの力業、それに対して玲は一度距離を取る。
(あの札、見た限り何か封じているな……そうかあの中に龍が――だけど)
「行かせていただきます!」
「ッ速」
思考を巡らせる玲の目の前に、瞬時に現れる紅羽。それはあまりにも一瞬の事で、反応が遅れてしまい――――。
「――――ぐッ……ッゥ」
一閃。隙を晒した玲は袈裟斬りにされ、そのままよろめき後退する。
普通に生きていたら経験する事のない袈裟斬りにされるという出来事。
鍛えているとはいえ初めて食らうそれは、あまりにもダメージが大きく何より逢魔ノ契の性質が彼の思考を鈍らせる。
(霊力が身代わりになるとはいえ、痛みがあるってこういう事か。心臓を切られる痛みとか初めて経験したぞ!)
「やはり霊力が多いのですね、普通の方ならこの時点で意識を失っているのですが」
「……まぁ俺の取り柄の一つだからな」
痛みを感じながらも、刀を玲は正眼に構え直す。
「そのようですね、なら――――」
立ち上がったばかりの玲に向かって、再度攻撃を仕掛ける紅羽。彼女は刀の事を一切考えずにそれを振るう。
玲はそれを刀で受け止めたのだが、次々と繰り返される相手を削り倒す事だけを考えた攻撃が何度も行われ、どんどん後ろに追いやられていった。
玲が動画を見て浮かんだ感想通りの巧く速い刀の猛襲。
逢魔ノ契での決闘を想定して作られた紅羽の武は、この決闘の性質である痛みを感じるが、失わないというのを活かしたもの。
最初に急所を抉り、肉体の感覚を失わせる。だけど端から見れば残っている。それにより生まれる違和感を何よりも活かしており、その隙を突いてペースを自分の物にする。
(最初に一撃貰ったせいで動きにくいな、まだ残る痛みのせいで思うように動けないし、何よりこのままじゃアイツのペース……――――)
思考し続ける玲に対して、今までで一番力を込めた横薙ぎの攻撃は、玲の体を地面から浮かせそのまま数メートル後ろに飛ばした。
「戦車かよ!」
「乙女に向かって酷い事を言いますね」
「こんな暴れまくる奴を乙女とは呼ばねぇよ!」
さらに紅羽が距離をつめた事により交わされる剣戟。
……といっても玲は防御する事しか出来ておらず、紅羽が一方的に攻めるだけだ。ただ手数のみを重視したその動き方に玲は慣れておらず、攻めることが出来ていなかった。
防御を少しでも緩めれば、確実に霊力は削りきられる……かといって、攻撃しなければ妖怪と人間のスペックの差的にスタミナ切れで負けてしまう。
(だが、攻撃しようとすれば隙が出来て手数で潰されるか、笑えないな――なら、ここは……賭けに出ようか)
そして玲は、紅羽から再び距離を取った。その玲に追撃するように構え直し、再び距離を詰めて紅羽が刀を振るった瞬間、玲が自分から接近してきた。
「なッ正気ですか!?」
「ハッ、正気に見えるか?」
肉を切らせて骨を断つ、まさにその諺の通りに玲は、左手で紅羽の攻撃を受けとめて、
「羽、貰うぞ」
彼女の紅い羽に向けて一撃をかまし、その動きを鈍らせた。紅羽の妖力はあまり減らなかったが、この攻撃は有効だ。何故なら、逢魔ノ契は実際の傷は出来る事が無いが、ダメージは残る。ここまでしっかりと羽を斬ればその痛みからこの決闘中は彼女は羽を使えないだろう。
「機動力を奪った……という訳ですか」
「あぁ、馬鹿ほど痛いがな。だが収穫はあっただろ」
「そうですね、正直羽が痛くて使えそうにありません――ですが、勘違いしないでください」
紅羽がその言葉と同時に地面を蹴ると、先程までとは段違いのスピードで玲に接近した。
「私、走った方が早いんですよ?」
先の攻撃より何倍も速い斬撃の数々、それはもはや壁と言っていいほどの物となり、完全に玲に隙を与えない。
(チッ、いなす暇すらねぇな。だけど普通の刀がここまでカグヤと打ち合ったんだ。流石にそろそろ――――)
直後、玲の予想していた通り紅羽の刀が溶けた。
「取った!」
「取らせません」
必殺であるカグヤによる一撃は、完全に防がれた。
武器を失った筈の彼女の手には、真新しい槍が握られている。それに玲は驚くも、視界の端に放り投げられた刀を見て、すぐに玲は状況を把握する。
「その札、武器を封じてたのか……だからあんな戦い方が出来たと」
「そうです。卑怯とは言わせません」
「……まあルール上、いくら武器を用意しても問題ないしな。だが、どうして槍なんだ? あの練度なら、刀でも問題ないだろ」
「私はあれ以上巧くは刀を使えません。それでは貴方には勝てない。だからです」
鎮凪紅羽は生まれつき、ありとあらゆる武器を使うことが出来る才能を持っていた。だが、使えると言っても限界まで極められるほどの才能は持っておらず、どれだけ一つの武器を限界まで鍛えても、超一流のもの達には勝つことが出来ない。
そこで彼女が思いついたのが、使える全ての武器を自分の限界まで鍛えること。
刀で勝てないなら槍で、槍で勝てなければ弓で、短刀で、拳鍔で、銃で、鎌で、斧で――その他全ての武器を使って無様でも良いから相手を降す。
「ここからはこの武器で相手にさせていただきます!」
「上等!」
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