第2話:護衛仲間
来て欲しくなかった翌日は、とても良い天気と共に訪れた。
嫌になるぐらいに気持ちのよい朝日が襲ってきて、目が覚めるとあれが夢だったのではないかと思えてくるが……腕に残っている逢魔ノ契の印が現実だったことを告げてくる。
……体に直接刻まれたその紋は擦っても消える物ではなく、それを見るだけで昨日の頭痛が思い出されるのだ。
現在時刻は朝の六時半、学校が始まるまでは残り一時間半ほど。
いつもならこの時間にはもう開いている訓練施設に足を運ぶのだが、そんな気分にはどうしてもなれない。
契約が成立しているって事は、もう学校には通知が行っているだろうし、この学校の新聞部のことだから今頃記事が出来ていることだろう。
そしてきっとそれは掲示板に貼られているだろうし、噂好きの妖怪の事だから広まるのは時間の問題……病欠しようにも仮病を使ったとバレたらもっとややこしくなるからそれは選択肢にすら挙がらず詰んでいる。
そもそも護衛対象と戦う事を知られれば仲間に何を言われるか分からないし、護衛である俺が目立つのは任務に支障が出る。何より、契の報酬で接触禁止でも決められたら任務どころでは無くなるわけで……。
「はぁ、行くしかないよなぁ」
「玲ぃー、朝ご飯はぱんけぇーきぃ――ねむぅ」
溜め息を吐いた後で漏れた一言に返ってきたのは呑気な寝言だった。
幽霊は気楽で良いよな。
呑気な彼女を羨みながらも、相棒には頑張って欲しいからやる気を出すために要望通りパンケーキを作ることした。
朝食を作り終え時間が余ったので、潜入前に渡されていた彼女の資料を横に置きながらも、少しでも彼女の対策をするためにあまり使わないパソコンを起動することにする。彼女はプロの選手の一人だし、武器などの情報ぐらい載っていると思ったからだ。
「えっと、鎮凪紅羽っと……あっ出てきたな」
今の時代ネットの力とは偉大な物で、彼女の名前を検索サイトに入れてみれば、色々な記事が表示された。
数百件を超える記事を時間的に全部見ることは出来ないので、気になったのから見ていこう。
目にとまったのは一番上に表示された情報サイトの記事。
彼女の経歴や特徴などが簡単にまとめられたソレを少しでも今日のためにと読み進めていれば目にとまったのはこんな記録。
百六十三戦百六十三勝零敗――勝率1.000。
高校生で二桁を超える試合数というだけでもおかしいのだが、記録上無敗というのが更に狂っていた。フィクションか? そう思ってしまう程の戦績に軽く目眩すら覚える。
頼れる人物はいるが、こんな時間には起きてはないだろうし……何より状況的に不味い。
他にもめぼしい情報がないか彼女の記事を見たが、早く学校に行かないと誰に何を言われるか分からないので、あまり時間もなく大したことは調べられなかった。
◇ ◇ ◇
少しでも人目に付かないように、一刻も早く教室に向かうことにした。
契約を交わしている間自由に見られる詳細的に今回の逢魔ノ契は実践形式のもの。そんなもの、騒ぐのが大好きな妖怪が数多くいるこの学校で話題にならない訳がなく、質問攻めに合うのは確定している。
絶対にこれから疲れるだろうから朝ぐらいは休みたい。
だからこそ、今俺は一番乗りに教室に着いて空気になることを目指す。
「俺は空気……俺は空気」
「どうしよう……玲がバグっちゃった」
窓際の一番後ろの席でブツブツと呟けば、それを心底心配といった様子で見てくる相棒。まだ教室に誰も来ていないが、学校掲示板に貼られていた記事を見てしまった俺は、登校前以上に空気になりたかった。
見た記事は号外と書かれていた学校新聞。
【号外、鎮凪紅羽様と無名の生徒が決闘!!】
その記事にはどこから集めたか分からない知り合いからのインタビューや、勝手な考察などが面白可笑しく載っていた。
自分が当事者でなければこのお祭りを楽しめたんだが、今回は俺が戦う側。
しかもあまり行われることがない実践に近い決闘だし、相手が鎮凪という事もあって話題性は抜群できっと多くの生徒達が集まるだろう。
俺を知っている奴らなら面白がって見に来るだろうし、憧れの存在である鎮凪の試合を生で見られるという事で関わりのない生徒も沢山来る筈だ。
というか……よく新聞を見てみれば友人がインタビューに答えているし、アイツ絶対この状況を楽しんでいるだろ。
「ちょっと来なさい玲」
「俺は空気、俺はくう――なんだ
空気に徹していた俺に話しかけてきたのは、呆れ顔した短髪の女子生徒。
灰色の髪をしたその生徒は、心底頭の痛そうな顔で、こっちを見下ろしている。別の生徒かと思ったが、こいつならまだ今の俺でも会話することが出来るので大丈夫だろう。彼女に教室の外へと呼び出された俺は、人気のない場所を探してそこで話す事にした。
「あんた何したのよ、なんで鎮凪様と戦う事になってるわけ?」
聞かれて思い出されるのは昨日の夕方の記憶。
頭に過ったそれに頬を引き攣らせながらも、彼女の名誉を守るためにすぐにこの話題を終わらせることに。
「……いや、何があったんだろうなまじで」
普段関わらない彼女との関係を一言で表すなら護衛仲間。
つまりは俺と同じでこの学校に護衛として潜入した少し苦手な奴である。
「ふざけないの、ちゃんと答えて私が見てない間に何があったの?」
「成り行きだ。昨日の体育の後どっちが強いのかってなってな」
「あんたらしいけど、護衛対象と戦うとか本当に何してるの?」
本物の馬鹿を見るような目で、俺を見る彼女に本当の事は言えないし、これ以上何を答えれば良いだろうか?
いやでも、それで信じられるのは今までの行動のおかげか……そう思いちょっと複雑な気分になってしまう。
「まあいいわ、どうせいつかやると思ってたしね。それより玲、鎮凪様は本当に強いわよそこの所分かってる?」
「知ってるよそんぐらい、ネットに上がってる戦績を見た限りかなり人間離れしてたしな」
そもそも彼女は人間ではないが、それでもあれはおかしい。
共闘時の動きも考えると、俺より身体能力は高いし技術もあるだろう。実際に戦っている姿を一度見ただけでもそう思えたし、鎮凪は本当に強い。
「意外、珍しく調べたんだ」
「まあな、でも得意武器とか分からないし、スタイルとかいつも載ってる筈なのになかったんだよな」
「それ……動画を見てないんじゃない?」
「どう…………が?」
「そのお爺ちゃんみたいな反応はやめて。今の時代逢魔ノ契の試合とか動画サイトに沢山あるし、それを見ればいいじゃない?」
「あとでおすすめの動画を送っとくわ、休み時間にみなさい」
「……助かる」
そうだ、動画があるじゃないか。
全く気付かなかった自分を呪いながらも、救いの手を差し伸べてくれた影に感謝した。本当ならすぐにでも動画を見たいが授業をサボって動画を見て過ごすメンタルとか持っていないし、何よりこの後の事を思えば不可能だろう。
「私は戻るわ、あとは自分でなんとかしないさい」
「ありがとな影」
「別に良いわ、一応仲間だもの。じゃあね、精々頑張りなさい」
いつもは嫌な奴なのに、こんな風に助けてくれるとは思わなかった。
そう思い彼女に感謝しながら、俺は教室に戻ったのだがそれが悪手だったようだ。何故かって? それは噂と戦い好きの妖怪がこの話を気にならない訳がないからだ。教室に戻ってきた途端に、一人の男子生徒が近付いてくる。
「百鬼、話を聞かせてくれよ!」
そしてその言葉を合図に、今までこちらを伺うだけだった生徒が俺の元にやってきて、有り得ない量の質問に俺は襲われた。
それは担任の先生がやってくるホームルームの時間まで続くかと思ったが、鎮凪が登校したタイミングで矛先が変わり、
「……死ぬかと思った」
その場には燃え尽きた俺が残され、そのまま自分の机に倒れ込んだ。
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