第1話:任務開始
「というわけで玲、お前護衛やってこい」
一ヶ月前の事、呼ばれたので通い慣れた上司の執務室に来てみれば言われたのはそんな事。
「おっけーおっさん、もう一回言ってくれ?」
聞き間違いかと思って、書類の束の後ろに座り煙管を吸う黒い羽の生えた髭面のおっさんにそう聞いた。その男……いやおっさんは、馬鹿を見るような視線を送ってきた挙げ句に心底呆れながらもう一回言ってくる。
「いいか? 次のお前の任務は常世学園で、ある生徒の護衛だ。とりあえず頑張れ」
「潜入任務……だよな」
「あぁ、お前にはあの学園の生徒になって護衛をやって貰うつもりだ」
「……今更俺が学生をやるのか?」
「そうだな、一応お前は年齢的に高校生だし不思議じゃないだろ?」
「いやそうだけどさ……俺が?」
「そうだって言ってるだろ?」
しかし、やっぱり返ってくる言葉は変わらない。それどころか何の情報も無いしで、一度問い詰めたいくらいにはキレそう。何より、ただの護衛任務に俺が割かれるとは思えない。
「……その間の穴埋めどうするんだよ?」
「そんなのいつも通り足りなくなったらお前を呼び出すだけだ」
「だと思ったよ……というか、理由と経緯を教えてくれ、何が起こったら俺なんかに護衛任務が回ってくるんだよ」
「いやな、知り合いにお前を貸してくれないかって言われたから、今フリーだからいいぞって感じで送る事にした」
「まじでふざけんな」
上司だとか恩があるだとか関係ない、今はとりあえず抗議する。せめて何らかの説明や理由があればいいものの、これじゃあ何も分からない。
「でもなー聞けよ玲。もう書類を出したし準備は整ってるんだ。だからお前に残されたのは首を縦に振ることだけだぞ」
「謹んで断るよおっさん、絶対やらねぇ」
誰を護衛するのか分からないけれど、何より面倒な予感がするのだ。
俺が所属している場所にはロクでもない任務が集まる。
その上、ここで偉いこの人に来る頼み事なんてまともじゃないのが確定している。最悪な想像だが、
「おっさん、あんた楽しんでるだろ?」
「そうか? 俺としてはそんな気一切ないぞ?」
「嘘つくな。何年一緒に居ると思ってんだよ、それぐらい分かるわ」
さっきからこのおっさんは楽しそうに笑顔を浮かべているのだ。
この顔は完全に俺で遊んでいる顔で、明らかにやばい任務の時しかしてこない。そんな顔をただ護衛をやれって任務でする訳がない。
「あ、そうだな。お前に発破をかけよう――頼んできた相手は
「……あの人が?」
「あぁ、そうだな。玲ならやるだろうなって伝えといたし、どうせお前は断らないだろ?」
八咫というのは俺の数少ない恩人の一人。頭が上がらないというか彼の頼みを断れないのが本能に記録されていて、名前を出されるだけで俺は弱い。
しかもだ。俺がやるって伝えられてるって事は……きっと今頃凄い喜んでいる。
「……地獄に堕ちろおっさん」
「その言葉が聞きたかったぞ、頑張れよ糞ガキ」
そんな状況で行かないとなったら、依頼をしてくれた八咫さんに申し訳ない――故に俺に与えられた選択肢はその任務を受けるということだけだった。
「詳細は? それと期間はどのぐらいだ? 最低限そこは教えろ」
「入るのは言った通り常世学園で相手はあの
「……それ護衛する必要なくないか?」
鎮凪紅羽というのはさっき名前が挙がった八咫さんの娘であり、流石の俺でも知っている有名人。凄く強いと噂される彼女を護衛する必要がまじで分からなかった。
「そこに関しては俺も聞かされてないな」
「まじでどんな任務なんだよ……」
普通の潜入任務であれば、ある程度何かが起こればそれに対処しろと言われる筈だ。狙われているとかならともかくこの状態では鎮凪紅羽を護衛する意図が分からない。
「あ、そうだな。とりあえず部隊の奴らも一緒だから安心しろ」
「……厳重すぎるだろ、本当に護衛なんだよな?」
「まあ、あの二人が一緒ならなんとかなるだろ」
「――はぁ、分かったよ。で、いつからだ?」
「来月、つまり五月頭だなそこからお前はあそこの生徒だ」
「……なぁおっさん、俺は小学校から殆ど勉強してないんだが……今からやる必要あるか?」
「そんな付け焼き刃で何か出来るわけ無いだろ常識無いのか?」
まじで殴りたい――心の底からのその思い。どうせ見透かされているだろうから何も言わないが、とりあえず何か抵抗はしたい。
「まぁなんだ。今回はお前のやりたいようにやればいい。とにかく一週間後に任務開始だから準備しとけよ? 資料は後で渡すからな」
それだけ伝えられ部屋から追い出された俺は釈然としない気分で自室に戻った。
だが、忘れてはいけない。ここに来る任務はロクでもなく、難易度が高いか変なものばかりだということを。
何が言いたいかって? くたばれおっさん。それに尽きる。
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