異種族百鬼譚 ~多種族溢れる世界で裏組織に所属する元英雄の俺の周りにはいつの間にか病んだ奴しかいなかった~
鬼怒藍落
序幕:黄昏時の黒歴史
「私に友達なんて出来るわけないじゃないですか馬鹿ー!」
足を踏み入れたとき、屋上に響くようにそんな声が発せられ、その場にある幻想的な雰囲気が全部消し飛んだ。あまりにも場違いなその叫び……それはどこか聞いた事がある声で思わずその主を探してしまい、
「ッ――」
そして思わず、息を呑んだ。
声の主は後ろ姿なのにもかかわらず、引き込まれるような魅力を放っている。
夕焼けを浴びてキラキラと光を放つのは透き通った茜色の髪。この朱色の世界の中ですらその鮮やかさを色褪せさせない、美しい紅色の翼。
俺は、この時始めて『息を呑む』という言葉の意味をこの身をもって知ったのだ。
だけど、一つ言わせて欲しい……どうして此処にいるんだよと。
鍵がなければ来られないだろう屋上にいたのは俺の護衛対象である
思わず、絵画みたいだなという感想を抱くが……そんなことより、さっき叫んだ内容が気になってしまう。
聞いてはいけないと本能がそう告げてくるのだが、逃げようにも下手に動くことが出来なかった。心の底から聞いてはいけないと分かっているが、この声量は大きく嫌にでも聞こえてくる。
「終わりました。というか終わってます、どこなんですか私の華やかな学園生活は? あと今日もお疲れ様ですぼっちな私。なんで皆さんは話しかけてくるのに誘ってくれないんですか? いや、確かにちょっと有名な家に生まれたかもしれませんが、だからって遠慮する必要ないじゃないですかぁ! 最初はよかったですよ? 皆戦うって言ってくれましたし――だから全力でやったのにぃ、なんで……なんでっ逆に距離が開くんですか!」
一度溢れ出したら文句が止まらない性格なのか、そんな事を言うクラスメイト。
思うのだが、かなり大きな声で叫んでいるが誰かにバレるとか考えなかったのだろうか此奴は。
呼吸を挟まずそう言う彼女は、今まで余程不満や文句などを溜めていたのだろう。
……いや待てよ、これは本当に鎮凪紅羽なのだろうか? よく考えろ
だが、今までの護衛生活の中で戦う以外で誰かと関わっていない彼女の姿を見る限り今の光景を否定しきることは出来ないし……うん、頬を抓っても痛いしこれはきっと幻覚だ。
だって、これはどう考えても見てはいけない類いのもの。俺だったらこんな現場を見られたら自殺ものだし、ここは見なかったことにしてやるのが吉であり、忘れるのが彼女のためだ。
だからこそ、何も見なかったことにして逃げるのが最善――――そう判断して、俺が屋上から忍び足で去ろうとしたときだった。
「誰ですか!」
彼女が突如として振り返り、目が合ってしまったのだ。
それもバッチリと、誤魔化せないぐらいにはっきりと。
それからは早かった。彼女がその鮮やかな紅い羽を広げた後それを羽ばたかせ飛びあがり一瞬止まって俺の元に高速で詰め寄ってきて、
「あのぉ……見てましたか?」
もう色々限界なのかぐちゃぐちゃで絶望したような表情で確認するように聞いてきた。このまま黙っても何もならない、というか今の彼女の表情を無言で乗り切るのは無理だ。
「……あぁ、言いにくいが、見てしまった事になる……な」
結局、俺は沈黙に耐えきれず喋ってしまった。
「――――もしかなくても最初から……ですか?」
最初というのがどこからか分からないが彼女が初めに叫んだ所が最初というなら、最初から見ていたことになるだろう。
だから俺は肯定の意味を込めてゆっくりと頷いた。
「あ、はは、あ、は……はぁー、死にます」
それを見た彼女はワナワナと震えだして、目にうっすらと涙を浮かべながら口走った。どうすれば良いんだ? 護衛対象の醜態を目撃したら、相手が死を決意したときの対処法なんて分からない。だけどそれを考えるより先に、色々限界な表情をしている彼女を止めないといけない。そもそも護衛対象が死ぬのは不味いしで色々ヤバイ。
「ちょっと待て早まるな、目の前で死を決意するな!」
「……では聞きます、これは夢ですよね」
はい? なんでいきなりそんな事言いだしたのだこのお姫様は。
「だってこんなの悪夢じゃないですか? お友達は出来ませんし、こんな現場をクラスメイトの、しかも貴方に見られたんですよ? そんなの悪夢以外になくて、私は本当はベットの中で寝ていて、朝起きたら学校で今日こそ友達沢山作るんですよぉ。だからこれは夢、夢じゃないとおかしいんです、だから答えてくださいこれは夢ですよねぇ!」
涙目で現実逃避をしながら、凄まじい力で俺の肩を掴んでぶんぶんと振り回す紅羽様。それに揺さぶられ、吐き気を覚えるが、鋼の意志で俺は耐えようと――――あ、ちょまギブ。誰か助けて。
頭が揺られ、体も揺れて俺の三半規管は限界寸前。
「ちょっと落ちつ――――揺らすな、俺を揺らすな!」
「落ち着けませんよぉ、誰のせいだと思ってるんですか! そもそもなんでこんな時間に屋上にいるんですか貴方は!」
俺は悪くねぇよ!
あまりにも理不尽な責めに、その言葉が口から出そうになったが、ややこしくなると分かっているので、言葉をなんとか飲み込んだ。
「分かった! 絶対に誰にも言わないから今日の事はなかったことにしような!」
これ以上は本当に吐くから、一刻も早くこの場から逃げたい。
だから彼女に提案したのだが、それだけでは足りなかったようで色々限界だった彼女はあろうことかこんな事を言いだした。
「こうなったら貴方に逢魔ノ契の決闘を申し込みます!」
テンパっている彼女は、俺を解放した直後自分の手形を取り出してそこに可視化できる程に莫大な妖力を注ぎだした。
彼女の手形は妖力を込められた事で光り出して、そこから赤い線がズボンのポケットまで延びていく。その線は俺の手形と繋がって、その直後辺り一帯に色々な文字が浮かび上がった。
「決闘は明日の放課後、勝った方の命令を一つ聞く事を条件に貴方に一騎打ちを申し込みます!」
完全に涙目で何よりテンパった様子でそんな事を口走る鎮凪紅羽。
この様子じゃ何をされるか分からない――なんとか凌がなければいけない。それにここで拒否したらそれこそ何が起こるか分からない。だから俺が取れる選択は一つしか無くて……。
「分かった受ける――受けるから落ち着いてくれ!」
――そして、受けてしまったことにより俺の逃げ場は完全になくなった。
逢魔ノ契は、一度決闘が成立してしまうと逃れることは出来ず。もしも逃げようとしたのなら、数ヶ月の参加禁止を言い渡される。
それはこの学校で事実上の死を意味し、様々な行事に参加できなくなってしまう。今日知ったばかりの知識だが、あの先輩が嘘を教えるはずもないので、何があっても俺は逃げられないだろう。そうなれば、護衛がしにくくなり――任務に支障が出てくるだろう……。
「絶対に逃げちゃ駄目ですよ! 絶対ですからね!」
それだけ伝えると、彼女は脱兎の如くその場から飛び出し羽を広げて何処かに行ってしまった。残された俺は、なんて言っていいか分からずその場に立ち尽くし、数分間ほど立ち尽くしてしまう。
「ねぇ――大丈夫、玲?」
あまりにもあんまりなこの状況に頭痛と吐き気を感じながら、放心状態でいると俺の腰に差している刀から一人の少女が現れる。
彼岸華の刺繍が施された着物を纏う俺と同じ濡羽色の髪をした子供の頃から一緒に過ごしていた相棒である彼女。そんな彼女は色々限界な俺を見て、心配そうに声をかけてくるが今その声は届かない。
「あぁ、どうして……こうなった」
そんな、心から漏れた言葉は空に消え――屋上には相棒と二人残された。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます