今年の葬式
舞寺文樹
今年の葬式
バクシェーエフが描いた冬。真っ白な世界と黒い筒。黒い筒は凍てついて、私のこめかみを冷やした。
針葉樹は真っ白に着飾って、四分の一程埋まった幹のことを労わりながら春を待つ。
1900年。もう124年前。バクシェーエフが描いた樹氷。私の目の前に広がる雪化粧。ほぼ同じ景色に、その悠然さに、その白の間から覗く青空に、その私の事の終わりの理に、もう今から事切れる。
手を挙げたその親指と人差し指の間からそっと彼の顔を見る。
「なあ、最期にタバコを吸っても良いか。吸ってる間ならいつ撃ったって構わん」
「よかろう」
彼は太い声で一言私に言う。狂気の目を向けて、真っ黒の銃口を突きつけて。
なぜ私がこのような状況になったのかはわからない。気づいたらこうなっていた。どこかもわからぬ、真っ白な世界でタバコをくゆらす。
ゆらゆらと煙は昇って、青空に一つ目の雲を作って。けれど晩夏の黄昏時みたいな雲の速さで、すぐにどこかへ消えてしまう。もう一度口に咥えて、ゆっくり吸い込んで、また雲を作って、それをまた目で追って。
だんだんと短くなるタバコに私の命の短さを重ねて、いつその引き金が引かれるのかと唇が震え始める。
みっともない。誰のおかげでこの年を毎日過ごせたのか。私がいなければ何もなかったじゃないか。
彼の幸せも、彼女の幸せも、あの日のあの、小さな思い出も。
坊主の小学生が言っていた。初めて国語のテストで百点をとったと。
反抗期の中学生が言っていた。母さんの作る唐揚げが一番美味しいと。
学ランを着た高校生が言っていた。やっと受験が終わったと。
内気な大学生が言っていた。初めて恋が実ったと。
全部私がいなければ、私さえいなければ阻止できた幸せだった。けれどそれが私の仕事だから。だからみんなに幸せを分けっこして、私の幸せだけは毎日削って。
気づけばもう三六五日目。今日でもう終わりなんだ。明日は私の誕生日。この世に生まれて一歳になる。なれる気がする。けれどなれない。
針葉樹が真っ白に着飾るのは白装束。みんな一緒にここで死ぬ。
今年の葬式、そろそろ始まる。
また雲がすぐにいなくなって、もう一度口にタバコを咥えて、短針が久しぶりに長針と抱き合って。
引き金が引かれた除夜の鐘。百八回撃ち込まれて、今年の葬式はもう終わり。
また始まる今年は、バクシェーエフが描いた冬の樹氷から125年が経った。
今年の葬式 舞寺文樹 @maidera
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