炭酸水【カクコン10挑戦中!】

原作

 俺は、いいやつなんかじゃない。居眠りばっかりしていたし、課題もほぼほぼ提出していない。いや、今もそうだ。髪も銀色に染めたし、ピアスの穴だって開けた。こんな問題ばっか起こしてたら、「狼」だなんて言われるのも当たり前か。


 いや、昔から狼なんかじゃなかった。昔、自分で言うのも何だが俺は素直だった……はずだ。たぶん。


 ――それも、がいたからなんだけどな。



「あ、いた!!」




 ――噂をすれば……魔が差す、だっけかな? あってるかわかんねぇけど。あいつ――俺の片思いの相手は、今日も笑顔を浮かべて教室に入ってきた。


 高い位置に結ばれたツインテール。桃色に輝く柔らかそうな唇。丁寧に施されたナチュラルメイク。そして、炭酸がはじけるようなすがすがしい笑顔――。


 この片思いは、何年間にわたるものだろうか。とにかく、俺はあいつのことが好きで好きで好きでたまらない。狼が片思いだなんて、そんなのおかしいよな。いつも俺は悪役でいるべきで。恋なんてしちゃいけないよな。

 ……でも、この想いは止められない。俺は、あいつに恋をしているから。





 ――信じたく、なかった。なんでだよ。なぁ、嘘だろ?



 ずっと、俺はあいつのことを、見ていた。だから、気づいた。










 ――あいつが、すめらぎを好きになったことに。




 皇。あだ名は、リアル皇子様……。 あぁ、俺とは正反対だな。皇子様と凶暴な狼とか、皇子の方に惚れるに決まってんじゃねぇかよ。なんで、俺は皇みたいな甘い笑顔が浮かべられないんだよ。人に優しくなれないんだよ。勉強ができないんだよ。努力できないんだよ。


 何もできない、自分が嫌だ。どんどんと嫌悪感が募っていく。なんで俺は狼なんだろう。お姫様に似合うような皇子様になりたかった。

 なんで、ずっと俺はこのままでいなきゃいけねぇんだよ!


「よう、狼」

「…………皇」


 顔を上げると、そこにいたのは……皇だった。


「俺に何の用だよ。皇子様は人生楽しんでればいいじゃねぇかよ」

「やだな~狼くん。そんな簡単に言わないでくれるかい?」


 そして、皇は俺の耳の近くに口を寄せる。


「俺だってこの役割やなんだよ。『皇子様』は楽だとかそんな勝手な幻想押しつけんじゃねぇよ」


 ――そう言って、皇は見た中で一番冷ややかな笑顔を浮かべた。





 人ってものは、やっぱり作りもんだ。理想を押し込めた、形だけのもの。


 やっぱり人は炭酸水みたいだ。二酸化炭素――理想だけを人の圧力で無理やり身体っていうカプセルに閉じ込めて。おいしいのにどこか刺激があって。でも、やめられない。それでいるしか、ないんだ。


 あぁ、世界は残酷だなぁ。なんで俺は俺でいちゃいけないんだろう。俺は恋をしてはいけないのだろう。



 この気持ちは、ホンモノなのに。嘘偽りなんてないのに。狼が恋しちゃ悪いかよ。俺も、人間なのによ。それぐらい好きにさせてくれてもいいじゃねぇかよ。


 イヤホンをはめて、机に突っ伏す。あいつの恋なんて実ってほしくない。そんな所なんて見たくない。俺は、意識を手放した。





 ――頬に、冷たい感触。一体何が……


「――――おい! 狼!」

「…………皇」



 目を覚ますと、俺の前にはサイダーを片手に持った皇がいた。


「……なんだよ」

「なんだよ、じゃねーよ! もう学校閉まるぞ!」


 外に目を移すと、もう日が暮れかけようとしていた。そして、時刻は――


「最終下校時刻、三分前?」

「だからやべーっつってんだよ!」


 ……三分。俺らのクラスは、三階。昇降口から校門までも結構距離がある。



「え、やべーじゃん!!!」

「今更かよぉ!!」



 俺たちは、荷物を持って本気で駆けだした!




 ――結果から話そうか。俺たちは、最終下校時刻を二分オーバーした。

 先生にガミガミ怒られたが……うん、それで済んだだけでマシだろう。


「お前のせいでそんな目に……」


 と、皇。


「いやいや、俺が寝るのは自由だし。てかもっと早くに起こしてくれればよかったんだよ」

「俺は必死に起こしたぞ! お前が起きなかっただけだ!」


 ……なんともいえない。申し訳なかったな、うん。


「そうとは存じ上げず……大変申し訳ございませんでした」

「なんだよ、その謝り方。らしくねぇな」


 頭を上げると、皇は――笑っていた。今まで学校で浮かべていた『皇子様スマイル』じゃない。自然な、皇の笑顔を浮かべていた。


「皇、お前、そうやって笑ってた方がいいよ」

「は……? っと、ば、馬鹿言ってんじゃねぇよ!」


 そう言って、皇は手に持つ鞄で自分の顔を隠した。


「……なんか耳、赤いけど?」

「なんでもねぇし! そういうこといちいち言うんじゃねぇよ!」


 ……皇って、こんな感じだっただろうか? なんか、人間味に溢れている感じがする。皇への、見方が変わったかもしれない。

 あ、確か皇はバスだったよな。


「俺駅だから! じゃあな」

「ま、待てよ!」


 皇は、手に持っていた一つのものを俺の前に突き出した。


「これ、やる」


 皇がくれたのは――さっきのソーダだった。まだ皇の顔は青色のラベルと相反してほんのりと赤かった。

 ……優しいかよ。

少しだけ、あいつの気持ちがわかる気もした。


「ありがとな。じゃあ、明日学校で!」

「おう!」




 皇がくれたソーダは、はじけてて、でもどこかほんのりと甘かった。

 ――炭酸水も、たまには悪くないかもしれない。

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