第17話 お昼ご飯
「あれ、ミミさん。どうしたの?」
1階に降りてきて、リビングに向かうとジェイデンさんが言った。
「……お腹すいちゃった」
そう言う。口元が勝手にはにかむ。
ジェイデンさんは、「まだケーキは食べてないんです」と言った。
「寝てたんだって? こんなヤツの家で熟睡するなんて、凄い胆力だね」
ハルバーグさんがタコスを数口咀嚼して飲み込むと、何か含みのある言い方で言った。
「…………」
トレミーさんの手元にはオレンジジュースで作ったっぽいゼリー。なんで降りてきたの、みたいな目でトレミーさんが見ている。嫌われているのかもしれない。
「えっと、私もちょっぴり貰ってもいいですか……?」
「全部美味しいからむしろ全部食べなよ」
ハルバーグさんが言う。
「お前が作ったのにお前が一番食べてる」
トレミーさんが不満げに言った。まだ料理はそんなに減ってなかったけど、ハルバーグさんは食べるスピードが早かった。あっという間にタコスは大きさが半分になっている。
「どれ食べます?」
ジェイデンさんが素敵な笑みで言った。「えっと、タコス食べたい!」
「チリソースはかけますか?」
「そのままで」
「分かった」
ジェイデンさんが新鮮そうなレタスをタコスに乗せる。そしてスプーンでトマトを刻んでひき肉と混ざってる物をタコスの皮に半分乗せた。最後に、シーフードっぽいエビとかイカとか入ってるのをタコスの残り半分に乗せてくれた。
(ううう、うま……!)
皮がパリパリしてて、ひき肉の旨味がぎゅーっと濃縮されてて、トマトと抜群な相性だ。それに、塩辛さがちょうどよくって、美味しい。
テーブルの上でトマト味のナチョスとチーズ味のナチョスが動かされる。トレミーさんが封を空けていた。
「おいしいです」
「良かった」
ジェイデンさんが言った。
「ねえ、ミミちゃんって妖精なの?」
ハルバーグさんが言った。
「あ、はい。妖精です」
「何の妖精?」
「えっと、大地の妖精です」
「あんまり土とか森っぽくないけど」
トレミーさんが言う。
「あ、えっと、作物の豊作に関する妖精です」
「そうなんだー。じゃあ、パパとママは、農家さんだったり?」
ハルバーグさんが言う。
「いえ、父は郵便局でメール配達を、母は介護士をしています」
「そうなんだー。介護士さんかぁ、大変だよね」
ハルバーグさんが言う。
「医療従事者は大変そうですよね」
ジェイデンさんが言う。
「そうそう。介護士さんとか看護師さんとかお医者さんって大変そう」
ハルバーグさんが言う。
「ここにも自分は無関係を装ってる医療関係者が居るけど」
トレミーさんが言う。
「え?」
「ああ、ミミさん。リセルソン君は、お医者さんですよ」
「そうなんですか⁉ えっ、内科ですか外科ですか⁉」
「何のお医者さんか当ててご覧よ」
ハルバーグさんが言う。
「当てれたらなにか良いことありますか?」
「そうだなぁ、ジェイデン君の昔話でもしてあげるよ」
「は?」
ジェイデンさんが言う。
「え、やった! あの、昔からお知り合いなんですか?」
「この二人が小学生で、俺が中学生の時から知り合い」
「まあ、……ある意味そうですね」
「えっと、じゃあ、……うーん」
「当てるのは3回までね」
「えっと、ペットのお医者さん!」
「えー、外れです! 残念」
ハルバーグさんが楽しそうに言う。
「ちなみになんで獣医」
トレミーさんが聞いてくる。
「えっと、動物に好かれそうだから」
「あー。……まあ、そう見えるかも、ですね」
ジェイデンさんが言う。納得いかないって顔で、トレミーさんが手を自分の顎にもっていってる。
「次どうぞー」
ハルバーグさんが言う。
「えっとね、じゃあ、うーん……子供のお医者さん」
「小児科? ああー、よく言われる」
「ちがうの⁉」
「なんでそんなにびっくりしてるんだ」
トレミーさんが言う。
「だって、気さくで、やさしいし、思いやりがありそうで……子供のお医者さんにぴったりかなって」
「えー、そんな風に思ってくれてたの⁉ この子やさしいね。ジェイデン君にはもったいないくらいいい子だなぁ」
「彼女をたぶらかさないで下さい」
「たぶらかされてないです!」
私が言う。ジェイデンさん嫉妬深いのかな。嫌そうに顔をしかめて、むっとした顔も、かわいいな……。
「当たる気がしないので少しだけ質問してもいいですか?」
「いいよ」
ハルバーグさんが言う。
「”院長回診です!”のときに看護師さん引き連れて回ったりしますか?」
ドラマで見たぞ! どきどき。
「え、あははは。ないよー。ナイナイ。ていうか俺の病院は入院病棟あるような大きい病院じゃないからね」
「へえー? じゃあ、えっと、人を手術したりしますか?」
「手術はあんまりしないなぁ。あー、いや、アレは手術って言うのかな? …………。ノーコメント」
「えっ?」
「当ててご覧」
「えー! …………。もうわかんない! ギブです」
「ジェイデン君の過去は気にならないのかい?」
「気になる! けど……えーっとじゃあ、植物のお医者さん?」
「はー、残念。ていうか植物のお医者さんってなんだ?」
「えっ。なんか、TVでやってた。ジャカランダの木をね、枯れないようにしたり、お米のイネモチ病とかを診断して、農薬撒くの」
「それ、医者じゃなくね。農学部出身とかだろ」
トレミーさんが言った。だって思いつかなかったんだもん!
「せ、正解をおしえてください……」
「精神科医。こころのお医者さん」
「あ、ああー! いましたねそんなお医者さんも」
「手術しないって言ったら、あとは何があるんだ。皮膚科とかか」
トレミーさんが言う。
「え? 皮膚科は粉瘤(ふんりゅう)の手術するんだけど」
ハルバーグさんが言う。
「精神科の他は、内科でしょうか」
ジェイデンさんが言う。
「たぶん正解だね。投薬治療が基本だし、手術はあんまりしないかもね。よその科のことは詳しく知らないけど」
ハルバーグさんが言った。
「トレミーさんは何のお仕事してるの?」
「……リモートワーク。ぜんぶ家で完結する。……俺より凄いのが居る。こっちですました顔してるコイツは警察官だぞ」
トレミーさんが言う。
「知ってる!」
「何かコイツに質問してみろ」
トレミーさんが言う。
「えっと、じゃあ、取調室で、お前のおふくろさんが泣いてるぞって言いながら、かつ丼出したりしますか?」
「いや、取調室は飲食禁止です」
真顔だ。
「なんで飲食禁止なんですか?」
「理由は、フォークや皿でやけになった容疑者が警察官を襲ってきた事件があったからです。警察官は大怪我をしました」
「ええっ」
こわすぎる。
「それに、警官に尋問されてる時にのんきに食事なんて食べれないですよ、普通」
「おにぎりかサンドイッチ出せばいいのに!」
「自白剤混ぜて?」
ハルバーグさんが言う。
「それもいいかも!」
「ミミちゃんって無邪気だし、純粋なキラキラした目が可愛いね」
「リセルソン君。さっきから彼女に馴れ馴れしいですよ」
「ケーキ。いつ食うんだ」
待ち構えているような声でトレミーさんが言った。
「あ。ロウソク! 買い忘れた……っ!」
絶望的な気持ちが広がる。
「240本もさせませんよ」
ジェイデンさんが言う。
「240歳! 240歳って、標準化年齢でいうと、何歳ですか?」
妖精年齢だと、44歳くらいだ。種族だけじゃなくて、属の分類によっても違うから一概には言えないかもしれないけど。
「25歳です」
ジェイデンさんが言う。
「じゃあ、四等分に切り分けますね」
「俺チョコレート嫌いだなあ」
ハルバーグさんが言う。
「……あ?」
トレミーさんが言う。
ジェイデンさんが、小さな包丁で切り分けた。
机に、四皿のお皿が並んだ。
「じゃあ、誕生日おめでとう! 貴方が周りに注いできた愛と誠実さが、今日という日に貴方に返ってきますように」
ハルバーグさんが真面目なトーンで言う。
「ありがとう」
えっなにそのフレーズ⁉ こんな習慣知らない! え、なにか私も気の利いたこと言わなきゃだめな感じ……⁉
と思ったら、トレミーさんが鼻を鳴らした。
「ハッピーバースデー。新しい365日に乾杯」
トレミーさんが言う。
「ありがとう」
二人にお祝いされて、嬉しそうだ。
チラっとジェイデンさんが、私にも何かお祝いのコメントを期待してそうな目で、見てきた。
「え、えっと、お誕生日おめでとうございます。えっと。えっと。生まれてきてくれてありがとう。だいすきです」
「わあ。情熱的だね」
ハルバーグさんが短く、口笛を吹いた。……トレミーさんは、聞こえていないふりをしているが、ちょっと恥ずかしそうにしている。
「ありがとうございます。ミミさん。嬉しいです」
「じゃあ、ケーキ食べよう」
ハルバーグさんが言う。トレミーさんもうなずく。
「料理もお菓子もいっぱいあるから、皆、遠慮せずに好きなだけ食べて下さいね」
ジェイデンさんが言う。
「言われなくても!」
ハルバーグさんが凄くキラキラした目で言う。
「お前は遠慮しろ」
トレミーさんが言うが、楽しそうだ。
その頃には私は、すっかり2人と一緒にジェイデンさんをお祝いするモードになっていて、すっかり、お泊りしようと言われたことなんて、頭から抜け落ちていた。
「いやあ、楽しかったね!」
ハルバーグさんが言う。
「えへへ、楽しかったですね!」
私はハルバーグさんと仲が良くなっていた。
二人でスマホのカードゲームを対戦して遊んだ。ハルバーグさんは、おちゃめで、楽しい。私に年上のお兄ちゃんがいたらこんな感じなのかな。
「あ。ナチョスなくなったね」
お菓子と料理のお皿はほとんどが空になっていた。
3人は確かに、胃袋が常人よりも大きいのかなという感じだった。痩せてるのに……。これが悪魔か……。いや、ハルバーグさんとトレミーさんも悪魔って決まった訳じゃないけど。太らないとか羨ましい。
ひたすら皆に勧められたので、私もいっぱい食べた。
ジェイデンさんは、トレミーさんと仲良く喋っていた。
トレミーさんとジェイデンさんは、偶然つけたTVでやっていたちょっとバイオレンスなサバイバルゾンビ映画を見て楽しんでいるようだった。
そして、恐怖演出の激しいシーンでは、わっ、とかうわっと声を漏らして、「ビビりすぎだろ」とか「君には言われたくない」と言い合っていた。
そして、意外な展開が起きたようで、映画を観ながらはしゃいで、これからどういう展開になるかを予想しあっていた。グロすぎて私は見れないゾンビ映画に夢中になっている。
そして映画が終わったらしかった。
「じゃあ、そろそろお開きにしようか」
「そうだな」
二人が言った。
「もう帰っちゃうんですか? オールしましょうよ。明日日曜日だし」
「あははは。ジェイデンが不機嫌になるよ」
ハルバーグさんが言う。
「なんで?」
「アップルは、危機管理能力無さすぎだと思う」
トレミーさんが言う。アップル? その呼び方されるの初めてで新鮮だ!
「いい子なんだよねー。人を疑う事を知らないし」
ハルバーグさんが言う。
「ぐっ……」
「ぐぬぬって言って下さい」
ジェイデンさんがトレミーさんを意地悪な目で見た。
「ぐぬぬっ……。…………?」
何だろう?
「かわいいかわいい」
ハルバーグさんが爆笑する。そして、トレミーさんをちらっと見た。そして、あははははは、と笑った。
トレミーさんが嫌な顔をした。
「実は明日仕事なんだよなー。俺達」
ハルバーグさんが言う。
「そうなんですか?」
ハルバーグさんが帰るためにクッションの上に置いていたカバンを肩にかける。
「……今度はバーでも行くか?」
トレミーさんが言う。
「俺、スパとかおしゃれな温泉とか行ってみたい」
ハルバーグさんが言う。
「……嫌だ」
そして二人は帰っていった。玄関まで見送る。トレミーさんは家を出ると一度も振り返らなかった。ハルバーグさんはなんども振り返ると、手をぶんぶん振ってくれた。
「ミミさん」
「はいっ」
「気が合う年上のお友達ができて良かったね?」
口調がちょっぴり意地悪。
「だって、ジェイデンさん、ずっと映画観てたもん」
「観てたけど、こっちに来てくれるかなと思ってました」
「えーっ」
「寂しかったな」
「よしよし」
ジェイデンさんの頭を撫でようとしたら、手をやさしく払い除けられて、ぎゅっとされた。
「じゃあ、約束どおり、キスします?」
FIEND/悪魔捜査官と妖精【旧版】<R-15用に修正済> 旨井鮪(うまい・まぐろ) @umaimaguro
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