第16話 ふたりきり、妙な雰囲気

 寝室はさっぱりしてて、他の部屋と同じで、清潔だ。

 髪も目も、それに普段は服も真っ黒だから部屋も真っ黒なのかなと思ったけど。意外と爽やかな感じ。びっくりした。

 

「ミミさん。ベッドに座って下さい」

「うん……」

 ドキドキする。座った。隣にジェイデンさんが何かを慮(おもんばか)るようにそっと座った。

「手を繋いでも良いですか?」

「うん……」

 ジェイデンさんと手を繋ぐ。ジェイデンさんの手は、日焼けしてなくて白い。私の手よりすごく骨ばっていて、青い血管が少しだけ浮いていて、痩せた男性の手だ……って感じがする。形がすごく、ゾッとするほどセクシーな手だ。

「ミミさんの手、小さくて、もちもちしてる」

「へへ……」

「どうしたの?」

「なんか、すごく仲良しの恋人みたい」

 照れて笑う。

「もっと恋人みたいな事、しますか?」

「うーん」

 ものによる。

「ミミさん。チュってしても良い?」

「どこに……?」

「手」

「い、いいよ……?」


 手を繋いだまま、手を軽くひっぱられて、ジェイデンさんの口元に誘導される。しっとりしてる。形がいい。性的にしか見えない。果物みたいにみずみずしい。ジェイデンさんの唇。その唇が優しく手に口付けを落とした。

「ん……」

 ちゅ、ちゅ、ちゅ……と優しくふにっとした唇を押し付けられる。

 くすぐったい。身をよじってしまう。


 そして、私が嫌がってないのを確認すると、ちゅ、ちゅう、ちゅっ……と、強弱をつけて、唇が手の皮膚を甘く吸ってくる。

 ジェイデンさんは、唇で私の手の肉を挟むようにキスしたり、押し付けたり、また、唇をそっとくっつけたりしてくる。

 

 こんなことされたことない。それに丁寧だ。比べたくないけど。


 ジェイデンさんの舌が、手をかすめた。

「……っ! それはだめ」

「……ん」

 また、唇を優しく押し付けるだけのキスに戻った。

 ちょっぴり、体が熱くなってきた。はずかしい。息が苦しい。でもやっぱり、反応を伺いながら、ジェイデンさんが、どんどん、キスの仕方を性的なものへ変化させていく。

 

「なんか、お姫様になったみたい」

 冗談で、わらうけど、ジェイデンさんの目を見つめられない。

「お姫様、ですか?」

「うん。だってね、えっと、騎士が、お姫様にしてたよ。映画で」

「ああ。…………」

「わかる? シチュエーション……」

 もじもじしてしまう。ジェイデンさんが、私の髪の毛をいじりはじめた。おさげの左の部分を、指で、つーっとなぞる。

 髪の毛に神経なんて無いはずなのに、髪をつたう振動が、甘くておもわずちっちゃな悲鳴をあげそうな、快楽めいたものを伝えてくる。


「俺的には、マフィアのボスに、部下がするキスって思ってます」

「えーっ夢がないよ」

「ミミさん」

「なに?」

「触って欲しい所、教えて下さい」

「へっ」

「どこでも、さわってあげますよ」

 声が、えっちなニュアンスを含んだ言い方だ。なんか、妖しい流れになってきた気がする。

「や、やだ」

「やなの?」

「だってはずかしい」

「言うのがはずかしくなるような所、触って欲しいんですか? へえー……」

 言葉尻を捕まえてくる。

「ちがう……」

「じゃあどうして恥ずかしいのかな」

「下の階に、男の人が、ふたり、居るから」

「ああ。大丈夫。ミミさんには興味ないと思います」

「でも」

「リセルソンは変人が、トレミーはオラオラした子が好きなので」

「でも、もし、声きかれたら、はずかしいよ……」

「そんなにおっきな声が出ちゃう場所なんだ? どこ触って欲しいの」

「……ッ」

「気持ちが高まってきちゃった?」

(…………!)

 笑みをうかべている。その笑顔と、ねちっこいような気がする言葉を聞いたら、顔が熱くなってきた。



「…………」

 頭がぼーっとしてきた。

「ミミさん、表情がやらしいです」

 ほっぺたを、ぐにぃっ……とつねられた。なんか、ゾクッとした気持ちよさが走った。

「やらしくないもん……」

「えっちな事考えてる顔ですよ」

「ジェイデンさんのほうが、えっちだもん」

「ふふ、そうですね」

「…………」

 ぜんぶ、ジェイデンさんの持っていきたい方向に持っていかれてる気がする。

「ぎゅーってして良いですか」

「うん……」

 腕を回される。骨が壊れやすい小動物を大事に抱える人みたいな、ふんわりした抱きしめ方だ。

「ミミさん。好きです。二目ぼれです」

 抱きしめられたまま、幼い子供を落ち着かせるように、ゆさゆさと、揺さぶられる。

「一目惚れじゃないんだ」

 わらう。

「この間は言えなかったので、今言わせて下さい。――好きです」

「す、すき。わたしも」

 このはずかしさを悟られたくなくて、私からもぎゅっと抱きついた。

 あんまりウブだと思われると、経験が豊富そうなこの悪魔さんには、物足りないと思われるかもしれないと思った。


「心臓の音、凄いですね」

「…………⁉」

 それは盲点だった。離れようとする。

 ジェイデンさんが回していた腕をさらにぎゅっとしてきた。私を離さない。本気で逃げようと思ったら逃げられそうだけど、ホールドされている。

「ミミさん。しばらく、このままで居ましょうか」

「……ジェイデンさん」

「なに?」

「あの、初めてって痛いんですか……?」

「……はい?」

「ジェイデンさん、上手ですか……?」

「……はい……? どうしたの?」

「私、最後までした事なくて……」

「……そう……なんだ」

「どうしたら良いのか、あんまり分からないというか、たぶん、がっかりするかも」

「どうしてがっかりすると思うの?」

「なんとなく……」

「そうですか」

「泣いちゃうかも……」

 しょんぼりする。

「俺からすれば、興奮材料ですけど……」

「やだあ……」

「その日が来たら、怖かったら、好きなだけ泣いて良いですよ。俺、自制心が強いので、興奮しても無理矢理、乱暴にしたりはしません」

「……うん」

「…………」

「……っ」

 無言が続く。

 ひたすらに、無言の空間の中で、胸のばくばく音だけが、私の耳に響いている。



「今日、泊まっていきますか?」

「……えっ!?」

「別に、度を越して妙な事をするつもりは無いですが」

「度を越してって、その、どのくらいですか……?」

「キス以上のことをするつもりはありません」

「……え、えと……その……」

「その?」

「……ほんとにそれだけなら、その……」

「いいですか?」

「……うん……」

 小さく頷く。照れてしまう。



「ミミさん、駄目ですよ。大人がそんな口先だけの約束を信用したら」

「え……」

「危ないです。強姦されますよ」

「キスだけじゃ、がまん、できないですか……?」

 思わず、きく。

「いえ、我慢できますし、我慢しますけど、……世間一般論として、そんな口約束を信じるのは頂けませんね」

「ジェイデンさんじゃなかったら、信じないです」

「出会ったばかりの男ですよ」

「ジェイデンさんだったら、間違いが起きても、私……その。まぁ、そこまで後悔は……その……しないかも……なんて……」

「……やっぱり、貴女みたいなほわほわした騙されやすい女性が本当にこのアレスナ州の都心部で生活していけるのか、非常に心配ですね……」

「ジェイデンさん、まさかとは思いますけど、私に魅了魔法使ってないですよね?」

「催眠魔法は非合法ですよ。法の番人の一人である警察官が、法を犯してどうしますか」


「うう……」


「大丈夫?」

「疲れちゃった……」

「この部屋で休んでても良いですよ。――俺は下に降りますけど」

「うん……そうする……」


 そして、ジェイデンさんが下の階に降りたんだけど。

…………。…………。

……なんか、さみしくなってきた。下の階から、大きな男性二人の笑い声が聞こえてくる。ジェイデンさんの声はあんまり聞こえないけど、楽しそうだ……。



●  ●  ●  ●  ●  ●  ●  ●



 気がついたら、私は階段を、とてとてと、足元を確かめるように降りていた。

 あ……。いい匂いがする……。

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