第15話 ハッピー・バースデイ・トゥー・ユー
『そうです 誕生日です。おはようございます』
わっ! 誕生日だったんだ!
『9月5日がお誕生日って、教えてくれたら うれしかったです!』
『すみません、昨日の夜中まで忘れてました』
うそだー!
『ジェイデンさん 今日はお仕事ですか?』
『家に居ますよ』
『用事とかはありますか……?』
『無いです
休みたいので家からは出ません…』
『そうなんですねー』
『5日ぶりに電話しますか?』
ジェイデンさん。
『ケーキとか持っていってもいいですか⁉』
私。
お互いに同時にメッセージを送信してしまった。
『え』
ジェイデンさんが送信してきた。
『お祝いしたいです』
『来てくれるの?』
『あんまり遠いと無理ですけど、えっと、アレスナのどこですか?』
『東ホワイト・バド・アイズ区です』
『飛んでいける距離ですね! 住所教えて下さい』
『アレスナの東ホワイト・バド・アイズ区9丁の
ノエル・キャントリー博物館がある通りを
ペットショップ兼DIYショップ『クラウンフィッシュマン』から
巨大な郵便ポストへ進んで
そこから二つ目の通りを進んで、俺の家を探して下さい
薄い水色の壁と 青色の屋根の家です
周囲に似た色の家はありません
目立たないので ちょっと分かりづらいかもしれないけれど』
『行ってもいいんでしょうか????』
『ぜひ』
『ほんと????』
『来てくれたら素敵な誕生日になりそうです』
『急すぎてお誕生日プレゼントはないんですけど
ケーキだけでも大丈夫ですか⁉』
『貴女に会えるのが 誕生日祝いみたいなものなので…』
なんだコイツ。女に慣れてやがる……! 畜生……!
『ミミさんのお家からホワイト・バド・アイズ区の俺の家まで
マーカーで線ひいた地図、写真で送るね』
地図アプリをスクショした写真を送ってくれた。
よし、ケーキを買いに行こう。
*
ケーキをおばのパン屋で買うことにした。
良く考えたらジェイデンさん、何味のケーキが好きなのか分からない。というかお店のクッキー二回とも拒否ってたし、甘いもの好きじゃないのかも……⁉ と思う。
でも、3つ買えば一つくらいは好きだよね!
というわけで、オレンジの乗った甘酸っぱい柑橘ジャムのチーズケーキと、甘さ控えめのチョコレートクリームと苺とベリーのケーキと、昨日食べそこねたアップルパイを買うぞ。
おばのパン屋だけど、店員さんはいつも知らない人が日替わりだ。おばは、その日は見える所に居なかった。
「よし、買ったし、行こっかな」
*
「うわぁ……!」
確かにこれは、初見ではわかりませんよね……⁉
って感じの所に、ジェイデンさんの家はあった。
めっちゃ迷子になって、最終的に、「スライミィって名前の方の悪魔さんのお家知りませんか……?」と歩いてる人に聞いてしまった。
非常に大きな街路樹にお家が隠れてて、分からなかった……。
うう。飛んで疲れて、歩いて疲れた。あせだくだ……! 秋なのに!
でも幸せだ! るんるん気分。
街路樹とか、建物が落ち着いてて、素敵な通りだな。
自転車に乗った子供が通って行く。
閑静すぎず、騒がしすぎず、いい感じの通りだ。
*
お、お家、おっきい……。
この辺りの住宅街に立ち並んでるお家の大きさで言うと、目を凝らしてみると、わずかに周りの家よりも大きいくらいだけど。つまりここはお金をもってる人々の暮らす住宅街なんだろうけど。
え、ジェイデンさんって、まだ若者じゃなかったっけ。なんでこの不況の時代に20代がこんな大きさの一軒家が買えるの……⁉ という気持ちになった。あ、ローンは払ってる途中なんだろうか?
ピンポーン。好きな人に会いに来ちゃったので、どきどきソワソワしながら、チャイムを鳴らす。
しばらく待つ。
もう一回、チャイムを控えめに鳴らした。
「はい……」
ジェイデンさんの冷えた水みたいな爽やかな声がインターホン越しにした。
「こんにちは! ミミです」
言うと、ジェイデンさんが来てくれる足音がした。そして、チェーンを外す音。鍵を外す音。少しだけ扉を開けてくれる。片方の目と鼻だけ見える。そして、じっと見つめてくる。じーっと、見つめてくる。…………。え、何⁉
「入れてくれないの……?」
「いや、本当にミミさんかなと思って」
「私が何に見えてるんですか⁉」
「幻覚じゃないかなと……」
「本物です!」
言って、手をそっと差し出した。そしたらジェイデンさんは、手をすこし、つん、つん……とためらいがちにつついて、小さく笑顔になった。
「信じますよ」
「よ、よかった」
その割には、扉を開けてくれない。
え、ていうか、今気づいたけど、室内暗すぎだよ……⁉ なんでこんなに玄関暗いの⁉ 電気つけないのだろうか……。
「俺、ときどき、街でミミさんに似た人を見かけるんですよね」
「え」
「こないだ、道端でミミさんを見かけました。話しかけると、猫の鳴き声がお腹の中からして……。びっくりしたんですけど、すぐに消えちゃって」
「……えっ?」
「貴女を追いかけて夜の道をふらふら歩きました。でも追いつけなくて。ああ、勿体なかったなぁ。幻覚ならめちゃくちゃにしてやれば良かった。貴女を閉じ込めて、壊したら良かった。……ミミさん?」
綺麗な顔だけど、能面みたいな怖い表情だ。
「もっと近くへ来て下さい」
あれっ、これ、家のなか入って大丈夫なやつ?
あれ、私、これ、今日が命日になるやつ……?
「嘘です。でも酷いなぁ……ふふ」
笑ってる。
「――俺のこと、幻覚と幻聴が聞こえてそうで、危ない男って思ってたんだ?」
地を這うような低い声。扉が開いて、にゅっと黒い物が伸びてくる。
「ひゃあっ!」
腕! スライム! 掴まれた! けっこう強めだ。掴まれてる!
(――殺される!)
「やだ、やだあ!」
家の中に引きずり込まれる! そう思った瞬間。すぐにパッと離された。そして、ジェイデンさんは口元を抑えて、控えめにくすくす笑いを漏らした。そして抑えきれずに、あははっと声を上げて笑った。
「”ひゃあ”と”やだあ”、ですか……。何も教えてないのにこれかぁ。最高ですね。やっぱり、貴女は素敵です」
「や、やめて、私、幻覚じゃないよ、めちゃくちゃにしないで……っ」
泣きそうになる。
「ふふ。怖かった?」
「え……っ」
「幻覚が見えてたら、殺人課の警察官なんてできませんよ」
楽しそうに言われた。
その時の笑顔は、かっこいいけどいたずらっぽくて可愛い笑顔だった。私の頭が混乱して、こわれた機械みたいにエラーを吐き出している。
「ミミさんって、恐怖を感じる沸点が低いんですね、……かわいいなぁ」
低くて欲望を感じる声だ。こんなに嬉しくない可愛いねは初めてだと思った。
「あ。どうぞ」
扉を完全に開けたジェイデンさんが、いつもの優しいお上品な、親切そうな雰囲気に戻る。私は黙り込む。動かないもん……。
「ごめん、つい……」
ジェイデンさんが、すこし心配そうに言った。
私は紙箱をつきだした。
「わ、ケーキ。本当にもってきてくれたんだ」
「……顔にケーキぶつけますよ」
「ありがとうございます」
「えっ?」
ドMなの?
「ケーキ、箱の外からでもいい匂いがします」
「しらない……」
「来てくれてうれしいです。今日のミミさんのスカート、お花柄でかわいいですね。髪の毛も、いつもと違っておさげなの、可愛いね」
「えと。……おたんじょうび、おめでと、ございます」
照れとイライラと不安感とスキが頭とお腹をぐるぐるする。
そんな私を、ジェイデンさんは見ていた。じっくり観察するように。
ご近所の人にジェイデンさんが通報されるかも、と思って、私は家の中に入ることにした。
*
「自分の家だと思ってくつろいで下さい」
ジェイデンさんが白いエプロンをつけていることに気がついた。あと服装がいつもよりラフだ。前のボタンを全部開けた、ほぼ黒色でかすかに青みがある薄いカーディガン。ミルクたっぷりのカフェオレみたいな薄手のシャツ。そしてズボンは珍しく、落ち着いた紺色をしたジーンズだ。
中は、ひき肉を炒めた時の美味しそうな匂いや、チリソースみたいな匂い、そして他にもいろんなご飯の香りが充満していた。
そしてインテリアの充実ぶり。爽やかさ。大きさ。そして整理整頓ぶりと、ぴかぴかの床。
本棚がでかすぎるし、ソファの前のテレビがでかすぎる。
なんだここは。モデルルームですか……⁉
私との財力の違いを見せつけられるかのような家だ。
この悪魔さん、私と生きてる世界、違うんだな。
絶望的なきもちになった。
でも、モデルルームを見ているようで、楽しい。
どんな生活してるのかなって想像が膨らむ。あと、エプロンってことは、ジェイデンさん、料理するんだな……。
*
「おおー! その子が?」
リビングに案内される。菜箸で、フライパンの中身を炒めている男性が居た。……え、誰? ……あ、人が来てるって言ってたっけ。
その人が振り返る。
「こんにちは! 会えて嬉しいよ」
ボイスチェンジャーで声を変えられたTVに出てくる内部告発者みたいな高くも低くもない声だ。
声はうさんくさいけど、えっ芸能人? というような容姿のキラキラした、サングラスをした金髪ロングヘアの男の人だ。
背……高っ……!
白と緑の縦ストライプシャツだ。ジーンズは、真っ青に影が落ちたみたいな色。上半身は普通体型だけど、太ももとかが筋肉がありそうだ。雑誌から出てきたみたい!
「なんでその子、目が……。え、さっそく泣かせた?」
その男の人が言う。引いてる顔だ。
「つい」
「最低だな」
「自分を見失いました」
「強姦魔みたいな発言だね」
「本当に可愛いでしょう。頭からつま先まで、妖精さんですよ」
その言葉の意味はわからなかったけど――。
「すごい! めちゃくちゃご飯がありますね!」
エビチリとか、シューマイとか、タコスとか、今作ってるひき肉と野菜の炒めものとか。すごいたくさんの種類のご飯がある。量も多い。
「誕生日なので。友人と作りました」
ジェイデンさんが言った。
「こんなに食べれるの?」
「俺達みんな大食いなので」
「えっ、うそだ」
ジェイデンさんが?
「少なくとも俺は大食いだよ」
金髪おにいさんが言った。
「ミミさんも後で食べますか」
「たべる」
「味付け、かなりスパイシーだけど大丈夫?」
金髪おにいさんが言う。
「……がんばります」
「マリン、お前も挨拶しなよー!」
金髪おにいさんが言った。オイスターソースをひき肉と野菜にかけて、他にも色々、白い粉とか、入れながら。すっごくいい匂い。え、マリン? 女性の人……?
(うわっ!)
「……どうも……」
全身黒い服だ。短髪。頭の横の髪の毛が部分的に刈り上げられている。
青白いおにいさんが居る……! え、この人がマリンさん? スマホも黒い! 靴下も黒い……。
裂け目だらけのダメージジーンズも黒い。上の薄手のニットっぽい服の下からは、白いシャツが垂れてる。首元には、ツノつきの頭蓋骨をかたどったネックレス。あと、ジェイデンさんより細い男性なんて見たことが無かった。凝視してしまった。
ていうか、マリンさんも、物凄く私のこと凝視している。
そして私を警戒しつつ、手元にエコバッグがあって、お菓子を手際よく机の上に置いていっている。激辛のスナック菓子とか、チョコレート。いやいや、買いすぎでは……⁉ と思うほど出していく。
食レポ動画配信でもするの⁉ と思うほど、お菓子が並んでいった。
気難しそうな人だ。
「紹介しますね、ミミさん。こっちの料理を手伝ってる彼がリセルソン・キャメロン・ハルバーグ。で、奥でお菓子を並べてる彼が、トレミー・マリン・クローゼット。ふたりとも俺の友人です」
「ちょ、ちょっと良いですか」
ジェイデンさんを呼ぶ。
「どうしたの?」
きょとんとした顔で首をかしげてきた。かわいい。
「ど、どうしてお友達が来てるって言ってくれなかったんですか」
「え? 人が来てると言いましたが」
「でもお友達と誕生日パーティーしてるとは言ってくれなかったよね」
「言ったら来ないでしょう。貴女。家に」
…………。図星だけど……。
「えっと、ハルバーグさんと、クローゼット……さん?」
振り返って言う。すごく風変わりな名字だなぁ。
「ええーっ、クローゼットさんだって! あははははは!」
ハルバーグさんが、大笑いする。
「……そうだけど。下の名前で呼ばれるほうが好きだ」
クローゼットさんが言う。
「えっと、マリンさんって呼んだほうが良いですか」
「マリンさん⁉ あはははっ、そうだね確かにマリンさんだね……!」
ハルバーグさんが大ウケしている。目には涙が浮かんでいる。それを冷めた目でトレミーさんが見て、ジェイデンさんは、まな板を洗い始めた。
「……トレミーだから。それ、下の名前じゃないから」
目を見開いている。何か言いたげな怖い顔をしている。えっ、本当になんで⁉
「えっと、私は、ミミ・アップル・マギグラウンです。気軽にミミって呼んで下さい」
ニコッと笑顔を出してみた。
トレミーさんは、うつむいてしまった。
ハルバーグさんが、ぜえぜえ言いながら、いやあ、と言った。
「うん。笑ってごめんね。凄くかわいい名前だね。ミミちゃんって呼んでいい?」
「あっはい」
ハルバーグさんが言った。
「うーん。なんていうか、ミミちゃんって、ミミ・アップル・マギグラウンって顔してるね。かわいい感じ」
友達の彼女に『可愛い』だと……⁉ チャラ男系の人かこの人……⁉
「ハルバーグさんも、リセルソンって格好いい名前ですね」
リップサービスだよ!
「いやいや、そんなことない。リセルの息子だからリセルソン。そのまんまだよ! あと、ハルバーグじゃなくてリセルソンって呼んで良いよ」
「いえ、年上の方っぽいので、それは気が引けます!」
「気にしなくていいのに。真面目だなぁ」
ハルバーグさんが言う。そしてニヤニヤしながら、ジェイデンさんをちらっと見た。
「ジェイ君がこんな真面目な子と仲がいいなんて、おにいさん意外だったよ」
「そう?」
ジェイデンさんがまな板をすすぎ終わった。そして、鶏の生肉が入ったビニール袋を触ってる。
「おいおい、ミミちゃんの所に居なよ」
「これの仕上げ、君にできるの?」
「唐揚げくらい作れるよ。素人じゃないんだから。せっかく恋人の誕生日を祝いに来たのに、彼女が可哀想だろ」
「こ、こここ、恋人⁉ 私のこと、恋人ってこの方々に言ってたんですか⁉」
「事実なので」
「……来るって知ってたら、俺は、空気、……読んだけど」
トレミーさんが言う。
「あっトレミーさんも……気軽にミミって呼んで下さい」
「…………。……んんー……」
腕を組んで、自分の身を守るみたいに、ばってんの形に交差させていて、つま先はこちらとは反対側に向いている。神経質そうだ。表情はきつい。なんか、デスメタルバンドやゴスロックのボーカルがメイクを半分落としたみたいな、怖い見た目だけど、視線を合わせると、視線を外されるのはなんでだろう。
*
「ジェイデンさん、これ、ケーキ、三人で食べて下さい」
ずっと手で強く握っていたので、ちょっと持ち手部分がくしゃっとなっちゃった。
「……開けても良いですか?」
「どうぞ!」
「いい匂いですね。オレンジと、チョコレートベリーと、アップルパイ?」
「はい!」
「俺オレンジが良いなー」
ハルバーグさんが言った。
「……今日は誰の日だ?」
トレミーさんが、言う。
「四等分します? 全部」
ジェイデンさんが言う。
「むずかしくないですか……?」
私が言う。
「……コイツは、切るの、上手いから」
トレミーさんが言う。
「私は……」
「どうしたの?」
ジェイデンさんが言う。
「ケーキを渡したかっただけなので、帰りますね……!」
なんか、せっかく楽しそうな男友達だけの誕生日パーティーだったのに、私が来たら、台無しになっちゃったんじゃ……と思う。というか、さっきから雰囲気がジェイデンさん以外、ぎこちない。
*
「帰るなんて言わないで下さい。この二人が邪魔ですか?」
「そんなことないです」
「邪魔なら追い出しますよ」
「おいおいおい、嘘だろ? お呼ばれしたから来たのに、俺はまだ一口もなにも食べてないんだけど」
リセルソン・C・ハルバーグさんが不憫(ふびん)な感じで言う。
「そんなにお腹が空いてるなら、ドーナツショップがありますよ」
ジェイデンさんが言う。
「苺ドーナツの気分じゃない!」
「じゃあ貴方の大好物の、ローストビーフとポテトサラダのサンドイッチでも食べて下さい」
きつい言い方だ。……どういう意味だろう?
「なんだよ根に持ってるの? 忘れ物は拾えたかい?」
ハルバーグさんがニヤニヤしている。
「本当に追い出そうかな……」
「……コイツだけ……追い出せよ」
トレミーさんが言った。
「それもそうですね。リセルソン君だけ帰って下さい」
ジェイデンさんが言った。
「俺は春巻きとかシュウマイとかタコスが食べたいんだよ! 君がミミちゃんと二階に上がればいいだろ」
「いえ、私、帰ります……! すみません」
私が言うと、トレミーさんは、「持って、……帰るか?」とお菓子の袋を渡そうとしてくる。ハルバーグさんが「何追い出そうとしてんだお前。ミミちゃん、せめてご飯とお菓子食べていきなよ。ケーキも!」と熱心に言った。
「でも……」
「皆で食べたほうが美味しいよ」
ハルバーグさんが確信をもったような声で言う。一方、トレミーさんは私に帰って欲しそうな顔をしている……。
「ミミさん、玄関でふざけたのは謝ります。猫の話は嘘です。困った顔が見たかったんです」
「えと、それはぜんぜん気にしてませんけど、身の危険を感じると言うか」
「……っ!」
トレミーさんが吹き出した。
ジェイデンさんが、怖い顔でトレミーさんを見る。
ハルバーグさんが、冷蔵庫からオレンジジュースの大きなパックを取り出す。
「…………?」
飲むのかな、と思ったら、ハルバーグさんはそれをボウルに入れた。そして、考え事をしながら、粉を入れ始めた。
「…………?」
それとは別に油を出して、ドーナツとか揚げれそうな鍋にとぷとぷと注いでいく。
「なあ、ジェイデン。腕時計、オフにしてんの?」
トレミーさんが言う。
「あ。そうそう。それの心配はしてた」
リセルソン・C・ハルバーグさんが振り返らずに言う。
「ああ。今日は非番なのでつけてません」
ジェイデンさんが言う。
「腕時計……?」
「いや、ミミちゃんは気にしなくて良いよ!」
ハルバーグさんが言う。
「ミミさん」
ジェイデンさんが言う。
「は、はい」
「もう少し、居ませんか……?」
「えっ、えっと。でも……」
「ぎゅーってしたいです。こないだの続きを、したい」
「えっ、えっ。ちょっ、お友達の前で何言ってるの……⁉」
「ごゆっくりー」
ハルバーグさんが、一切興味なさそうに言うと、冷蔵庫からチャーハンを取り出して電子レンジに突っ込んだ。そしてトレミーさんがラップのかかった肉料理を台所のシンク横から、机の上に移動させた。どれだけ食べるつもりなの……⁉
「…………」
そして、料理はしないらしいトレミーさんが、暇なのか、イヤホンをつけて、スマホでゲームをし始めた。…………。
「ミミさん。二階の俺の部屋に来てくれますか……?」
耳元で囁かれた。
「寝室ってことですか⁉」
小声で言う。嘘だろ⁉ という気持ちになる。流石にそれは……!
「ミミさんとキスしたいな」
「しんじられないよ……」
どういう心変わりなんだろ……。
「もしミミさんが叫んだら俺を台所のフライパンで殴るように二人に言っておきます」
「いや、叫んでも、おふたりが来る保証ないですよね……?」
「それもそうですね。悪い奴らじゃないんだけど。……じゃあ、いつでも助けを呼べるように、近くに電源をつけたスマホを持っていて良いですよ。それか俺の催涙スプレーを貸しましょうか?」
「い、いや、あの……」
「ミミさん。二階に、来てくれませんか」
「お、お手柔らかにお願いします……」
「いっぱい、キスしたいです」
ジェイデンさんが、言う。
「でも、お友達だからだめって前、私の家で夜中に」
もじもじしてしまう。下に友達がいるのに! それにこんな真っ昼間っからえっちな事なんてだめだよっそれにお友達付き合いのはずなのに……という気持ちと、したいしたいしたいキスしたいハグしたい頭撫でてほしい頭撫でたい手つなぎたい好き……! という気持ちがガツン、ガツン、とぶつかりあう。
「じゃあ、ぎゅーってするのと、手つなぎだけでも……」
「わ、わかった……」
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