第14話 ママは会う前から貴方の事嫌いって
「今日は金曜日だし、あと2日でデートだぁっ」
えへへー、嬉しいなぁと思う。白いカバンを持って、実家まで羽で飛行する。
「……でも」
メッセージ送ってねって言われたけど、なんて送ったら良いのか分からなくて、気がついたら4日も経っちゃったな……。
あと逆光まぶしい。上空は地面よりも肌寒い。
『また電話しようね』の文字のあとに、私が送った『はい!』が残っている。
それ以降は、何一つお互いにメッセージを送っていない。
送信履歴は四日前で止まっている。
ジェイデンさんは殺人課でお仕事してるから忙しいだろうし、なにを送ったらいいのか分からないし、万が一メッセージで嫌われて「やっぱり会うの止めません?」とか言われたらショック死するし。私からはメッセージ、送りづらいな……。
うっ。……まあ、大丈夫だよね……?
ピロンっと音がした。
あ! メッセージだ!
『お元気ですか?』と書いてある。
いや、元気だけど。なんで「お元気ですか」なの⁉
元気ですって送ったらすぐに会話が終わる気がする……。
なんて返事をしたら良いんですか……! と思ったが、すぐに良いことを思いついた。せっかく実家に行くなら、キキにアドバイスを求めよう。いや、まだ子供の妹にアドバイスを求めるのはおかしいかもしれないけど、ときどき、まだ11歳のキキのほうが、自分より大人なのでは……⁉ と思うことがある。
いたずらっ子だけど、しっかりした子なんだよな……。頑固で生意気だけど、私と違って勉強できるし、可愛いし、明るいし……。
*
実家に来た。
「お姉ちゃん遅いーっ!」
妹のキキが言う。まだ小学生高学年のキキは、しばらく見ないうちに、ツインテールになっていた。私の、ママ譲りの色素の薄い金髪と違って、妹はパパ譲りの小麦色っぽいストロベリーブロンドだ。背も伸びている気がする。
「ねぇ、悪魔のイケメンくんから返事来たぁ~?」
凄く嬉しそうな顔で言っている。
「キキ、声おっきいよ!」
「ママとパパにはまだ内緒だもんね? ……ねぇ、写真! 見せてって約束だったじゃん! 見たい!」
キキがはしゃいでいる。
「いや、まだ一緒に出かけたりしてないから、写真はないんだ……」
「じゃあ前の彼氏とどっちがイケメン?」
「ジェイデンさん」
「即答じゃん!」
けらけら。笑っている。そして私達はキキの部屋に向かう。そして扉を閉めた。
「ねえ、これ、どうしたら良いと思う?」
スマホを取り出す。
「なにがー?」
「お元気ですかって来たの」
好きな人から届いたメッセージを見せる。
「うっわ。やばっ、本当に『お元気ですか?』って送ってきてる。おじいちゃんじゃん。草生える」
「真面目なだけっ!」
「ぜったい明日の天気の話とか始めるよこの人! それか気温の話!」
あ、と妹が言う。
「――良いこと思いついた!」
「なになに?」
あのね……。ごにょごにょ、と耳元で、キキが突飛なアイデアを私に伝えた。
そして私が言った。
「それ、良いかも……」
「アイデア料! 『写真送って』ってイケメン君に要求してね! 絶対だよ」
キキが言う。
妹と写真を撮った。
可愛いが具現化したような妹と、笑顔で一緒に撮った写真を、ジェイデンさんに送信する。妹がめちゃくちゃ写真うつり良く撮ってくれた。色合いがきれい。
「すごい、キキちゃん、私が私じゃないみたい」
「色・つや・光しか加工してないし」
「フォトグラファーになれるよ!」
「お姉ちゃん世間舐めすぎ」
そう言ってみせるが、実は嬉しいのか、腕を後ろで組みながら、「そんなにうまい? ねえ、本当にカメラマンになれるかな⁉」とキキが期待に浮いた小声で言う。年齢の割に大人びた妹だけど、子供っぽいところもあるんだな、かわいいな、と思った。
私は「なれるよーなれるなれる」と言いながらメッセージを送信した。
『元気です! 妹と一緒にいます!』
そして妹と私がニコッとしながら写った写真を送信した。
「…………。……あ! 『楽しそうですね』だって!」
「写真見たがってるって言って! はやく!」
「待ってってば」
『妹がジェイデンさんの写真を見たいとせがんできます……(親にはジェイデンさんのこと隠してます)』
と送った。すると5分経ったくらいの時に、
『数年前のでよければ』とメッセージが来た。
そして、1分くらいしたら、画像が送られてきた。
「う、うわあ! これ、仮装の写真だ」
思わずテンションが上がってしまう。
「えっどれどれどれ、見せて!」
キキがはしゃぐ。
「どれがイケメン君? 左? 右? 真ん中?」
画面を見たキキが言った。真ん中に写るジェイデンさん。
女王陛下の生誕祭でこどもにプレゼントをくばる、ひげをはやした、緑の服のニコラウス・ドワーフにジェイデンさんは仮装している。
静かな表情なのにちょっと楽しそう。
あと、小さな白い付けひげをつけているのに、なぜそんなに隠すことのできないイケメン感が溢(あふ)れ出してるんですか……? と思う。
そして、左のジェイデンさんより年上っぽい男の人は、猫耳のカチューシャをつけて、恥ずかしそうにしているのか、酔っているのか分からないけど顔がかなり赤い。
右のジェイデンさんより若そうな人は、映画のキャラの仮装をしていた。
三人とも、雰囲気は違うけど、なんとなく似てるな、と思った。
「真ん中がジェイデンさんだよ」
妹が、息を呑んだ。”ナイフを持った強盗が目の前にいるから怯えてる人”みたいに、だ。それ、その音、不謹慎なことや過激すぎる発言をした人に、ドン引きした人がするやつだよね……⁉
「……ミミおねえちゃん」
「なに?」
「ネットニュースで見たけど、ロマンス詐欺って、知ってる……?」
「なんでそうなるの⁉」
「だって、お姉ちゃんが3軍だとしたらこの人は1軍にあがれそうな2軍じゃん」
「野球⁉ ていうか何、お姉ちゃんの顔面がアレって言いたいの⁉」
「違う違う、かわいいけど地味なお姉ちゃんが、一歩間違ったら芸能人みたいなイケメンさんと付き合うなんて、一回買ったワンコイン宝くじで500万ボーンズ当たるくらい非現実的って言ってるだけ!」
「なっ……」
「しかも、真面目なんでしょ? 優しいんでしょ? 仕事もしてるんでしょ? イケメンでしょ? 神じゃん。絶対だまされてるって。それかおかしい人とかさぁ!」
そうです。ヤバい人なんです。ホラー映画で女性がフルボコになってるシーンで興奮する、監禁プレイが好きな人です。……と心のなかで思った。
「……そんな事いうなら写真もメッセージも、お姉ちゃんもう見せないからね」
でも、ジェイデンさんのプライベートの写真かぁ。嬉しすぎる。
『ありがとうございます! 妹喜んでました 私も喜んでます』
既読がついた。
『それはよかった』
…………。
『おとなりの方達は同僚さんですか?』
まだメッセージを送る。久しぶりに連絡がとれて嬉しいのかも。あれから電話もしてないし。
『兄と弟です』
『そうなんですね! 皆ジェイデンさん似の美形ですね!』
『休憩時間がそろそろ終わるので、失礼します』
メッセージが来た。
そのとき、部屋の扉が開いた。
「あ、ママ」
「ミミ! 帰ってたの」
嬉しそうな笑顔だ。ほっとした。
「ふたりとも、アップルパイ食べる? エバンヌがおすそ分けでくれたの」
エバンヌ・マギグラウンはママの妹さん、つまり私達の叔母だ。
「叔母ちゃんの⁉ 食べる!」
私が言う。
「えぇぇ、お砂糖ましましアップルパイ? やだぁ……私ビターラズベリーチョコケーキがよかったぁー……」
キキが言う。
「じゃあおねえちゃんが全部もらうね」
「そうして」
「食べ過ぎよ」
ママが呆れた声で言う。
「ところで、ミミ?」
「うん」
ママの灰色っぽい緑色の目に、言おうかどうしようか悩んでるって書いてある。どうしたんだろう。
「お義母さんから聞いたんだけど、……精霊族のレウリー君と別れたんだってね。あ……その……良かったじゃないの」
「あ、……う、うん」
空気が凍りついた。帰省してきた娘にその話題ふるなんて、ママはさすがだ。
「でもお義母さんからちょっと変な話を聞いたんだけど」
お義母さんっていうのはお祖母ちゃんのこと。ママがおばあちゃんって呼んだらお祖母ちゃんは機嫌を悪くするので、お義母さんと呼んでいるっぽい。
「貴女がなんだか……悪魔にしか見えない人と……、随分仲良さげに話してたって言うのよ。……勘違いよね?」
「ソ、ソウダネー! カンチガイダヨ!」
「おねえちゃーん……」
大根役者対決があれば一等賞は確実な姉を呆れた目で妹が見た。
「……今の反応で分かりました」
あ、やば。ママが隠し事に怒っている感じがする。
「分かってるの? ――悪魔は昔、人身売買で買った異種族を虐待して……。一体何人の妖精族やドワーフ族の方々が、酷いことをされて亡くなったのか、学校で習ったでしょう」
「何それ」
キキが言う。
「キキはあっち行ってなよ」
私が言う。あと、戦争捕虜の拷問と、人体実験したんだっけ。
「そうね。貴女はあっち行ってなさい」
「キキ大人だもん。精神年齢高いし。平気平気」
「あっち行ってなさいって言ってるでしょ」
「はいはーい。いつだってあたしは仲間外れです」
妹が両手をあげて、出ていった。扉が閉まる。
「で、ミミ。ママだってこんなお節介焼きたくないけど、どうしてよりによって悪魔なの?」
「どうしてって言われても」
「悪魔族は、ドワーフ族を剣闘士にして殺し合いさせたり、ウサギ族を大型犬に追わせる遊びをしたり……!」
「…………!」
「……他種族を家畜小屋に閉じ込めて妊娠させたり、奴隷にしたり」
「……っ、それっていつの時代の話⁉」
「最近だって、ろくなことしてないわよ! 例えば……昆虫族の子供を誘拐してテロリストに育てたり……!」
「……ききたくない! ていうか、べつにジェイデンさんがやった訳でもないのに、そんな事言わないで!」
それって一部の過激な人がやってるだけだよね?
「お祖父ちゃんは、妖精族被害者の会に関わる人達と付き合いもあるのよ」
「そんな事言われても……! ママだって、昔小悪魔と結婚してるじゃん。小悪魔って一応悪魔だし」
「…………」
「お祖父ちゃんと叔母ちゃんは連絡くれるけどさ……」
「…………」
「離婚したのに今でもママ側の親戚、連絡くれないよね。結婚と出産祝いと葬式以外で全然。……過激な話はあんまり聞かないけど、妖精族だって陰湿じゃん」
妖精昔話って、皆から無視されて村の中で食事も食べれず花の蜜も吸えずに餓死した妖精の話かならず出てくるし。
「…………」
ママが黙り込む。
「ママと同じ過ちを犯して欲しくないの」
ママの表情が消える。声も、虚ろだ。
「妖精族だって、人間族の恋愛を引っ掻き回して遊んだり、家族を仲違いさせて心中に追い込んだり、恋の弓矢と間違えてふつうの弓矢で人間の心臓を狙って
「それこそ、いつの話⁉ 大事な話なの、口答えしないで!」
「ママ……」
声がつまる。
「悪魔だから危ないとか、妖精だから善良とか。時代錯誤だよ! 私は今を生きたいの……!」
ママの言葉を失ったような顔を見ると、胸が痛んだ。
「……妖精族は弱いのよ。魔法も体の力も。体は丈夫だけど。貴女が何に感化されたのか知らないけど、自分の身は自分で守るしかないのよ。悪魔なんて、皆快楽主義の刹那主義ばっかりで……ッ!」
「ごめん。心配させてるよね。レウ君の直後だし。余計に、だよね。でも、でも、私、もう二十歳だよ。子供じゃないんだよ。付き合う相手くらい自分で選ばせてよ……」
私の言葉に、ママが目をつぶった。そして口を開く。
「……そんなに言うなら好きにすれば良いわ。でも……貴女が都会に来たのは、恋愛に時間を浪費するためじゃないのよ。分かってるの?」
”浪費”。…………。言葉のチョイスに、胸がずきりと痛くなる。
「ちゃんと人生計画やキャリアのことも考えてるの? 恋愛なんかしてる暇があるなら、もっと資格試験の勉強をするとか……それに」
「何」
「大人の自由っていうのは、自分で責任を取るから自由で居られるの。ミミ、貴女が子供じゃないって言うのなら、何かした後、何が起きても自己責任よ。それは覚えておきなさい。ママ達は、尻拭いなんてしないからね」
「おんなじ話何回もさせないでよ! あの人が何かするみたいに言わないでって言ってるでしょ⁉」
「育てられないのに子供作ったりしないでよ」
「私を何だと思ってるの⁉ ていうかジェイデンさんはそんな人じゃないって言ってるでしょ⁉ 今はお友達として付き合ってるの!」
私はスマホをカバンの中に投げ込むと、家の中を出口めがけて走った。玄関扉を叩きつける。実家を飛び出した。心がざわざわする。
ママの発言が突き刺さった。
ジェイデンさんはきっと優しい人で本当に私のことを好きと思ってくれている――そんな、素敵な幻想をぶち壊しにされた気分だ。
あんなに断定的に恋心を否定されると思わなかった。
それに、本当にジェイデンさんが私のこと、遊ぶためだけに付き合おうとしてるみたいに思えてきて、そんな自分にもムカついたけど、後ろめたさもある。
*
私の胸は家に帰ってからも、ちくちくして、ずっとイライラした。
でも、ママはママなりに私を愛している。幼稚園のときから高校のときまでお弁当を作ってくれたし、なにかと家庭やご近所や親族付き合いのことは、……パパに代わって、ぜんぶやってくれてるし。
反抗期に学校で無理やり書かされた薄っぺらい親への感謝の手紙なんかで、「ありがとう……ありがとうね……ミミ……」と目をうるませながら、鼻をかみながら言ってくれたことや、愛してると週に一度は言われていたことも、脳裏に浮かんだ。
けっして、『はなまる百点パーフェクト!』と言える家庭じゃないけど、パパにもお祖父ちゃんにも、お祖母ちゃんにも、私は愛されている。それは分かる。
でも、ママには、彼氏ができたことを、喜んで欲しかった。
いや……ママの言ってることが、ぜんぶは間違ってないって分かるからこそ、余計に、受け流すことができない。
そりゃそうだよ、危ないかもしれないよ。というか危ないよ。殺人シーンのある映画が大好きって自己申告だし。でも好きなんだもん。好きなのに。どうして? なんでジェイデンさんの事、好きなのに、疑うんだろう私は。
いや、好きになったばっかりで、私ジェイデンさんの事なにも知らない。
ただ、雰囲気と顔・喋り方と声、それから丁寧っぽい態度が好きなだけだ。それなのに私は彼を家にあげた。自分を安売りするなってお祖母ちゃんがよく言ってたけど。
スマホを見ると、妹からメッセージが届いていた。
『どんまい』
『ママが言いすぎたってさ』
『あと、あたしが思うに』
『おねえちゃんが良いって思うならたぶん』
『良い悪魔かもな? って思う』
『かっこいいし、よかったじゃん、付き合えて』
『もっとポジティブに前向いて行こう! ってママに言っとくし』
『イケメン悪魔くんに』
『だまされたり、捨てられたら』
『一緒にジュース飲んでぐちに付き合ってあげるって』
『なにごとも経験。当たってくだけろってばよ』
と届いていた。いや、だからなんでロマンス詐欺説をゴリ押ししてくるの?
…………。
私は、一瞬、だいすきな妹からの通知を切ろうかと、本気で考えた。
*
朝。土曜日になった! デートまで一日だ。
『おはようございます! 明日たのしみです 夜寝れるか不安です ><』
メッセージを送った。
よく見ると、ジェイデンさんの名前の横に、ケーキのマークが、そして、ジェイデンさんのプロフィールを確かめると、風船がいっぱい飛んでいた。
え、9月5日、お誕生日?
一言も聞いてないけど、お誕生日なんですか……⁉
『もしかして、お誕生日ですか⁉』
送信した。そしたら今まででは考えられないほど早く、既読がついた。
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