第13話 記者サンドマン

「でも、なんにせよ。リセルソン君に彼女が食い散らかされるのも、捨てられるのも見てられないです。普通男性捜査官が女性相手に恋人関係の演技をする際は妊娠させないためにセックスしないのが普通なんですが」

「うん、そだね」

「君は百発百中で食いますからね」

 一般人が怖がりそうな声だなぁ、とリセルソンは思った。

「人を外道悪人みたいに言うんだから……」

「事実でしょう」

 リセルソンは、その指摘が、自分の過去と特殊な性的嗜好について言っている事を察した。

「だって……するのとしないのでは相手の依存度が桁違いだからね。一種の支配関係に持ち込める。で、他に聞きたいことは?」

「例の女の子、……好きなんです。ボスが俺と彼女の事を引き裂かないように……つまり」

「うん」

「ボスを黙らせられるような話や弱味を知りませんか」

「あったら俺が知りたいよ。あっても言わないし。ていうか知ってるだろ、俺は彼女に嫌われてる。すごーく、嫌われてる」


「何も失脚させられるレベルの弱味じゃなくて良いんです。弱点というか」

「ないない。彼女、隙がないし俺の前では油断しないから」

「俺と貴方の仲です。俺は貴方の事をよく知っていますよ」

「それって脅しかな? ははは。まあ、あることにはあるが、精神科医には患者の個人情報の守秘義務があるし、ここの職場の人間全員が患者みたいな物なんだよ。職業倫理だって大切だ。分かるかな」

「ええ、理解できます」

「理解して頂けて安心したよー!」

「……貴方も思いません? あの強気で強引なボスの鼻っ面をへし折ってやりたいって。彼女がみじめったらしく自分に命乞いする様を、貴方、見たいって言っていたでしょう?」

「待て待て待て」

「それにあの暑い夏の日も、『この俺の足元に跪(ひざまず)いてる雌がもしボスだったら最高の気持ちだろうな……最高に笑えるし、最高にしらけるけど……』って言ってましたよね。あと、確か……」

 物凄く小声でジェイデンが言った。

「わああああ! 黙れ黙れ、本当に黙れ」

 同じく小声でリセルソンが言った。

「ああ、すみません。これは秘密なんでしたっけ」

「……ゴホッゴホン」

 リセルソンが咳をした。

「ジェイデン君、君を呼んだのは、実は他の用事だ」

「そうですか」

「言い辛いんだが」

「仕事の事なら何でも仰って下さい。なるべく心理検査と血液検査には協力します」

「最初に申し開きをさせてくれ。言っておく。君はたぶん、怒るだろう」

「はぁ」

 ジェイデンの表情が構える。

「覚悟をしてくれ」


 それは新聞記事だった。



【これで大丈夫か殺人課~美貌捜査官悪魔の倫理観ゼロの発言と行動の数々~殺人に興奮するサイコ野郎と判明】


『このシティ・アレスナには、トレンデンとミルズコイ、そしてアレスナで起きた殺人を捜査する三州合同警察の本局があるのをご存知だろうか?』


『その公式捜査官であるJ・S(実名は伏せさせて頂く)という名前の捜査官は、なんと殺人事件への協力の疑惑がかかっているDV男に暴力を受け金銭を要求されていた一般市民の妖精女性に近づいたのだが……』


「あの……。これ、顔写真付きじゃないですか」

「安心しろ。無修正じゃない。目元には黒の極太塗りつぶし線が入ってる」

「見れば分かります。……そして見る人が見れば、これは一発で俺だって分かりますよね」


『……DVにより混乱した状態の彼女に、自分の立場を利用して近づき、巧みな心理操作で心を開かせ、性的関係を持とうとしてこの妖精女性の家に深夜足を運んでいたと当社の独自の調査で判明した』


『そしてさらに驚くべきなのはこの捜査官が別日、人気のない場所にこの妖精女性を連れ出し、彼女に語ったのは殺人に性的興奮を覚え、泣き顔や暴力に怯える被害者を見る事が趣味という事だ――(!)』


「なんですかこれ。物凄く事実を歪曲されてますけど……」

「いや、8割事実だろう。長年友人として付き合ってきた勘だ」

「……新聞、まるで俺が彼女に危害を加えるのは秒読みみたいな言い方ですね」

「まだある。他にも君以外の捜査官のプライベートを追いかけて、こき下ろすような下世話な記事が……。例えば、君がお望みのボスのスキャンダルは……家庭裁判所で子供の親権を巡って夫と争う事になりそうだとか、クッキー・ボウイが捜査中に遊園地でいちごアイスクリームを服にぶつけてきた幼い子どもに舌打ちして徹底的に親と子どもを罵倒したとか……そして君の嫌いなチヂマ・マチギョはマリー・ジェマイマートに下世話な恋愛感情を抱いていてねちっこくセクハラしているとか。全部大袈裟なんだろうけど、内部事情に詳しいやつじゃないとこんな記事は書けないだろう」

「誰かが捜査官のくだらないゴシップを横流ししてると」

「…………」

「そしてボスに子供が居たんですね」

「まぁ、昨日ボスには全部報告してある。ご愁傷様」

「週間ゴールデン・ゴブリンランプ……か」

「ところで俺の記事は無かったよ。仲間なのに! 寂しいね」

「足元すくわれるネタが無くてなによりですね」

「俺は正式な捜査官じゃないからだと思うなぁ」

 もし俺の事を書かれたとしたら、流したのはお前だけだからな、という顔でリセルソンはジェイデンを見た。



●  ●  ●  ●  ●  ●  ●  ●



 翌日。新たな被害者が発見された現場では、マリー・ジェマイマート・モスマンの困惑した非難の声が響いていた。

「困ります……っ!」

 非難の声の先に居るのは、目が隠れるフードを被った、灰色のパーカーの男だった。手にはカメラ。

「ちょっとぉ……!」


「なんだありゃ」

 現場に到着したサンダーが口を開くと、黒スーツに白シャツのアルマーナ、そして黒いタートルネック姿のジェイデンはジェマイマート・モスマンを見た。

 

「ああっ、ボス! 皆さん! とめて下さい、この人がッ……!」

 パシャ、パシャ、パシャリとカメラのフラッシュを焚く音がする。

「もうっ、駄目だって言ってるでしょう……っ⁉ 捜査妨害ですよ、逮捕ですよっ」

 その今ひとつ迫力に欠けるジェマイマートの発言を無言で聞き流した男は、フードの下から見える口元を笑みに歪めて、カメラのフラッシュを焚き続けた。

「もうすぐ済むんでぇ。待って下さいよォ」

 その声、聞き覚えのある声だった。声の雰囲気はガラリと変わっているが、声質が非常に似ている。

……ジェイデンは、思い出していた。確か、コニーと名乗った、ハンカチを返しに夜中の11時にミミの住んでいるアパートメントを訪問していた不審者だ。


 カシャ、カシャ、パシャ、パシャリ。ピッ、ピッ、ピッ。カシャリ。

「うおっ⁉」

 男が声を上げた。桃色の触手が彼のカメラを奪ったのだ。

 それはジェイデンの使い魔であり、召喚して操っているスライムだった。

 

「ちょっとお話聞けますかね?」

 ジェイデンが近くで言う。

「カメラ、消しなさい。データを」

 ボスが言う。

「犯人コイツじゃないか? ベタだが犯人は事件現場に戻ってくるって言うだろ。ほら、フード外せ。誰なんだお前は」

 サンダーが言う。

「ちょっとー、触んないで下さいよォ……」

 男が言う。

 フードが、外された。

 

「貴方……また貴方? 本っ当に迷惑だわ……」

「知ってるんですか」

 ボスであるアルマーナの言葉に、サンダーが言った。


 彼の顔があらわになる。赤銅(しゃくどう)色の髪。緑色の目。鼻と頬に見られる控えめなそばかす。あえてボサボサにしているのだろう、寝癖にしては不自然な形にスタイリングされた髪。髪の左側の一部が、剃り上げられている。顔の造形はやはり、コニーと同じだ。しかし、雰囲気が全く違う。

 顔の表情が作り出す雰囲気は邪悪そのもので、コニーのまとっていたお芝居をしているような胡散臭さの代わりに、狡猾そうな雰囲気を漂わせている。


「彼はコニー・キャンディ・サンドマン。週間ゴールデン・ゴブリンランプの学生記者よ」

「ちーっす」

 悪びれのない自信たっぷりな声で、笑いながら言うが、表情には明確な敵意があった。


「あはっ、また会いたかったっすよ。そっちのサイコお兄さんも……。あの記事書いたの、俺っす。読みました?」

「…………」

「ねぇねぇ、読みました?」

「…………」

 ジェイデンは、無言で、淡白な表情で彼を見返す。 

「ぶっちゃけ、あんたみたいな殺人でマスかく変態病質者を雇わないといけないなんてケイサツ終わってんなって購読者さんに思われても仕方ねぇっすよね。俺は事実をまとめただけですけど」

「何の話だ?」

 サンダーさんが理解できない、という顔をした。

「さぁ、知ってるでしょ。捜査官の中に殺人鬼の卵が居るってだけですよ。それじゃ失礼します。あ、それ、返して貰ってもいいすか? そのカメラ画素がよくて容量も多いし、初心者さんには分からないような点でもスグレモノのカメラなんすよね。結構高かったんで」

「データは消して貰いますが、どうぞ」

 ジェイデンがスライムの触手にかすかな体の動きと魔力で指示を与え、カメラを返させた。


「あー、あざーっす、助かります」

 何が面白いのかゲラゲラ笑っている。そして、「せっかくいい感じに撮れたんすけどねー、一枚だけ、駄目っすか?」とコニーは言った。

「駄目よ」

 アルマーナが言った。

「ちぇー」

「あまり深入りして面白半分で殺人事件を追い回すと、痛い目に遭いますよ」

 ジェイデンからの警告だった。

「面白半分で殺人事件を追いかけ回してる刑事さんに言われると、深いっすね! 染み入ります!」

「おい……お前」

 サンダーが警告を与えようとした。

「前例がありますよ。まだ若そうな君は知らないでしょうけど」

 ジェイデンが言う。

「ジョニー・ウィッシュバーンや、リズ・メリモルのように、なるって事ですか? あはァ、そんな目で見ないで下さいよ、正解でしょ。刑事さん。ご親切にご忠告どうも。でもね、俺はその時は……」

 顔を強烈に歪め、整った造形を台無しにしながらニヤつくと、コニーは言った。

「返り討ちにしてやりますよ。スクープにもなるし、一石二鳥でしょ。じゃ、お邪魔しましたぁ」

 可愛く聞こえるような声を作ると、コニーは言った。

「もう二度と現場に来ないで。学生だからといって見逃して貰えると思うのは甘いわよ」

「ボスのアルファのおばちゃん」

 コニーが言った。

「あのスライム男が何か事件を起こす前に、解雇処分にする事をマジに俺はオススメしておきますよ」

砂人間族サンドマンのボウヤも、退学処分にならないよう慎重に振る舞うことをお勧めしておくわ。失念してるのね。あなたの家の住所の記録書、前回の捜査妨害の時に書いてもらったのを私達、まだ捨ててないの。確かあなた、あの時は中学生だったわよね。引っ越した? してないわよね」

「保護者に連絡したって何の意味もありませんよ」

「そう。じゃあ連絡して大丈夫ね。学校にも連絡させて頂こうかしら」

「別に退学になっても痛くも痒くもないんで」

「後悔しますよ。大人の世界に首を突っ込む暇があったら学生らしく勉強でもして下さい」

 ジェイデンが言った。

「将来の役に立つって? あはははっ、コネクションで警察に入った人に言われたくねぇっすよー……」

 コニーが言った。

「家族みーんな、警察官」

 コニーが囁いた。

「俺のストーカーですか?」

 ジェイデンが言った。

 

 サンダーは、コニーはただのクソガキか、まあ攻撃力は低そうだし暴れたりはしないだろう、と思った。口が達者だったりお喋り好きは基本的に戦闘が弱いというのがサンダーの自論だった。


「帰りなさい。今すぐに」

 ボスが言った。

 コニーは、「はーい。ロカッピェのおばさん。そうしまーす」と嘘くさい事を言って、その場を立ち去った。その場で事態を把握している者全員が、薄々、またあのティーンエイジャーは、現場に来るだろうな、と感じた。


「あの、どうしてあの子はこの中に入れたんでしょうか……? 翼もないのに」

 モスマンが言った。

「私も、外を見張ってる地元警察はどうしてあの子を毎回中に入れるの? と思ってたけど、あの子はサンドマンだから、砂の粒に化けて、どこにでも入れるのよ」

 本当に迷惑な能力だわ、とアルマーナが言った。



 そして一方、ミミ・マギグラウンは、出かける準備をしていた。

「久しぶりに、ママの家に行こっかな」

 仲のいい小さな妹の顔を見に。最近妹は、新しく姉にできた彼氏の話題でメッセージがもちきりだ。

「でも最近、なんだか誰かに見られてる感じ、するんだよな……。なんでだろ?」

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