第6話 可愛い美少女の覚悟ってかっこいいですよね(遠い目)

 『深淵』に繋がる転移門ゲートの前に私と楓さんが立っている。

私は手で持てるボールサイズのドローンのスイッチを押して、展開する。

反重力技術の恩恵を受けたドローンは、静かな浮遊で一定の距離で静止した。

それを確認した私はスマホに映る映像を確認して[配信]のボタンを押した。

>お?

>はじまた

>あら、楓ちゃん

>もしやコラボ!?

 うん、概ね予想通りの反応だ。

数字も順調に――10……100……1000……10000……いや増えるの早くない??。

(どうしてこうなった……)

 時間は少し前――私がダンジョンの受付から現実リアル迷宮ダンジョン境界線ボーダー入口エントランスに入った直後に楓さんに話しかれられたところから始まる。



☆@☆@☆



 新宿に蓋をするように大きく平べったい丸い建物がある。

【シンジュク・ダンジョン】。

第三次世界大戦の最中、ダンジョン資源で作られた新型爆弾で東京が焼け野原にされた跡地に、なんの前触れもなく出現した――

ダンジョンのような・・・・・・・・・大きな穴。

洞窟のような、無機質な金属の通路のような、まるで何かに繋がる通路のような上層から下層までの地下迷宮ダンジョン

それのさらに下に『深淵』が観測されたのは私が生まれる数年前だった。


 そんなダンジョンは調査開始からいろいろと注目されていて、攻略配信や探索配信も盛んに行われている。

そういう人数の多い場所で人一人を見つけるのは、大きな駅の改札で目的の芸能人を見つけるくらいの難しさ。

「あっ、渚ちゃん」

 ダンジョンでの受付から専用の迷宮義体門アバター・ゲートを抜けた先でこの少女、【一柳楓ひとつやなぎかえで】は話しかけてきた。

「えっ、楓さん」

「もう。あの時は『さん』って付けないでなかったじゃん」

「いや、あの時は緊急事態だったし……。それに私みたいな零細配信者モブ有名配信者アイドルの楓さんを名前でそのまま呼ぶなんておこがましいです。」

 楓さんは「?」な顔で私を見てくる。

いやほんと、私みたいな雑魚配信者は崇めることしかできないので……。

「私は命の恩人に頭を下げさせる程、偉くもないし、心無い人でもありません。だから……、『さん』とか付けずに私のことを名前で呼んでください」

「アッハイ……」

 意外と押しが強いです楓さん。

そんな彼女に押されて渋々「楓」と呼ぶことにした。

今なら、創作で主人に怯える侍女メイドの気持ちがわかった気がする。

そう、私は有名配信者アイドル零細配信者メイド

「それで楓さ……楓は、だいぶキャライメージ変えたね」

「うん、そうだね。私的には元に戻っただけなんだけどね」

 笑顔でそう答えると、私から見て左側に束ねた長いサイドテールが踊るように揺れた。

それだけじゃなく、長袖の白いブラウスシャツに青いコルセットミニスカートと白いニーソックスとガーターベルト、肩を出すように着た白と水色のジャケットに服装も変わっていた。

明るく活発的に動く楓さんは、それが『本来の彼女』と思わせるには十分な印象を私には与えた。

「それで楓はどうして私に会いに?」

 私は楓さんを連れて、探索者専用の機械からステカの入ったカードケースを受け取った。

「それは……、渚ちゃんにお礼を言いたかったのと……」

 私と同じくカードケースを受け取った彼女は少し口を重くしながら言った。

「私も本格的に『深淵』の探索と攻略をしようと思ってる」

 覚悟のこもった思い言葉。

あれ程の死の瀬戸際を経験してもなお、『深淵』に挑まんとするその熱い眼差し。

「でも一人だと不安だし……、だからって頼れる友人や知り合いがいる訳でもない……」

「だから私を頼りにわざわざここ・・に来たと?」

「厚かましいのはわかってる。それでも私は、『深淵』に挑みたい。絶対に」

 そういう楓さんの瞳は力強かった。

だから私――。

「無理なのh――」

「わかった」

「えっ?」

「わかったって」

「でも……、私はまだまだ弱いし……、『深淵』のモンスターを一撃で倒せる程強くないし……」

だから・・・、わかったって言ってるの」

「えっ!。足でまといになるかもしれないだよ」

「まあ、そこは期待してないし」

「荷物持ちしかできないかもしれないし……」

「素材運べる容量増えて良いね」

「アバターのレベルもそこそこだし……」

「そこは『今から・・・』鍛えればいいし」

「だから……」

「だから?」

「こんな私でも渚ちゃん……、渚の側にいても良いのかって……」

「だから言ったでしょ。そういうところも含めてわかった・・・・って」

「…………。っ……。ありがとう……ございます」

 頬を赤らめて視線を外らす楓さん。

本当に可愛いなこの子は。

人気が出るのもわかるし、私以外の人と組んだ方が絶対に良さそう……。




☆@☆@☆



 そして冒頭に繋がる訳でして……。

「どうも皆さんこんにちは。私こと渚です」

>渚ちゃん乙〜

>こんちゃー

>ナギサチャンカワイイヤッター

>【不死鳥の片翼】* 今日も『深淵』に潜るの?

「そうですね。今日も『深淵』でレベリングしたいと思います」

>今日もなんだ

>諦めろ ここじゃそれが普通だ

>流石、円卓の皆さん

 ここまでのコメントを追っていくと、どうやら私の古参リスナーは『円卓』と呼ばれてるっぽい……。

うーむ。

「そ、それでですね。今日は皆さんに紹介したいと思います」

「こんみつー。どうも皆さんこんにちは。みんなの楓ちゃんです」

>おお

>こんみつー

>美少女が2人

>てぇ〜てぇ〜

 楓さんが登場するやいなや、コメントが爆速で流れ始めた。

これが有名配信者の力かぁ……。

うん、やっぱり私不要では?。

「今日はですね。渚ちゃんに同行して、私も『深淵』でレベリングをしたいと思います」

>マジか

>昨日あんなことあったのに

>強いなぁ

>がんばれー

 コメントにもあるように、本当に楓さんは強い。

だからこそこういうコメントも当然出てくる。

>不安はないの?

「正直言うとあります。ですが、渚ちゃんはそういう私も含めて一緒に探索してくれることを誓って・・・くれました」

>てぇ〜てぇ〜

>あらぁ〜

>これが百合か

>尊い

うん。

うん?。

「あれ?。私ってそう言ったっけ?」

そういう解釈も・・・・・・・できるけど?」

「私はそういう――」

「あーあ。もうみんなに言っちゃったしどうしようかな〜」

「謀ったな!」

「ふふっ」

 からかってくる笑顔が可愛い。

それはそれとして、こうやって既成事実をあっさり作っていくところは流石の有名配信者。

私も見習わないと。

「あぁ……もう。わかりました。それじゃぁ、行きましょうか」

「はーい」

 私は楓さんを連れて、『深淵』に繋がる

転移門ゲートをくぐっていった。


 この階層が『深淵』と呼ばれる理由はいくつもあるのだが。

その一つに行き先不明というのがある。

今、私と楓私たちは地下に似つかわしくない青空が広がる草原にいる。

「あの……、渚ちゃん」

「なんですか?」

「あのモンスター強くないですか?」

「あぁ、あいつ。あれはただの雑魚だよ」

「雑魚って……。定番の雑魚な見た目してますけど……」

「ん?。まずはアレを一撃で倒して貰わないと」

「なんで【スライム】がこんなに強いですか〜」

 楓さんはたかだか【草原のスライム】に苦戦していた。

(これは前途多難だなぁ……)とほんの少しだけ後悔していた。

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零細迷宮配信者の私が配信の最中にS級探索者の少女を助けたら、どうやら脳を焼いてしまったようです(ついでにパズった) アイズカノン @iscanon

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