第2話 だーからア奴は!ってだれのコト?

 みなさん、お元気だろうか。

 喫茶『月の涙』のオーナー、八犬仁です、お久しぶり。

 当店はスイーツセットとカレーセットが特に有名で、美少女3人の店員がお出迎えし、美男の娘が淹れるお茶があなたを癒します。

 そして、オーナーのオレは…

「旦那さま?キチンとこちらに集中してくださいまし。そんなに1号さんが気になりますの?」

「だから言ってるでしょ、わたしとじんにーのペアにしてくれればいいだけなのにって!」

「だ、ダメだよ、ともちゃん。ちゃんと集中しないと…あっ、あっ!」

 ユウちゃんが注意をするとほぼ同時に二人の中心に小さな爆風が生じ、二人は1~2m程吹っ飛んだ。

「それ見なさい。その様な粗忽モノの相手など旦那さまにさせられませんの。まずは自身と同程度の相手と訓練する事が何よりですの。これは1号さん憎しで言うのでも、わたしの欲望の為でもないのですの。れっきとしたお師さま直伝の心力強化方法ですの。キチンと言われたことに集中なさい、ですの。その様な有り様では一般巫女試験も危ういですの。それともお師さまの推薦で受験しておきながら、あのお美しい御尊顔に泥を塗りたくるつもりですの?そんなことでは…」

「…ううっ」

「…あたた~。ほら、ともちゃん。もう一度最初からやろう?」

 

 オレ達は今、近所の運動公園で心力の強化訓練をしている真っ最中だ。

 とはいってもトンデモ格闘マンガみたいに重力の重たい部屋で派手な組手や重い荷物を背負って牛乳配達したりなんかはしていない。

 もっともこの前そんなアニメを見ていた咲夜が「なるほど、これなら…となると…」とブツブツ言っていたのが気になる…もしかするとその内やらされたりするのか?

 とにかく今のオレ達は見た目には公園の芝生の上でジャージ姿の仲良しグループが二手に分かれて両手を握り座って団らんしている様に見える事だろう。

 なんでこんな事してるのかって?

 それはこの前閉店直後に押し込み強盗があったことから始まる。

 

 あの時、和菓子屋さんのおっさんは競馬で多額の賞金を得たことで借金を全て返すことが出来た。

 が、その際、オレが競馬の予想をしたことを借金をしていたヤツらにうっかり漏らしてしまったんだ。

 そこがまたとんでもない悪徳高利貸しで、そいつらはウチの店員を人質にオレを監禁して予想させ荒稼ぎしてしまおうと考えたんだと。

 確かに占い客の中にはたまにそんなことを依頼してくる客がいることはいる。しかしそれらはすべて丁重にお断りをさせてもらってる。

 で、閉店直後を狙ってガラの悪い男が10人程押し寄せたんだ。

 店内で大人しくついてこい、行かない、とやり取りをしている内にとうとう向こうがピストルを取り出して脅して来た!

 そこまでされたらこちらも全力で抵抗するしかない。

 幸い今回は『身体強化の術』を事前に咲夜とキチンと練習していたおかげで、前回の様にすぐに心力切れになることもなく、余裕で制圧出来た。

 咲夜はそれを満足そうに見守り、ともちゃんとレイは目を輝かせて見ていた。お前らちょっと『ドッカンボール』の見過ぎだぞ?

 そもそもあの『身体強化の術』って初期設定が50倍になってたからその変更をするところから始めたんだけどな。あの塩対応の宝珠もその事を最初に教えてくれててもよかったのに。そしたらあんなことには…。

 男たちをあっさり制圧して油断していたところ、倒れている悪漢の中にピストルでともちゃんを狙っているヤツがいることに気が付いたんだ。そこでオレはとっさにともちゃんに『絶対障壁翼』を展開した、虹で。

 『絶対障壁翼』は全部で7段階あって、白、青、黄、赤、銀、金、虹の順に強度も心力の消費も大きくはね上がる。

 ピストルの弾位なら白で十分だったんだけど、これも初期設定の虹のままだったんだ。

 虹は今のオレだと心力満タンで3秒維持が限界。

 『絶対障壁翼』に守られ、更に目を輝かせて感動していたともちゃんは無事だったんだけど、オレは当然ここで心力がゼロになりその場で意識を失った。

 ここから先はレイに後で聞いた話なんだが、そのことでともちゃんがブチ切れて暴走したらしく、両手に光をまとわせ、ピストルを撃った男に襲い掛かったんだと。

 これも後で聞いたんだけど、護身用に月詠さまに教えてもらってこっそり練習してたらしい。

 でもそれは生身の人間に対して使うにはオーバーキルなんで、慌てて咲夜が止めに入った。

 まず咲夜は手加減した上で男たちの意識を瞬時に奪い、返す刀でともちゃんと同じように両手に光をまとわせて暴走状態のともちゃんと組み合ったんだが、なんと咲夜が力負けし始めたんだって。

 やむなく咲夜は以前使用して月詠さまにしこたま怒られ折檻までされた挙句使用を禁止されていた闇の拳を使ってなんとかともちゃんの制圧に成功した。

 今度月詠さまに豆大福他和菓子盛り合わせをお供えして咲夜の免罪を一緒にお願いしてみような。

 その後、咲夜は例の赤く鈍く光る瞳を使い男たちを従えて、「ちょっとそこまで行って来ますの」と夜の街へと消えていった…ってか最初からこれでよかったんじゃ?

 小一時間ほどで咲夜は帰って来ると意識を取り戻し冷静になったともちゃんにガミガミと説教し「明日から全員で特訓ですの!」と言い放ち今に至る。

 

 咲夜が言うには心力の扱いについてオレはそこそこだが、ともちゃんとユウちゃんの二人は特異点ではあるもののこれまで使ったこともなかったこともあり、初心者用の練習を一からすることとなった。

 そして先程から行っているこれは、さっき咲夜が言ったように心力のレベルの近い者同士が両手を握り合い、互いの心力を循環させることにより、心力の操作に慣れる訓練なんだ。

 なので組み合わせは心力経験者のオレと咲夜、初心者同士二人のペアに分かれて行っている。

 オレとペアを組み訓練する咲夜は終始ご機嫌なのに対し、ともちゃんはどうもこちらが気になって仕方がないようで、上手く集中できていない。

 そんなにオレがヘマすると思っているのか?いささか心外だ。過去改変前からこの訓練は咲夜とやっていたからもはや慣れたものなのに。

「そうそう、お上手ですの旦那さま。ではもう一段階速度をあげますの」

「おおっ?ちょ、くっ、まっ!」

 突然循環させる心力の回転のギアを上げられ慌てたが、咲夜は余裕の笑みで上手くフォローを入れてくれ、先程の初心者二人の様に暴発させずに済んだ…あれ?

「なあ咲夜」

「はいですの、(あなた)」

「今ので思ったんだけど、これって初心者同士でやるより、自分より上手(うわて)なものとやる方がいいんじゃないのか?自分より上手い相手なら今の咲夜みたいにフォローもしてもらえるし…」

 オレはふと思ったことを口にしただけなのだが、この一言が場を一瞬で凍り付かせた後…。

「ほらー!やっぱりそうじゃん。これってさくやちゃんの欲望に忠実なだけじゃん。じんにーとわたし、さくやちゃんとユウちゃんのペアの方がいいんじゃん!」

「た、確かに。初心者二人でやるとなかなか上手くいかないけど、上手な人となら上手く導いてもらえそう…かぐやちゃん、もしかして?」

「…フフフ。皆さん、そんなことはないのですの。なまじ初心者の時に上手なものとやると変な癖をつけてしまいます。それに何事も本人が苦労しないと人は途端に工夫をしなくなりますの。初心者同士悪戦苦闘することがもっとも…」


「何をおっしゃいます、そんなことはありません。咲夜さま、あなたともあろう者がどうされたというのです?」

 咲夜がみんなの目を見ようともせずもっともらしい事を熱弁していたが、それを遮るものがあった。

 いつからそこにいたのか、地面まで届きそうな長い黒髪のポニーテールが特徴的な、ともちゃんユウちゃん達よりすこし幼いJC(女子中学生)位の子が仁王立ちで憤っていた。

「そもそもあなたもわたしも心術指導者につきっきりで指導していただいたではありませんか。しかもあなたは主さま直々に。だからあなたは筆頭巫女になれたのです。わたしだって主さまに教えを請えたならきっともっと…なんともうらやまけしから…んん!ゲフンゲフン」

 咲夜はその子を見るやびっくりしたのか力説していた姿勢のまま固まっている。

「…あれ?あの子どこかで…あっ、もしかして、福ちゃん?あなた呉服屋の福ちゃんでしょ?」

 そう言われたJCは怪訝な表情でユウちゃんをのぞき込む。

「『呉服屋の福』とはまた懐かしい…確かに生前はそうでしたがそれも地上時間で千二百年も前のこと。何故あなたがその様な事を…うん?はて?どこかで…?」

 更に不審な目を向ける福に対して、懐かしい友人と偶然再会できたかのような表情のユウちゃんは少し興奮気味。

「わたしだよ、花だよ。ほら、よく一緒にかぐやちゃんと遊んだ。うわぁ、懐かしいなぁ」

「へっ?は、花ちゃん?あの病弱で余り外に出られなかった?でも地上ではあれから千二百年が…あっ、そういえば花ちゃんが帝の『不老不死の薬』を盗み舐めた罪で島流しになったって当時話題に!あ、あなたあれから千二百年も地上に?た、たいへん、なんてこと!あなたが舐めたのはそんないいモノではないの!ま、待ってて!今すぐ主さまに解毒剤をもらってきてあげる!…きっ!咲夜さま!あなたがおられながらこれはなんという失態!この件は主さまに即刻報告させていただきm」

 福はユウちゃんをガクガクと揺さぶり、早口で咲夜を𠮟責していたところで、それまで固まっていた咲夜が福の口を手でガッとふさぐ。

「お黙りなさい、福音(ふくね)。あなたは優秀な部下ですが人の話を最後まで聞かない悪い癖があります。まずはわたしの話を聞きなさい、良いですね?」

 静かに怒り心頭の咲夜は黒い笑顔でこう言うと、対照的に真っ青な顔になった福が涙目でコクコクと頷いた。


 千二百年もその昔、かぐや姫は無理やり入内させようとした帝にせめてもの嫌がらせをする為、『不老不死の薬』と称して、自分の分の、月の重罪人にのみ用いられる『死ねなくなるクスリ』を献上し、月に連行されていった。

 帝は薬を本気にせずか、はたまた不老不死にビビったのかは定かではないが、『かぐや姫のいなくなった世で不老不死になっても意味がない』とし、富士山の山頂で燃やしてしまうことにした。

 時同じくして、かぐや姫の唯一の親友の花は生まれつきの病が重症化し明日をも知れぬ身となる。

 花の姉の優はかぐや姫の傍仕えの女中で、宮中にも知り合いが多くいた。

 愛しい妹が苦しむ様にこころを傷めた優は宮中の知り合いを頼り、何とか『不老不死の薬』が燃やされる前に一つまみ分だけ融通してもらい、藁にも縋る思いでこれを花に与えた。

 すると、花の病気は一瞬で回復し、以来健康そのものとなる。

 帝がその話を知った時には既に薬を燃やした後で、大いに後悔することとなった。

 更に怒りが収まらない帝は『かぐや姫が帝の為に献上した貴重な薬をくすねた罪』として、花たち一家と薬を融通した役人たちをもろとも島流しにする。

 島での生活は過酷を極め、花を除く他の者たちは一人また一人とこの世を去る。

 島での最後の生き残りの姉を看取った花は島の脱出を決意し、死なない身体に物を言わせた力技で無事脱出、以来逃亡生活を千二百年もすることとなる。

 またその際、敬愛する姉の名と自身の名を合わせ『優花』と名乗ることとした。

 そして去年、偶然月の女神月詠さまに出会い、解毒剤を無事に頂戴し、今度こそ普通の人生を謳歌する事を約束し、今に至る。


「…ということがあったのです。分かりましたね?」

 咲夜がこんこんと説明する間、福音は正座し黙ってコクコクと聞いていた。

「…つまり、全ての原因はかぐや、あんたが…!」

 うん、確かに。かぐや姫があんな嫌がらせをしなければ…って話はこの前したからもういいよな?きっと。

「…あんた?」

 ギロリと睨む咲夜にハッと我に返る福音。

「も、申し訳ありません、咲夜さま。事細かい解説痛み入ります。委細承知いたしました。…花ちゃん、災難だったね。でもよかった、さすが主さま」

「うん、千二百年はちょっと長かったケドね。それより福ちゃんも元気そうで良かった。今はどうしてるの?話からするとかぐやちゃんと月神殿の巫女になったの?」

「そうなの。わたしはあれから無事に人生を終えて…一応悪事は何にもしなかったから輪廻転生するか巫女になるか選ばせてもらえたの。でも巫女になってびっくり!あのかぐやが実は大罪人で、月の御白州で即刻首チョンパされたのに気が付いたら巫女の同僚になってるし。おまけにあれよあれよという間に筆頭巫女になって、同期だったわたしは今じゃアイツの部下。それにこの前大手柄を上げて、今度特級巫女の試験を受けるんだって。それでね…」

「…こほん。それで福音?何故あなたが地上に?巫女衆第三班班長のあなたはわたしの分まで忙しいはずですが?」

 福音とユウちゃんが楽しそうに話しているのが気に入らないのか、イライラした様子で二人の話に割り込んだ。

「あっ、は、はい。実は主さまからのご指示で当分地上勤務となりまして…」

 イライラした様子の咲夜にビクリとしながら、おずおずと答えた。

「…お師さまの?」

「は、はい。何でもこちらには主さまが『さすとも』と呼ばれる稀代の天才心術士がおられるとのこと。本格的な教育はもちろん月神殿に勤める事となった後になりますが、それまでに地上である程度基礎を正しく収めさせ力を蓄えさせよ、とのこと」

「ま、待ちなさい!その様に重大な任務ならばお師さまはまずわたしにその任務に当たらせるハズ!お師さまは何故…?」

「はい、わたしもそのように具申させていただきましたが、『咲夜は今久方振りの休暇を満喫しておる。せっかくの休暇じゃ、その様な雑事をさせるのは不憫でならぬ。すまぬがそなたが出向いてやってはくれぬであろうか。そなたは咲夜と同じ位ワタクシが信頼しておる者故』と申されまして。主さまにそこまで言われましては断ることも出来ず…いやはや参りました」

 参りましたと言いながらとても嬉しそうに照れる様子に更にイライラを募らせる咲夜に福音は気が付かないようだ。まさか知っててわざと煽ってるのか?福音、恐ろしい子!

 …しかし、今のモノマネめちゃくちゃ上手かったな。咲夜も上手かったけど…ひょっとして月の連中はみんなできる事なのかな。

「ですのでわたしはこれより『さすとも』様を一刻も早くお探しせねばなりませぬ。咲夜さまへは取り急ぎ本件をご連絡すべく立ち寄らせて頂いた次第にてこれにて御免。…花ちゃん、落ち着いたらまた連絡するね、じゃまた」

 そう言うや物凄い速さで走り出し、夕方の街へと消えていった…あてはあるのだろうか?

「ふ、福ちゃーん!ともちゃんはここだよー!おおーい!」

 ユウちゃんは大声で呼びかけたが時すでに遅く、空しさだけが残った。

「…だからあ奴はあほぅで未だに班長なのです、まったく。人の話は最後まで聞けと先程も言いましたのに…お師さまはわたしをあんなのと…」

「ねえねえじんにー聞いた?『さすとも様』って多分わたしのことだよね?えへへ、稀代の天才心術士だって。やだもうつくよみちゃんったら、もう」

 イライラが収まらない咲夜に対して、嬉しそうにだらしなくにやけた顔でオレの背中をバシバシ叩く。

「いたたた…あー、じゃあそろそろ暗くなってきたことだし、帰ろうか」

「「「はーい」」」


「それにしても、ともえさんへの基礎訓練ならばわたしが始めた事もお師さまであればご存知のはずですの、一体…」

「多分だけどそれは口実で、さっきの福音ってのを咲夜とユウちゃんに会わせたかったんじゃないかな?昔から仲が良かったんだろ?月詠さまの目的はきっと同窓会だな」

「ほおぉー!こ、これが同窓会!すごい!憧れてたんです!やったー!」

「うーん。花ちゃんはともかくわたしとあ奴とは毎日顔を突き合わせていましたし、そこまで仲良くも…」

 帰る道すがら先程の福音についてみんなアレコレと話していると店に着いた。

「あ、じゃあじんにー、わたしはこのまま帰るね、また明日―」

「ああ…あーでも今日はちょっと遅くなったし晩御飯食べて帰らないか?もちろんその後ちゃんと家まで送るからさ。あ、でも、ちゃんと家には連絡しろよ?」

 季節はぼちぼち冬になろうとしており、陽の落ちるのも早くもう外は真っ暗になっていたので、そう提案してみたところ、ともちゃんの顔が街灯のようにパっと明るくなった。

「うん、そうする!やったー!ちょっと電話借りるねー!」

 いつもならここで咲夜がちょっと余計な一言を言いそうなモノだったのだが珍しく、しかたありませんの、という優しい表情で見送っていた。


 店は今日は閉めており、心術の使えないレイはちょっとさみしそうに留守番をしてくれていたんだ。だからか

「今日はレイさんの好きな唐揚げをたんまり作りましょう。花ちゃん、手伝ってくれる?ともえさんの分も増えたことだし」

「うん、もちろん!」

 みんなでワイワイと裏口から店に入るとそこにはどんよりとうつむき立ち尽くすともちゃんとおろおろとしているレイの姿があった。

 …今度は何だよ、もう。

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占いのよく当たる喫茶店より~佐吉のお宝捜索編 だいじろまるだいじろう @daijiroumaru

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