占いのよく当たる喫茶店より~佐吉のお宝捜索編

だいじろまるだいじろう

第1話 ギャンブルで蔵を立てたヤツなんていないって知ってた?

 みなさん、お元気だろうか。

 喫茶店『月の涙』のオーナー、八犬仁です、お久しぶり。

 当店はスイーツセットとカレーセットで特に有名で、美少女3人の店員がお出迎えし、美男の娘が淹れるお茶があなたを癒します。

 そして、オーナーのオレは…

「じんにー、次のお客様お通しするよ?」

「ともちゃん、そのお客様はお義兄さまじゃなくて、かぐ…咲夜ちゃんの方!」

「え?あっ、すみません、失礼しました。こちらです、どうぞ」

「ふふっ、妾の力量不足は夫に成り代わり良妻であるこのわたし、咲夜が補いますの。さあさ、1号さん、こちらへご案内を、ですの」

「かっちーん!ねぇちょっと咲夜ちゃん、この前から色々おかしいんだけど?前はあんなにわたしとじんにーのコト応援してくれてたのに!大体…」

「ま、まあまあ。えーっと、お客様、この二人は放っておいて大丈夫ですので…」

「ね、ねえ、あなたホントにオーナーと同じ占い出来るの?ってか、その、労働法とか条例とか色々大丈夫?」

 咲夜へと案内されたお客様は担当の少女を見て不安に駆られたようだ。

 この店の常連であれば咲夜の事は良く知っているからそんな事を今更疑問に思ったりしない。いや、むしろこれが正常な状態なんだ、オレ達が異常に慣れ過ぎてたんだ。

 無理もない、見た目はランドセルがとても良く似合いそうなツインテールで低学年の小学生にしか見えないからな。

「ぷっ、ほらほら、どうなの?年齢詐称してるんじゃないの?…それも二千年くらい?」

 さっきまで流れるようにいつもの口論をしていた高校生アルバイトのともちゃんは、先程の腹いせにかこれ見よがしに煽る…ちなみに彼女はオレの従兄妹にあたる。

 これにはギロリと視線だけでともちゃんを威圧すると、笑顔でお客様に対応した。

「…はい、何の問題もありません、ですの。こう見えてわたしは旦那さま…もとい、オーナーと同い年ですの。さらに言えば将来を誓い合った間柄ですの。この度その約束を果たすため、遠い遠い故郷より出て参りましたの。現在は花嫁修業の一環で未来の夫の家業を手伝っておりますの」

 合法ロリの咲夜は何もない胸に手を当て、堂々と得意げに語る。

 しかし残念な事に「将来を誓い合った~」という事実は、ない。

「更に更に。みなさんから好評を得ておりますオーナーの占いはそもそもわたしが元祖、ですの。オーナーへはわたしが手取り足取り教えた次第。故に、わたしの方がより正確にそしてすぴぃーでぃーにお伝えすることができますの。ご理解いただましたでしょうか、ですの」

 こちらは本当だ。そもそもオレが彼女に占いを習ったのには理由がある。

 十年程前、火事で行方不明になったオレの従兄妹、八犬智恵…先程から咲夜と口論していた彼女を見つけ出す為だった。

 そして去年なんやかんやあり、とうとうともちゃんを救い出すことが出来たのだ。

 その時には、先程から当人と口論している咲夜も大変な尽力をしてくれた。

 …そういえば確かに、あの頃の二人の関係はもっと良好だったハズ、一体?

「まあ、そうなの?それはごめんなさいね。でもあのオーナーにこんな可愛らしい許嫁がいたなんて…あの子が知ったらどんな顔を…ああ、いえ。じゃあ何の問題もないわね、占いお願いね、若女将さん」

「はいですの、さあさ、こちらへ。それで本日はどういった…」

 すっかり不安は取り除かれたお客様を満面の笑みで迎え入れ、二人は占い部屋2号室へと消えていった…去り際にともちゃんに黒い笑顔でニタリと一瞥してから。

「むきー!ま、まただ、またこの流れ!前もこれとまったく同じことをしたことがある!あ、アイツ、最近チョーシに乗って!…見てろ、また月詠ちゃんに言いつけて…」

「だ、ダメだよ、そんなことを月詠さまに頼ったら。こういうのは自分の力で勝ち取らないと意味がないと思うよ?」

 咲夜とともちゃん二人の共通の親友ユウちゃんがなだめるように悟らせるように言うが、当のともちゃんはギロリと睨みつける。

「…いいよね、ユウちゃんは。とうとうれーちゃんと付き合う事になったんでしょ?おまけに一つ屋根の下で暮らして、職場も一緒だなんて…余裕のつもり?もういっそ結婚しちゃいなよ」

「も、もう、ともちゃんってばっ!それはまだヒミツ…でもね?わたしが高校卒業したらってこの前レイさんが…お義兄さまにも二人で許可を頂いたし…ふふっ、うふふっ」

 その発言で店内は騒然となった!ってまたこれか!


「な、なにぃー!あの女装野郎、あんな「女に関心ありません、興味があるのは兄だけです」ってツラしといてちゃっかりユウちゃんゲットしてた、だとー!」

「しかも婚約済だとー!おのれあのおっとり癒し系現役女子高生めっ!オレのレイきゅんを…許さん、許さんぞー!」

「な、なんですって?レイ様は観賞用だとファンの暗黙の了解だったのに!こ、こんなことならそんなの無視して私が奪っとくんだった!」

「ゆ、ユウちゃんだってそうだぞ!オレ達もここのウェイトレス達はみんなの観賞用で告白もお触りも厳しく禁じてたのに…そ、それなら…くぅー」

「で、でもこの二人なら許せるかも?他のファンにかっ攫われるよりよっぽど…」

「そ、そうだな、そうだ、その通りだ。それで二人がこの店からいなくならないんだったら、これまでと特に変わらないんじゃないか?」

「そうだな…オレ達は祝福するべきなのだろうな、真のファンとして…」

「確かにそうね…でも今日はちょっと気分がすぐれないので、これで帰ることにするわ。あっ、ともちゃん、今日のわたしの占いキャンセルで…また出直すね…」

「…お、おれも…」

「…わ、わたしも…」

 占いキャンセルのお客さんには占い分の代金を返金し、気が付けば…

 そして誰もいなくなった…ねぇ、これ何て言う営業妨害?

「…ともちゃん?ユウちゃん?後でゆっくり大事な話をしような?」

「「ご、ごめんなさーい!」」


 次の日、大多数のお客が昨日のショックを受けた影響からか、客足が伸び悩んだ。

 今いるお客さんは昨日の話を知らない人たちか初見のお客さんで、「今日はやたら空いてる、ラッキー」とかいいながら呑気にスイーツセットを楽しんでいる。

 総客数はいつもの半分以下で本日の営業は終了した、珍しく定時前にだ。

 まさか従業員のスキャンダル一つでこんなことになるなんて…ということは、占いの内容よりもウェイトレス達の人気に支えられていたってこと?…なんてこった。

 そして営業終了後の緊急ミーティング。

 目に見えてしょんぼらとするともちゃんとユウちゃん、そしてレイ。

 イライラが隠しきれない咲夜は黒い笑顔で二人に告げる。

「旦那さま?この調子ですと店員はこんなにいりませんの、わたしとレイさんが居れば十分ですの。二人には次の繁盛期が来るまでお暇を差し上げれば良いのでは?ですの」

「「そ、そんなぁ」」

 確かにこの客数でこの店員数は過多だよな、しかし、かと言って…。

「よし、それならいっそ!」

 オレは思い切って次の日休業にする旨をみんなに伝えた。

 二人は自分達の責任だとこの世の終わりみたいな顔をしてその日は解散した。


 そして迎えた土曜日の朝早く、オレ達は場外馬券売り場にいた。

「…じんにー?こんなところでどうするの?まさか?」

「にいさん、いつもギャンブルはダメって言ってるよね?父さんも「ギャンブルで蔵を建てたヤツはいない。あれはお金が余ってしょうがない奴のやる遊びだ!」って珍しく怒ってたし。にいさん、もしかして自暴自棄になって?」

「そ、そんなぁ。お義兄さま、ごめんなさい!わたしとレイさんとの関係がバレたせいですか?わたしはどう責任取れば…」

「花ちゃんには責任なぞ何もないのですの。うっかり者の1号さんが悪いのですの!旦那さま、今度こそ、こ奴をクビに!」

「な、なにおー!こ、こいつ、チョーシに乗って!ガルルっ!」

「なんですの、その態度は?いいですの、ここらでどちらが上か決めてやるですの!ぐるるっ!」

 …どうしてこいつらはこうなんだ?ホントにちょっと前まではあんなに仲が良かったのに。ホントに一体何があったっていうんだ。


「最近さ、忙しかったろ?せっかく暇になったのなら今の内に福利厚生もかねて旅行でも、と思ってな。でも軍資金がちょっと足りないみたいなんだ。だから…」

 お互いの襟首を掴み今まさに殴り合いが始まりそうだった二人も、なんとかなだめようとしていた二人も、あっけに取られてオレに注目する。

「だからさ、ここでちょっと稼がせてもらおうかなって。それにオレ、一回やってみたかったんだよね、コレ」

 これまで行方不明になったともちゃんを探すのと、弟の学費捻出の為、遊びらしい遊びをしたことがなかったこともあり、こういう大人の遊びに密かな憧れを持っていたんだ。今回は男女5人分の旅行費用を稼ぐという名目があることだし、いっちょ楽しんで稼いでみよー!

「りょ、旅行ですの?それにフクリコーセイ、とは?」

 おっと、月神殿にはもしや存在しないのか?有給はあるのに?

「福利厚生ってのはね、大体どこの会社にもあって…」

 優秀な実の弟のレイが簡単に説明すると、咲夜は興味深そうにほうほうと頷きながら聞いていた…これ後で月詠さまに「余計な事を教えるな」って怒られたりしないよね?

 ちなみに今日のレイはいつものミニスカメイド服ではなく、カジュアル寄りのスーツ姿だ…なのに、男装している宝塚の人みたいに見えるのは何故だろう。男が男の恰好しているだけなのに…。


 ところで、合法ロリ咲夜の正体は月にあるという神殿におわす日本担当の月の女神、月詠さまに仕える筆頭巫女。更にもっと言えば、かぐや姫その人である。

 去年、月神殿でのクーデター騒ぎと月詠さま暗殺計画を未然に防いだ上、そのどさくさ騒ぎで地上で十年間行方知れずだった月詠さまを無事に保護して月に護送したという功績のご褒美の一環で有給を地上時間で百年分貰い、再びこの店にやって来たのだ。

 そしてユウちゃん、本名は花といい、千二百年前かぐや姫がもたらした『不老不死の薬』…本当は罪人に用いる『死ねなくなるクスリ』を誤って舐めてしまった、かぐや姫の親友であの『竹取物語』の原作者だ。

 そんな二人がなんでこんなトコで喫茶店のウェイトレスなんかやっているかと言うと…なんやかんやあったんだよ、全部話してると今日のレースが終わっちまう、また今度な。


と、そこへ店の常連の和菓子屋のおっさんが話しかけてきた。

「よお、占い屋のオーナーじゃないか、今日はハーレム引き連れて、こんなトコにデートかぁ?そんな事してるとその内一人もいなくなっちまうぞ?だっはっは」

「そうそう。そうだよ、さくやちゃん。じんにーはこう見えてケッコー遊び人なんだよ。お堅い巫女様は嫌になったでしょ?嫌いになったでしょ?いいんだよ、実家(つき)に帰っても。何ならつくよみちゃんに言って、今からお迎え呼んでもらおうか?」

「…ふふっ、面白い冗談ですの、1号さん。そちらこそ幻滅したのでは?それにわたしには愛する旦那さまの清濁全て併せ吞む覚悟がありますの。1号さんとは違うのです、1号さんとは!恥を知りなさい、この俗物!」

「なにをー!」

「なんですのー!」

「…おはようございます、今日はちょっと気分転換に…あと、ウチは喫茶店です」

「…色々すまん。でも今日はいいのか?占いやらなくて。店の前に何人か並んでたぞ?」

「え?おかしいな、今日は臨時休業って張り紙してきたのに…レイ、悪いんだけど、ちょっと様子を見てきてくれないか?」

「うん、わかったよ、にいさん」

「あっ、じゃあわたしも一緒に…」

 二人は仲睦まじく手を握り足早に店へと向かった。

 …どうせなら自分の彼女じゃなく、この犬猿のどっちかを連れて行って欲しかったんだが。また二人が暴れ出したら誰が止めるんだよっ、とほほ。


「ところで和菓子屋さん、そちらこそ今日はどうして?」

 オレは何気なく聞いてみたが、ギクリとした様子でしどろもどろと答える和菓子屋のおっさん。

「お、オレか?…お、オレも気分転換にな。ちょっと新作で煮詰まっちまって…」

 和菓子屋のおっさんに違和感を感じたオレと咲夜は目を合わせ…。

「では村中さん。占って差し上げましょうか?どういった新作が良いのかを、ですの」

「おっ、いいのかい?今日は休みなんだろう?なんだか悪いな」

 咲夜に占いを提案されて顔を明るくした村中さんは、口では悪いと言いながらいそいそと右手を差し出した。


 オレと咲夜の占いは対象に触れないとできないって事になっている。常連ならばそれをよく知っているのでこうして自身の手を差し出すのだ。

 本来この占いは『遠見の術』といい心力…ゲームでいうところのMPを消費することで過去でも未来でも、心力を消費した分だけ見通すことのできる代物だ。

 そしてそれは対象に触れなくても問題ない。

 ただし、その場合は心力をより多く消費してしまう為、いつもは対象に触れる方法を取っているに過ぎない。心力を節約しないといけないくらい客が多いってことさ。

 心力の限界値がオレの何十倍もある咲夜からすれば、対象に触れずに一日中占うことも造作ではないのだが、オーナーであるオレを立て、オレに合わせてくれているんだ。

 そんな咲夜が先程の目配せで和菓子屋のおっさんに何かある事をオレに知らせてくれた。

 だから今さっきの咲夜の提案は、占う前から知っていた、ではなく、占った結果知った、という体裁にする為に敢えてしたものなんだ。


「ほうほう、なるほどなるほど。村中さん、次の新作に相応しいモノのレシピが視えましたの。後程書面にてお渡ししますの」

 にこりと笑顔で告げる咲夜を見て、和菓子屋のおっさんは顔を更に明るくした。

「そ、そうかい!ありがとよ!あ、そうだ、代金を…」

「いえいえ、それには及びませんの。今日はお互い休暇の身。それにいつも美味しい豆大福と栗まんじゅうで楽しませてもらってますの。そのお礼ですの」

 咲夜はそう言うが、本当にいいのか、と、和菓子屋のおっさんはオレの顔色をうかがう。

「そうですね、あの豆大福はウチで大好評でして。ですのでこのくらいはさせて下さい、オレが彼女に怒られてしまいます」

「もう、旦那さまったら!」

 咲夜が甘えるように可愛らしくオレの胸をぽかぽかと叩く。

 傍から見れば仲の良い親子のやり取りにも見えるかもしれないが、事情を知る者が見ればそれはまったく異なったモノとなる。

「そこっ!無駄にイチャコラしないの!豆大福楽しみにしてるつくよみちゃんに言いつけるよ!」

 そう、以前月詠さまが地上に顕現された際、この和菓子屋の豆大福をお出ししたところ、大層気に入られ、今でもちょくちょくお供えに欲しいと要望されるのだ。

 そして咲夜は最も敬愛する月詠さまの名を出されては黙っておれず…

「お師さまは関係ありませんの。大体わたしは只今休暇中ですの。つまり身の程を弁える限り、個人の恋愛は自由ですの。いつもわたしがお師さまの御名で身を引くと思っているなら大間違いなのですの!」

「なにをー!」

「なんですのー!」

 ぐるるガルルと再び始めた二人をオレと和菓子屋のおっさんはしばし呆然と眺めていた。

 が、このままでは埒が明かないので…


「和菓子屋さん、競馬のやり方教えてくれませんか?実はオレ、今日が初めてなんです」

「おっ、おお、いいけど…」

 和菓子屋のおっさんは、あの二人は放っておいていいのか、と目配せするが…

「大丈夫です、さ、行きましょ。そろそろ始まるみたいですよ、まずどうしたらいいんですか?」

 オレは半ば強引に和菓子屋のおっさんの背中をグイグイと押し、建物の中に入って行った。二人にはちょっと頭を冷やしてもらおう。

「「そ、そんな、まってー、旦那さま(じんにー)!あ、あなたのせいで!あ、ちょっ、ホントに待ってー!」」 


 和菓子屋のおっさんに教えられた通り、まず売店で競馬新聞と赤のサインペンを購入した。

 そして次のレースの予想をする。

 競馬は色々な競馬場でレースをやっており、実際にその場に赴けない者はこうした場外馬券場で購入するのだそうだ。

 だから同じ日に第1R(レース)だけでも2、3か所で開催されたりするんだと。

 せっかく朝一番に来たのに、建物の前でああだこうだしている間に本日の第1Rは終了してしまったので、第2Rからの参戦だ。


「…で、この新聞に載ってる過去の成績なんかから一着と二着を当てるんだよ。これが結構むずかしくてね…更に買い方も色々とあって…」

 なんて言いながら新聞とにらめっこする和菓子屋のおっさん。遊びで来たと言っていたが、表情は真剣そのものだ。


 実はオレには和菓子屋のおっさんの本当の目的が最初から分かっていた、もちろん咲夜にも。

 和菓子屋のおっさんの目的の一つは先程の占い。

 今日も占いをしてもらいたかったが臨時休業の張り紙を見て落ち込んでいたところ、オレ達が揃って外出するのを見掛け、後をつけたようだった。

 そしてもう一つの狙いは資金調達。

 どうも経営が上手くいっていないのか、多額の借金をしてしまったようで、翌週の週末がその支払日なのだ。

 で、ダメ元で競馬に来たみたい…いや、ダメ元でもダメだろ。

 しかし、もうこれしか方法が思い浮かばなかったようだ。

 先程のレシピがあと一年早く手に入っていれば、こうはならなかった未来ももちろん知っている。

 そして今日資金調達できなければ、あの豆大福は二度と口に出来ないことも。


 今もしここに月詠さまがおられたならば、和菓子屋のおっさんを過去に戻し、やり直しさせることもできただろうが、それももしもの話だ。

 ともちゃんを救出する際、月詠さまはともちゃんを過去に戻し、やり直しをさせ、今に至る。その際は咲夜も同行し、大いに活躍してくれたと聞いた。

 和菓子屋のおっさんを過去に戻す『黒歴史改編の術』はとても高度な術で、月詠さまはあの時、5人の過去をいっぺんにやり直しさせたが、オレでは一人でも無理だ、そもそも発動させるための心力が足りない。

 そして、咲夜ならおそらく一人くらいなら出来るかもしれないが、過去改変はそうポンポンできないそうで、あの時も月詠さまの女神権限でごり押ししたのだと後で聞かされた。

 過去をやり直し出来ないのであれば、他の手段を探すよりない。

 その結果、『遠見の術』を使ってその人の未来に待つ多くのマルチエンディングの未来を占い、グット、バットそしてトゥルーのエンディングを見極め、目的の未来に至る道筋を伝えるしかない、ということだ。

 なので…


「ふふふ…和菓子屋さん、今日はオレに任せてもらえませんか?」

 と、黒い笑顔で提案することにした。

「ま、まさか?あんた、コレも分かるってのか?」

 愕然とする和菓子屋のおっさん。そして確かにこいつなら、という表情に変わっていく。

「いいんだね?信じさせてもらうよ?お礼は獲得金額の3割で、どうだい?」

「いえいえ、お礼は…ああ、では、1割で。どーんと任せて下さい。オレが本気出せば明日には都心部の一軒家が現ナマで買えちゃいますよ?でも、これっきりで。あと他言無用で」

「分かってるって。頼むよ?…お主もワルよのぅ」

「いえいえ、お代官様(わがしやさん)ほどでは…くっくっく」

 一度は言ってみたいセリフを黒い笑顔の二人が言い合っている所へ、ようやく4人が合流した。

「「じんにー(旦那さま)が悪い顔してる…ほら、嫌いになったでしょ?さっさと身を引きなよ(なさいな)」」

「なにをー!」

「なんですのー!」

 そして再びガルルぐるると始めた二人を今合流したばかりの二人が引き離しなだめる。

 ひょっとしたらそうしてもらう為に二人を待っていたのカモ…いや、それはない、か。


 馬券の買い方には様々なものがあり、一般的には連番…1、2着を順番通り当てる買い方が有名だ。他にも1着2着がひっくり返っても良い方法や、複数の馬番を同時に購入し、その中に入っていれば良い方法もあるが、これらは配当がガクンと低くなる。

 そして最近出来た3連単…1、2、3着を順番通り当てる買い方。これは難しいので配当金も当然一番高くなる。

 今日のゲームは遊びではない、本気で勝ちに…稼がせてもらいに来たので、3連単で廻していく!

 …おかしいな、今日は遊び半分だったはずなのに。


「(旦那さま?)」

「(ん?)」

「(本来神聖なるお師さまの術のこの様な悪用など許されません。しかし此度はきちんとした理由…お師さま御用達の和菓子屋の為ですから目をつぶります。ですが二度は無い、と肝に銘じて下さいまし)」

「(…うん、わかってる。ごめんな、変な心配かけて。月詠さまに叱られたらオレのせいにしていいから)」

「(…はい。で、でしたら、そのぅ、口止め料を頂きたく…)」

 と言いつつ静かに目をつむる咲夜。

「(ああ、分かった。じゃあ帰りに和菓子屋さんで咲夜の好きな栗まんじゅう、たんまり買って帰ろう、な!)」

「(…うう、そうでは…いえ、ではそれで)」

 やはり本来はこうした使い方をすると何らかの形で罰せられるのだろうが、人助けの為ならばと咲夜も納得してくれ、片棒を担いでくれたようだ。

 それにしても咲夜の好物は栗まんじゅうじゃなかったか。

 やっぱり月詠さまご愛用の豆大福がよかったかな?

 いつも「お師さまと同じものを頂くなど恐れ多い」とか言ってたケド、やっぱり本心では食べたかったのかもしれないな。今度こっそり買ってきてやるか。


 一旦店の様子を見に行ってくれたレイとユウちゃんは、和菓子屋さんの情報通り出来ていた行列のお客さん達に本日臨時休業の旨を伝えた後、みんなの分のお弁当を作って持ってきてくれていた。もちろん和菓子屋さんの分もだ、二人とも気が利くな。


 場外馬券売り場は未成年は入れない。

 よって、オレと和菓子屋さん以外は中に入れず暇を持て余したので、みんなでショッピングに出かけた…ん?咲夜?あれは設定上はハタチを超えているが見た目が見た目なので一々ガードマンへの説明が必要な事に辟易し、早々に切り上げていた。そしてそれをとても愉快そうに笑うともちゃんとまたひと悶着していた。

 それでもお昼は近所の公園に集合し、敷物を広げてみんなでお弁当を楽しんだ。

 楽しいお弁当タイムが終了すると、オレ達は再び戦場へと戻って行った。

 ただし、必ず勝てる戦場だったのでもはや無双状態。

 言い方が悪いかもしれないが、必ず勝てるゲームなんて楽しいのは最初だけで、後はただただ所持金を増やす作業でしかなく、最終レースの頃には既に二人の表情は死んでいた。

 さて、一日3連単を連続的中で廻すと流石に総額が凄い事になった。

 こういった場合、窓口では受け取れないので後日銀行振り込みになるんだと…ちょっとやり過ぎたか、ホントに都心部に一軒家が余裕で購入できる金額になったからな。


「あー、疲れた。もう競馬はいいや」

「だなー。ワシももういい。明日からまたちゃんと真面目に働こう、その方がなんだか楽しいや」

 二人共そんなことを言い合いながら待ち合わせたお昼の公園に向かう。

「…でもホントにありがとうな、これでまたあの店で働けるよ。ホントは全部知ってたんだろ?ウチの借金のコト…」

「…何の事です?和菓子屋さんは今日競馬初心者のオレに教えてくれただけでしょ?あー、でも、ホントにこれっきり、他言無用で。もう競馬はこりごりですんで」

「…そうかい、じゃあ、そういうことにしとくよ。でも」

 和菓子屋さんはオレに向き直ると深々と頭をさげた。

「恩に着る。本当にありがとう!」

「よ、よしてください、みんな見てますよ?それにね…」

 和菓子屋さんはおずおずと頭を上げオレを見る。

「それにね、ホントにあの豆大福を楽しみにしてる方がいらっしゃるんですよ。その方の為にしたことですんで」

 オレはニッと笑い握手を求める。そしてそれに応じる和菓子屋さんも何やら照れ臭そうだ。

「そんなに楽しみにしてくれてる人ってのに一遍会ってみたいもんだ、どこにお住まいなんだい?」

 オレが黙って夕方の空を指さしたその先には、少し早めのお月様が顔をのぞかせていた。

 そんなオレと空を交互に見て、何やら納得したのか、和菓子屋さんは黙って頷いた。

 和菓子屋さんはもう遅いからと待ち合わせの公園に着く前に足早に帰って行った…レシピのコト忘れてますよ?

 余程嬉しかったんだろうな、仕方ない。新作レシピは明日にでも豆大福を買いに行くついでに届けるとしよう。

 オレが公園に到着すると、みんな既に揃っており、どうやら最後のオレを待っていたようだ。


「おーい、みんなー、お待たせー。遅くなってごめん、今日はもう帰ろうか」

「お疲れ、じんにー。旅行代稼げた?」

「おー、バッチリだ。次は旅行のしおりを作らなくちゃな」

「“旅行のしおり”ですの?それはどういった?」

「あー、さくやさん、それはね…」

 レイの説明をフンフンと素直に聞いた咲夜はやがて。

「なるほどそういった趣旨のモノですの。しかし、皆で旅行となると、今朝の様に留守を知らずに来られるお客様が不憫ですの。仕方ないですの。旅行は皆で楽しんでなさいな。わたしは旦那さまの留守を精一杯守ることとしますの。旦那さまの留守を守るのも妻の務めなのですの」

 それを聞いたともちゃんはにんまりとし。

「そうなんだ、さくやちゃん行かないんだ。じゃあじんにー、いーっぱい楽しんでお留守番のさくやちゃんにお土産たくさん買ってこようね」

 勝ち誇った顔でオレをのぞき込む。対して咲夜は。

「よよよっ、旦那さま~、1号さんがいじめるのです、あんなひどい事をさも楽しそうに…咲夜は咲夜は、ううっ…」

 これまでと一転、めそめそとオレの胸で泣き出してしまった。

「こらともちゃん、ダメじゃないか、咲夜を除け者にしたら!悪い子めって、小さい頃叔父さんに言われたんだろ?ダメだよ、謝りなさい」

 ガーンとショックを受けるともちゃんに対し、オレに慰められる陰から黒い笑顔でニタリとする咲夜。嵌められたことに今更気づき、更にショックの表情を浮かべる。どうやら相手が悪かったようだ、如何せん年の功が二千年程差があるのだから、しょうがないと言えばしょうがない。

「ぐ、ぐぬぬっ、ご、ごめんね、さくやちゃん…」

「…いいえ、解って下さればよいのですの、ちっとも気にしておりませんの。…ああ、でも1号さんはどうやらとても気にしているご様子。なれば誠に残念ですが、留守番の名誉を譲りますの。わたしたちの留守をしっかりとお願いしますの、ニタリ」

「そ、そんなぁ、がーん」

 結局最後はやられるともちゃん。大丈夫、旅行はちゃんとみんなで行こうな。

 と思っていると、咲夜は少し溜飲が下がったのか…

「冗談ですの、ともえさん。留守番はわたしがします。ともえさんは旅行を楽しんでなさいな」

 と、同情し慰めるようにともちゃんに言うが、これまでがこれまでなのでともちゃんは警戒を緩めない。

「ほ、ホントに?いいの?さくやちゃん、ホントにいいの?」

 また嵌められる事を警戒し、おずおずと問うともちゃんを咲夜は優しい笑顔でただ黙って頷いた。

「あ、ありがとー、さくやちゃん。大好き!」

 感激したともちゃんは涙を流して咲夜に抱き着く。咲夜はそんなともちゃんを優しく撫でてやった。


「ところで旅行はどちらへ?ですの」

「ん?ああ、ちょっと墓参りと宝探しに、な」

 オレが冗談めかして言うと、皆ポカンとなった。

「墓参りに、宝探し、ですの?」

 咲夜は皆を代表するようにおずおずと問う。

「そう。この前、佐吉に聞いたんだ。ユウちゃんのご家族が埋葬されている場所と佐吉の遺品の隠し場所。埋葬場所は割と一般的な所みたいなんだけど、遺品の隠し場所はまだ誰にも発見されてないらしいんだ。だからちょっとした宝探しだな」

「あ、ああっ、そういえばそうでした。佐吉さんがお義兄さまに伝えておくから後で聞いてみろって…す、すっかり忘れてました、ご、ごめんなさい、父さま母さま姉さま!」


 以前月詠さまが顕現された際にオレの前々世である“佐吉”という人物の記憶をオレに移し、その元婚約者であったかぐや姫…咲夜と会話をさせた事があった。

 その際に、家族もろとも島流しにされた花…ユウちゃんのご家族の遺骨をどこかに丁重に埋葬し直したとの情報をもたらした。

 また、かぐや姫と最後の会話をさせてくれたお礼だと言って、当時双子の兄の帝にすり替わった後の佐吉の私物を貰えることになったんだ。オレ達に役立て欲しいって言ってたんだ、じゃあせっかくだしってことで。それに丁度店も一時的にだろうが暇になったことだしな。

「佐吉さんの遺品、ですの…」

 しばし熟考した咲夜は意を決したようにオレに向き直る。

「旦那さま、咲夜も是非お供させて頂きたく存じます。そして…」

 今度はともちゃんに向き直り、優しい笑顔で…。

「ともえさん?やはりお留守番はあなた以外適任がおらぬ様子。ガンバって?それにともえさんがお留守番すれば、邪魔者がおらず、かっぷる二組でのだぶるでぇと旅行ですの、ぽっ」

「そ、そんなぁ、さくやちゃん、今度も冗談だよね?本気じゃないよねって…うわあぁん、本気の目だー!」

「うふふっ、大丈夫です。わたしの見立てによると、元々ともえさんはこの旅行に参加できませんの」

「へ?それって、どういう?」

「ともえさんの父君がお許しになるハズありませんの」

「がーん!そ、そうだったー!…うう、確かに母さんは許してくれるだろうケド、父さんが…」

 余りのショックにその場に膝から崩れ落ちたが、次の瞬間勢いよく立ち上がり、電話口にかけて行った。

「ちょ、ちょっと電話で聞いてみる!もしかしたら…そろそろじんにーとの事も…」

 電話で何やら激しい言い合いがあった後…。

「うわあぁん、やっぱりダメだったー!旅行に行ったら今後一切ここでバイトさせないし、じんにーにももう二度と会わせないってー!一番近い親戚なのにー!お正月もってー!」

 そんなにみんなとの旅行を楽しみにしていたのか…流石に一人で留守番は可哀想だな。

 そもそもオレは留守番係を誰かにさせるつもりなんかなかったんだが…仕方ない。

「じゃあオレも留守番するとするよ、バイト一人に留守番させるわけにはいかないし」

 オレがそう提案すると、みんなの表情が一変する。

「ほ、ほんと?じんにーありがとう、好き!大好き!」

「だ、旦那さま。そ、それでは佐吉さんの遺品が…それならわたしも…でもせっかくのわたしと旦那さまとのいちゃらぶ旅行でぇと…」

「は、はい。わたしはレイさんと一緒なら何の問題もって、きゃー」

「だ、ダメだよ、ともちゃんと二人っきりで留守番だなんて…え?いや、ユウちゃん?キミと一緒に旅行に行きたくないワケじゃなくてね?だから、そんな顔…」

「大丈夫だって。場所は事前にみんなにキチンと教えておくし。それに旅費も心配いらないぞ」

 そう、今日は本来その目的のためにあんなに頑張ったんだ…ホントに競馬はもう、いい。

「そ、そういう事では…佐吉さんの遺品は旦那さまが、旦那さまでないと…」

「それも大丈夫そうだ、佐吉の記憶によれば場所さえ分かれば誰でも手に取れるらしい。本人認証とかないらしいし。三人でたまにはゆっくりして来いよ、な?」

「そうだよ、咲夜ちゃん。お店はじんにーとわたしでしっかり守るから、安心して行ってきなよ。元婚約者の大事な遺品なんでしょ?じんにーより大切なんでしょ?行って来なよ、にやにや」

「ぐ、ぐぬぬっ、あ、あちらを立てればこちらが立たず、ですの。まさに『子ウサギのシーソー終わりが見えず』ですの。どうしてこの様な事に…」

 先程二人は和解したはずなのに何故こうなってしまうのか。立場は完全に逆転してしまっていた。

「致し方ありませんの。かくなる上は…ここは一つ、ともえさんの父君を暗示…もとい催眠…もとい説得する他ないですの。ともえさん、いざ参りましょう!」

「うん、お願い!」

 今二人の利害は完全に一致し、ライバル二人がとうとう手を組み、ニヤリと不敵な笑みを浮かべながら握手を交わすと、そのまま店の外へ飛び出して…。

「おっと、あぶねー。ここは通行止めだぜ、嬢ちゃんたち?」

 二人が店の外へ出ようとしたところ、ぞろぞろと不審な男たちが十名ばかり入ってきた。

 なんだよ、閉店の看板出てるだろ?…また押し込み強盗か?あの三人組みたいに?

 …もう勘弁してくれ。


 つづくよ

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