新年のご挨拶

手ノ塚 七夏

2025

 あけましておめでとうございます

 ことしもよろしくおねがいします






 12月31日、午後7時頃。私はスマホのライトで地面を照らしながら、山奥にある神社への道を慎重に歩いていた。一人で出歩くには少し心細い場所と時間帯で、現に今、誰かが私の後をつけて来ている

 しかし背後の存在は足音を殺すわけでもなければ私にも聞こえるくらいの音量でなにか洋楽を流しており、鼻をつく臭いからタバコを吸っていることもわかる。不審者ならこのまま気づかないフリをしておくのが正解かもしれないが......


 思い切って振り返ると、スニーカーを履いたスモーカーのストーカーがスピーカーでスティーヴィーワンダーを聴いていた。冷たい空気にポップな音楽がよく響く。なにがハッピーバースデーだ。明日にはハッピーニューイヤーだというのに


 急に目が合ったストーカーは私の訝しげな表情で察したのか、弁明するように自ら事情を説明してくれた


「明日来れないんで、期日前初詣に来たんすよ」


 彼の発言は意味不明ではあるが、私に危害を加えようという雰囲気は感じられない。聞けば彼は推しのVtuberの年越し配信をリアタイするためにわざわざ前日に来たらしい。だったら2日とか3日に来ればいいのに......という空気の読めない発言はしないでおく。私はロボットじゃないし


 そこからの道中、気まずい空気を察してかストーカーさんは会話を繋げようとしてくれたが、話題はすべて一度も試さないまま気がつくと忘れている料理のtipsだ。こうすると肉が柔らかくなるだとか、こうすると野菜が日持ちするだとか。そういうのを紹介する番組って無限にやってるけど実践してる人見たことないんだよな......

 私が自身の話題に一切の興味を示していないことに気がついたのか、彼は私にここにいる理由を尋ねてきた

 もちろん期日前初詣とかいう謎イベントのためではない。れっきとした理由があって神社を目指している私は、よくぞ聞いてくれたといった心持ちで彼の疑問に答えた


「闇バイトですよ」

「yummy bite?なんかうまそうっすね」


 ダメだこいつ。食べもののことしか頭にない。ちょっとでも声のトーンを落としたり伏し目がちにしたりしてミステリアスなキャラを演出してみた私がバカだった。こうでもしてお金を稼がないと生活できない特殊な事情があって~だとかさ?


「あーなるほど、間×立で闇のバイトすか。だからこんな夜の山奥に来てるんすね」


 門×音以外の闇の因数分解はじめて見たんだけど。しかもせっかく導出した闇の意味も理解してないっぽい

 いや、それでいい。闇バイトなんて、一般人には遠い存在であるにこしたことはないんだ

 それに今年はなにかと話題になることも多かったが、昔から数々の闇バイトをこなしてきた私にとって昨今のブームは少々いただけない。自分がひっそりと応援していたインディーズバンドが有名になってしまったときのような独特なさみしさがある。あと単純に商売敵や警察の目が増えるのも困るし




 そんなこんなで神社に到着し、さっそく私はスピーカーさんと一緒に社務所にいる巫女さんを訪ねた。そこで簡単な自己紹介を済ませ、私は業務内容を教わる

 もちろん巫女さんのお手伝いを闇バイトだと言っているわけではない。むしろこっちは光バイトと言ってもいいだろう。初詣のバイトはあくまでも神社に侵入するための口実だ。言わば前座。私の目的は他にある。だが......


「なんでこんなこともわからないんですか?」「移動は常にダッシュですよ。常識です」「返事は「はい」か「Yes」以外認めません」


 なんかめちゃくちゃスパルタなんだけど。巫女さんはおっとり清楚キャラしか認めていない私は、そのギャップに萌えることもなく絶望する。ホワイトな闇バイトとブラックな光バイト。社会はどちらを淘汰すべきか

 てっきり着させてもらえると思っていた巫女装束も用意がないようで、やはりアニメの日常回のようにはいかないなと溜息をつく。だがよくよく考えると水着回と並ぶレベルで一般化されているのはたしかに不思議だ




 さっそく巫女さんにめちゃくちゃこき使われたのち、スニーカーさんの期日前初詣を案内していると、私は道中でお目当ての物を発見した

 そこにあったのは小さな祠。神社の境内にあるものは摂社や末社というらしいが......ちっちゃいことは気にするな、それワカチコワカチコ~

 ちなみにこの「ワカチコ」という言葉は、中国の故事に登場する「若知古」に由来しているらしい。過去から学ぶ者はその知恵によって、どんな問題も些細なものに感じるそうだ


 話がそれてしまったが、私の闇バイト任務はこの祠を壊すこと。ボス曰く「この前Twitterで話題になってたからほんとに壊したらどうなるのか気になって」とのこと。XをTwitterと言い続ける派閥の人間であるという一点でのみ信頼をおいているボスだが、そういうミーハーなところはあまり好きじゃない

 いつだったか闇バイトの同期からボスがリツイートのことをRT(アールティー)と言っているという情報を得いていたし、そろそろ組織から離れる時期かもしれないな


 当然のようについてきたスモーカーさんと一緒に祠に近づくと、私はある異変に気が付いた。祠がすでに壊れてしまっているのだ。それも、老朽化でもロウきゅーぶでもなく、外因的な力によって破壊されたような形跡がある

 この案件を引き受けたのは組織の中で私だけのはずだが......ちっちゃいことは気にするな、それワカチコワカチコ~

 ちなみに同じネタを繰り返すことを「天丼」というが、これは実は「天道」がなまったもので、昔の人々は輪廻転生によって人生が二回あるということを信じていたことから、天道を二度歩くという意味で使っていたらしい


 それはさておき、祠が壊れているのはたいした問題ではない。一度祠を直し、再度壊せばいいだけの話だ。契約上は祠を壊せとしか言われていないし

 祠を直すのは意外にも簡単で、そもそもの壊れ方が綺麗だったためか数分で直すことができた。そしていざ壊そうとしたとき、隣にいたストーカーさんが慌てて止めに入る


「ダメですよ!」


 やっべ。すっかり彼の存在を忘れて普通に壊そうとしちゃってた。しかし続く言葉は私の予想していたものではなかった


「せっかく壊したのに、なんで直そうとしてんすか?」

「......?」


 一瞬なにを言っているのかわからなかったが、私は一つの仮説に思い当たる


 もしも壊れた状態がデフォルトなのだとしたら、直すという行為が破壊にあたるのではないか。壊れているように見える祠として名を売っているのであれば、それを無下にして混乱を招く行為は迷惑防止条例違反にあたる恐れがある。今回の場合は娯楽的催物......ではないが、こたけ正義感によるキングオブコントのリーガルチェックでそのようなことを言っていた


 それに難しく考えなくとも、ダメージジーンズの穴開き部分を縫合しているようなものだとすれば、それは破壊行為と言ってもいいのでは......?

 一見悪いと思われる状態のものにも悪いものとしての価値がある。エッフェル塔がまっすぐになったら"傾いている"という価値は失われてしまうだろうし、サグラダファミリアが完成してしまったら"未完成である"という価値が失われてしまう。もしフジテレビが大谷翔平の家を報道していなかったら、"これだからマスゴミは"というヒールとしての価値を失っていたかもしれない

 そういう不完全な物が歴史を築き、不完全な心が愛を生んだ。案外良い星になった──


 というかスピーカーさんが祠を壊すことに賛成なのは驚いた。私が組織を抜けた後は彼に加入してもらおう


 二人してしょうもない現代アートを前に無意味な深読みをする芸術家かぶれみたいな面持ちで祠を見つめていると、突然地面が揺れ動き、遠くから轟音が鳴り響いた。一年の最初と最後に地震とか、バランス調整どうなってるんだ


 人気のない山奥 × 突然の自然災害 = 山道が崩れて帰れない

 16世紀初頭ヨーロッパの哲学者オデ・アイツ・コワスが発見した公式に当てはめると、私たちはこの神社に閉じ込められてしまったということになる

 そういえばアニメや漫画の勉強シーンって常に「この公式に当てはめて......」って言ってるけど、たまには文系科目も勉強してほしい




 一応来た道を確認しに行くと予想通り倒木でふさがっており、改めて突き付けられた現実に隣でスニーカーさんが膝から崩れ落ちる


「よぉちゃんの年越し配信が......!」


 楽しみにしていた推しの配信をリアタイできないことが確定してしまった男の叫びがむなしく山にこだまする。当然こんなところにWi-Fiなんてとんでるわけないし、月末ということもあってスマホのデータ通信量も残っていないだろう

 しばらくして立ち上がったスモーカーさんに、私はとりあえず社務所に向かおうと提案する。真冬、夜、山奥の3コンボで外はかなり寒く、常人にはとてもじゃないが耐えられない。しかしストーカーさんはわりと平気な顔をしており、ここにきて長野出身のスキーヤーだったことが判明。これまたややこしい......


 社務所への道すがら、スピーカーさんは自身を慰めるように推しについて語り出した

 名前は『姫神よぉこ』。妖狐の巫女という設定らしく、言ってしまえば原神の八重神子みたいな見た目をしている。デビューしたのは今年の春で、現在の登録者数は12万人。その後も基本的な情報からファンの間でしか伝わらないようなネタを次々に放つ彼の話に合わせようと、「名前だけは知ってますね~」という便利な言葉でガードする。が......


「たしかにじさんじの......」「違うっすね」

「ホロライブでしたっけ......?」「まあホロメンとは1回コラボしたっすけど」

「あっ、ぶいすぽでしたか!」「個人勢っす」


 Vtuber多すぎるって。なんかもう私より明石家さんまのほうが詳しそう




 スキーヤーさんと一緒に社務所へ戻ると、広めの和室に巫女さんが布団を敷いて待っていた。聞けば0時にやってくる参拝客のために仮眠をとっておくらしい

 しかし帰れなくなってしまったスニーカーさんの分は布団がないようで、3人に対して布団が2枚という状況になってしまった

 当然神社のお客様であるスモーカーさんが一人で布団を使い、巫女さんと私が共有して使う。たしかに巫女さんが説明した内容には納得できる

 ただ、傍から見ればこれは巫女さんと添い寝できるご褒美イベントかもしれないが、忘れてはならない彼女がベンタブラックな上司であることを。同じ布団に入ったが最後、生きて出られる保障はない


 私は巫女さんの隣をストーカーさんに勧めると、彼もまた「よぉちゃん以外と寝るわけにはいかないので」と丁重にお断りして床に直で寝てしまった。かなりキモい発言だったけど、彼のおかげで布団をゲットできたわけだし、ここはスルーしてあげよう




 夢の中で巫女さんの水筒に毒を仕込んでいると、突然手元が爆発して私は現実に引き戻された。どうやら外が騒がしく、その音が夢に干渉していたようだ

 時刻を確認するとまだ日付が変わっておらず、11時を過ぎたばかり


「誰っすかこんな時間に......」


 スピーカーさんも目が覚めたのか、そんなことをボヤキながら起き上がる。期日前とか言って数時間前に来てた人がなにを言ってるんだ。まあそれはそれとして、早く来すぎてしまった参拝客にはとりあえず土下座だけしてもらおう

 あたりを見回すと巫女さんの姿はなく、おそらく先に外へ出たのだろう。このあと絶対「新人は誰よりも早く動きなさい」とか言われるんだろうな......




 音のした本殿に向かうと、案の定巫女さんがそこにいた。しかしほかに参拝客らしき人影は見当たらず、しかも巫女さんの姿が徐々に八重神子......じゃなくて、姫神よぉこに変化していく

 その光景に誰よりも驚いたのは少し遅れてやって来たスキーヤーさんだ。それもそのはず、推しのVtuberが今目の前にいるのだから。ストリーマーたちのオフラインイベントでVtuberだけが等身大パネルになってるあのなんとも言えないかんじではなく、たしかにそこに実在している


 驚愕のあまり声が出せないでいると、ふわりと宙に浮いたよぉこが私たちを見下ろして口を開く


「君たちが祠を破壊してくれたおかげでようやく封印が解けたわ」

「よぉちゃんは......どうやってVtuberになったの?」


 明らかにおかしな現象が起こっていることは見ればわかるし、さきほどの地震も彼女が起こしたものだろう。が、とりあえず祠だとか封印だとかは一旦置いておいて。スニーカーさんが当然の疑問を投げかけると、よぉこもまた当然といった顔で答えた


「nizima LIVEがアプデで霊体をトラッキングできるようになったみたいで、封印されてて暇だったから始めてみたのよ」


 なるほど。ただのキャラデザではなく素の状態で妖狐である彼女にとってVtuberとして活動するのは、それを実現させられる技術があるならかなり賢いビジネス戦略だといえる。しかも、もともと実体を持たない彼女は『受肉』という言葉を最も正しく使っているVtuberに違いない

 スモーカーさんも同じ考えに至ったようで二人して関心してしまったが、ついでに封印を解いたという点について私も一応意見を聞いておく


「あれは壊したって言わないんじゃ......」


「例えばそうね......ゴトゴト石はあのバランスの悪い状態に価値があるんだから、動かなくしちゃった大学生たちは器物損壊罪で略式起訴されたでしょ?」


 数千年を生きているのだろう妖の類にわりと最近の時事ネタを例として論破されるの、なんかけっこう腹立つな。あと妖怪の口から「器物損壊罪」とか「略式起訴」って言ってほしくない。ルフィにとっての「理解」と同じで


 ともかく、事前に考えていた通りあれで壊したという認識で合っていたようだ。しかも妖狐を解き放ってしまったとなると、一体なにをされるか......


「そうね、君たちを2024年に閉じ込めてあげる」


「「そんな......!」」


 そんなことをしたら「僕だけ2025年に行けませんでした」とういうARuFaの動画が嘘になってしまう。せめて私たちだけでも2025年に行かなければ

 彼女の起こした災害によってすでに空間的には閉じ込められている私たちだが、これ以上好きにさせるわけにはいかない


「よぉちゃん、なんでそんなことをするんだい」


「え、えっと......」


 あ、なにも考えてなかったやつだ

 封印から解除されたからにはなにかしようと企むも、肝心の目的が思いつかなかったってところか。それでもメンツを保とうと彼女はゴニョニョ何か言っているのだろうが、声が小さすぎてなにも聞こえない。これが噂のミュート芸か~


「それは、検討に検討を重ねて検討していくわ!」


 その後もよぉこは具体性のないフワフワとした発言を繰り返している。しかし恐ろしい計画があるわけではないことに安心してしまったが、時間の流れを止められてしまうことに変わりはない。なんとかして阻止しなければ


「私を封印したかったら、この神社のどこかにある呪文の書かれた巻物を見つけることね」


 計画性がないことがバレて逆に吹っ切れたのか、よぉこは自信満々に挑戦状を叩きつけるようにしてサブクエスト開始を宣言する

 彼女の封印という言葉にスモーカーさんを見ると、彼はハッキリと私の目を見て告げた


「もう一度、よぉちゃんを封印しましょう」


 てっきり推しが現実に現れたストーカーさんは、このまま停止した時空の中で永劫の時を過ごす......的なことを言うのかと思ったが、彼はあくまで配信者と視聴者という関係性の中で彼女のことを応援しているらしい。やけに落ち着いていると思ったら、どうやら推しに認知されたくないタイプのオタクのようだ

 それならと私はスピーカーさんにアイコンタクトで合図を送ると、彼は懐にしまっていたものを取り出して見せた。左手をポケットに入れて、右手をまっすぐ前に突き出す。無課金おじさんと同じフォームだ


「巻物ってもしかしてこれのことかな?」


 実は社務所で仮眠をとる前、巫女さんの目を盗んで引き出しを物色していた際に怪しげな巻物を発見していたのだ

 こうして書くと伏線もなにもなくいきなり都合のいい展開を持ち出してきたように思うかもしれないが、回収できない伏線を散りばめたまま終わるよりはマシだろう。推しの子の最終回だって......。いや、この話はやめておこう


 己を封印せんとする私たちに対し、よぉこは特に反応もせずに毅然とした態度をとっている。もしやこれも想定済みなのか......?


「私を封印したかったら、この神社のどこかにある呪文の書かれた巻物を見つけることね」

「......?いやだからこれ......」

「私を封印したかったら、この神社のどこかにある呪文の書かれた巻物を見つけることね」


 ダメだ。イベントシーンの前にフラグアイテムを取っていたせいで進行がバグってる。仕方なく私たちは一度社務所に戻ることでマップをリロードし、再度よぉこのもとへ戻って巻物を突きつけた


 ようやく正常に会話ができるようになったよぉこは私たちを見るやいなや慌て始め、その反応からこの巻物で正解だということがわかる

 ようやく巻物を開いていざ詠唱、といったところで......なぜかスキーヤーさんは動きを止めてしまった。私がどうしたのかと彼を見ると、震えるような小声で呟いた


「よ、読めないっす......」

「......えぇ?」


 巻物を発見したとき、聞いてもないのに古文についての知識を披露し始めたあの時間はなんだたんだ。話の内容がかなりコアな歴史好きのそれだったからこういう字も読めると思ってたのに

 あれだけ自信満々な態度をとっておいてこの醜態。私が冷たい視線を送っていると、彼はこれが原因だというように私のほうに顔を向けた


「涙で滲んで読めないんすよ」


 ──涙で滲んで読めない


 どうやら推しに会うことができた感動が、今になって涙として溢れてきてしまったらしい。推しに認知されたくないタイプとはいえ、さすがに嬉しい出来事であることには変わりないようだ

 仕方なく私はスニーカーさんに近寄って頬を伝う涙の粒をストローでシュルッと吸い呑んで「涙と経血の98%は同じ成分なんだよ^^」と言うと、彼は一瞬で泣き止んで「優勝」とだけ呟いた

 しかしそれでもスモーカーさんは巻物を読まずに硬直している。ほかにも問題があるのだろうか


「字が汚すぎて読めないんすよ」


 ──字が汚すぎて読めない


 彼曰く、くずし字を読むことはできるが、そもそも書いた人の字が汚いらしい。昔の人がみんな字が綺麗だというのはよくない偏見だったらしい

 しかし書いた本人にしかこの呪文を読むことができないならもうそれは詰みだ。なんなら睡魔に抗って書いたときの板書のように、本人にすら読めない可能性だってある

 想定外の状況によぉこ側もどうしていいかわからないのか、ただその場でうろたえている。名探偵津田の警察かよ


 だがそのとき、私の頭にあるアイデアが浮かんだ。私はそれを耳打ちでストーカーさんに作戦を伝え、彼も無言で頷いて応える。正直、成功するかは50-50ってとこか......。もちろん単位はパーセント。大谷翔平の活躍によってこの言葉も確率として使いづらくなってしまったのは少し面倒だな


 スピーカーさんの準備を待つ間、私はよぉこの気を引くために適当な会話を持ち掛け......

 いや、妖狐のVtuberとなにを話せばいいんだ?


 彼女の特徴を考えれば過去の出来事も現在の流行も網羅しているはずで、その知識量を上回れるとは到底思えない。そもそもよぉこ自身に興味のある話題でなければならない点にも注意が必要だ。一体どうすれば......


 そうだ、こういうときこそ若知古の精神だ。今までの出来事になにかヒントがあったはず......


「スーパーカップ抹茶味で炊き込みご飯つくったらバカうまいですよ」

「そうなの!?」


 ビンゴ


 リスナーは配信者に似るというのはよく聞く話。スキーヤーさんのよくしていた話から逆算すれば、おのずとよぉこの普段の雑談テーマが見えてくるというもの

 なんとか興味を引くことができた私は、その後もよぉことお互いに謎レシピを繰り出していく。ときどき後ろを振り返ってスニーカーさんに進捗を確認すると、「いまやってるよ!」と、ハリウッド映画によく出てくるデブハッカーと同じセリフで返してきた


 そろそろ持ちネタが尽きて限界が近づいてきたころ、ようやく準備が完了したスモーカーさんが私の肩に手を乗せて後ろに下がらせる

 彼の顔は自信に満ちており、自分の手で推しを封印するという強い意志がそこにあった


「よぉちゃん、聞いてくれ」


 彼は深呼吸をして、さらにもう一歩前に出る


「よしあき ¥50,000」

「なっ......!?」


 突如告げられた謎の名前と金額によぉこは何かを察したのか、彼女の顔が一瞬にして青ざめていく。チェックメイトだ


「この前の10万人記念配信はお疲れ様。よぉちゃんのおかげでとてもステキな夜になったよ。そのとき僕が送ったお賽銭を覚えてるかな。『よぉちゃんがどんなに人気になって変わってしまっても応援し続ける』って。だから君がこんなことをしてしまっても嫌いになったりはしない。絶対に。だって僕は約束(プロミス)を"ミスしない"、"プロ"だからね。愛してる"よぉこ"れからも」




「いっ......」




「いやああああああああああああああああああああ!!!!!!!!」




 大きな悲鳴を上げながらよぉこは苦しそうに身悶え、その場に伏して頭を抱える。推しの苦しむ姿を見ないように振り返ったストーカーさんと私は目が合い、作戦成功の合図にグータッチをした


 そう。姫神よぉこは妖狐であると同時にVtuberでもある


 妖怪を封印するときに大事なのは呪文を読むことではなく、相手の精神にダメージを与えること。あくまでも呪文はそれを達成するためのツールの一つでしかない

 そこで私は彼女のファンであるストーカーさんに、呪文の代わりとしてスーパーチャットを即興で考えてもらったのだ。できるだけキモく、イタい内容のものを

 Vtuberにとっての愛が重い赤スパは、妖怪にとっての封印呪文と同じだけの精神攻撃に匹敵するのだから


「なんで......!なんで呪文じゃないのよ!......よ......ょ......」


 前言撤回。赤スパのほうがよっぽど効くらしい

 なにはともあれ私の考えは的中し、無事彼女を封印できたというわけだ


 それにしても内容が完璧すぎる

 自分の過去のスパチャを掘り起こし、意味不明な言葉のもじりを追加。そして最後には名前とかけたダジャレまで差し込む余裕っぷりだ。巫女モチーフのキャラだからスパチャのことをお賽銭って言うノリがあるんだろうな~っていうのもわかってしまってつらい。無関係な私でさえ危うく意識を失いそうだった

 このレベルの完成度のスパチャをものの数分で生み出すとは、まさかこいつ常習的に......




 冬の深夜の寒さとスパチャの共感性羞恥によって二重で鳥肌がたった腕をさすりながら、私は適当な場所に腰を下ろす


「あの祠を僕に売ってください!」

「嫌です!こっち来ないで!」


 向こうでは自我を取り戻した巫女さんが、よぉこへの愛が暴走したストーカーさんから逃げ回っていた。0時まではもう少し時間があってせっかくの休憩時間なのに、騒がしくて元気な人たちだ


「移動はダッシュが常識ですよ~!がんばってくださ~い!」


 その光景を見ながら、私は仕返しとばかりに巫女さんにエールを送る。憑りつかれていたほうが可愛かったな、なんて思いながら


 これぞまさに






 大 晦 日 に 追 う 巫 女 さ ん

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新年のご挨拶 手ノ塚 七夏 @handsuka7ka1231

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