桃太郎
畝澄ヒナ
桃太郎
令和と呼ばれた時代から約500年経ったこの世界に、AIに仕事を取られ無職になった元サラリーマンの太郎と、生まれた時から山姥ギャルを崇拝し、山奥でコスメショップを展開している桃子が夫婦として一緒に暮らしていました。
太郎は職探しに、桃子はコインランドリーまで山を駆け下りていました。
桃子が山の中を4足歩行で駆けていると、通りすぎていく木々の中にチラッと桃色の大きな物体が見えました。
視力の良い桃子は、急ブレーキをかけてそれをまじまじと遠くから見つめました。
「何あれ、チョー気になるんですけど。ガンダで家に持って帰ろ」
桃子は持っていたランドリーバッグを投げ捨て、その桃色の大きな物体を根性で持ち上げて家に帰り、太郎と相談して家のオブジェにすることにしました。
すると三日後、桃色の大きな物体が突然真横に開き、中から整形をしたかのような完璧なイケメンが出てきたのです。
「やば! 太郎、写真!」
太郎は慌ててスマホのカメラをイケメンに向けたが、イケメンはその手を軽く振り払い、
「俺、写真NGなんだよね。とりあえず名前つけてくんない?」
と、初対面とは思えない生意気な口調で言いました。2人は驚きましたが、呼び方もわからないので名前をつけてあげることにしました。
「しょうがない、名前つけるべ」
桃子は太郎に丸投げしました。太郎は困った顔をして、渋々適当に案を出しました。
「僕と桃子の名前を取って、桃太郎っていうのはどう?」
「マジ天才、太郎さえてんじゃん」
イケメンはそれを聞いて、太郎とそれに賛成した桃子のセンスを疑いました。
こうして、桃太郎と名付けられたイケメンは太郎たちと一緒に暮らすことになりました。
そこから1週間経ったある日、家の戸を叩く音が聞こえました。
「はーい、どなたですか?」
ずっと家にいる太郎が戸を開けると、そこには黒いスーツを着た男が2人立っていました。
1人は細身で高身長、もう1人というか、もう1体は明らかに2メートルあるゴリラでした。
太郎は驚いて、3歩ほど後ろに身を引きました。
「ど、どちら様ですか!」
黒いスーツを着た男たちは何も言いません。
太郎はゴリラが睨みつけてくるのを横目で感じながら、もう1度細身の男に話しかけました。
「本当に何なんですか!」
細身の男はかけていたサングラスを外し、一礼しました。
「失礼、こいつの鼻息が荒いもんで聞こえませんでした」
そう言うと、男は隣のゴリラをチラ見しました。
ゴリラは依然として何も話しません。
「で、結局何の用ですか」
「この家に桃太郎というイケメンがいると聞きましてね、ぜひスカウトしたいのですが」
太郎は1人で物事を決めることができないため、慌てて桃子に電話しました。
「ねえ、桃太郎をスカウトしたいって人たちが現れたんだけど」
「マジ? とりあえず渋谷で桃太郎捕まえて帰るわ」
そこから30分後、桃子が桃太郎を引きずりながら帰ってきました。
「あなたが桃子さんですか。桃太郎さんをうちの事務所に預けてみませんか」
「桃太郎、あんたが決めな」
周囲に緊張が走りました。桃太郎は何も言いません、というか気絶していました。
「あれ、気絶してるべ」
「桃子が無理に引きずるからだよ」
「だってずっとナンパしてっから、仕方なくだべさ」
桃子と太郎がケンカを始めると、ゴリラが桃太郎の頭を掴んで揺さぶりました。
「起きろ、起きろ」
桃太郎は無意識に恐怖を感じ、飛び起きました。
「危ねえ、死ぬとこだったぜ。で、用件は何だ」
「私たちの事務所に所属しませんか?」
「すまねえ、俺、ここ気に入ってんだよ。あんたらにはついていけねえな」
ゴリラの目の色が変わり、細身の男の目つきが変わりました。
「では、力づくで」
ゴリラの右フックが飛んできましたが、桃太郎はそれを左腕で軽く受け止めました。
「何してんだよ、痛えじゃねえか」
次は細身の男が拳銃を取り出し、桃子を人質に取りました。
「桃子さんがどうなってもいいのかな?」
桃太郎は一瞬動揺しましたが、すぐににやっと笑って言いました。
「あんた、桃子を甘く見てたら痛い目に遭うぜ」
次の瞬間、拳銃の銃口が真上に曲げられ、細身の男は回し蹴りで吹き飛ばされました。
「レディに気安く触んな、煮て焼いて食うぞ」
「桃子、それぐらいにしてやれ。太郎も怖がって失禁してるぜ」
桃子が太郎のほうを向いた時、太郎の後ろからゴリラの右フックが飛んできていました。
「太郎、危ない!」
太郎は恐怖のあまりそのまま気絶し、間一髪で攻撃をかわしました。その間に桃太郎がゴリラをスタンガンで気絶させ、事なきを得ました。
「この2人、どうするよ」
「いい考えがあるべ」
桃子は男とゴリラを無理やりランドリーバッグに詰め、4足歩行で山を駆け下りました。そして渋谷のど真ん中に放置し、
「どうか拾ってやってください」
という、汚い字で書かれた貼り紙を置いて家に帰りました。
そこから何事もなく桃太郎はとても可愛がられ、大切な扶養家族となりました。
そして、太郎と桃子の性格が災いし、無職のチャラ男として家に入り浸っていました。
ある日、桃太郎は2人に言いました。
「ナンパしてたらさ、鬼ヶ山に棍棒ぶちかますやべえ奴いるって聞いたんだけど、ま?」
「ああ、週一のペースで山の麓の家々を棍棒で破壊しまくってるんだ」
そう太郎が答えると、
「じゃあ、俺がちょっくら痛い目見せてきますわ」
桃太郎は2人につげました。
それを聞いた桃子は、キラキラと光るネイルを桃太郎の爪に塗り、
「これでサイキョー間違いないっしょ」
と、桃太郎にネイルの入った小瓶を渡しました。
桃太郎はそれをウエストポーチに入れると、さっそく鬼ヶ山に向けて旅立ちました。
旅の途中、桃太郎は人間とも動物とも思えない、2足歩行の声の高いネズミに会いました。
「やあ、そこの君。そのウエストポーチに入っているのは何なのかな?」
「桃子のネイルだけど」
「よかったら、それを僕の爪に塗ってくれないかな。もちろん手袋は外すよ」
「了解。だけど条件あんだよね」
「何でも聞きましょう」
「俺、今から鬼ヶ山に行って、鬼に痛い目見せに行くんだわ。一緒に来てくんない?」
ネズミは桃太郎にネイルを塗ってもらいマブダチになりました。
桃太郎とネズミが歩いて行くと、身長リンゴ5個分のネコがやってきて、
「ねえあなた、ウエストポーチに何を入れてるの?」
「桃子のネイルだけど」
「そのネイル、女の子としては気になるわ。私の爪に塗ってくれない?」
ネコはネズミと同じように桃太郎にネイルを塗ってもらい、マブダチになりました。
しばらく行くと、サングラスをかけたブタが飛行機でやってきて、
「おい野郎、そのウエストポーチの中身見せてみろ」
「桃子のネイルだけど」
「俺の爪に塗れ。きっとお前さんの役に立ってみせるさ」
ブタは桃太郎にネイルを塗ってもらいマブダチになりました。
しばらく行くと鬼ヶ山が見えてきました。
「あれじゃないかな」
ネズミが桃太郎の耳元で囁きました。その声は妙に気持ち悪く、桃太郎は悪寒がしてネズミに軽蔑の眼差しを向けました。
耳と尻尾を垂らし、しゅんとなったネズミを誰も気にかけることはなく、桃太郎たちは歩き続けました。
鬼ヶ山に着くと、お城の門の前に大きな鬼が立っていました。
「何だお前ら、ここは立ち入り禁止だ。今すぐに立ち去れ!」
怒っている鬼の言葉を無視して、桃太郎はウエストポーチに入っていた化粧水を取り出すと、瓶ごと鬼に投げつけました。
「お前はこれで顔でも洗ってろ!」
ネコは妹お手製の鍵型クッキーで鍵を開けました。
「このクッキー、美味しいのよ」
ブタは鬼の目にミサイルを放ちました。
「まだまだ打ち足りねえなあ」
桃太郎たちのコンビネーション技に鬼は翻弄されていました。
「こりゃあ参った。助けてくれ~」
そういうと、鬼はお城の中に逃げていきました。
するとお城から沢山の鬼が出てきて、ついに大きな鬼があらわれました。
「生意気なガキども。オラが全員懲らしめてやる!」
大きな棍棒を振り回しながら言いました。
「あんたがボスか。悪いが、これ以上あんたのゲームには付き合ってらんねえよ」
そう静かに呟くと、桃太郎はすばやく棍棒の上に飛び乗り、
「悪いね、家を破壊されちゃあ、桃子のコスメが売れなくなっちまう。宣伝しておくぜ!」
と言って、鬼の顔に粉末状のファンデーションをふりかけました。
「何だこれは、もうやめてくれ。降参だ!」
鬼は目に涙を溜め、必死にファンデーションを振り払おうとしていました。
「本当に約束するか!?」
桃太郎はもう1度ファンデーションをふりかける仕草をしました。
「分かったから! 約束する。家は壊さない。桃子とやらのコスメも買う」
桃太郎は鬼たちに精一杯のメイクをして、コスメを売りつけました。
こうして、桃太郎は太郎と桃子の待つ家に帰りました。
その翌日、太郎が叫びながら職探しから帰ってきました。
「また鬼たちが!」
桃子は不安な顔になり、桃太郎を見つめました。
「鬼ども、歓迎してやる、1列に並べ!」
桃太郎は家のドアを開け放ち、堂々と叫びました。
「何やってるんだ、逃げないと!」
太郎は急いで桃太郎の口を押さえましたが、もう鬼たちは家の前まで来ていました。
「もうだめだべ」
桃子と太郎が覚悟を決めた時、鬼たちは驚きの行動を見せました。桃太郎に言われた通り一列に並び、おとなしくしていました。
「どういうこと?」
太郎が桃太郎に問いました。
「桃子のコスメの宣伝をしたら、みんな興味持ってくれてよお、買いに来たんだとさ」
鬼たちはにこにこ笑って桃子を見つめていました。
「やっぱうちの桃太郎は最高だべ!」
それからコスメショップは大繁盛となり、みんなで幸せに暮らしました。
めでたしめでたし。
桃太郎 畝澄ヒナ @hina_hosumi
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