後編 まあ、友達の話じゃないからね?
夕方近くになり撮影が終わると、男衆全員でまだ起きていないアイツを置いた離れへと向かった。
そもそもアイツは、この動画撮影に誘われていない。アイツの予定を事前に聞いて来れないように日程を組んだのだが、それを予想していたかのように、実は空いている日はこっちだったと言い出して、無理やり同行したのだ。
どこでバイトをしているかはだれも知らないが、シフトを変えたのか、あるいは講義と一緒でサボるつもりなのだろう。
アイツが撮影の事を知った時も酷いものだった。人が多い講義でたまたま隣に座った女性に、急に気は合うと言い出して、いきなり家で飲もうと言い出したのだ、それも相手の家で。
そう言われたので女性は恋人に連絡すると、サークルの飲み会がある事にして断るように伝えた。しかしそれを聞いて、じゃあサークルに入る、そうアイツは言い出したのだ。
ここで嘘だと言ったら何をするかわからないので、女性の恋人は部長でもあったので、急遽部員を集めて実際に家飲みを開催した。
無神経なアイツは自分の歓迎会だと自分で言って、酒代を払おうとしなかったのは、部長の予想していた通りだった。
その飲み会の時に、ついでだからと動画撮影の話をするのがまずかった。酔っぱらっているせいか都合のいいように記憶を改ざんしていて、いつの間にかアイツも参加するつもりだった。
彼女も誰も連絡先は教えていなかったのに、アイツは次の日は部室までやって来た。拒否したら何かをされて、撮影自体がができなりなると、全員が嫌々ながらに参加を許してしまった。
そして何度も部長の親戚の所有物件だと言ったにもかかわらず、無人村だから何をしてもいいと思っているようだった。
人が住んでいなくても持ち主はいるに決まっている。今は部長の祖父の弟が田んぼを使う際にに、休む時に家を使っている。
今は田んぼは休ませてレンゲを植えていると言ってもアイツは理解できず、幼児のように堂々とレンゲを抜いて遊んで、何を言われても無視をする。
しかし遊んでいたので撮影の邪魔をしなかった事は、むしろ予想外だった。
そしてやはり何も聞いてなかったらしい。予定は二日間だったが、一日目の予定が終わるともう帰ろうと言い出したのだ。
もちろんアイツの為に帰るわけがない、部長はサークル全員酒を飲ませ、倫理的に帰れないようにした。
運転手には車のカギを肌身離さず持つように言っておいたが、それは杞憂だった。
アイツは免許を持っていなかった。酷い事故を作って免停どころか、取り消しになり何年も作れないと、何故か自慢して吹聴していた。
また酒代を払わないのは、もう全員の予想通りだった。だからウイスキーやテキーラを混ぜて、アイツを早々に潰した。
家の離れで飲み始めて、アイツが潰れたら一人で置いて全員で母屋に移動し、改めて飲み会を始めた。元々そうするつもりだったのだ。
次の日にサークル全員が起きたのは昼前だった、もちろんアイツは同じサークル仲間だとは思っていない。だからまだ寝ていても、誰も起こさずに撮影が再開された。
しかし夕方になっても、まだアイツは起きなかった。ここに置いて行くわけにもいかない、男だけでアイツがいる離れに向かった。
「部長、居ませんね?」
寝た場所にはいなかったので探したのだが、元々離れは三部屋しかない。しかももう使っていないので、家具も何もない、がらんとしている離れだ。
隠す場所など、何もない。
しかし離れにいないなら、一応だが別の場所も探す必要があるだろう。全員で村を一周して、アイツがいない事を確認した。
「いないなぁ。……撮影の時に外にいたのを誰か見たか?」
そう言うと、全員が首を横に振った。どこかに隠れているなら、その後に驚かせる事はするはずだと。
つまり、この廃村にはもういないのだろうか。
「歩いて帰ったんじゃないんですか? 帰れないのに文句を言ってましたから」
「そりゃ歩いて帰れない事もないけど……。車でここに来たのに、歩いて帰ろうって思うか?」
「思ったんじゃないんですか? グダグダに酔っぱらってたから、歩いて帰ろうって思ったんでしょ。いい歳して我がままだったし」
誰かがそう言うと、みんな次々と同意する。他にも女にしか話しかけない、むしろ男は覚えようとしないと言う声も。撮影の時も女の子が一人で離れようとしたら、追いかけようとしたとも話していた。
控えめに言って、最低の奴だった。
「……靴も無かったよな、じゃあ自分で歩いて外に出れる程度には、酒が抜けてたわけだ」
今この廃村にいる部員は、明日には講義に行かないといけない者が数人いる。もう夕方になりそうな時間だ、アイツを探して無駄に時間を使うと、解散は夜中になるかもしれない。
「そうだな。連絡先は俺達誰も知らないし、探す方法がもう無いと思うぞ?」
「……大学生だから、もう大人だな。アイツを誘拐する奴なんているわけ無いし、夜に寝ぼけて歩いて帰ったんだろ。……一応、帰り道に居ないかだけを見ながら帰るか」
そう言うと、全員が一斉に車に乗り込んだ。誰もアイツの為に残って探そうとは思わなかったようだ。
「ここって廃村じゃないですか。実は滅んだ村には何かがあって、アイツがその、おばけか何かに襲われた、って事は無いですかね?」
ホラー好きの部員からそう言われたが、部長は残念ながらと言いながら否定しようとしたが、急に何かを思いついた顔になって口を開いた。
「……これはな、俺の祖父の弟の祖父から聞いたんだが、実はこの村、沼地や池が多いだろ? 実はな、だいだらぼっちが時々歩き回って遊んで、人を踏んでいるんだよ!」
そう言って急に大声で叫んだが、驚く人は誰のおらず」
「じゃあ、アイツはだいだらぼっちに潰されたんですか?」
「まあ、そうなるよな?」
「……部長、それ今考えたでしょ。祖父の弟の祖父って、部長何歳で聞いたんですか」
「……前世?」
そう言うと全員が笑った。全員が撮影で疲れて、笑いの沸点が低くなっているからだ。
「だいだらぼっちに潰されるって、足で踏まれたんですかね?」
「いやいや。きっと大きさが違いすぎて、踏まれたのは足どころか、つま先ぐらいだったかも?」
「じゃああれだ、外で逃げ出そうとして、逃げられなかったんだよ、きっと」
「だいだらぼっちはきっと、踏んだ事にも気が付いてないだろうなぁ」
ワゴンの中はそう言って笑い合っていた。
一応は車から誰かいないかは見ていたが、もちろん誰も見つからなかったし。
次の日からは誰も、アイツと学校で遭遇する事は無くなった。そして全員がすぐにアイツの顔と名前を忘れると、存在自体も記憶から消えた。
アイツの親が行方不明と騒ぐのがこの半年後で、それまで誰も居ない事に気がつかなかった。
バイト先でもサボって逃げたと思われていて、連絡して返事が無くても特に気にもしなかった。
ただ部長だけは、おばけ事故の被害者だとかろうじて思い出した。
だからアイツは今は、だいだらぼっちのつま先に潰された男、そう呼ばれている。
【短編】つま先しか見えないモノに潰された男 直三二郭 @2kaku
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