【短編】つま先しか見えないモノに潰された男
直三二郭
前編 勝手に逃げているだけだよ?
――な、何が、何に、何で!
深夜の道路を、大学生の男が何かから逃げていた。
それが何かは分からない。この廃村の屋外には電灯はもちろん光っている物は何も、月も星も無かった。
見えるのは男を後ろの追いかけている誰かの、かろうじて見える、つま先だけだった。
――どうして俺が、こんな目に、あってるんだよ!
男は走りながら、そう叫びたかった。しかし叫んでしまったらその分追いつかれる気がして、何も言えなかった。
男に作れる音は荒い声の音と、必死で走っている足音だけである。
まだつま先は追って来る。
――嘘だろ、こんな事が、本当に、ある何て!
男がこの廃村に侵入したのは、知人と動画を撮る為であった。知人達との家飲みで誰かが言ったその提案は、酒の勢いもあってか全員が賛成してしまった。
ネットに上げる必要は無いし、学園祭に流してもいい。どこかのサークルの誰かがそう言っていて、それに積極的に反対する人間はいなかった。
全員が消極的になりながらも、その撮影は開始されてしまったのだ。
つま先は追いかけているが、音は全くしていない。
――ここは、何所なんだ、何で、誰も、いないんだ!
山の中の廃村、場所はあっさりとそこに決定されていた。地元の誰かが提案したそこは場所がちょうどよく、最後の村人が居なくなったのは数年前の事なので道はまだあるし、泊まる家も数件あるそうだ。
誰も居なくても勝手に泊まったら、犯罪になるんじゃないのか。男はそう言ったのだが、誰も居ないからバレないし、会った事がないひい爺さんがそこの生まれなので、どうとでもなる。誰かがそう言って何故か納得してしまった。
沼が見えたので曲がってかわすと、つま先も曲がってかわした。
――たくさん、いたのに、何で、俺だけなんだ!
日程は驚いたぐらいにスムーズに決まった。そして男に講義が無く、バイトが休みの日と日程のの日が重なっていた。
正直に言えば何か言い訳をつけて、男は行かないつもりだった。しかし先に自分の都合のいい日は先に言ってあるので、行かないとは言えなかった。
後ろを見てつま先を見ると、少し大きくなっている。確かに近付いてきている。
――知らない奴らと、なんて、やっぱり、行きゃなきゃよかった!
講義でたまたまで隣になった女から、気が合ったからと家飲みに誘われた。何人も来る家飲みと言われたから、軽はずみについて行ってしまった。下心があったと言われたら否定はできないが、十人ぐらいが参加したのだ、知り合いを増やそうと言う気持ちも確かにあった。
連絡先の交換は結局誰ともしなかった、何故かつい忘れていたのだ。
学校に言ったら会えるので、何故かしようと思わなかったのだ。
つま先は歩いているように見える、しかし走っている男はまだ、逃げられていない。
――どこに、居るんだよ、俺を、囮に、して、逃げたのかよ!
誰かの車で向かって、廃村に問題なく辿り着いた。廃村はその名の通り誰もおらず、動画を取りながら自由に遊んだ。沼や池もあり、久しぶりに童心に帰って遊んだ。
そして夜は酒盛りだった。誰かの家で始まった酒盛りが始まったのは、時間的にはまだ帰れる時間だった。しかしみんな飲んだので男は帰らないのだと悟り、免許を取れない男もやけくそのように飲んだ。
つま先から隠れようと、男は林の中に入った。
――誰か、助けろよ、誰か、助けろよ!
男が夜中に起きてトイレに行き、寝ていた所に戻るとそこには誰も居なかった。携帯はバッテリーは残り少なく、どこに居るんだと家を回っている間に無くなった。
そしてしょうがないなと外に出て誰かいないかと周りを見ると、誰かのつま先が見えた。
男が声をかけても、つま先は何も言わない。そして男は思った。
何で、はだしで、歩いているのか。
はだしのつま先も、林に入ってきている。また少し、大きくなった。
――クソ、誰だよ、いたずらだろ、俺を、撮って、笑うつもりなんだろ!
もうどれだけ走ったのか分からない。それなのにまだ、つま先は追ってくる。
逃げ続けていて疲れた男は思った、逃げる必要は無かったのだと。どうせあれは一緒に来た誰かのつま先なのだ、怖がらせるために、はだしで歩いているだけだと。
きっと男が逃げられないのは、廃村の中で何人もあちこちで準備していて、男が外に出たら驚かせて、逃げた男が逃げ切りそうになったら分からないように交代して、逃げ出せないと思わせているに違いない。
待って、捕まえればいいのだ。
そう思い男は足を止め、振り向いた。つま先はまだ追って来ている。
近付いたらこっちから行って、つま先を蹴ろうと男は決めた。
――っふざけるなよ、ぶん殴ってやる!
男は待っていると、足元は遅い事に気がついた。近付いているのには間違いない、少しずつ大きくなっている。
大きすぎないか?
少ししてそう思っていると、少しずつ足音が聞こえ始めた。
つま先は男が止まっても、歩く速さを変えていない。まるで男の事は見えていないかのように。
――ん、おかしい?
音が大きくなるにつれて、足元も大きくなる。
大きくなっているが、つま先しか見えない。そしてそのつま先は、どんどん大きくなっていく。縦にも横にも。そして暗いせいか、足首は見えない。
男は信じられなが、信じるしかなかった。
足の持ち主は巨大だ、人間が信じられないほどに。さっきまで離れていたから足のつま先しか見えず、音もしなかったのだ。
アリと人間か、それ以上か。それぐらいに男とつま先の持ち主には、大きさに差があった。
つま先以外はあるのだろうか、男はそう思ってしまった。
――……え?
異常な状況に男が動けなくなるが、つま先だけは目で追っていた。やがて大きくなりすぎて左足は視界から消え、右足のつま先しか見えなくなった。しかしすぐにつま先はつま先でも、足の中指のつま先しか見えなくなる。
音も大きくなっているが、何故か気にならない。男にとってはそれよりも気になるのは足だ、つまりつま先だ、唯一見える中指のつま先だった。
当たり前だが歩いているのだ、右足が上がり、そして落ちてくる。
最後の男のみた光景はつま先ではなく、足の裏だった。
――あ?
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