由来
風馬
第1話
ゆかりは、にんじんが嫌いだ。
理由はわからない。ゆかりが、ものを食べ始めた頃から、にんじんだけは食べられなかった。
その代わりといっては何だが、ゆかりはカレーが大好きだ。
親からすれば、好き嫌いなく育って欲しいものだと願うが、そうではなさそうだ。
この先のことを考えれば、どうにかせねばと思案の種になる。
ある日の夜。
母親は、カレーを作った。いつも通りのカレー。じゃがいも、たまねぎ、にんじん、そして、肉。
いつもの材料がふんだんに入ったカレー。
そして、その匂いがゆかりの鼻に届く頃カレーは出来上がる。
「今日は、カレーだね」とゆかりが、声を発する。
「そうよ。残しちゃダメよ」その返答に、ゆかりは俯くままだった。
夕食時になり、家族がそろって食べ始める。
ゆかりは、嫌いなにんじんを早くも寄せ始めている。勿論食べるためではなく、残すために。
そうしておかないと、不意に口に入るとゆかりは困ってしまう。
そんな、光景を父親は見ながら、「ゆかり、残しちゃダメだよ」と諭す。
「だって・・・」
「ゆかり、大きくなれないわよ」と母親も口を出す。
ゆかりは、その声に返答できないまま、自分が食べられる所だけを食べた。
結局、ゆかりの皿には大きく盛られた赤いにんじんだけが残されたままだった。
そんな日から、数十日経った夜。
久しぶりに、ゆかりの鼻にカレーの便りが届いた。
ゆかりは、心から喜ぶ。今日はカレーだ。
反面、嫌な思いもする。理由は、あの赤いもの。
食べなきゃいけないとおもうのだが、どうしても、食べられない。
そして、ゆかりの心を覆う嫌な気持ち。
その気持ちが、もっとにんじんを嫌いにさせている理由かもしれなかった。
そして、夕食時。
ゆかりの皿に盛られたカレーは、この間の時のカレーとは違った。
あの、赤いものは無い。
その代わりに、黄色いカレーが少し赤みを帯びたカレーになっている。
(え?何?何であかいの?匂いはいつものカレーなのに)
「今日のカレーは、特別製よ」と母親が言う。
「ん~、美味そうだな」と父親が返答する。
一見、和やかな雰囲気だが、ゆかりには異様な光景に見えた。
父親と母親の目の奥に宿る期待という光。
「さぁ、ゆかり。食べなさい」と父親が言う。
しかし、いつものセリフはない。
やっぱり、おかしい。
その時、ゆかりにはわかった。あの赤いカレーの理由が。
きっと、隠れてるんだ。あれが・・・。
ゆかりは、口をつけない。
「さぁ、食べなさい」父親の口調は強くなる。
ゆかりは、目と口を噤む。
(いやだ、にんじんは嫌だ)
そんな行為に遂に、父親は我慢が出来ず行動に出た。
ゆかりの口を左手で強引にこじ開け、そして右手でスプーンを持つ。
強制的に食べさせられることを察したゆかりは手でスプーンを払おうとした。
しかし、そんな行為は両親にはわかっていたのか絶妙な連携プレーで母親がゆかりの手を抑える。
「いやぁぁぁー」
ゆかりは、叫ぶ。
「さぁ、ゆかり。観念しなさい」
両親の最終手段は、今、まさに絶頂を迎える。
ゆかりは、それでも必死に抵抗する。
首を左右に振ったり、両足をバタバタさせたりと。
そして、赤いカレーのスプーンがゆかりの口の手前まで来たとき・・・。
渾身の力を振り絞ってゆかりは叫んだ。
「いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっーーーーーーーーーーーーーーー!」
その絶叫の後、突然、父親の力が抜けた。
後ろからゆかりの手を押さえつけている母親にはわからない。
「そ、そ、そんな・・・ゆか、ゆかりが・・・、え、え、え・・・え」
「どうしたの?あなた」
その問いに、呆然とした顔を返す父親。
そして、力の抜けた右手からスプーンが床に落ちる。
カラーン
床には、2度と使えないほど曲がりくねったスプーンが落ちていた。
「そ、そんな、ゆかりがエスパーだったなんて・・・」
由来 風馬 @pervect0731
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