つま先立ちでも届かない

石田空

今の身長差は30センチ

「紗枝ちゃんはちっさいねえ」


 小さい頃から、紗枝は一番前の身長でいた。

 牛乳を一生懸命飲んだが身長は伸びず、ただ骨が頑丈になっただけだった。女友達からはお人形扱いされてしょっちゅうギュウギュウと抱き締められるが、子供扱いされているみたいで失礼だと、ひとりでふんすふんすと怒ったことは一度や二度ではない。

 緩やかなウェーブのかかった髪をふたつに結ぶと、まるでマルチーズのようだが、紗枝の気性は狂暴なマルチーズのようで、すぐに噛み付くし吠えるし喚くという、さんざんなものだった。小さいから可愛いで済まされてしまい、紗枝の怒りは上手くは届かなかった。

 その一方で彼女と一番仲のいい男子は、大柄だった。元々身長が高いのだが、その優しい気性のせいで、どうにも人から馬鹿にされがちで、そのたびに紗枝が代わりに吠えていた。


「もう! 伸くんがきちんと反発しないから馬鹿にされるのよ!」

「紗枝ちゃんありがとう」

「ふんっだ」


 小学生のとき、まだランドセルを背負っている頃は、まだ大柄な伸と小柄な紗枝が並んでいてもそこまでおかしなことはなかったが。

 高校生になっても、制服を着ていても、紗枝の身長は小柄で小さく見えた。それが紗枝には嫌だったが。その一方伸は大柄なまま成長した。

 今やふたりの身長差は30センチ近くあり、紗枝はつま先立ちになっても彼と上手く並ぶことができなくなってしまったのである。


「伸くんの身長、私は10センチでいいから欲しかったよ」


 紗枝はプリプリ怒りながら言うと、伸は困ったような顔をした。


「そうかな。僕は紗枝ちゃんはこのままでいいと思うけど」

「よくない! 素敵な服を買いに行っても、私だと切らないと着れないの。素敵な形のデニムだって切断したらなんの変哲もないデニムになってしまうし、私が着るとちんちくりんになって着れないから、結局は子供服で買うしかなくなるのよ。そしたらデザインが子供じみていてますます子供にしか見えなくなるんだから」

「でも……紗枝ちゃんは可愛いよ」


 紗枝は伸がやんわりと言うのに、なんとも言えなくなった。

 人形扱いはしょっちゅうされる。被服部に趣味じゃないフリフリでヒラヒラの服を着せられて、モデルとしてファッションショーに立たされたのは一度や二度ではない。でも、伸の言う「可愛い」は、どうも女友達が言う愛玩的な意味ではないような気がした。

 そんな中。大きな水たまりの横を車が猛スピードで走って行った。たちまち水しぶきを浴びそうになったら。


「危ない!」


 慌てて伸が紗枝を自分の背の後ろに隠した途端、バッシャーンと大きく水たまりが波打った。たちまち伸は水浸しになった。


「キャアアアア! 伸くん大丈夫!?」


 紗枝は鞄からハンカチを取り出すと、ぐっしょり濡れた伸がいつもの調子でにこやかに尋ねてきた。


「紗枝ちゃんは? 濡れてない?」

「……伸くんが庇ってくれたから平気」

「よかったあ」


 伸が心底嬉しそうに頬を緩めて言うので、紗枝もキュンと胸を締め付けた。


「私、やっぱり身長伸びるようもうちょっとだけあがいてみる」

「あれ、どうして?」

「伸くんが濡れるの、なんかヤダ」


<了>

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つま先立ちでも届かない 石田空 @soraisida

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