第14話 安全な酒場
ここ、ルーデンバルキアは大都市だ。
その
地理的にも機能的にも都市の中心にある、華やかな高級
いずれも高級と頭につく宿や娼館、飲食店の並ぶ
真面目くさった
それらをまばゆい都市の光とするなら、裏にはもちろん濃い影がある。
貧乏人が
日雇い労働者や低級冒険者向けの
飲食店と
それらがそれぞれ混じり合って見分けもつかない繁華街。
そこらに住まう底辺層を文字通り鞭打ってこき使う各種事業所。
光があれば影もある。
だが一方で、黒と白以外にも、その中間の灰色もあるのが人間社会だ。
高級店に入り浸れるほどの上流階級ではないが、泥水混じりのエールで空腹を紛らわせる必要があるほど
都市の半分以上を占めるのは、そうした中間層向けの気安い賭場や商店、宿屋や長屋の多い区画だ。
「あー、ヴォイドの兄貴。
本当にこんな酒場でよろしいんですかい?」
「おいこらガオラン。
ぞろぞろと入ってくるなり
ヴォイドを案内しつつ念のため再確認したガオランに、先に返ってきたのは店の奥、カウンターの向こうに立つ店主の怒声だった。
頑固なオヤジだがガオランにとっては顔なじみ。
気安い間柄なのもあり、軽く手を掲げて苦笑を向ける。
「おお悪い。
別に
ただ流石に
「あん? そりゃどういう――」
店は数十人以上の客を収めても(たまに肘が当たった当たらないの喧嘩は起こるが)十分な広さがあり、清掃や、何かにつけ起こる破損の補修も行き届いた良い酒場だ。
二階と三階が客室になっている、典型的な宿屋と酒場の二足のわらじ。
宿賃も酒代も安くもなく高くもなく、訪れる客に品はないが、同時に気取ったところもないゴロツキばかり。
それらを合わせてガオランは気に入っている。
「ああ……てめぇんとこの客か。
そりゃおめえ、お
ガオランが個人的に気に入ってはいても、当然、普段使いの酒場に過ぎず、
店主もガオランの言葉でヴォイドが何者かを察したようで、少し
しかし、そこには若干の誤解もあるようだ。
ヴォイドは
大剣は背負った革のケースに仕舞っているし、「ガオランの客」という属性と合わせると、貴族や、大手商会の重役にでも思えるのだろう。
隻眼、つまり圧倒的に戦闘力に劣る者は、基本的にこの都市ではゴミ同然の扱いだ。
それを仮にも五大
そして、そう推測するのは店主に限ったことでもなく――
(まぁこうなるわな……)
ガオランは軽く、頭髪のない頭を指先で
まだ書き入れ
にも係わらず店の入り口とカウンターの向こうとで会話が成立するのは、先客たちがそれとなく声を潜め、耳をそばだてているからである。
先客の半分程度はガオランの見知った顔だが、全員、「顔見知りが連れてきた新顔」というだけで手放しに歓迎してくれるような連中でもない。
むしろまぁ、隻眼に対する
ガオランとしては予想できた事態であり、やんわりとその
ガオランはすでにヴォイドの強さについては疑っていない。
あんな戦いをこの目で直接見た後なのだから当然だ。
仮にここのチンピラどもがヴォイドに
とはいえ先刻の非礼への
ここまで来て、チンピラどもの視線を受ければ気が変わり、相応の格のある店へと
「……席は自由か?
あまり出入口を
「あ、ああはい」
まさか背後に来ていた別の客……迷惑顔のチンピラたちにビビったわけでもないだろうに、ヴォイドは堂々とした足取りで店の中へと進んでいく。
(いや待てよ……なるほどな)
身振りで
つい先ほど、ギルド本部の地下でガオランたちの謝罪を
『彼らが普段使っているような……できるだけ気安い店があればそこで頼む』
と、そう言った。
単に肩肘張るような高級店が苦手なだけかとも思っていたが、そうだ、あの希望の
ヴォイドが重視しているのは、安全性だ。
もちろん、普通に考えれば土地柄、客のための厳重な警備を
だが高級店だけに店は広く、案内されるのも建物の奥にある個室。
自然と、店への客の出入り、不審な人物か否かのチェックは、店の警備員に任せることになる。
しかしヴォイドはあれだけの強さを持っている。
警備や警戒は他人に頼るより、自分自身で行うのが最も確実だろう。
その点、こういった酒場はどうだ。
出入口はひとつ。
客は常連が中心で、常連以外が入ってくれば先ほどのように、全員がそれとなく警戒する。
その空気だけでも例えばヴォイドを狙う「襲撃者」の入店は感知しやすく、ヴォイドを狙う者がこの店の常連を襲撃者として用意できたとしても、ヴォイド自身がその眼で入店を確認できる。
現にヴォイドは、それとなく店の壁際、死角なく店全体を見渡せる席を選んでもいる。
襲撃者を警戒するならギルド内の食堂で食べればいい?
それこそ浅はか。
あの戦いを見た直後に不用意に仕掛けてくる可能性は低いものの、今一番ヴォイドを狙う者が多いのは、間違いなくギルド内だ。
風呂や就寝、
その
ヴォイドには文字通り、油断も隙もないのだろう。
ガオランがその予測を確信に変えたのは、不機嫌そうな店主の問いへのヴォイドの返答だ。
「ご注文は?」
「ミルクセーキを頼む。
無ければ水でも構わない」
ドッと笑う店の客たち。
店主も口の
「できなくはねえけどよ、ここは酒場だぜ?」
「無礼だったか?
酒なら、水で薄めたエールか何かを頼みたい」
「いやまあ、ミルクセーキで構わねえけどなぁ……くくっ、ミルクセーキね」
――やはりだ。
場の空気に釣られて口元を緩めている舎弟の足の甲を、テーブルの下で踏み潰しつつ、ガオランはヴォイドへの尊敬の念を新たにしていた。
どんな強者だろうと、酒が入れば少しは
ヴォイドは本来臆病になる必要などない、強者なのだ。
あれだけの強さを持っていてなおこの用心ぶりは、慎重、あるいは厳格と呼ぶべきだろう。
改めて、間違いない。
ヴォイドは想像を絶するほどの、一瞬の
隻眼のおじさんの隻魔眼~辺境のおじさんが裏社会を牛耳る話~ 我場こると。 @gabakoruto
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