第13話 決着


「あぁああああああああああああああああああああッッッ!?」


 かくして敗者は大剣で串刺しにされ、悲痛な苦悶くもんの声を上げた。


「……ねえ。ルリ」


 その光景を観ていたルリファーに、金色の髪で目元の隠れた姉が、戸惑いがちに声をかけてくる。


「今のは一体……どういう絡繰からくり……?」


 反対隣の青髪の姉からも、同じように戸惑った声。

 二人の戸惑いは当然だろう。

 本音を言えば、ルリファーだって少しは「万が一」を想像したのだ。

 それくらい完璧に、勝敗は決していたはずだった。

 なのに。

 三人が見つめる先、苦痛に悲鳴を上げていたのは、


「決着は完全についていた。

 なのにどうして――」


 ――背中から胸までを、大剣で貫かれたアイギスだった。


「一体いつの間に?

 そもそもあの大剣、壁に当たってへし折れたはずじゃないの……?」


 アイギスを貫いているのは間違いなく、折れたはずのヴォイドの大剣だった。

 壁際に落ちていたはずのそれはいつの間にか元の形を取り戻し、アイギスを串刺しにしている。


 なんらかの魔術で剣を修復し、さらに別の魔術で遠隔操作し、背後からアイギスを刺した……とは考えられる。だが、その程度の真相にしては、観客の構成員たち含め、誰も過程を目撃していなさそうな反応なのは不可解だった。


 なまじ一度剣が折れ、機能を失ったのを見たばかりに、全員があの剣から意識を外してしまったというのも大きい。通常、属性を付与された武器は元の形状を大きく損なった際、属性攻撃力を失うのだ。


 遠隔から剣を操る手段自体はいくつもあるので、仮に剣が折れておらず、粘体種スライムに効果的な属性攻撃力も失っていなければ、自然と皆、剣に意識を残しただろうが。

 あるいはそれを見越して、ヴォイドはわざと剣が折れる強さや角度で壁にぶつけたのだろうか……?


 真相は不明だが、さておき。

 今、アイギスを苦しめているのは剣に宿った属性。

 あの苦しみようからすると、炎だけでなく冷気や雷等、粘体種スライムにも効く複数の属性が同時に彼女の内側を焼き、さいなんでいるらしい。


 改めてその光景を確認し、ルリファーは笑顔でひとつ、うなずいてみせる。


「私にもわかりません」

「は?」

「次にヴォイド様と戦うのが姉様たちかもしれないとはいえ、別に隠したいわけではないのですが。

 実は私も未だに、ヴォイド様の魔眼がどんな力を持つのか、知らないんです」

「知らないって……そんなことすら知らずにどうして連れてこようなんて思うの?

 やっぱりだまされた? せんだから?」


 青髪の姉が淡々とした声で言う。

 が、ルリファーは苦笑と共に首を振ってそれをあしらう。かれせん、という言葉の意味はよくわからなかったが。


「ヴォイド様は圧倒的な強者である。

 それさえわかっていれば十分ではないですか?」

「どんな力を持っているかもわからないのに、何を根拠に圧倒的な強さを持つと?」


 純粋に疑問、という調子で、金色の髪から好奇心をのぞかせる姉。

 確かに、魔眼は戦闘向きなものばかりではない。

 仮に階位がいくら高くても、支援特化型ということもある。

 強者かどうか測るには、どんな魔眼の持ち主であるかが重要という言い分にも一理ある。

 だが、ヴォイドは最初に、そんな情報が些末さまつに思えるだけの結果を見せてくれてもいる。


「これは姉様たちに伝えても構わないとご本人に許可をいただいている情報ですが。

 ヴォイド様はある山奥、数多の異形種モンスターの生息する過酷な環境で暮らされていました」

「……ますます魔眼の詳細を知るべきじゃん。

 どんな異形種モンスターを倒して見せたか知らないけど、魔眼によっては対異形種モンスターや対亜人種特化ってこともあるし」

「そうね。

 耐性のない存在には強い反面、魔眼への耐性がある人間種に対しては無力なんて人もいるもの」

「お二人のおっしゃる通りです。

 けどヴォイド様が私の目の前でたおされたのは、人間をはるかにしのぐ巨体と身体能力を持つ異形種モンスターであり、同時に、魔眼の力全般に耐性を持つ、そういう類の存在でした」

「……何を馬鹿な。異形種モンスターは普通、魔眼を持ってないんだから、そんな魔眼保有者みたいな条件を満たす存在……なん、て…………?」


 言いながらその可能性に気づいたのだろう。

 姉二人は口をつぐみ、かすかに指先を震わせている。

 二人が何を考えているかはわかる。


 ありえない。隻眼の人間が、まさか。


 そう思う気持ちもわかる。

 ルリファーだって最初はひどく戸惑った。

 けどたった今、その隻眼の人間がアイギスという強者を倒したばかりだ。

 今ならば、ルリファーの言葉が虚偽や幻覚に基づくものではない可能性も検討せざるをえないだろう。

 ヴォイドがあの時、倒した存在ものは、


「――竜種ドラゴン

 異形種モンスターでありながら、その全個体が第じゅう階位以上の魔眼を持つとされる、地上最強の生物です」



   ※



 敗者の去った戦いの場に一人佇むヴォイドに、歩み寄ったルリファーは声をかける。


「お疲れ様でした、ヴォイド様」


 半粘体種ハーフスライムといえど、身体の内側から焼かれる苦痛は人間種が感じるものと変わらない。

 いや、弱点となる属性によるそれは、人間種が感じる以上のものですらあるだろう。

 負傷と苦痛で意識を失ったアイギスは、そのまま部下たちに運ばれていった。

 焼けた患部を切除し治癒魔術をかければ、種族的な再生速度もあって、命にかかわりはしないだろう。


 この結末は、ルリファーの期待以上のものだ。


「ありがとうございます。姉の命をおもんぱかっていただいて」

「……犯罪者ギルドマフィアの恨みを買うと後が怖いからな」


 この方でも冗談を言うのだなと、ルリファーはヴォイドの、一見すると今のを本気で言っているようにさえ見える真剣な表情をまじまじと眺める。

 アイギスの魔眼の力こそ受けたものの、ふたを開ければヴォイドは無傷。一方のアイギスは重傷。

 一体どんな力を使えばあの結果をもたらせるのかはわからないし、もしアイギスの魔眼が発動と同時に対象の意識を奪う類のものだった場合はどうなっていたのか等、疑問も残るが……明らかに圧勝である。


 アイギスは決して弱くない。

 今の戦いを見る限り、強者揃いの九姉妹の中で最強とまでは思えないが、やりようによっては彼女が他の姉妹を征し、ギルドを牛耳る可能性も十分にあった。

 そんな彼女をあっさりと退しりぞけてみせたのだ。

 仮にアイギスの部下たちが報復を企んだとしても、ヴォイドなら簡単にあしらえるだろう。


 実際のところ、あの山脈の小屋で、ヴォイドに協力を承諾してもらえたあの時点ではまだ、ルリファーにも不安はあった。

 姉たちにはああ説明したものの、竜種ドラゴンほふる姿を見たとはいえヴォイドの強さの絡繰りまではわからなかったのだから、不安が残って当然ではあるだろう。

 だがあの山から下りる過程……一度山に立ち入った者を逃がさない意思でもあるのか、登る時よりさらに過酷さを増した環境の中で、ルリファーはヴォイドの強さに絶対の信頼と確信を抱くに至っていた。


 この御方おかたなら絶対に、ギルドを一つにまとめあげてくれる。


 我ながら徹頭徹尾の他力本願ぶりは、仮にも現ボスとして情けない気はするが、そもそもルリファーが自分の力でギルドをまとめられるとは、他でもない彼女を後継に選んだ母自身、微塵みじんも思っていなかっただろう。

 母が期待したのは、ルリファーがその役割に足る強者を探し当ててくる、その一点だ。


 さておき、アイギスにこれだけの勝ち方をした以上、観戦していた姉二人はもちろん、息のかかった構成員をもぐり込ませていただろう、他の姉たちも今日は軽率に仕掛けては来ないはずだ。

 恩人であり客人であるヴォイドの疲れを、いい加減にねぎらわせてもらいたい。


「改めて、到着早々にお手数おかけしました。

 今日はゆっくりお休みください。

 まずはお部屋にご案内しましょうか? それとも先にお食事を?

 へい商会内の食堂か、ご希望でしたら外の――」

「……いや、まだ片付けることが残ってる」


 不意にヴォイドがその右眼を離れた場所に向けたことで、ルリファーもハッとして振り返る。

 そこにいたのは、禿頭とくとう黒眼鏡サングラスが特徴的な長身の大男。

 この組織の現若頭アンダーボス……ガオランとその弟分たちだった。


「……ガオランさん。

 確かに話は姉様たちとの約束の後で、としましたが……」


 ガオランたちがどう思っているにしろ、ヴォイドはボスであるルリファーが招いた客人である。

 アイギスとヴォイドの決闘が、アイギスの一存によるものであることはガオランにも想像がついているはず。

 長旅を終え、さらに決闘までなかいられた客人に、これ以上の手間を取らせることが組織の看板にすら泥を塗りかねない行為だと、わからないガオランではない。

 だというのに……。


 ルリファーを案じてのことだとしても、見過ごすわけにはいかない非礼。

 流石に強くいましめようとするルリファーを、しかし手を掲げて阻んだのはヴォイドだった。


「ヴォイド様……」

「構わない。彼にも言い分があるだろう。

 め込まれるより、今日のうちに吐き出しておいてもらいたい」


 文句があるのなら聞いて、受け止めてやる。

 そのくらいは大した苦労でもない、ということか。

 なんと器の大きな人だろう。

 ルリファーはまた一段、ヴォイドへの尊敬の念を深めつつ、一礼して一歩下がった。


 代わって前に出たヴォイドが、固い足取りで近づいてきたガオランを見上げる。


「話を聞こう」

「……」


 ガオランとその弟分たちはヴォイドの前に一列に並び、すーっと深く息を吸う。

 まさか、文句をつけるに飽き足らず、大声で怒鳴りつけるような真似までする気だろうか。だとしたらいくらなんでも……と、再び割って入る準備をするルリファーだったが、ガオランらが次に取った行動は、


 ――若頭アンダーボスやその配下として、別の意味であり得ない類のものだった。



「先ほどは大ッッ変、失礼いたしやしたッッッッ!!!!!!!」



 両手両膝をつき地に這いつくばり、首を差し出し許しをう、東の国に古くから伝わるという謝罪の姿勢。

 先ほど廊下でルリファーたちを迎えた時の片膝をついた姿勢とは似ているようで、込められた本質的な意味と覚悟が違う。


 すなわち――土下座どげざ

 本来、まだ観客だった構成員たちが残るこの場で、仮にもギルドの若頭ナンバー2であるガオランが取って良い姿勢ではなかった。

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