砂漠と極寒の道化師
野坂と川瀬は学校を休んだ。
「二百三高地てこんなんやなかったのか」
野坂が冬の訪れる前のなんばパークスの外回廊を歩きながら話した。地上九階の人工渓谷は冬は風か吹きすさび、夏は熱がこもる。
「にひゃくさんこうち?」
川瀬が尋ねると、
「日露戦争のときの冬の戦いらしい」
「おもしろい?」
「暗い。さだまさしが主題歌歌ってたわ」
「♪おまえを嫁にもらう前にって?」
「何で戦争映画やのに『関白宣言』主題歌になるねん」
「ハハハ」ふと川瀬は思いついた。「わたしさだまさしのあの歌好きやねん。笑ってよ〜君のために〜て」
「道化師のソネットやな」
「あんな絵を描きたかった」
「これから描けるやん」
「どうかな。でも……」野坂のジャケットの袖を引いて止めた。「こっち」
「ほんま迷路や。僕ここ好かん」
「わたしも嫌い。街と自然の融合なんて言うてるけど、ここには人への慈しみがない」
「遊び場やね。商業施設やわ」
「まあね」
野坂は肩越しに川瀬を見た。もし川瀬がここを描くとしたらどうするのかなと考えた。
「人を消すかな」川瀬は付け加えた。「ユトリロ的に描くかも。今なら野坂くん立たせる」
妙な間が空いた。
「何で二百三高地なんて観てんの」
「わからんねん。今はおすすめに八甲田山というのが出てくるんやけど。寒そうよ」
「パークス=八甲田山?」
「冬山やな。夏はここで蜃気楼観たで。遠くにオアシスでラクダが水飲んでた」
「うそばっか」川瀬は止めた。「確かにここは人に優しくない。だまし絵みたいやし、全体はバベルの塔みたいな。大バベルね」
「大バベルにしては遠くのピントが合うてないんやないかな。あれはどこまでも……」
「視力悪いからやん」
二人は地下鉄から地上に出て、しばらく二階と三階の間を歩き、ガラスに囲まれたエレベーターに乗ると九階の空中へと飛び出した。
ミナミの街が臨めた。
「ポツンとは嫌やな」
「わたしを封じ込めたくせに。今度はわたしが封じ込めて守ってあげる」
川瀬はつま先で蹴飛ばすふりをした。
私の心はフィルムに焼きつけられた henopon @henopon
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