第9話 バイト初日
「うっ。緊張してきた。」
あれから麻里亜ちゃんに連絡をとってもらって、あっという間にバイトが決まってしまった。面接って言ってもほとんど顔合わせみたいなもので、店長さんの「何日から入れる?」から話が始まったのは印象的すぎてよく覚えている。
そんなわけで、あっという間にバイト初日を迎えてしまったわけだけど。
「今日は麻里亜ちゃんいないんだよね…。初日は一緒の勤務が良かったな。」
昨日のことである。麻里亜ちゃんに明日からバイトのことを連絡したのだ。
「麻里亜ちゃん、明日からバイトが始まるから緊張だよー。」
「バイトデビューだね!私は明日お休みだから志乃の初日見れないの残念。」
「え、麻里亜ちゃん明日バイトじゃないの?」
「うん、ごめんね。でもバイトの同僚はいい人ばっかりだから安心して。」
「余計緊張するよ!」
「来週は私とシフト被ってる日もあると思うから!その時は一緒に頑張ろう!」
「…うんわかった。」
こうした一連のやり取りを経て、今日という日を迎えてしまった。
一歩一歩近づく度に足に鉛のような重さが1キロずつ追加されていくような気分だ。このまま帰りたい。けど、お店の人にもお客さんにも迷惑がかかっちゃうから行かないといけないよね。
大きく深呼吸をして、お店のドアを開けた。
「いらっしゃいませ。何名様ですか?」
「あの…えっと、今日からアルバイトでお世話になります、葉月志乃です。」
「あ!新しいバイトの方ですね!こちらへどうぞ。」
柔らかい雰囲気の年配の女性店員さん。ニコッと笑った顔がとっても素敵だった。優しそうな人だな。店員さんに店の奥に案内されると、少し待つように指示された。
バックヤードというのだろうか。店内は夕食前ということもあって、割と空いていてのんびりとした雰囲気が漂っているが、店員さんは人数が足りないのか早歩きでバタバタと忙しない。
「私にできるかな。」
思わず口から言葉が漏れてしまう。
「大丈夫やで。できるできる。」
「えっ。」
ぽん、と後ろから誰かに両肩を掴まれた。慌てて振り向くと、綺麗に括られたポニーテールが印象的な店員がいた。
「あ、驚かせてごめんな。今日からバイトの子やろ?」
「はい。」
「私は月守光(つきもり ひかり)、気軽にツッキーとかひかりんとか、好きなように呼んでな。君の名前は?」
「えっと葉月志乃です。よろしくお願いします。」
「かっ可愛い〜!めっちゃ可愛い!その恥じらう感じが初々しくてめっちゃ可愛いやん。いくつ?」
「高校一年です。」
「一つ下!後輩やん!可愛い!ちょっと待って、店長ー!店長ー!!」
月守先輩は大きな声で店長を連呼した。奥から店長も大きな声で返事をする。
「月守!大声出すな!何?」
「新しいバイトの子来てますよー!」
「今行くから待って。」
月守先輩は店長を指差しながらニカっと笑った。
屈託のない笑顔に少しだけ緊張がほぐれた気がした。それからすぐに店長がきた。
「初めまして。葉月さんですね。」
「はい。今日からよろしくお願いします。アルバイトって初めてなので、ご迷惑おかけすると思いますが、頑張ります。」
「はい、こちらこそよろしくお願いします。」
店長はなんとなく素っ気ない印象を受けた。月守先輩と正反対のタイプなのかな。
「見ての通り、今人手が足りなくて、あまりじっくり教える時間は取れないかもしれません。私もホールには出ていますので。そこであなたに担当の先輩を一人つけます。何かあればまずその人に相談してください。」
「はい。わかりました。」
「誰がいいかな。」
店長はシフト表に目を落とした。「あの人は午前中しか勤務してないし…」とか呟きながら選んでくれている。どんな人が私の担当になるんだろう。怖い人じゃないといいな…。その時だった。
「店長ー!私この子担当したいです!」
「月守?」
「私ここのバイト一年はしてますし、このことは年も近いんで相談しやすいと思うんですよ。おんなじ花も恥じらう乙女な女子高生ですし?パートのお姉様方より声をかけやすいですよきっと。」
店長は眉間に皺を寄せた。
「お前のどこが花も恥じらう乙女なんだよ。」
「え、じゃあ、立てば芍薬座れば牡丹。歩く姿は百合の花〜美少女女子高生光ちゃんで!」
「ない。」
「店長辛口ですなー。で、担当ええですか?」
「まあ、月守がいいなら。」
「ありがとー店長。」
「じゃあ、私は業務に戻りますので、あとのことは月守に聞いてください。」
店長は慌ただしくホールの方へ戻ってしまった。店長の姿が見えなくなると、月守先輩はグッと親指を立てて笑った。
「やった!志乃ちゃんの担当になれた!よろしくなー志乃ちゃん。」
さっき初対面のはずなのに、すごくナチュラルに志乃ちゃん呼びをされている。この先輩コミュニケーションお化けだ。キラキラしてて眩しい。
「こちらこそよろしくお願いします。」
「うーん…。」
月守先輩は眉間に皺を寄せて腕を組んだ。私何かまずいことを言っただろうか。
「せっかく担当になったんやし、呼び方は光でええよ。」
「先輩に呼び捨てなんて畏れ多いです。」
「私は気にせんけど。」
「私は気にします!」
「じゃあ、光様でええよ。」
「わかりました。」
「待って待って!そこはなんで『様』やねん!ってツッコミ入れな。って違うわ。ツッコミを要求してたわけちゃうねん。」
「そ、そうなんですね。」
ううっ、返しが難しい。
「じゃあ、光先輩でいいでしょうか?」
「うーん。まあ、月守先輩よりかは好きかな。よし、じゃあ、とりあえずはそれで行こう。」
うん、と大きく頷いて光先輩は店内の案内から始めた。一つ一つ丁寧に教えてくれる先輩。たまに店長の「早く説明終わらせて働け」って視線が飛んでくるが、先輩は店長にひらひらと手を振って、私に説明を続けた。
「わからないことがあったら何でも聞いてな。わからないことを聞くことは恥ずかしいことじゃないから。あと、たまに困ったお客さんも来るんやけど、その時は私をすぐに呼ぶこと。ええな?」
「はい、わかりました!」
「はあ〜初々しい。こういう子求めてたんよー!さて、あとはうちのファミレスの制服だけど、普段着てる服のサイズは?」
「えっと、SかMです。」
「小さいもんなー。よっしゃ、上の棚に制服入ってるから取るわ。」
光先輩が背伸びをして棚に手をかけた。背の高い光先輩がギリギリ届く高さにある箱は、絶妙にアンバランスな状態で置かれている。光先輩の上に崩れてこないといいんだけど、思わずヒヤヒヤしてしまう。
「あとちょっと…うわっ!」
箱は見事にバランスを崩して、光先輩の真上から落ちてきた。
危ない。
咄嗟に私は光先輩を突き飛ばした。そして箱は見事私の上に落下。幸いにもはこの中には数着制服が入っていただけなので、特に怪我はしなかった。むしろ先輩を突き飛ばしてしまったことに罪悪感さえ覚える。
「志乃ちゃん!怪我してない?」
「私は大丈夫です。むしろ突き飛ばしちゃってすみませんでした。」
「何言ってんの!私のことはどうでもええけど、志乃ちゃんに怪我があったらあかん!ちょっとよく見せて。」
光先輩は私のことを上から下までじーっとみた。綺麗な顔、整った目鼻立ち、まっすぐな視線。あまりにも真剣な眼差しでこちらを見ているので、なんだあ恥ずかしくなってきて目を逸らしてしまう。
「大丈夫ですから。本当に。」
「あとで痛みが出てくることもあるから、その時はすぐに言ってな?」
「はい、お気遣いありがとうございます。」
ドキドキしたまま、私は制服をもらって残りの説明をしてもらった。先輩はそのあとも何度も私の様子を気にかけてくれた。
バイトの初日は説明の後に光先輩の後ろについて見学で終わった。次のバイトからは実際に動いてみるらしい。初めてのことばかりだし、緊張するけど光先輩と一緒だと思えば少し安心できる。本当に優しい先輩に担当になってもらえてよかった。
「よしっ、頑張ろう。」
両手を組んで大きく背伸びをして、その日はいつもより早く眠りについた。
「返事はまたいつか聞かせて」 茶葉まこと @to_371
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