落ちこぼれ少女とギルド講師

中尾篤

第1話 アネッタとアレン先生

 ──ギルド講習。

 それは年間約10万人の死亡者数を記録し、死亡原因の第二位まで浮上した素人冒険者の戦死を受け、アーガレンティア王国が冒険者に義務づけた新たな講習である。

 冒険者の戦死の多さが国力の低下に繋がると危惧する声が上がったアーガレンティア王国ではギルドカードを国家資格とし、「ギルド講習」を受けて試験に合格しなければギルドカードが交付されない、すなわち冒険者になれないという仕組みができあがっていた。

 ──これは、そんな王国でギルド講習の講師をしているある男の話。



 *****




「はい、また不合格ね。アネッタ」

「ぬわああああああああああーーー」


 甘栗色の髪をした少女は雄叫びと共に頭を掻きむしりながら机に突っ伏した。

 ギルド講習制度が出来て約1年と半年。いまだ目の前の少女、アネッタはギルドカードを取得できないでいた。


「ねえアレン先生、お願いだから合格させて!

 好きなだけおっぱい揉ませてあげるからっ!」


 少女は、その豊満な乳房を両腕で持ち上げるようにして誘ってきた。

 一応ハニートラップのつもりなのだろう。


「だーめ。国家資格なんだからそんなことをしたって合格させてあげません」

「やだやだ! このままだとまた母さんに殺されちゃうよ。

 先生は私がどうなってもいいの!?」

「うん、残念だね。しっかりと殺されてきてください」


 俺はにこやかにアネッタに笑いかける。笑顔は講師のやる上で欠かせない要素だ。

 やはり笑顔はコミュニケーションの上で大切だと思う。


「先生は母さんの風魔法を知らないからそんなこと言えるんだ!

 もう先生の鬼! ばか! あと、えーっと、先生のばか!」


 アネッタは俺の服の裾を掴んで駄々をこね始める。

 毎度見慣れた光景である。

 決して安くはない受験料を親に払ってもらい、不合格の度に、アネッタは母親にお仕置きとしてちょっと強めの風魔法をくらっているのだ。


「アネッタ。人にバカって簡単に言っちゃダメだよ。バカって言ったら自分に返ってきちゃうんだから」

「ふんだ。そんなこと言わなくたってどうせ先生は私のこと、脳みそにいく栄養が全部おっぱいにいった馬ちゃん鹿ちゃんだと思ってるんでしょ」

「そんなことないよ、バカだなんて。半分くらいはやればできる子だと思ってるって」

「え、半分しか思ってないんだ!」


 ガーンという効果音が聞こえてきそうな勢いでアネッタはこうべを垂れた。

 アネッタがここに通い始めてもうすぐ1年が経とうとしている。

 平均1ヶ月で終えられる講習を目の前の少女はその約12倍の時間かけていた。


「うーん、なんで合格できないんだろうなぁ。普段はちゃんとできてるのに……」


 ギルド講習は大きく実技と筆記の2つに分かれる。

 2つの講習を受けて最後、それぞれの試験にクリアすればギルドカードを発行してもらえるのだが、アネッタはずっと筆記試験がダメで足止めをくらっていた。

 すでに戦闘面では申し分ないほどに実力を発揮しているため、俺としては早く合格させてあげたいのだが……。


「アレン先生。私ってやっぱりできない子なんだよ……」


 いじけて机に「の」の字を書き始めるアネッタ。

 暴れたり泣きついたりすぐにしょんぼりしたりと忙しい子だ。

 だから、こう落ち込んでいるとちょっといじらしく感じてしまう。


「ううん、たぶん俺が悪いんだ。さっきはあんなこと言ったけど、アネッタは……まあよくやってると思うよ。──でもね」

「……でも?」

「アネッタ。実は、次までに筆記試験に合格しないとまた最初から講習を受け直さなきゃいけないんだ」

「え、嘘!?」

「本当だよ。1年の間で合格できなかったら、ギルド講習の制度上、また受け直し。

 アネッタはすでに11ヶ月かかっている。次がラストチャンスだよ」


 ギルド講習は法改正や運営効率などの観点から1年以内にギルドカードを取得できなかった場合は最初から受講がやり直しとなる。

 二度とギルド講習を受けることができなくなるなどのペナルティがあるわけではないが、受講料をまた払わないといけなくなるため、できれば再受講は避けたい。


「受講料って確か、えーっと銀貨30枚ぐらいだから……」

「まあ、庶民なら1,2ヶ月ぐらい過ごせるレベルの金額だね。

 ちなみに今日の試験が銀貨1枚だから、受講料は今日の30倍ある」

「それってつまり私、次の試験やらかしたらいつもの30倍の風魔法を喰らうってことだよね!?」

「ああ、そうかもしれないね」

「ぎゃあぁぁぁあああああ!」


 阿鼻叫喚といった様相で叫ぶアネッタ。お金がかかるということより、お母さんの風魔法を食らうことの方がよっぽど嫌なみたいだ。


「そういうことだから、次の試験がんばってね。俺もできる限りサポートするから」

「がんばる! 絶対にがんばるから!!!」

「じゃあ、さっきやった問題から解説していくね」

「どんとこいっ!」


 これまでやった内容のうち、アネッタが間違えた問題をおさらいしていく。


「『魔物と戦闘をする際、周囲に気をつける必要がある。〇か×か。』」

「分かったよ。答えは〇でしょ。そんなの当たり前じゃん」

「違います。答えは×だよ」

「そんなわけないよ! 絶対うそっ!」

「先週も同じこと言ってたよね……良い加減覚えようよ。

 魔物と戦闘する時以外も周囲に気をつける必要があるからこれは×」


 冒険者たる者、常に周りに気を配っていないといけない。

 だから、答えは×だ。

 これ、アネッタに最初に教えたはずなんだけどなぁ……。


「はぁ……。この調子だと次の試験も厳しいかもしれないね」

「そんなこと言わないでよー!」

「そう言われてもなぁ……。サポートにも限界はあるし……」


 俺はため息をつく。

 実はアネッタは当初、別の講師が担当を受け持っていたが、あまりの出来の悪さに担当が俺に変更になっている。

 こういう問題児はなぜかいつも俺のところに回されるのだが、今回は本当に手強い。


「こうなったら奥の手を使うしかないか……」

「えっ、そんなのがあるの!?

 なーんだ、アレン先生。そんな魔法みたいなのがあるなら最初から使ってほしかったのにー。

 これで私も試験合格できるじゃんっ」


 手をひらひらさせながら気を緩めるアネッタ。

 さっき頑張ると言ったばかりなのに、すっかり休憩モードだ。


「ほらほら早く奥の手使ってほしいなー」

「言ったね?」


 俺はその言葉を聞くと、椅子にもたれかかっているアネッタに呪文を唱えた。


「『空間固定』」

「えっ……」

「はい。これでアネッタは半径2メートルの範囲内に固定されました。

 試験当日までそこから動けません」

「ま、まさか、奥の手って……」

「空間魔法による強制的な缶詰めだね」

「ぎゃあぁぁぁあああああ!」


 本日2度目の絶叫が室内に響きわたった。


「なんで! なんでそんな高位呪文をこんなことの為に使うの!?

 空間魔法なんてこの国でも数人ぐらいしか使えないって聞いたことあるけど」

「こんなことの為って。

 アネッタにとっては、とっても大事なことでしょ?」

「そうなんだけど! うん、そうなんだけど、なんか納得いかないっ」


 ぷくぷくとほっぺを膨らませるアネッタ。

 なんだか不満そうだ。


「ていうか、本当にこれ動けないよ!

 なんか見えない壁みたいなのに包まれてる感じ?」

「アネッタの周りの空間だけ切り取ってるからそんな風に感じるかもね。

 ちなみに僕の魔力が尽きたりこっちから魔法を解除したりしない限り、アネッタ側からの外に出ることはできないよ」


 アネッタは空間魔法で切り取った境界をドンドンと叩くが、びくともしない。


「安心して。親御さんには一応奥の手のことは事前に話してるから。

 もしもの時は、娘さんを空間魔法に閉じ込めますって」

「そんな。母さんはそんなこと絶対許さないでしょ!

 かわいいかわいい娘にそんな酷いことするなんて、母さんの風魔法が黙っていないよ!」

「いや、二つ返事でOKもらえたけど?」

「母さんの人でなしー!!!」


 アネッタは見えない壁をドンドンドンドンとさらに強く連打する。


「まあ、脱線はここまでにして。授業の続きをやっていきましょう。

 一応言っておくけど、居眠りをしようとしたら空間内が微弱な電気で覆われていくから気をつけてね」

「起きます! 絶対起きます!」


 アネッタは急に背筋を伸ばし、集中して授業を受けるようになったのだった。



 *****



 ──試験当日。


「『薬草を採取する際は、根っこから採るようにする。〇か×か。』

 えーっと、ばつ……だったよう……な?」


 これから始まる試験に向けて、アネッタは最後の復習をしていた。

 眠い目をこすりながら、問題集と格闘している。


「理由は何だっけ? アネッタ」

「根っこから採ると……えーっと、次の薬草が生えてこなくなるから……だっけ?」

「うん。いい感じだね!

 ちゃんとできてるよ!」


 やっぱりマルバツ問題は理由までセットで覚えさせる方が定着する。

 僕は自分の指導方針が間違っていないことを確信した。

 しかし、それと引き換えにアネッタは死にそうな目をしてこちらを見てくる。


「うぅ……テストが終わったら、アレン先生がセクハラで訴えるんだ……!」

「訴えるって……」

「私、尿瓶でトイレさせられたの初めてだったんですけどっ!」


 そういえば空間魔法を使ってる間、アネッタには尿瓶を使ってトイレをしてもらっていた。


「うーん、それは空間固定してるんだから仕方ないと思うんだ。

 トイレのたびにいちいち空間魔法を解除してたら僕の魔力がもたないし」

「だからって、女の子にそんなことさせるなんて!

 もうアレン先生の変態……!」


 アネッタがふんっと鼻を鳴らすと、机に突っ伏してそっぽを向いてしまった。


「ごめんね。

 でも、今回のことはアネッタの為なんだ。許してよ」

「あーあ、先生がDV彼氏みたいなことを言い出したっ」

「はぁ……そんなのじゃないんだってば」


 生徒から嫌われることも含めて奥の手なんだろうなと思った。

 でも、僕的には試験に合格さえしてもらえれば心を鬼にしてでもそうしたい。


「はぁ……それじゃあ気を取り直して、と。

 アネッタ。そろそろ始めるけどいい?」


 アネッタはそっぽを向いたまま、首を縦に振った。

 僕はその合図を見て、本番の問題用紙と回答用紙を配る。


「制限時間は90分。それではよーい、始め!」


 そう言うと、アネッタは鉛筆を片手に問題を解き始めた。


 ──それから90分後。


「そこまで、やめ!」

「はぁ、終わった……」


 アネッタからどちらの意味にも取れるような言葉が聞こえてくる。


「それじゃあ、僕は採点するから休憩にしてていいよ」

「はぁーい」


 あくびを噛み殺すかのような返事をするアネッタ。

 ここ最近ずっと寝ていないから仕方ないのかもしれない。


「それじゃあ、30分後ね」

「うーん。あとは先生をセクハラで訴えるだけ……むにゃむにゃ」


 そう生返事すると、アネッタは充電が切れるかのように眠りについた。

 それからしばらくして、採点の終わった僕はアネッタを揺すり起こす。


「おーい、アネッタ起きて」

「……はっ! あれ、アレン先生!?

 牢屋にいない!? 捕まったんじゃ!?」

「アネッタ……君はどんな夢を見てたんだい」


 アネッタの中で僕がセクハラ男認定されてるのがちょっと悲しい。

 だが、そんな僕の気持ちを物ともしないアネッタは、よだれのついた口を拭いながら起き上がった。


「そ、そうだ! 試験の結果だ!」


 そう、これでアネッタの命運が決まる。

 この試験で合格出来なければ、また最初からギルド講習を受け直さなくてはならない。


「それじゃあ結果を発表するね」


 ごくりとアネッタが生唾を飲み込み、両手を重ねてお祈りのポーズをする。

 そんなアネッタを目の前にして、僕は合否を告げた。


「合格です! ……点数的には」

「や、やったっ!!! ……って、うん?」


 アネッタはガッツポーズを決めようとした手を振り下ろす。


「え、えっとぉ……? どういうこと?」


 少し不穏な空気が流れる。


「うーんと。すごく申し訳ないんだけど、アネッタ。

 君、名前を書き忘れてたんだよね」

「も、もしかしてそれって……」

「不合格です」


 その言葉を聞いた瞬間、


「ぎゃあぁぁぁあああああ!」


 アネッタの絶叫が響き渡ったのだった。

 そして、僕に泣きついてくる。


「そこを何とか合格にしてよ!

 アレン先生のこと、セクハラで訴えないからぁ……」

「申し訳ないんだけど、国家資格だからそういうのしちゃダメなんだよね。

 気持ち的には合格にしてあげたいんだけど」

「お、終わった……」


 アネッタは絶望感を漂わせながら、その場にへたり込む。


「ごめんね。僕がちゃんと名前を書くように指導しておけばよかったね」

「……アレン先生。

 私のお墓が建ったら、ちゃんとお参りに来てね……」

「そんな大げさな」


 アネッタは、この世の終わりかというような表情で僕の足に縋りつく。


「はぁ……。まあ、今回アネッタを合格させられなかったのは僕にも落ち度があるわけだし、親御さんのところに一緒に行くぐらいのことはするよ」

「ほ、ほんと!?」


 僕の言葉を聞いたアネッタの顔がみるみるうちに明るくなる。


「それじゃあ、これで母さんのおしおきを回避──」

「今回は2人で風魔法のおしおきを受けようね、アネッタ」

「えっ……?」


 アネッタの表情が絶望に変わる。

 それから──


「ぎゃあぁぁぁあああああ!」


 しばらくの間、アネッタの絶叫は鳴り止まなかったという……。






 ──────────

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