第9話 再戦①
七瀬は口を半開きにし、目を見開いていたまま立ち尽くしていた。
HUDーーヘッドアップディスプレイに映し出されたそれの表示は、
七瀬の心臓を一瞬で凍り付かせる。
何が起きたのか。
頭の中で必死で状況を整理しようとするが、思考が追いつかない。
ーーそれは、数分前に遡る。
「初着装から3週間、君たちもサイバースーツにだいぶ慣れてきただろう。
本日は、ここまでの訓練の集大成を実施する」
チーフコーチのカルデナスが、低く響く声で告げる。
候補生たちはサイバースーツを着装した専用競技場に整列し、
カルデナスの言葉に耳を傾けていた。
(集大成……?)
七瀬はその言葉の意味を考えながら、無意識に首を傾げた。
このプログラムでは、重要な内容がいつも当日に発表される。
実際のサイバースーツ競技では、試合ごとに機体調整や新型サイバーウェポンの導入が行われ、状況は常に変化する。
パイロットには、その都度柔軟に変化できる適応力が求められる。
このプログラムも、そうした現実の競技環境を再現しているのだろう。
(狙いは分かるけど、やる側としては結構きついよな)
七瀬は心の中でため息をついた。
「ステージ構築を開始してくれ」
カルデナスが耳の通信機に手を当て、指示を出す。
その合図と同時に、候補生たちの前に広がる巨大な正方形の領域が蒼白く発光し始めた。
それは特殊合金 《サイバネタイト》で構成されたフィールド。
無数の白い砂粒状の素材が、エリア全体に敷き詰められている。
四隅の供給口からサイバーフォトンが注がれると、フィールド全体が振動し、波のようにうねり始めた。
無数の粒子が凝集し、みるみるうちに形を成していく。
地面が形成され、次いで壁・遮蔽物などの構造物が次々と立ち上る。
エリア全体が、生き物のように戦場へ変貌していった。
「すごいな……やっぱり」
七瀬は、
真っ白な壁や構造物が織りなす無機質な風景が、近未来的な戦場の緊張感を漂わせていた。
「さて、このバトルエリアができた意味は君たちにも分かるだろう」
カルデナスの声に、候補生たちの間に緊張が走る。
完璧に整えられた戦場。その意味は一つしかない。
「本日は候補生同士の個人トーナメントを行う」
一瞬の静寂のあと、ざわめきが広がった。
「ルールは単純だ。1対1での直接対決。戦場はこの戦闘領域全域。勝者は次のステージに進み、敗者はそこで脱落となる」
候補生たちの動揺には目もくれず、カルデナスは淡々と話を続ける。
「なお、本日はペイント弾を用いた模擬戦となる。敗北条件は3つだ。アーマー損傷率40%超過、ペイント弾薬の使い切り、スラスターのフォトン残量ゼロ。このいずれかに達した時点で敗北とする」
七瀬は喉元を伝う冷たい汗を感じた。
(何とか一通りは動かせるようにはなったけど、いきなり対決かよ……)
ペイント弾。サイバーフォトンの粒子弾ではない分だけ、多少気が楽だ。
だが、全身を駆け巡る緊張感はまったく拭えなかった。
「これからトーナメントの組み合わせを送信する。HUDから確認しろ」
カルデナスの声に従い、七瀬はHUDに組み合わせ表を表示させた。
画面に映る名前を見た瞬間、思考が一瞬止まる。
「嘘だろ……」
初戦の相手は、ジーク・フェスター。
七瀬の脳裏には、訓練中にジークが見せた完璧な動きが鮮明によみがえる。
確かに、もう一度戦いたい気持ちはあった。
だが、連日のサイバースーツ操作訓練で自信を失いかけている今、
その名が突きつけるプレッシャーはあまりにも重かった。
「……」
言葉を失い、数秒間、ただ虚空を見つめる。
ふと視線を感じ、ゆっくりと顔を上げた。
一機のサイバースーツが七瀬を見据えていた。
肩部に刻まれた名前はーー『JEEK FESTER』。
その名と機体が放つ圧倒的な威圧感に、七瀬は思わず息を呑む。
「初戦は15分後。ジークとカエデは準備を始めろ」
カルデナスの指示が鋭く響く。
七瀬は震える手を強く握り締め、急いで
*****
再戦。
それはジークにとって、待ち望んだ機会だった。
脳裏に浮かぶのは、VRでのあの一戦。
(……借りは必ず返す)
七瀬への敗北。
その屈辱は、ただの敗北以上の意味を持っていた。
「リリアと暮らす」という自分の動機がより一層鮮明になったのだ。
それでも、胸の奥にある燻る怒りが、完全に晴れたわけではない。
この感情を解き放てる唯一の手段ーーそれは、勝利のみ。
「
ジークはサイバースーツの戦闘支援AIに指示を出す。
HUDに立体的なマップデータが展開され、エリアの全貌が明らかになった。
人工的な壁が無秩序に配置された、簡素な戦場。
VRのマップのような入り組んだ構造ではなく、遮蔽物も限られている。
その分、敵との距離を詰めやすく、純粋な戦闘技術が試されるステージだ。
シンプルだからこそ、実力の差がそのまま結果に反映されるだろう。
(だが、油断はしない)
ジークの鋭い瞳がさらに険しく細められる。
戦闘力だけでいえば、自分が優れているはずだ。
だが、七瀬の予想外の動きがもたらす危険性は、VR戦闘での教訓として、ジークの中に深く刻みこまれていた。
ジークの視線は、腰部にある卵形の武器に移る。
「ペイントグレネードの詳細情報を出せ」
《ペイントグレネード》
ーー今回のペイント戦用に使用許可が降りた武器。
戦闘支援AIが応答し、HUDに武器の仕様や性能、使用方法が次々と展開される。
説明動画が再生され、ペイントグレネードの挙動がシミュレーションで示された。
画面内で、ペイントグレネードが投擲される。
地面に着弾した瞬間、鈍い爆発音とともに外殻が弾け、蛍光ピンクのペイントが一瞬で広範囲を染め上げた。
その鮮烈な色彩がHUD全体に広がり、ジークの目を引きつける。
(牽制、トラップ、誘導……多彩な使い方が出来る武器だ)
訓練では一度も扱ったことのない、グレネードタイプの武器。
その特性を考えれば、七瀬が勝機を見出す鍵は、この武器の使いどころにかかっているだろう。
ジークはそう直感した。
(使うと分かっているなら、対応は可能だ)
15分間の準備時間が終わり、ジークはすでに試合のスタート地点に立っていた。
『時間になった。始めるぞ』
無線からカルデナスが響く。
ジークは深く息を吸い込み、ゆっくりと吐き出した。
全身の感覚が研ぎ澄まされ、血液が力強く巡っていくのを感じる。
『試合開始!』
号令と同時に、ジークは背面のスラスターを全力で噴射する。
轟音とともに、一気に前方へと突き進んだ。
(準備が整う前に叩き潰す)
七瀬に策を講じる時間を与えない
ーーそれがジークの選んだ戦略だった。
サイバースーツの筋電位センサーが、ジークの微細な筋肉の動きを感知し、スラスターの出力を精密に調整する。
ジークの動きには無駄が一切ない。
壁を飛び越え、遮蔽物の間を滑るように通過し、
視界に入るすべての障害を最短ルートで突破していく。
その姿は、まるで精密機械が設計図通りに動いているかのようだった。
いくつめかの壁を抜けた、その瞬間。
「!」
ジークと七瀬は、同時に互いの存在を捉えた。
七瀬は白くそびえ立つ壁の近くに陣取り、周囲を警戒しながら索敵している。
七瀬は壁越しに素早くライフルを構え、ペイント弾を放った。
ジークは瞬時に体を捻り、最小限の動作で弾道をかわす。
同時にシールドを構え、スラスターを全力で噴射。
一気に七瀬との距離を詰めるべく、猛然と突き進む。
(このまま寄り切る!)
七瀬は冷静に壁の裏に身を隠し、視界から姿を消した。
ジークの直感が警鐘を鳴らす。
(……何か匂う動きだ。それなら)
七瀬は絶対に何かを仕掛けてくる。
普通なら、壁を回り込んで追いかけるところだろう。
だが、その選択肢は捨てるーー
ジークは迷うことなく、スラスターを全開にする。
そして、正面から壁を駆け上がった。
勢いよく壁上に到達すると、ジークは鋭い視線を下へ向ける。
その先には、驚いたように顔を上げる七瀬の姿があった。
七瀬は壁際から数メートル後退しており、
先ほどまで身を隠していた壁の裏には、ペイントグレネードが仕掛けられていた。
(やはり、罠か)
ジークは冷静にライフルを構え、的確にグレネードを撃ち抜いた。
破裂音とともに、蛍光ピンクのペイントが周囲一帯を染め上げる。
ジークはシールドを下向きに構え、飛び散る破片やペイントを防いだ。
罠を処理したジークは、再び七瀬を見据える。
その鋭い眼光と揺るぎない姿勢は、まるで獲物を追い詰めた猛禽類のようだった。
その威圧感に押されるように、七瀬がわずかに後退していた。
(……ここで仕留める)
手元のフォトンブレードが青白く煌めく。
ジークはブレードを構え、一気に七瀬に飛びかかった。
七瀬はシールドを構え、迎撃の姿勢を取る。
だが、ジークのジークの一撃は重く鋭く、容赦のない力がシールド越しに七瀬へと伝わった。
「ぐっ……!」
七瀬のうめき声が微かに聞こえる。
攻撃を受け止めた七瀬の足元がゆらぎ、わずかに後方によろめいた。
ジークはその隙を見逃さない。
素早く刃を返し、シールドの縁に叩きつける。
力任せに振り抜かれたブレードの衝撃は、七瀬の手からシールドを吹き飛ばした。
シールドは空中で大きく弧を描き、彼方へと飛んでいく。
「終わりだ」
ジークは冷たくと呟いた。
(……こんなものか)
七瀬が何かを仕掛けてくると想定したが、それを看破し、容易く追い詰めることができた。
結果としては、想定以上にあっけない。
胸に奥に、小さな失望と、勝利を目前にしたわずかな安堵が交錯する。
ジークは次の一撃で決着をつけるべく、ブレードを構え直した。
ーーだが、その瞬間。
視界の端で何かが動いた。
ジークの視線は自然と七瀬の右手に引き寄せられている。
七瀬は胸の前で《ペイントグレネード》を握り締めていた。
「……っ!」
ジークの視界は、鮮烈な色彩に包まれた。
次の更新予定
2025年1月10日 19:08
サイバースーツ 〜自信ゼロのパイロット候補生、知略を駆使して最強の天才と頂点を競う 〜 黒田緋乃 @pinonon
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