最終夜 誰が継母を殺したか
「ドリ姉さま、なぜこんな妙ちくりんなものをつけないといけないの」
「あらおナスちゃん、ご存じなくって? サングラスがパリーの都では流行っているんですのよ」
「へぇ、サングラスって言うのね」
もちろん嘘だが方便だ。可愛いナスタージアを護るためにもつけておいてもらわないといけない。
私たちは松葉杖を突き、足が悪い振りをしながら結婚式に参列した。
カルモジーナは都合よく寝込んでしまって来ていない。
童話の通り、二人で新婦の両側を挟むように付き添う。
式場までの道を歩いていると、どこからともなく二羽の白い鳩が飛んできた。
やはり来ましたわね。
童話では意地悪な姉妹たちの眼球を、シンデレラの肩に留まった白鳩がくり抜くことになっている。
ここで私たちを攻撃してくるのであれば、この女は知っているのだ。恨んでいるのだ。
鳩は私とナスタージアの目を狙ってクチバシを突き出して来る。
カツーン
私の技術力の粋を集めた防刃ゴーグルが、鳩の攻撃を跳ね返した。
ふふん。
そう簡単にはいきませんわ。
鼻で笑った私は、次に長いスカートを持ち上げる。
「ほうらニクス、ご飯ですわよ」
毎日のご飯を少なめにしていたから、今日のニクスは少々気が立っている。
ニクスは野生の本能のまま一羽の鳩を捕まえ、その首を折ってしまった。
残りの一羽は私が捕らえてニクスに渡してやる。
「食事代が浮きましたわね」
そう言ってゴーグルを外し、ナスタージアと一緒に高笑いしてやった。
隣でウェディング・ドレスの白い肩が震えているのが分かる。怯えからなのか、怒りからなのか。
どちらにしても、ざまぁですわ。
結婚式が始まった。
私とナスタージア、それからクラウスは最前列にそろっている。
司教がお決まりのフレーズを述べた後、新郎と新婦の誓いの瞬間がやってきた。
カルロ王太子の前で、司教が指輪の入っているケースを開く。
カルロは指輪を取り――とはならなかった。
目を見開いたカルロは驚いて、思わず後ずさった。
「おい。間違えているぞ」
カルロは司教を
司教はただ首を振って後退した。
ケースの中に入っていたのは指輪ではなく小さな骨片だった。
私はすかさず席から立ち上がった。
松葉杖は捨て、しっかりとした足取りで壇上へ上がると新婦を指差す。
「この女は、私の
「ドリンシア嬢! 君は……」
「親愛なる殿下、殿下が今ご覧になった骨、そのつま先の骨こそが本当のエラでございます」
「君は、君は急に……何を言ってるんだ」
「いくら魔法で姿形を真似たとて、一つ屋根の下で一緒に暮らした義妹を見間違えるわけございませんわ。ですから、あの舞踏会の夜。私も妹も、エラに似た誰かとしか思いませんでしたのよ」
そこでクラウスが立ち上がった。
「ドリンシアの、その……ドリンシア嬢の言う通りです。エラの骨は、彼女の母親の墓の近くで見つけました」
クラウスは用意していたシンデレラの頭蓋骨を高々と掲げた。
王は思わず立ち上がり、会場にいた他の参列者からもどよめきが上がった。人々は戸惑い、互いに顔を見合わせている。
はい台本通りね、クラウス。
良くできました。ちょっとトチったけど。後でご褒美をあげるわ。
「可哀そうなエラ! 私の可愛い義妹! 確かに引きこもりがちで身なりも整えない変わった子でしたわ。外に出れば、私たちのあることないことを吹聴するような悪い所もありました。でもね、こんな姿になることはなかったと思いますの」
クラウスの話では、埋められていたエラの遺体は、まるでその存在を教えるかのように足のつま先だけが地面から飛び出ていたそうだ。
「嘘よ。でたらめよ。だって私はここにいるじゃないの!」
シンデレラが喚きだした。
「そうだ。ここにいるのがエラでないとしたら、この人は一体誰だというんだ」
王太子の問いに私は溜息をついた。
「殿下は詳細をご存じないでしょうから、すべてご説明申し上げます。
エラの実母が亡くなった後、私の母の前に一人、義父には死別した再婚相手がおりました。
エラと継母との折り合いは悪く、しょっちゅう口論していたそうにございます」
私はそこで言葉を切り、カルロに背を向けて壇上を横切った。
「それで? 大公の前妻なら知っている。それがどうした」
「殿下、その方の死因はご存知ですか」
私は振り返って訊いた。
「事故だと聞いている」
「彼女は衣装箱の重い
私は知っている。
当時、大公家で家庭教師をしていた母、カルモジーナがシンデレラを
そうしてシンデレラと義父にうまいこと取り入って後妻に収まった。
母は共犯者だ。でも自分の手は汚さない。あれはそういう人だ。
「何か証拠はあるのか?」
「いいえ、何も。事件の真偽はさほど問題ではございません。重要なのは、エラを
私は司教から一本のガラス瓶を受け取ると、ゆっくりとシンデレラの下へ歩んでいった。
「一年前。母親の墓参りから帰ったエラは、前以上に部屋にこもるようになりました。
そうなってからしばらくしてです。エラの乳母が
シンデレラの身体がピクリとした。
正解のようですわね。
「さあシンデレラ! 魔法が解けるお時間ですわよ!」
ガラス瓶の栓を抜き、私は中の聖水をシンデレラに浴びせかけた。
真っ白な煙が立ち昇った。
果たして煙が消えた後に現れたのは、白いウェディング・ドレスを身に着けたままの醜い老婆だった。
「あなたはエラなんかではありませんわ! エラの乳母。亡くなった
固唾を飲んで見守っていた参列者が大きくどよめいた。
愛した女性のあまりの変貌ぶりに、王太子はその場でへたり込んでしまった。
「私は知っているんだ。聞いたんだ。娘を殺したのはあの女だ。エラだよ!」
「ご愁傷様。同情しないこともないですわ。それでも、エラになりすまして王太子妃になろうなんて。欲をかきすぎですわよ」
「その魔女を捕まえろ!」
クラウスが叫ぶと、衛兵たちが集まってきてエラの乳母を押さえつける。
「アイツは報いを受けた。お前の母親だって、ただでは済まないぞ!」
衛兵に引っ立てられながら、乳母は叫んだ。
「どうぞご自由に」
ショックで放心した王太子は、ナスタージアが慰めている。
おナスちゃん、後はあなた次第。うまくやるのよ。
ナスタージアに近づいて、そっと耳打ちする。
「カルロ様のお后にはあなたがおなりなさいな、おナスちゃん。だって……」
こんな退屈な人と結婚するより、仕立て屋でもやった方が楽しそうだもの。
唆しながら、私は心の中で舌を出した。
「だって、あなたはとっても美しいもの」
クラウスのことは……まあ、ちょっと考えてあげても良いかもしれませんわね。
Fin
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NTRシンデレラをキッチリ断罪いたします! 流城承太郎 @JoJoStromkirk
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