第6話 夕晴れの碧い空は遅い青春の色  

 武田との交際は中国から帰ってからも続いた。

一日も早く結婚したい、というのが武田の思いであった。

自宅にも招待された。下鴨の良い家であった。親の代からのかなりの資産家であることも判った。

 やっと胸の怪我が治った沖田圭子が訪ねて来た時、紗由美は中国旅行の写真を整理していた。

「はい、これ、あなたへのお土産よ」

「どうも有難う。で、どう?旅行は楽しかった?」

「ええ、とても愉しかったわよ」

紗由美は嬉し気にアルバムに見入った。

武田と並んで北京の故宮の前に立つ紗由美の写真をしげしげと眺めながら圭子が言った。

「あなた、この人とばっかり写っているじゃないの、訳ありなの?」

「結婚するかも知れないの」

「えっ!何ですって?」

事情を説明すると圭子は複雑な顔をした。

「でも、あなた、慎重に考えた方が良いわよ。三十過ぎの今日まで、自由に気儘に一人で暮らして来たのよ」

「うん、そりゃまあ、そうだけど・・・」

「結婚してごらんなさい、夫に振り回されて一日が慌しく過ぎるのよ。朝早く起きて朝食の用意を整える、それを毎朝夫に食べさせる・・・夜は夜で観たいテレビがあっても翌朝のことを考えたら諦めなきゃならない・・・聞きたい演奏会があっても日曜日に夫が家に居たら出かけることも出来ない・・・今は二十四時間が全て自分のものなのよ」

圭子の言うことはいちいち尤もだった。が、紗由美は、今回ははっきりと自分の思いを圭子に打ち明けた。

「そりゃ、一人の時は避けて通れる厄介に、自分から首を突っ込むことになるかも知れないけど、でも、それを恐れちゃいけないんだって、今、思っているの」

聞いた圭子は、ふう~んと言う表情で頷いた後、暫くして、もう何も言うことは無いわ、という顔付きで帰って行った。

 紗由美は、武田が自分を愛し、青春を取り戻そうとしているように、自分も又、もう一度、己が人生に春を自覚したいと思っているのだった。

彼女は、これまでの人生に愛が無かったとは決して思ってはいないが、残念ながら、未だ若過ぎて自分と相性の良い相手を見分ける力が無かった、と考えている。今、武田は紗由美にとって又とない伴侶であると彼女は思っている。彼の性格も趣味も、長所も欠点もひっくるめて好きになれそうであった。

 携帯が鳴って紗由美は急いでボタンを押した。

やはり武田であった。新幹線からである。

「山梨からの帰りなんだ。旨いワインを買った。これから行って良いかな?」

弾んでいる武田の声に紗由美も弾んだ返事をした。

「解かった、待って居るわ」

彼の為に夕食の支度をしようと慌てて買い物に出かけた。

空が碧かった。夕方なのによく晴れ亘って隅々まで明るかった。この空の色を今夜彼に話してみようと紗由美は思った。

夕晴れの碧い空は遅い青春の色だ、と言ったら武田はどんな顔をするだろうか・・・

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エンタメ短編「遅い青春の色」 木村 瞭  @ryokimuko

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