つま先からは始まらない

和尚

つま先からは始まらない


「……みにさ、『つま先』ってさ『爪先』らしいんだけど、知ってた? 俺知らんくてさ、へぇってなったわ」


「え? そうなん? 知らんかった……いや、つかまじどうでもいいんやが」


 隣でやり取りされる何気ない会話の中で、私はビクっとしてそちらを向いてしまう。

 そして、言葉を発した席に座る男の子とバッチリ目が合った。


「あ、三好さんも気になる? それともうるさかった? ごめんな!」


 少し声が大きめだけれど、それは気にならない。

 なので、私はううん、と首を振って、なるべく強張らないように笑顔らしきものを作った。

 声は発さないけれど、ひとまずそれで終わり。


 私には、こういう事がよくある。

 全ては名前のせいだった。決して気に入っていないわけじゃないのだけど。


 三好ちな。


 それが私の名前。

 自慢じゃないが堂々たるぼっち属性で、下の名前で呼ばれるような経験は親以外では無い。


 だけど、先程の会話のように、日常会話に私の名前が出てくることはざらにあった。その度にビクッとしては、自分のことじゃないよねって思ってホッとため息を吐くのはいつもの事だった。


 ただ、最近はその頻度が高い。

 というのもーーーー。


「ちなみにな……」


 隣に座る和田くんの口癖がこれなのだ、しかも休み時間にはよく色んな男女が話しかけにくるクラスでも明るいキャラなので、今の席になってから毎時間ビクビクしている自分がいた。


 しかもこれまたどうしようもない事ではあるのだが。


(和田くん、良い声なんだよなぁ)


 明るいのに落ち着いていて、声は大きめなのにうるさく感じない。口癖のこともあるが、ついついそこから聞き耳を立ててしまったりもして、わかる、という時には頷いてしまって恥ずかしくなったりもしていた。



 ◇◆



「えー、これで今学期も終わりだが、休みの間に羽目を外しすぎないように。さて、最後にすまんが日直の二人、手伝いだけ頼むわ」


 担任の先生の声に、私は今日が当番だった事に気づく。

 最初は出席番号順だったのだが、途中から席順に変わり、私は今日は和田くんと当番の日だった。

 とはいっても、花瓶を片付けたり、黒板を綺麗にしたりという雑務だけなのだけれど。


「あー!」


 そして、片付けをしている中で、和田くんが日誌を見ながら叫んで、私はまたもビクッとした。


「三好さんって、下の名前、ちななのか」


「え……? うん、そうだけど」


「ちな……ちな……だからかぁ」


「えっと、私の名前が、どうかした?」


 和田くんが何故か恥ずかしそうにしながら、私と日誌のおそらく私の名前を見比べる。

 正直、名前呼びされるたびにビクッとじゃ無くて心臓がどきりと跳ねるからやめて欲しい。


「あのさ、俺らって隣の席じゃん?」


「うん」


 だからこうして同じ日の日直なわけで。


「結構三好さんって俺の話隣で聞いて反応してくれるからさ、ウケてるのかなって思ったりしてたんだけど……今日とかも爪先で反応してくれた!とか思ってたんだけど」


「あー……」


 和田くんが何に気付いたのか悟って、私は苦笑いした。


「名前がちなだから、ちなみにとかの言葉に反応してたのかーと思って、やべー俺今めっちゃ恥ずい!」


 そしてうおーと言いながら、照れた女の子のように顔を手のひらで覆い隠す。正直ちょっと可愛い。


「あはは、ううん。それもそうだけど、話の内容に笑っちゃうことも結構あるよ……その、最初は名前呼ばれるからビクッとして聞き始めちゃったのは確かだけど」


「じゃあ爪先も??」


「それはどうでも良いかな?」


「ガーン」


 大袈裟にショックを受けたリアクションに再び私は笑ってしまった。


「それにしても、ちな。ちなかぁ」


「連呼されるとドキドキする」


「え? あ、ごめん。ひらがなでちなってさ、なんか可愛い名前だよな?と思って」


「えっと……口説いて、ますか?」


「……え? いやいや、そんなこともあるような、無いような」


 ーーーーどっち?


 そして二人で顔を見合わせて笑ってしまう。


 私たちが、そのうち名前で呼び合うようになるのはもっと未来のこと。

 彼がいつまでも、爪先のおかげで付き合えたとか言って私に否定されるのも、幸せな未来のこと。





つま先からは始まらない  Fin

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