誰にも届かない時間〜中央島の少女〜

青樹春夜(あおきはるや:旧halhal-

誰にも届かない時間


 中央島にも雪は降る。


 年の瀬が迫っているこの時期に降る雪は格別だ。真っ白に覆われた世界は音を吸い込んで静けさを増す。


 踏み荒らされていない丘を見て、そのあまりの美しさにシキは「ほう」とため息をつく。


 ——早起きしたかいがあった。


 子どもみたいに浮き立つ気持ちにせかされて、シキは白いコートとマフラー、それに手袋を身につけるとそっと家から出た。


 シキの住む丘の家は周りに他の家がない。まるでこの家だけ世界に取り残されたかのような特別感のある孤独を享受すると、少しだけ迷ってから玄関前の段差を降りた。


 迷ったのは新雪に自分の足跡をつけるか、それともまだ真っ白な世界を楽しむか悩んだからだ。


 結局、シキは同居人が起きるのを待ちきれず雪原に足を踏み入れた。


 誰もいない早朝の丘。


 晴れ渡った空に、どこからか吹き飛んできた雪がきらきらと舞っている。


 音のない世界の冷たい空気に少女の息が白く流れた。


 ——ああ、綺麗。


 白いブーツが雪を踏み締める。


 崩れた雪が蒼い影を作った。


 その蒼氷色さえも美しくて切ない。





「シキ! 雪合戦とやらをするぞ!」


「ええー?」


 元気な声は同居人のカガリだ。彼女は雪が珍しいらしい。いつも薄着の彼女も今日は防寒対策をして外に出て来た。


「もう、仕方ないなぁ」


 早朝の孤独を楽しんだ少女は笑いながら足元の雪を丸め始めた。





 誰にも届かない時間〜中央島の少女〜 了

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