魔法つかいと問題だらけのこの世界

ニトゴ

第1話 騙された少女


朝日が窓から差し込んでいた。クリスタリーナはベッドの上で目を開けると、すぐに体を起こした。


「さあ、今日も始まりね。」


彼女は布団を軽く整えながらベッドを離れ、窓辺へと向かった。窓を開けると、ひんやりとした朝の空気が心地よく肌を撫でる。


遠くの空には、薄い雲が柔らかい色に染まり、風に流されている。クリスタリーナは目を細めながらその光景を見つめた。


「天気も良さそうね。いい一日になりそうだわ。」


そう呟くと、彼女は身支度に取り掛かった。


クリスタリーナはこの国でも有名な魔法士だった。魔法学校を首席で卒業し、魔法騎士団に所属して戦争を勝利に導いたこともある。

その実績から、今では王の特命を受けてさまざまな問題を解決する王国有数の「大魔法士」となったのである。


しかし、彼女自身は自分の評判に興味を持っていないように見えた。ただ与えられた役目を淡々とこなしている。それが彼女の生き方だった。


そんな静かな朝の時間を、ドアをノックする音が壊した。


「失礼します。クリスタリーナ様、王がご用だそうです。」


使用人の声が聞こえる。クリスタリーナは振り返ると、少しだけ微笑んだ。


「わかった、すぐに行くわ。」


彼女はもう一度窓の外を見た。


「次はどんな問題かしらね。」


そう呟くと、クリスタリーナは部屋を出て王がいる玉座の間へと向かった。



ーーーーーー


「北部の村が困っている。作物がすべて枯れ、村人たちは飢えに苦しんでいるのだ。」


王の声が広間に響いた。クリスタリーナは静かに王を見つめながら話を聞いていた。


「魔法の影響である可能性が高い。そなたに調査と解決を頼みたい。」


「承知しました。」


彼女は小さくうなずいた。言葉少なではあるが、その返事ははっきりしていた。


「そして…村の代表が参上している。その者も連れて行ってくれぬか?」


王が手を振ると、部屋の隅に小さな少女が現れた。髪は少し乱れていて、ぎこちない動きで歩み寄る。


「村を…救ってください!」


少女の声は震えていた。だが、その目には必死さが宿っている。


クリスタリーナは少女を見下ろし、静かに声をかけた。


「あなたが村の代表?」

「は、はい。エミといいます…。」

彼女は小さな声で答えた。


「一人で来たの?」


「…はい」


「そう。では、一緒に行きましょう。」


「えっ、本当に?」

エミの目が大きく見開かれた。


「ええ。村の人たちが待っているのでしょう?」


クリスタリーナは少しだけ微笑んだ。それを見てエミは何度もうなずく。


「では、行ってきます。」


クリスタリーナは王に軽く頭を下げると、エミを連れて広間を後にした。



ーーーー


馬車の車輪が道の石を跳ねる音がリズムよく響く。クリスタリーナとエミは、村へ向かう道を進んでいた。


クリスタリーナは窓の外を眺めながら、エミにちらりと視線を送る。隣に座るエミは、少し緊張した様子で手をぎゅっと握りしめている。


「疲れてない?」

クリスタリーナが優しい声で尋ねた。


「い、いえ、大丈夫です。」

エミは慌てて答える。


「そう?でも、何かあったら言ってね。」

クリスタリーナは微笑んだ。


しばらく沈黙が続いたが、エミが何か言いたそうにクリスタリーナをちらちら見ているのに気づく。


「何か話したいことがあるのかしら?」


「えっ…その…」

エミは一瞬目を伏せるが、意を決したように口を開いた。

「私、魔法使いになりたかったんです。」


「そうなの。どうして?」


クリスタリーナはエミの顔を見つめながら優しく問いかける。


「村では…私は普通の子だってみんなに言われて。でも、私も特別になりたかったんです。だから、魔法使いに憧れて…。」


エミの声は次第に小さくなる。


「そうね。魔法使いって特別な存在に見えるものね。」


クリスタリーナは、エミがぎゅっと握りしめた手をそっと見ていた。


「でも、あなたは元々特別な存在よ。」

そう言うと、クリスタリーナは窓の外に目を戻した。


「それでも、やっぱり魔法使いになりたくて…。」

エミは小さな声でそう付け加えた。


「ええ、わかるわ。」

クリスタリーナは微笑んだ。

「村に着いたら、もっといろいろ話しましょうね。それまでは、少し休んでおきなさい。」


エミは驚いたような顔をしたが、クリスタリーナの声に安心したように、少しだけ体をリラックスさせた。


ーーーーーー


村に到着したクリスタリーナとエミは、すぐに村長の家を訪ねた。外に出ている村人たちの顔は皆暗く、疲れた様子が見て取れる。


「クリスタリーナ様、お待ちしておりました。」

村長は深々と頭を下げる。


「村長、現状を教えてください。」

クリスタリーナは穏やかに言った。


「作物が…すべて枯れてしまいました。畑はもう壊滅状態です。」

村長は絞り出すような声で答える。


「原因に心当たりは?」

「それが、全くわかりません。ただ…村の者たちは皆、『呪いだ』と口にしています。」


クリスタリーナは村長の顔をじっと見つめた。


「わかりました。畑を見せていただけますか?」


………


……



畑は荒れていた。地面はひび割れ、枯れた作物が風に揺れている。クリスタリーナは膝をつき、手で土を軽くすくった。


「これは…」

彼女は静かに呟いた。


「どうしましたか?」

エミが不安そうに尋ねる。


「魔法の痕跡があるわ。」

クリスタリーナはエミを振り返った。


その時、エミの顔が一瞬強張るのを、クリスタリーナは見逃さなかった。


一人で村を見て回りたいと言い村長と別れたクリスタリーナは、エミを呼び止めた。


「エミ、何か知っているのではないかしら?」


エミは一歩後ずさった。


「わ、私は…」

彼女の声は震えている。


「エミ。」

クリスタリーナの声は優しかった。しかし、その瞳は真剣だった。


「本当のことを話して。何があったの?」


エミは唇を噛んだ。何度も目を泳がせ、ついに泣きそうな顔で口を開いた。


「私が…やったんです。魔女に教えてもらった魔法を使ったんです。」

エミはぽろぽろと涙を流しながら言った。


「魔女に?」

クリスタリーナは眉をひそめた。


「魔法使いになりたくて…でも、それがこんなことになるなんて思わなくて…!」

エミは泣き崩れた。


クリスタリーナはそっとエミの肩に手を置いた。


「大丈夫よ。これからどうするかを考えましょう。」

彼女の声は変わらず穏やかだった。


ーーーーーー


クリスタリーナとエミは森の中を歩いていた。

「魔女はこの森の奥に一人で住んでるの」


森は薄暗かった。木々が高くそびえ、足元の草がかさかさと音を立てる。クリスタリーナとエミは、魔女がいるという隠れ家を目指していた。


「あれです…。」


ついにその家が森の奥に現れた。


「ここから先は私一人で行くわ。」

クリスタリーナが立ち止まって言った。


「えっ、でも…!」

エミは驚いた顔をした。


「あなたが一緒に行く必要はないわ。」

クリスタリーナは振り返り、エミを見た。

「これ以上、危険な場所に踏み込むべきではないのよ。」


「でも…私のせいで…!」

エミは拳を握りしめ、うつむいた。


「わかっているわ。でも、ここから先は私に任せてちょうだい。」

クリスタリーナは優しく微笑むと、静かに森の奥へ歩き出した。


………


……



隠れ家は荒れ果てた小屋だった。中から低い笑い声が聞こえる。


「夢見る子供はいつでも楽しいわね。」

中から声が響いた。


クリスタリーナが扉を開けると、そこには一人の女が立っていた。

魔女は黒いドレスを着て、髪もきれいに整えていた。見た目は美しくしていたけれど、どこか作り物みたいで、その目は冷たかった。


「あなたが魔女ね。」

クリスタリーナは静かに言った。


「その通りよ。」

魔女はにやりと笑った。

「私に何の用かしら?」


「あなたがこの村を呪ったのね。すべてを元に戻してもらうわ。」


「ふん、呪っただなんて人聞きの悪い。」

魔女は肩をすくめる。

「ただ、その子が私の教えを忠実に守っただけよ。」


「それで村全体を壊すなんて、遊びが過ぎるわ。」

クリスタリーナの声には冷たい怒りがこもっていた。


「遊び?そうね、確かに楽しかったわ。」

魔女は笑いながら言った。


「魔法使いに憧れて私を崇拝していた愚かな子供を騙すのはね。ちょっと魔力を送って魔法を使えるようにしてやっただけで目を輝かせていたわ。

魔女様!すごいです!私も魔法が使えました!だって。あははは!」


「あの子はあなたの事を信じていたのよ」


「まぁ人生勉強ってやつかしら?」


「黙りなさい」

クリスタリーナは杖を掲げた。杖の先が光を放つ。


「小娘ごときが私に敵うとでも?」

魔女が笑いながら指を鳴らすと、黒い霧が部屋を覆った。


二つの魔法が二人の間で弾けあう。


激しい魔法の応酬が始まった。火のような光と闇の波がぶつかり合い、小屋が揺れる。


「あんた思ったよりやるじゃない…!」

魔女が苦々しい顔で言う。


「これが最後よ。」

クリスタリーナは杖を振り、強烈な光を放った。光が魔女を包み込む。


「ぐっ…!あああああああ!!」

魔女は叫び声を上げると、その姿がかき消えるように消滅した。


暗闇が消え、小屋の中に静寂が戻った。



………


……



クリスタリーナは外に出た。森の入り口で待つエミの姿が見える。


「終わったわ。」

クリスタリーナが言うと、エミは泣きながらその場に崩れた。


「ありがとう…本当に…!」

エミの声が震えていた。


クリスタリーナはそっとエミの頭に手を置いた。


「これで村は元に戻るわ。」

そう言うと、クリスタリーナは森の外を見つめた。



ーーーーーーー


村は静かだった。風に揺れる畑には、新しい芽が少しずつ顔を出している。


クリスタリーナは村の広場に立ち、周囲を見渡していた。村人たちの顔には安堵の色が浮かんでいる。彼らは次々にクリスタリーナへ礼を述べに来ていた。


「本当にありがとうございます。」

村長が深々と頭を下げた。


「これで村は元に戻ります。」

クリスタリーナは微笑みながら答えた。


少し離れたところで、エミが立っていた。村人たちと距離を取り、じっと畑の方を見ている。何かを考えているようだった。


クリスタリーナはエミに歩み寄った。


「どうしたの?」

その声にエミは少し驚いたように振り返った。


「いえ…ただ、私…」

エミは言葉を詰まらせた。


「まだ何か気にしているの?」

クリスタリーナは静かに尋ねた。


エミは小さくうなずいた。


「私のせいで、こんなことになったんです…。魔法使いになりたいなんて思わなければよかった。」

エミの声は震えていた。


「私皆に小さい頃から言ってたんです。ママみたいな魔法使いになるんだって…。でも私は魔法使いになれなかった…。」


「…もう消えてしまいたい…。」


「そう…。」

クリスタリーナは短く答えた。


エミは悲しい顔をして俯いている。


「エミ、過去を後悔しても、これからを変えることはできないわ。」

そう言うと、クリスタリーナは優しく微笑んだ。


「これから今回の分を取り返していけばいいわ。」

「…はい。」

エミは小さくうなずいた。



………


……



夕暮れの畑で、エミは一人立ち尽くしていた。静かな風が髪を揺らす。


クリスタリーナは馬車に乗り、村を後にしようとしていた。外でエミが見送りをしているのを感じながら、彼女は振り返らずに進んだ。


馬車が夕日に照らされて遠ざかる。その姿を、エミは何も言わずに見送っていた。



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