怪奇千世

超山熊

第1話 裏手山



はる様、おはようございます」

「ふわぁー……おはようございます」


 暖かい日光が入り込む朝、いつものように障子を挟んだ向かい側の廊下から挨拶が聞こえる。

 その声に応えるように肌寒い中を布団から這い出る。

 声の主は僕の声が聞こえたことで障子を開けて中へ入る。


「失礼します。お水とお着替えをお持ちしました」

「……ありがとうございます」


 お盆に乗せられた水を乾いた喉へ流し、着替えを受け取る。

 目を開けて視界を確保すると障子の向こうで朝露に濡れる草木が見える。

 視界の端で布団を片付けるのはお世話係兼護衛の壱谷 霧弦いちや むげんさん今年76歳のお爺ちゃんだ。

 壱谷家は僕の神堂しんどう家を守り支えてきた一族である。

 

「本日のご予定はどうされますかな?」

「今日は高校の下見に行ってきます。登下校の道を確認しながら父さんから頼まれた依頼の下見も兼ねて」

「護衛はどうされますか?」

「今日はコンを連れて行くので霧弦さんにははなをお願いします」

「姫様が付かれるのですか。承知いたしました。華様は私めにお任せください。香織かおりにも連絡を入れておきましょう」

「ありがとうございます」


 僕は着替えて朝食を食べに行く。

 台所から出汁の効いた良い香りに誘われるかのようにご飯を食べる座敷に入る。

 そこにはすでに2人がいた。


「あら、おはようございます。晴」

「おはよう。母さん」


 腰まで伸ばした綺麗な黒髪と和服を着こなした美女は神堂みやび、僕の母親である。


「今日は少し遅いのね?」

「すみません。昨日は遅くまで符を書いていたので……」

「まあまあ頑張り屋さんなのね。でも」

「はい。入学までには生活習慣を直します」


 いつもニコニコと笑う母さんは普段こそ優しいものの、怒るときはしっかり怒られる。

 家のトップは父さんではなく母さんではないか、なんて声も聞こえるぐらいには怖い。

 今日も朝御飯の時間に遅れたことで少し怒っているのだろう。


「兄様は頑張りすぎなのです」

「僕が頑張るのは華のためでもあるんだよ」


 もう1人は僕の妹、神堂はな

 おかっぱ頭の和服少女で、みんなに愛される特殊な体質を持つ今年中学2年生に進級する女の子だ。

 

「そんな言葉で誤魔化されないのです!今日は私と遊んでもらうのです!」

「華、ごめんね。今日は高校の下見に行かないといけないから。それに霧弦さんから宿題が終わってないって聞いてるよ?」

「えー!い、いや……それは違うのです……」

「華?どういうことなの?母さんに説明して頂戴?」

「母様……ごめんなさいなのです!」


 朝御飯を綺麗に食べ終わり、怒られる前に走り出した華は座敷から出ていく。

 残された僕は朝食に手をつけ、これからの予定を考える。


「高校の下見は任務のことも含まれているのかしら?」

「はい。今日は様子を見るだけに留めます。本格的に動くのは入学式の夜になるかと」

「そう、今回のことに私は口を挟みません。他の協力が必要であれば霧弦さんを頼りなさいな」

「はい」


 朝食を食べ終えた僕は一度部屋に戻る。

 姿見で自分の髪や目をチェックして、机の上に置いてある財布と紙を持ち部屋を出る。

 玄関前で靴を履いていると後ろから抱きつかれた。


「兄様!」

「華、どうしたんだい?」

「いってらっしゃいです!」

「いってきます」


 華の頭を撫でて後ろに立つ霧弦さんに「お願いします」と言って外へ出る。

 陽が出て暖かくなった風が肌を撫でる。

 草木が並ぶ砂利道を歩き門を出る。

 僕が住むのは畑が広がる田舎だが、僕はこの景色が好きだ。


「我を忘れるなー!」


 景色を眺めた先から空を飛んでくるのは1人の少女。

 金髪に和服という日本人離れした容姿と空を飛ぶという人間にできないことをする彼女はコン。

 近くまできたところで、はっきりと見える狐の耳と尾は彼女が人間でないことを物語っている。


 コンは僕が従えている妖怪の1柱で相棒である。

 霧弦さん達、壱谷家は妖狐が祖先とされているためコンのことを姫様と敬っている。


 この世界にはコンのような妖怪、妖魔、霊体、神といった怪異なるものが存在している。

 そして神堂家は遥か昔から彼らとの共存共栄のため尽力してきた一族であり、壱谷家を含めた分家や現代に生きる霊媒師などの職業の総本山である。

 僕はその跡継ぎであり次期当主として確定した身なのだ。


 僕たちは人間に備わる霊力を操ることで怪異達を視認し会話する。

 問題を起こし制御が効かなくなった怪異には霊力を使い祓うこともする。

 祓われた怪異は消滅し、二度と起きることは無い。

 だからこそ怪異と話し、なぜ問題を起こすのか聞き解決するのが僕たちの仕事なのだ。


「忘れてないさ。霧弦さんにもコンを連れて行くって言ってきたからね」

「むぅ?そうなのか?まあ良い。どこへ行くのだ?」

「今日は高校と裏山へ下見に行くよ」

「ふむ?なんだ、また任務とやらか?」

「任務もそうだけど、高校をもう一度見ておきたいなってね」


 コンは僕の背に乗り後ろから体重をかける。

 そもそも軽いコンが浮いた状態で乗っているため重いとは感じない。

 15分ほど歩いて無人駅に入る。

 ここまで来れば周りには浮遊霊や動物霊などが見えてくる。

 家の周囲には壱谷家が造り上げた結界が施されているため霊も一般人も入れない、コンは入れるがあまり好きでは無いようで近くの山に住んでいる。


 無人駅に駅員さんはおらず発券機もないため電車を待つ、電車に乗り込み5駅先で降りる。

 高校近くの駅はたくさんの人が利用している。

 その分、霊や妖魔たちも多く……。


「晴よ。あそこの猫が悪霊化しておるぞ」

「本当だ」


 駅の端にいた猫の動物霊が暗い瘴気を発している。

 瘴気は悪霊になり始めると出てくる黒い水蒸気のようなもので、完全に悪霊になってしまうと祓うしかなくなる。

 

 祓うのは嫌いだ。

 幼い頃から仲良くしてきた怪異達が、問題を起こしたからという理由で消されてしまうのは見ていられなかった。

 これまでの仕事で祓うこともあったけれど、悪霊になる前に止めるのが僕達の仕事であるべきだと思う。


 猫に近づき、しゃがんで手を翳す。

 周りからしたら何をしているのか分からないだろう。

 霊力を光に変化させ猫に当てる。


「いつ見ても綺麗なものじゃのー。お主の浄化術は」

「それはありがとう。ほら、これで自由だよ」


 瘴気が消え綺麗な体に戻った猫霊は、僕の手に体を擦りつけ去っていく。


「あやつ!我の晴に色目を使いおって!」

「色目ってわけじゃないと思うけど……猫に嫉妬するなよ」

「むぅ……」


 頬を膨らませるコンを宥めるように頭を撫でれば、すぐに調子を戻す。


「さて!高校とやらに行くぞ!」

「……ちょろいな」

「なんか言ったかの?」

「いや、なんでも」


 高校まで駅から徒歩10分程度歩く、入学式まで2週間ある学校に生徒はいない。

 

「この校舎には悪霊でもおるのか?」

「いや……おそらく校舎裏の山だな」


 校舎全体から暗い瘴気が出ていて規模感からして悪霊か神堕ちがいるだろう。


 神堕ちとは昔に信仰されていた土地神などの神様が、地域の過疎化や時代の流れによって信仰心が薄れ、神から妖怪や妖魔へと堕ちてしまうことである。

 神堕ちが起こると善良な妖怪になろうと瘴気を発生させ周囲に悪影響を及ぼす。


 春だというのに桜の木に蕾すらつかず草木は枯れ、活気も無い。

 校門は開いているので正面に立つと目を閉じて両手を広げる。

 勢いよく手を叩き同じ動作を2回繰り返す。


 パンッ!


 パンッ!


「おおー流石じゃなー」

「これぐらいならね」


 今やったのは法礼術と呼ばれるもので、霊力を籠めて行うことで周辺の神の力"神力"を高めることが出来る。

 これで校舎についた瘴気は振り払える。

 草木に生気が戻るのを確認すると校舎から1人の女性が出てきた。


「お待たせしてしまい申し訳ありません!」

「いえ大丈夫ですよ」


 彼女はこの学校の科学教師にして、学校での僕のサポートを勤めることになる壱谷香織かおりさん。

 苗字から分かる通り霧弦さんのお孫さんである。

 24歳になるが結婚はおろか彼氏すらできたことは無いそうで霧弦さんが心配していた。

 香織さんの父は僕の父さんの護衛兼サポートをしている。


 彼女は壱谷家相伝の結界術を最低限しか使えないため、よく霧弦さんや父の壱谷へいさんに怒られている。


 僕に気づいたのも法礼術が行使されたことに気づいて出てきたのだろう。

 素質だけなら十分備わっているのだ、素質だけなら……。


「香織さん、裏手山の入り口はどこですか?」

「は、はい……こちらになります」

「敬語はやめてくださいよ。学校にいる以上は教師と生徒なんですから」

「承知いたしま……分かったわ」

「では案内お願いします」

「頼むのじゃ!」

「ヒッ……!」

「はあ……コン」

「なんじゃ?」

「香織さんのいるときは離れてって言ったでしょ?」


 コンへの反応から分かるように、香織さんは怪異が怖くて仕方がないのだ。

 壱谷家の信仰するコンに対してもこんな反応をするので実家からは異端扱いを受けている。

 結界術が弱く科学教師をしているのも、実家からくる依頼や任務を受けたくないからである。

 しかし今回は香織さんの勤める学校が近く、僕が入学するということで2人で任務を割り当てられてしまった。

 

 コンが離れ2人になったところで校舎裏にある山、通称裏手山の入り口に向かう。


「この山では過去に生徒が怪異の被害にあっています」

「どういうもの?」


 裏手山で過去あったのは、山の中で子供に会った、登っていったら知らない神社に出た、登山中に笑い声が聞こえる。といった感じのものだ。


「どうでしょう……」

「うーん。やっぱり神堕ちかな……」


 香織さんが出来るのは瘴気や霊体から守る結界を張るだけで、山の瘴気の原因を探ることは出来ない。

 というより一人で山の中に入れないようだ。


 入り口から山を見る限り山全体から瘴気が漏れ出ているため、おそらく山神様として崇められていたものが堕ちてしまったのだろう。

 なんの妖怪になってしまったのかはともかくとして、早めに対処しなければいけないだろう。


 神堕ちを放っておくと瘴気に当てられ妖怪としても悪の道に堕ちてしまう。そうなれば祓うしかないが、今なら神に上げることが出来るかもしれない。


「とにかく神堕ちしてるなら原因の怪異に会わないといけないですね」

「そう……ですよね……」

「コンと行くので香織さんは下がっていいですよ?」


 どう見ても行きたくない顔をしているので下がらせようとするが、香織さんは首を振り前を向いた。


「これ以上無様を晒すと爺様に勘当されかねないので……」

「そう、ですか。じゃあ結界だけ張って後ろに隠れていてください」


 香織さんは僕と自分を包むように半径2メートルほどのドーム型結界を作り、僕の背に隠れる。


 結界が瘴気を退けることで前が見え山を登る。

 しばらく歩くと……。


 フフフ……


「ヒッ……」

「今のが笑い声か」


 そこからも笑い声は続き無視して歩くと、目の前の木から子供が出てきた。


「お兄さんはどこへ行くの?」


 瘴気で覆われているため、ぼんやりとした影しか見えないが背丈からして子供だろう。

 香織さんは耳を塞いで背中に顔を埋めている。


「僕はこの山の神様に会いにきたんだ。君は誰だい?」


 気配からして怪異なのは確かだ。

 何かあったときのために香織さんの結界の内側に僕も結界を張る。


「お兄さん、もしかして見える人?」

「うん、神堂晴っていうんだ」

「しんどう!?お兄さん、しんどうの人なの!?」


 瘴気から飛び出るようにして寄ってきた子供は結界にぶつかった。


「いたた……」


 怪異達の中でも神堂の名は有名なので子供も知っていたようだ。

 よく見れば子供は片目片足の少年だった。


 一つ目小僧か……。


 やっぱり神堕ちした妖怪だったな。


「お兄さん、僕を神様に戻せる!?」

「うーん……」


 よく見れば瘴気は地面や草木から出ているものだけで彼からは出ていない。


「神社に連れていって貰える?」

「う……うん……」


 背中の香織さんを連れて彼の案内についていく。

 しばらく登ると廃れた神社が見えた。


「ここ……」

「これは……」

 

 木で出来た鳥居は崩れ、本殿もかなり崩れている。

 草で覆われた賽銭箱に、神力が失われた地面へ放置されたゴミ。

 管理はかなり前で終わったようで、長い間放置されていたらしい。


「ごめんなさい……僕……出来ることが無くて……」


 一つ目小僧は大きな瞳から涙を流す。

 ゴミは一つの場所に纏められ、枯葉なども丁寧に集められている。

 きっと人間の管理が無くなってからも独りで綺麗にし続けようとしたのだろう。

 

 それでも人間を信じようとしたがゴミを捨て、神を信じない人間に諦めを感じて、いたずらを仕掛けるようになったと言う。


「大丈夫だよ。僕達が君を神として祀りあげてみせる」

「うぅ……ありがとう。ありがとう」


 一つ目小僧と別れた僕たちは山を降りる。


「それで……どうするのですか?」

「神社を再建する」

「神社の再建!?出来るんですか!?」

「僕の名前で分家の人たちを動かす」


 僕は連絡を一つ入れて香織さんと別れた。

 コンを呼び、家へ帰る。


「それで何がいたのじゃ?」

「一つ目小僧がいたよ」

「ふむ……そうか。ならばお主がやることは一つか」

「ああ、見過ごせない。絶対に助けてみせる」


 いつもより厳かな雰囲気に包まれた我が家の玄関には母さんがいた。


「皆様は私がお迎えしました。あとは頑張りなさい」

「ありがとうございます」


 部屋に戻り、髪につけた色付き整髪料を落とし右眼につけた黒のカラーコンタクトを外す。

 すると部屋の障子が開いた。


「正装を持って参りました」

「ありがとうございます。それと伝言の件もありがとうございます」


 入ってきたのは僕の和服を持った霧弦さん。

 学校で連絡を入れたのは霧弦さんに向けてだった。


「いえ、晴様の成長を実感し涙が溢れる思いでした」

「そんなに?」


 和服の着付けを霧弦さんに手伝ってもらい姿見を見る。

 朝見たときと違い、洋服から白銀の和服に、黒髪から白銀髪に、右眼は黒から金になっている。

 これが神堂家跡継ぎとしての僕の姿、神の生まれ変わりとしてこの世に誕生した偽りない姿。


「見事で御座います」

「ありがとう。行ってくるよ」


 部屋を出て廊下を進む。

 珍しい僕の正装に家の者たちは敬うように頭を下げ道を開ける。

 大広間の襖を霧弦さんが開き奥へ進む。

 大広間には多くの大人たちが頭を下げて待っていた。

 その間を進み一段上がった畳の上に置かれた座布団に正座し目の前にいる大人達を見下ろす。


「皆様、お集まり頂きありがとうございます」


 一度、頭を下げ見渡す。

 僕の声で頭を上げた大人たちは両親と同年代が多い。

 彼ら彼女らは神堂家に連なる分家の当主とその代理たち、つまり今この場に日本トップの怪異の専門家が揃っている。


 そして分家の中でも最も神堂家に近い血筋と力を持つのが、今多くの大人の先頭に座る5人。

 本家である神堂家の護衛とサポートを行う、壱谷いちや家。

 日本の祭りや儀礼において祝詞や舞いを請け負う、弍會にかい家。

 主に寺社仏閣の管理や神社の神主を管理する、参村みむら家。

 神堂家と共に悪霊や悪事を行う妖怪を祓う、肆上しじょう家。

 先見術を使い広範囲の未来視で瘴気の発生を予見することが出来る、伍芭ごば家。


 その後ろにいる者達も含め、霊力を使えないものはここにはいない。


「お話したいのは私が遂行している任務についてです」

「若様の任務というと……あの山のことでございますかえ?」

「その通りです伍芭さん。あの山にいた神が神堕ちを起こし瘴気に包まれています。私はあの神を祀りあげます。その手伝いに皆様の手をお借りしたい」

「若様の願いは承知しました。ですが……」

「なんでしょう。参村さん」

「あの山は信仰心を失った山だからこそ若様に"祓う"任務が……!?」

「参村さん、今回の任務。元を辿れば貴家の責任であることは分かっていますか?」

「そ……それは……」


 俺は怒っていた。

 怪異と共に生きるために敬い讃えるのが俺たちの責務だ。

 そして参村家の担当は寺社仏閣の管理、つまりあの神社も管理対象だったはずなのだ。


「最近、代替わりで忙しかったのも分かっています。しかし、仕事はしてもらわなければならない。そうでなければ全員で分業している意味が無い。分かりますね?」

「は、はい……。失礼しました。以降このようなことが無いよう気をつけます……」

「そうしてください。他の皆様方は反対意見ありますか?」


 全員が了承の意として頭を下げる。


「では明朝より再建及び儀式の準備に移ってください」

「「「「「「「「「「はっ!」」」」」」」」」」


 僕は大広間を下り部屋に戻った。


「まるで当主様を見ているようでした」

「まだ父さんには及ばないさ」


 和服を脱ぎ畳んでいる霧弦さんと話す。

 

 明日の朝から神社の再建や山の整備、一つ目小僧を神に祀りあげるための儀式が準備されるだろう。

 儀式のメインは僕がやることになるため学校が本格的に始まる前、入学式の夜には出来るよう急ピッチで準備が成されるだろう。

 自分が言い出したことだ、準備もかなり手伝うことになる。


「嬉しそうですな」

「そう?いや、実際嬉しいよ。神様を笑顔に出来ると思うとね」


 そこからの2週間は早かった。

 分家の人達と一緒に隠れていた階段を綺麗にして、ただの野山だった土地に小さいけれども立派な神社が出来ていくのを見届ける。

 一つ目小僧は僕たちの様子を遠巻きに見ていたが神社が出来るにつれて笑顔が戻っていくのが見えた。

 

 そして入学式当日。

 姿見で髪が染まっていることとコンタクトで目色が黒になっていることを確認し玄関で革靴をはく。


「今日は大事な日ね」

「はい。行ってきます」


 母さんが言っているのが入学式のことか夜の儀式のことかは分からないけど。

 いつも通りに家を出る。

 華は生徒会に所属しているため中学の入学式準備で早朝に出ている。


「それが高校の制服とやらか?」

「そうだよ」


 いつの間にか背後にいたコンが横から顔を覗かせる。

 ここ最近毎日通ってきた道を歩き電車に乗り、高校へ向かう。

 2週間前に法礼術を施した校舎は見違えるほど輝き、草木は元気に生い茂り桜が舞う。

 入学式の看板を横目に体育館へ向かう。

 館内にはパイプ椅子が並べられ前の塊が生徒、後ろが保護者と分かれているようだ。

 事前に知らされているクラス番号の椅子を確認して座る。


「よろしくね」

「……!よろしく」

「あはは!そんなに驚かなくてもいいでしょ?」

「い、いや、ごめん。初めての人だったから」

「人見知りなのかな?改めてよろしく、私は芹沢 巫那せいざわ みな。君が高校初めての友達だよ」

「よ、よろしく。僕は神堂晴。僕も君が初めての友達だ……」


 芹沢さんは笑顔のまま正面を向いた。


 僕は混乱が収まらない。

 なんで、この子は僕を認識できているんだ?

 僕には認識阻害の結界が張られているはずで、現に芹沢さん以外の生徒の目に僕は映っていない。いや映ってはいるが、壁などただの背景にしか見えていないはずなのだ。

 そもそも神堂家の人間は華を除いて霊力が強い影響で一般人には認識しずらいのに。


 混乱をよそに入学式は進行した。

 今日は入学式が終わり次第下校となる。

 保護者席にいた母さんと霧弦さんと合流して帰る。

 帰り道は霧弦さんの運転で車となる。


「今日、友達が出来ました……」

「あら、良かったじゃない。なんで暗い表情をしているの?」

「結界を張っていたのに気づかれたんです……」

「……!?それは、そのお友達の名前は?」

「芹沢巫那さんと言ってました」

「聞いたこと無いわね……。大丈夫、見たところ晴の術に問題はありません。霧弦さん、その子のこと調べておいて貰える?」

「承知いたしました」


 あの会場で唯一の和服を着ていた母さんが注目すら浴びていなかったのだ。

 それだけ認識阻害の結界は強い。

 しかし彼女はそれを無視した。


 母さんは僕が自信を無くしたのではないかと心配してくれていた。今夜、重要な儀式があるのに自信を無くしている場合ではないのだから。


 とにかく今は夜のことに集中だ。

 霧弦さんが調べてくれるなら彼女のことも分かるだろう。


 家につき偽りを解く、白銀の和服を身につけて一振りの刀を腰に差す。

 玄関には母さんと霧弦さん、そして中学から帰ってきた華がいた。


「立派な姿ですよ」

「兄様、格好いいです……」

「ありがとうございます。行って参ります」


 玄関先には大量の黒い車が並び、その前には各当主たちがいる。

 その前に出て一礼。


「ご協力ありがとうございます。では本番にいきましょう」

 

 全員が車に乗り込み夕日に照らされた道を進む。

 学校の駐車場に停め、校舎裏へと周る。

 すでに準備ができている校舎裏には簡易テントが並び、酒や供物、儀式終了後に使う道具が並ぶ。


 夕暮れになり辺りが暗くなってきたころ、神社へ続く階段には提灯による明かりが灯され、再建された神社には舞台が用意されている。


「若様、準備が出来ました」

「はい」


 簡易テント内で最後の準備を待っていた僕に声がかけられる。

 椅子から立ち上がり鳥居の前へ立つ。

 僕の後ろには分家の人達、主に参村家が並ぶ。

 すでに神社の舞台では弍會家による舞いと肆上家による演奏がされている。

 神力を極限まで上げているのだ。

 

 階段を一段ずつ上がる、徐々に集中力を上げ身体からオーラが出る。

 そのオーラの正体は神力、本来神力は神のみにしか使えない力であり人間には霊力しか使えない。

 しかし神堂家は12歳で身体に神を宿す儀式を行う。

 神を宿した人間が怪異と人間を繋ぐ役目を背負う、そうして出来たのが神堂家なのだ。

 

 神を宿すのは神堂の血筋を持つもののみ、そして神を宿した身体は神力の強さによって身体が変化するのだ。

 

 父が宿したのは倭健命やまとたける

 父は髪の半分が紺色となり神力を得た、それでも遠目から見れば変わりない。


 しかし俺は違う。

 12歳の儀式以前、生まれた時から片目が金色をしており髪も白銀色だった。

 神の生まれ変わりとして持て囃された俺が12歳になった儀式の日、通常通り行われた儀式の中で俺に宿る神が分かった。

 いや、神が俺の身体を乗っ取り話したのだ。

 自らの名を、その名は……天照大御神あまてらすおおみかみ

 日本最高の神であり、最強の神だった。


 それからの俺は感情が昂ったり、集中力が極限まで上がると神力が身体から出てしまうようになった。

 今出ている神力を操ることは出来ない。

 そこまで修練を積んでいるわけではないから。


 階段を上がりきると同時に舞台上の舞いと演奏が終わる。

 演者たちが舞台をあけ俺が上がる。


 神力が満ちたこの場所はとても心地良い。

 腰に差した刀を鞘から抜き刀身を頭より上へ掲げる。

 掲げた刀を振り下ろして止める。

 剣先には一つ目小僧がいた。


「我が名、我が神の名の下に……汝に名を与える……名は"とき"……以降……神、斎と名乗れ……」

「……ありがとうございます……」


 一つ目小僧……斎は光り輝き、身体を取り戻した。

 青年となった斎は涙を流し頭を垂れる。


 刀を鞘に戻し舞台から降りる。

 本殿へ向けて全員で礼をして階段を降りる。

 あとは斎と参村家の仕事である。

 登りとは違うメンツで階段を下りきったとき深呼吸をした。


「……ふぅ」

「さすが若様でございます。お疲れ様でした」

「ありがとうございます」


 疲れた……。

 久しぶりに緊張感ある任務だったな。


「お疲れじゃな」

「あ、コン」

「あ、とはなんじゃ。あ、とは」

「いやーコンの顔見たら安心できるなーって」


 神力で満ちている場所に入ることの出来ないコンは寂しかったのか膝の上で僕を見上げている。


 コンの頭を撫でながら休憩する僕は気づかなかった。

 緊張がほぐれ、周囲に関係者しかいない現場で気が回らなかったのだ。

 まさか、全てが視られていたなんて……。

 

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