第4話 田中の爪先4

 放課後の部室。

 男子生徒が一人、部室に残り、掃除を始めようとした。


「あれ?」


 しかしロッカーを開けたはいいものの、掃除用具を取り出さない。

 代わりに天面を覗き込むと、そこにある筈のものが無くなっていた。


「なに探してんだよ」

「!?」


 声を掛けたのはずっと待ち構えていた田中だった。

 事件の真相が分かった時から、こうなることは予期していた。

 だからこそ、田中自身の手で決着を付けるのが正しいことだ。


「お前の探しているものはコレか?」

「どうしてお前がそれを」

「お前が全て仕組んでたんだろ、佐藤?」


 そこに立っていたのは佐藤だった。

 挙動不審な態度で田中の顔を見る。

 田中の手の中には呪符が握られており、佐藤の指紋がバッチリ残されていた。

 

「どうしてこんなことしたんだよ」

「なんのことだ?」

「とぼけんなよ。お前が俺達を呪ってたんだろ?」

「の、呪う? バカだな、そんなこと俺がする訳……」

「いい加減にしろよ。だったらどうしてお前にしか届かない高さに、こんなものが貼って付けてあったんだ!」


 部室には台は無い。もちろん脚立もない。

 つまりロッカーの天面に手が届くのは、陸上部で一番身長の高い佐藤しかいない。

 だからこそ、犯人の見当はすぐに付いた。


「どうしてこんなことしたんだよ、佐藤」

「……バレたか」

「バレたか……お前はバカか。俺もそうだけどよ、五十嵐や飛高、瀬名がなにしてたていうんだ。この大事な時期に、全国が掛かっているこの時期によ!」


 田中は激昂していた。

 同じ部員としてこんな悪魔な真似とてもじゃないが許せない。

 けれどそれを聞いて腹を立てたのは、田中よりも佐藤の方だった。


「元はと言えば……」

「ん?」

「元はと言えば誰のせいでこうなったと思っているんだよ!」


 佐藤は激昂した。

 腸が煮えくり返る想いで、原因を口走った。


「田中、お前は分かっているよな」

「それは……」

「とぼけんなよ! 俺が走れなくなってから、お前が大会に出て活躍するようになった。分かってるんだろ、お前が、お前等が、共謀して俺を下ろしたってことをな!」


 田中は何も言い返せなかった。

 むしろ口元をニヤけさせると、堂々と言い放った。


「それのなにが悪いんだよ?」

「はっ?」

「ああそうだよ。俺と五十嵐、飛高と瀬名、この四人でお前が怪我するように仕向けたんだ。で、お前が抜け多分俺達が活躍できるようになって、注目されるようになった。そのおかげで、ベスト4進出も叶うようになったんだ。お前一人がいなくなったおかげで、俺達もようやく日の目を浴びるようになったんだよ!


 全ては仕組まれていたことだった。

 佐藤は強い。県でも無類の強さを誇っていた。

 そのせいで自分達はまるで注目を浴びることが無く、日の目を見ることが無かった。


 それなら活躍できる場面を増やせばいい。

 佐藤を潰してしまい、二度と走れなくすれば、自分達を使うしかなくなる。

 上手い具合に事故に見せかけて佐藤を潰した。そのおかげで、今まで努力しても報われなかった自分達がこうして注目の的になった。


「メッチャ気持ちよかったな。お前が消えてくれたおかげで助かったぜ」

「そんなことのために、俺の足を……」

「はぁ? 今まで注目の的で威張ってたお前に、俺達のなにが分かるんだよ。いい気味だぜ、お前の悪事が分かってな」


 もはや悪事を暴かれて調子に乗っていた。

 激しく笑い出すと、悪びれもしない。

 そんな悪魔のような田中を前に、何故か佐藤も笑っていた。


「そうか。そういうことだったのかよ」

「ああ、そうだぜ! ははは、お前も終わりだな」

「そうだな。田中、お前達もな」


 佐藤はそう言うと、ポケットからスマホを取り出す。

 田中は瞬きをして凝視すると、ゆっくり口を動かす。


「なっ、スマホ?」

「今の音声、録音したからな」

「ろ、録音だと? そうだ。これでお前達も全員終わりだ。よかったな、これからは日影を見ることになるんだ、俺よりも深い日陰をな」


 今までの会話は全て録音していた。

 つまり最初からこうなることは予想していた。

 だからこそ、ずっとスマホの録音アプリを起動しておき、全ての悪事を記録したのだ。


「そ、それをどうする気だよ? や、止めろよ」

「全部バラしてやる。これでお前達はもう終わりだ」


「……ふざけんなよ。ふざけんなよ!」

「なっ!? お、おい、なにする気だよ」

「殺してやる。やっと手に入れたポジションだ。お前なんかに壊されてたまるかよ!」


 田中は佐藤の胸ぐらを捕まえようとする。

 けれどその手は佐藤の胸ぐらどころか、掠めることもできない。

 爪先から転がってしまうと、足首を捻って立てなくなる。


「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ、痛てぇ、痛てぇよ!」

「ざまぁみろよ。それがお前のやって来た罪の重さだよ」


 田中は自分から足を躓いてしまい、爪先から足首を捻ってしまった。

 その痛みから立てなくなると、絶叫を上げて部室の床で這いずり回る。


「待ってくれ。待ってくれよ佐藤、俺だって、俺だって注目されたかったんだよ」

「注目はされるだろ」

「えっ?」

「故意で事故を起こした陸上部員って、ネットニュースになるんだよ。注目されて、嬉しいだろ?」


 佐藤はそう言い残すと、田中を置いて部室を後にする。

 それ以来田中は陸上の舞台に二度と現れることは無かった。

 高校にも汚名が広がり、関係者が全員どうなったのかは、聞くまでも無いだろう。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

【短編】魔法少女は辞められない〜爪先の代償〜 水定ゆう @mizusadayou

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画