第3話 田中の爪先3
「どうだ?」
「どうだと言われましても、ここにはなにも無いですね」
ツキカは陸上部の部室に足を運んだ。
他校の部室なので、もちろん許可を取った。
田中が率先してくれたおかげで、無事に陸上部の部室に訪れたのだが、何も異変は無い。
「嘘だろ? うちの部の奴等ばっかりなんだぞ!」
「そうは言われましても、なにも異変はありませんよ」
ツキカは嘘を付いていない。
田中は呆気に取られてしまった。
やっぱりバカを見たのは俺だった。そう思っているに違いないが、ツキカも伊達に魔法少女としてのキャリアが短い訳じゃない。
「しかし、怪しい陰はありますよ」
「はっ?」
「陸上部全員ではないんですよね?」
ツキカも異変には気が付いていた。
怪しい魔力の流れが広がっていて、陸上部の部室を包み込んでいる。
否、内側にだけ広がっている。
「お、おうよ」
「どの辺りの生徒ですか?」
「どの辺りって、えっと、俺も五十嵐も飛高も右側のロッカー……でも瀬名はどうするんだよ? 女子だぜ」
ツキカは怪しんだ。
如何やら被害に遭っている生徒は全員、右側のロッカーの生徒。
右側にロッカーは三つ。左側だけがやけに多いのは、掃除用具が入ったロッカーがあるからだ。
「確か女子陸上部の部室は二階でしたよね?」
「ん? それがどうしたんだよ」
「ということは……すみません、少し開けさせていただきますよ」
この高校の部室は部室棟として独立している。
基本的に一階が男子生徒、二階を女子生徒が使うことになっている。
加えて上下で部活は揃っている。つまり、男子陸上部の部室の上の階は、女子陸上部の部室だ。
「もしかしすると」
掃除用ロッカーの扉を開けた。
中には案の定、掃除用具が入っている。
もちろんおかしなものは何も無い。のだが、随分と大きなロッカーだ。
「上が見えませんね」
「当り前だろ。うちの部でも佐藤くらいしか、天面には届かねぇよ!」
背伸びをしても上が見えない。
もちろん手を伸ばしても届かない。
仕方が無いので諦めようかと思ったが、ツキカは田中に頼んだ。
「少しだけ後ろを向いて貰えませんか?」
「なにする気だよ」
「少しだけです。すぐに終わりますから」
田中はツキカに言われ、仕方なく振り返った。
背中を向け一体何をする気か考える。
しかし次の瞬間、ツキカは声を掛けた。
「もう振り返っていただいて構いませんよ」
「いやいや、流石に早くないか?」
「そんなことありませんよ。それより、コレを見てください」
ツキカの手の中に見慣れない物が収められている。
一体いつ何処で手に入れたのか。
田中は顔を近付け凝視してしまう。
「なんだよそれ? お札か?」
「コレは呪符です」
「呪符?」
「誰かを呪うために用いられるお札ですよ」
手にしているのは真新しいお札だった。
その正体は人を呪い殺すために古来から使われているお札、呪符だった。
「の、呪う、そんなの冗談だろ?」
「冗談ではありませんよ。ですがこの呪符は随分と杜撰ですね。コレだと、人を呪い殺すなんてとてもできませんね」
それでも多少なりとも影響を与えることはできる。
命を奪うなんて真似はとてもじゃないができない。
けれど一連の騒動の原因は、非現実的ではあるが、この呪符が原因だ。
「少し調べてみましょうか」
「できるのかよ、そんなこと!」
「あまり得意ではありませんが、やってみますね」
ツキカは簡単に調べてみることにした。
けれど田中には見せないように、背中を向ける。
すると全身から真っ白な冷たい粒子が迸り、田中は目を奪われる。
「月夜の調べ」
ツキカは魔法を唱える。
すると両手の周りだけ衣装が変化した。
田中はそんなツキカを怪しむも、話し掛けられる雰囲気じゃない。
「なんか分かったのか?」
「……はい」
今の一瞬で何か分かったらしい。
田中は目を見開いてしまうと、ツキカは魔法を解く。
代わりに振り返ると、手にしている呪符を見せた。
「ここに指紋があります」
「指紋!?」
「これを照合すれば、きっと犯人が浮かび上がりますよ。少し時間をいただければ、犯人を特定して祓うことも可能ですよ」
ここからは犯人捜しのフェーズだ。
ツキカは如何するか田中に訊ねる。
しかし肝心の田中は顔色が悪く、表情を顰めて首を横に振る。
「いや、いい」
「えっ?」
「犯人は、もう判ってる」
田中は指紋を照合しなくても分かっていた。
何せ掃除用ロッカーを開ける奴は一人しかいない。
陸上部で最も背の高い男子部員。そんなの一人しかいなかった。
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