つま先を確かめる

白川ちさと

つま先を確かめる



 瑠宇るうちゃんには癖があった。



 靴を履くとき、必ずとんとんとつま先を立てて履けているのか入念に確認するのだ。それがスニーカーだろうが、ローファーだろうが、ブーツだろうが関係ない。両足とも必ず二往復以上はとんとんしていた。



 僕は瑠宇ちゃんの家の隣に住む幼なじみだった。そんな彼女のくせに気づいたのは、お互い中学二年生の冬休み。瑠宇ちゃんの家のこたつでぼんやり過ごしていた僕らは、初詣に行こうかと出かけようとしたときだった。



 そのとき、瑠宇ちゃんはまだ一往復しか、つま先をとんとんしていなかった。でも、玄関でスニーカーをとんとんする様子が、なんとなく気になった僕は尋ねてみる。靴ひもをしっかり結んでいたから気にする必要なんてないんじゃないかって。



 でも瑠宇ちゃんは、こうした方が安心するからと答える。なんでも、靴をちゃんと履けていなくて恥をかいたらしい。そんなこと誰にでもあるから気にしなくていいんじゃない。そう言ったけれど、こうした方が安心だからと瑠宇ちゃんは笑っていた。



 それから、瑠宇ちゃんが靴を履くときは気になるようになる。一緒に靴を履くときは何も言わないようにして、何度もつま先をとんとんするのを見ていた。



 僕らは高校生になった。家から通える同じ学校だ。真新しいブレザーの制服に少しサイズの大きめのローファー。やはり、瑠宇ちゃんは入念にとんとんしていた。スニーカーのときより随分様になっている。女子高生みたいだと言ったら、女子高生だよと瑠宇ちゃんはえくぼを作って笑っていた。



 瑠宇ちゃんは学校で上履きを履くときも、とんとんする。その間にクラスメイトは教室に行ったり、移動したりしていたけれど、僕は瑠宇ちゃんを待っていた。そのあとはすぐにそれぞれの友達のところに行くのだけど、ほんの十秒ほどの時間がなんとなく好きだった。



 高校ではずっと一緒に過ごしていたわけじゃなかったけれど、登下校は一緒にしたし、家にもお互い通ったりもした。



 だけど、大学では離れ離れになった。僕は上京し、瑠宇ちゃんは地元の短大に行くことになった。僕も瑠宇ちゃんも学業にアルバイトと忙しくなる。夏に実家に帰省しても、瑠宇ちゃんは合宿でいないということもあった。



 久しぶりに瑠宇ちゃんと再会したのは正月休みだった。薄っすらと雪が積もり、ちらちらと小雪も降っていた。大きなボストンバッグを持って駅から家へと歩く。駅に着いたときに、親には連絡していた。今夜は鍋らしい。



 一つ角を曲がると、僕の家がある通りだ。そこにグレーのコートを着た人影が見える。一瞬、誰だか分からなかった。長かった髪を肩までの長さに切りそろえている。髪色も変えて、薄っすらだけど化粧もしていた。



 まるで魔法をかけられたような瑠宇ちゃんだった。



 瑠宇ちゃんが歩いてきた僕に気づく。笑みを浮かべて、僕の方へと駆け寄ってきた。僕はぼうっとした気持ちになり、立ち止まってしまった。



 けれど、すぐに青ざめる。瑠宇ちゃんが目の前で雪に足を滑らせて転んでしまったのだ。大丈夫か、ケガはないかとすぐに駆け寄った。瑠宇ちゃんはどこもケガしていない大丈夫だと恥ずかしそうに言う。



 瑠宇ちゃんは見たことのないブーツを履いていた。ちゃんと履けているか確かめるかのように、瑠宇ちゃんはその場でとんとんする。顔は真っ赤だけど、僕に見られまいとしていた。もう履いているのだから、とんとんなんてしなくていいはずだ。



 僕はなんだかおかしくなって、手を差しだす。



「転ばないように手を繋ごう」



 家に着くまでの、ほんの十メートル。つま先を確かめるかのように、ほんの少しだけ気持ちを確かめ合った。




 おしまい

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