第2話 出逢いと別れ

 それから数年後、真央は『雪男ゆきお』と名乗る、色白で背が高く容貌の整った男と出逢いました。二人はたちまち恋に落ちて結婚し、二人の間には子どもが十人も生まれました。


 不思議なことに、雪男ゆきおは幾つになっても全く老いる様子がなく、真央と初めて出逢った時と同じように若く美しい美丈夫イケメンのままでありました。


 しかし、一つだけ違っていることがありました。雪男ゆきおは酷く毛深くなってしまったのです。


 真央は、山で採れた薬草で新しい薬を作り、治験のために夫の全身に塗っていました。


「これは、肌を艶やかにして、怪我も治してくれる軟膏なの」


 雪男ゆきおは、真央に言われるまま、寒さでカサカサになった肌や、山や畑でこさえた擦り傷に効くと信じて、その軟膏をいつも摺り込んでおりました。


 真央は、十人もの子どもを抱えてお金に困っていました。何せ夫は世にも稀な美丈夫イケメンです。欲望と情熱と勢いで、十人もの子どもをこさえてしまって、生活費の工面に苦悩していたのです。


 手っ取り早く儲ける方法はないか、そこで思いついたのは、毛生え薬の開発でした。いつの世も、毛生え薬の需要は絶大でした。


 作った毛生え薬を試さなくてはならない。身近にいたのは雪男ゆきおだけでした。しかし、残念ながらというべきか、美丈夫イケメン雪男ゆきおは、ハゲではない。美丈夫イケメンがズル剥けていてはいけないのです。


 従って、頭皮以外の皮膚で試すほかなかったのです。こうして、いつしか夫の雪男ゆきおは、ゴリラみたいに全身毛だらけになってしまいました。真央の作った薬は、効能抜群の毛生え薬だったのです。


 毛生え薬は、薄毛に悩む男性達に飛ぶように売れました。真央は、頭髪以外には使用しないように言い含めて、その薬を売りました。


 しかしそれを全身に塗って毛むくじゃらになってしまった雪男ゆきおは、村人の噂の的になり、気味悪がられるようになってしまいました。それどころか、子ども達にまで怖がられる始末です。


 ある夜、子ども達を寝かしつけた後、真央が言いました。外は猛吹雪で、戸口や窓に雪が強く吹きつけて、ガタガタと大きな音をたてていました。


「こんな吹雪の日には、十八歳の頃にあった不思議な出来事を思い出します。あの日、貴方にそっくりな美丈夫イケメンに出逢ったのです」


 雪男ゆきおの全身は顔も含めて毛だらけですが、顔のパーツだけは以前と同じく整っていたのです。


「その男は私の母親を、吐く息で凍らせて殺してしまいました。恐ろしい出来事でしたが、あれは夢だったのでしょうか、それとも雪男ゆきおとこだったのでしょうか……」


 真央がそう言うと、雪男ゆきおは突然立ち上がって叫びました。


「お前が見た雪男ゆきおとこはこの俺だ。あの時のことを誰かに言ったら殺すと、俺はお前に言ったはずだ。今すぐ、俺はお前を殺さなくてはならない。


 だが、ここで寝ている子ども達のことを思うと、どうしてお前を殺すことができようか。


 しかも、俺はこんな毛むくじゃらの身体になって、村人や子ども達まで俺を化け物扱いする。俺はもうここにはいられない。


 俺を実験台にして作った毛生え薬の売り上げで、お前と子ども達は何不自由なく暮らして行けるだろう。子ども達を立派に育てておくれ」


 雪男ゆきおは、自分が実験台にされていたことを知っていたのです。


 そう言い終えると、雪男は毛むくじゃらの身体で、大きな足跡を残しながら、雪深い山の中に去っていきました。降りやまぬ雪は、雪男の身体を真っ白に染めていきました。


 それきり、雪男の姿を見た者は無かったということです。


 おしまい

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何故雪女は美女なのに雪男は毛むくじゃらなのか 七月七日-フヅキナノカ @nyakosense

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