不幸な眠り姫は教師と出会う

蠱毒 暦

無題 託された男と残された妹

———あ、あの…もしも、私に何かあれば…妹を…絆の事を頼んでもいいですか?


「もしもなんて、そうそう起きないから…早く会いに行け。車に気をつけるんだぞ。」


卒業式。『彼女』を送り出したこの選択やその結末を、俺は一生をかけて、後悔し続けるだろう。


………


……



——生きて。


「………!」


目覚めた時点で分かる。私の体の調子は万全であり、今ならどんな事も出来そうなくらいに絶好調であると。


僅かな眠気に抗いながら、体を起こして腕についた点滴を外し、見知らぬベットの上で強張った体を伸ばしてから元気よく飛び出すように降りると、右足のつま先に何かにひっかかった。


それが机に置き切れなくて床に置かれていた山の様に積まれた…お見舞いの品だって分かった時には、時既に遅し。


「わわっ!?」


大きくバランスを崩し、思いっきり転んだ私の上から、大量のお見舞いの品々が降り注いだ。



——今日。朝食を食べていると、唐突に部屋に呼び出されて私の両親…父に言われました。


元々、私に腹違いの2つ下の妹がいた事や、それによって今日まで別々で離れて暮らしていた事を。あの子はきっとその事を知らないでしょう。


……



瀬戸せと きずな。元犯罪者も通っている私立 あい 巣栗無すくりーむ高校に通う高校1年生。入学式初日から交通事故に遭い、俺の家で療養生活を送っていた生徒が、冬休み前に行う終業式の今日…遂に学校にやって来ると連絡が入った。


「ひひっ…橋原はしはら先生。大丈夫そうです?」


机に置かれた彼女についての資料を改めて目を通していると、ピンク色のメガネをかけた痩せ型の中年を過ぎた男…1学年の学年主任を担当している隼人はやとさんが隣にやって来た。


「はい…俺は、どのような形であれ、等しくその生徒に合う様な明るく楽しい学校生活を送らせたいので。その為に今は色々と考えている所です。」


「にひひ……ここに異動されてからまだ1年目ですが、中々に面倒そうな生徒を掴まされましたな。」


俺は資料を閉じてから、ニヤニヤと不気味な笑みを浮かべる隼人さんを見た。


「互いに理解し分かり合おうとする心さえあれば大丈夫です。俺に出来る事はただ1-4組の担任として…生徒達が道から踏み外さない様に影で支える事くらいのものですよ。」


「ふひっ…真面目ですなぁ。果たして、この高校でいつまでそれが続くか見ものですが…困った事があったら、学年主任として相談には乗ってあげましょう…教員界隈では『大先生』と呼ばれる貴方には必要ないかもしれませんが。」


「それは過大評価ですよ…俺はまだまだ27歳の若造ですから。」


隼人先生が立ち去った後…俺は懐から黒髪黒目で左側につけた『桜の髪飾り』が特徴的な『彼女』が写った1枚の写真を取り出した。


「……瀬戸せと 沙織さおり。」


これは1-4組の担任としてではない。俺は…公立冬森ふゆもり高校、元3-3組の元担任として、絆に言わなければいけない事がある。



——今日が卒業式で、大切な日なのは分かってます。でも私は、今すぐにでもあの子…妹に会って、偽善かもしれないけど…抱きしめてあげたい。


住所等は既に父から聞いています。ここからそう遠くはありません…少し。ほんの少しだけでいいから、私に…妹と会う時間をください。そうしないと…卒業出来ません。私なりの、けじめをつけたいんです。


……



冷蔵庫の中に入っていた朝食を食べて、お皿を洗ってる時に誤ってお皿を割って右手を浅く切り…高校に連絡を入れて、私がいた部屋に戻って軽く部屋の掃除をしていると、今度は左足のつま先にお見舞い品が引っかかって再度転んだ後…置かれた鏡の前で改めて確認する。


「制服よし。バックの中身…筆記用具と書類と包帯や絆創膏もよし…一応、松葉杖も持っていこっと…よし、学校行くぞ!!」


短い赤髪の左側にベットの近くに置いてあった『桜の髪飾り』をつけて、鏡の前でにっこりスマイル…部屋を出て、玄関に置かれた鍵を持って外に出てドアを施錠し、久々な気がする外に気持ちが上がるのが分かった。


「あれっ…靴紐ほどけてる。」


邪魔だろうから路上の隅っこに移動して、私が軽く屈んで靴紐を結んでいると、スマホを見ながら運転していた自転車と正面衝突した。



——ありがとうごさいます。私、橋原先生が担任で本当に良かったです。


……



「…という訳で冬休みだからといって、はしゃぎ過ぎたりとかはしないように。」


『はーーい!!』


何故だ…何故。絆が来ない…朝の連絡では終業式が始まる時間帯で来る筈なのに。


ガラガラガラガラ…カチャ、カチャ。


「先生、すいません……遅れちゃいました。」


「……。」


生徒達や、俺ですら…絆の姿を見て、絶句した。


ボロボロで所々が血で滲んだ制服。


露出した肌には包帯が巻かれていて、顔には右頬と、額と、左耳に絆創膏が貼られている。


言ってしまえば、まるでハロウィンのミイラ男のような、出立ちで……それよりも。


「おい…その髪飾りは、」


「えーと…まずは、自己紹介からですよね。ちょっと失礼しますよっと。」


「…あ、ああ。そうだな。」


俺が壇上から降りると、右手で松葉杖をついて器用に壇上に上がり、教卓の前で立ち止まって白色のチョークで黒板で丁寧な字で名前を書いてから、ゆっくりと振り返った。


「皆さん、初めまして!私…瀬戸せと きずなって言います。短い間ですが、よろしくお願いします!!」


『………』


生徒達は何も言わないが。1番後ろに座る生徒…この高校に通う元犯罪者の1人である榎本えのもと 乱丸らんまるが口を開いた。


「へぇ…そんな状態で、休めばいいのに終業式なのに登校するなんて変わった奴だ。こんな退屈の極みである学校が好きなのか?」


「あはは…お恥ずかしながら、その通りです。いっつも怪我ばかりして、殆ど学校に通った事がないので…えっと、羨望といいますか。」


「そ。」


榎本が素っ気なく返事すると、両手で机を強く叩いた。


「容姿如きで何怯えてるんだよ。傷だらけなのにわざわざこうして高校に来た奴だぞ?興味深さの極み…分かり易く言わば、ツッコミどころが満載な上物だ。質問して情報を引き出してやらなきゃ、こっちが失礼ってもんだろう。」


『……』


それがきっかけとなり少しの沈黙の後、生徒達が、口々に絆へ質問をし始めた。



好きな食べ物は?


「スーパーにあるような惣菜パンです。レンジで温めるだけなので、不注意で怪我もしにくいのも好きな理由なのかも。油断すると舌を火傷しちゃいますけどね。」


テレビは何見てるの?


「基本ニュースばっかりですけど、アニメも観てますよ。どんなに怪我しても次のパートでは無傷だなんて…架空の物語とはいえ、すっごく憧れちゃいます。」


好きな音楽のジャンルは?


「意外かも知れませんが、ロックをよく聴いてまして、1度くらいはギターとか弾いてみたいんですけど、指を切りそうで…あはは。」


好きなタイプは?


「えっ…こんなドジな私でも、愛してくれる人なら……」


それからしばらくして、榎本が手を挙げた。


「やっぱり物怖じして踏み込まないか。ならば代わりに質問しよう…ここに来るまでに何があった?」


反応次第では止めようとも思ったが、絆はかすり傷のある左頬をポリポリと掻きながら、笑顔で説明を始めた。


「いやぁ…お恥ずかしい限りなんですけど、学校に行く為に外に出たら自転車に轢かれて…あ。私の家は、この高校から少し遠い場所にあってですね。今日はバスに乗って行こうとしてたんですけどそれがジャックされまして。これについては乗ってた男の人がなんとかしてくれたので良かったんですが、その後が大変で…私の容姿から今度は近くの山奥にある館の殺人事件の容疑者として、勘違いされちゃいまして…その館に偶然居合わせていた、車椅子に座った探偵さんがいなければどうなっていた事か。そこから助けてくれた恩を返す為に、探偵さんのお手伝いさんとして昼波市へ……」


……30分後。


「…ふ。だそうだ。何か言うなら今だぞ。」



『いや、もう家帰れよ!!!』



長々としたちょっとした冒険譚を集中して聞いていた生徒は口を揃えて、絆にツッコミを入れた。


「え…ええ?でも連絡もしたから、流石に帰る訳には…」


さっきとは打って変わって…わいわいと生徒達と談笑をする様子を見ながら、俺は時計を確認して…


「…名残惜しいだろうが、もう下校時間だ。続きは始業式にやってくれ。」


『えーーー!!!』


生徒達からの不満げな声を聞いて、苦笑いを浮かべながら、内心では…とても安堵していた。


「きず…瀬戸と色々と話をしなきゃだから……頼むよ。よし榎本…号令。」


「これからって時に…まあいい。起立。」


『さよーーなら!!』


号令を終えて生徒達は皆、教室から出て行く。その中、瀬戸は黒板に書かれた字を消したり、教卓で日直の仕事をしていた榎本に絆は声をかけた。


「あのっ!さっきは…ありがとうございます。」


「…何の話かは知らんし、知っていたとしても興味もない…が。また始業式で会おう。」


「はい。榎本くん、さようなら!」


「……ふん。」


ぷらぷらと手を振りながら、日直の仕事を終えた榎本は教室の扉を閉めると、絆は深く息をついた。


「あはは…すいません。私の席って何処ですか?そろそろ、立ってるの…疲れちゃって。」


「…榎本の席の隣だ。机をずらして通り易くするから、少し待っててくれ。」


さっきまで賑やかだったこの教室には、俺と絆の2人しかいない。


「!?いえいえ、そこまでしなくても…うわっ!?」


「っ、危ないっ!!!」


道幅が狭いのに、無理して行こうとして転びかける絆の体を、前方から支えるのが何とか間に合った。


「へ…平気か?」


「大丈夫です。橋原先生……あ、あの。」


「すまんっ、そんなつもりじゃ……っ。」


高校生の平均としては、小さい絆の胸に両手で触れていた俺は、絆の不安定な体勢をちゃんと安定した状態に戻し、すぐに手を離した。


「ご、誤解なんだ…その、そんなつもりじゃなくてだな。」


「あ、あはは…何だか夢でこんな事があった様な気がします。トラックから私を助ける為に、黒髪の綺麗な人が走って来て…みたいな?」


さっきまで動揺していたのに、急速に思考が冷めていくのが分かる。


(それは、きっと……)


「……。」


「え、あ。すいません変な事言っちゃって…やだなぁ…私。えっと…席、ここで良いです?」


「…そこでいい。」


俺は適当な椅子を、絆の座っている席の前に置いて座った。


「話って…入学手続きとかですよね。でも…それは、ちょっと…というか、見ての通り、ここに来るまでバックを無くしてしまって…後日とかにしてくれると…助かるんですが。」


「それは後日でいい。なあ、きずっ…瀬戸。その髪飾りについてだが。」


「これですか?私のベットの近くに置いてあったから…あれれ、どうしてつけたんだろう。」


(やはり、交通事故の時の記憶はない…か。)


「どうしました?先生…顔色が悪いような…」


「……。」


これは本来、彼女が言うべき事だったもの。無関係なただの教師に過ぎない俺が…この事を言ってもいいのだろうか。



——もしも、私に何かあれば…妹の事を頼んでもいいですか?



(っ、日和るな俺…俺は彼女に信頼されてたから絆の事を、彼女に託されたんだろ!!!)


「………瀬戸。これから別件で、大事な話をする。ちゃんと聞くように。」


「え、はい…何だろう……」


俺は絆に語った。


交通事故による精神的なダメージで8ヶ月間、植物状態だった事から絆を突き飛ばしたのが、絆の腹違いの姉で、その姉が俺の元教え子だった事まで…全てを洗いざらいぶちまけた。


「「…………」」


誰も言葉を発さない。ただ時計の秒針の音だけが聞こえる。


数分後、その沈黙を破ったのは絆だった。


「…先生。誰かを庇って突き飛ばした時、突き飛ばした側って普通は『危ない』とか言うじゃないですか。でもあの時、『生きて』…って言われて、その理由が…やっと分かりました。」


「……」


「夢で見てた綺麗な黒髪の人…あの方が私の姉だったんですね。」


俺はポケットからハンカチとティッシュを出して机に置いてから、立ち上がった。


「話は以上だ…もう帰ってもいいぞ。」


「……。」


教室の扉を閉めて、その場で立ち尽くしていると、少しして…啜り泣く声が聞こえ始めて…俺は拳を強く握り、足早にそこから立ち去った。


……



放課後。何度も何度も躓いては…傷つきながら私は私がいた家に帰って来て、傷の手当をしてから、味噌汁の良い匂いが漂う台所を見に行くと…そこには。


「えっ?先生…どうして…」


「やっと帰って来たか。手洗いうがいはしたのか?着替えや風呂は…後でいいか。今、晩飯を用意してる。悲しい事があったら美味しい手料理を食べれば良い…よく俺のお袋がそう言っていたからな。」


私の家に侵入してエプロン姿で先生が料理を作っているという事実に困惑していると、先生はハッとした表情になった。


「とっくに気づいてたと思っていたけど、まさか、気づいてなかったのか…ここが俺の家だって。俺の部屋とか外にある表札とか、見なかったのか…?」


「……ふぇ?」


ハンバーグを焼きながら、面倒そうに顔を顰めた。


「説明すると、長くなるから、端的に言うが、きず…瀬戸が交通事故に巻き込まれた時、植物状態になったからって殺そうとしたのを、俺が金とか元教え子達のコネとか諸々使って保護した。両親の承認は既に得ているから、特例処置で瀬戸の親権は俺が持っている。」


「そんなドヤ顔で言われても…えっ、つまり…先生がお父さんという事です?」


「きずっ…瀬戸が独り立ちするまでだが、そうなる。」


「どうして、そこまで……ドジな私の為に。」


2人分のお皿に料理を盛り付ける手が止まった。


「託されたんだ。きず…瀬戸の姉に。教室で言わなかったか?」


「いや、まあ聞きましたが…でも、面倒そうとかは思わなかったんですか!?」


先生は考える素ぶりもせずに、こう言った。


「面倒…か。交渉する時とか確かにそう思ったけど、教え子からの大事な頼まれ事をされるなんて教師として…1人の人間として頼られてるんだなって感じられて、なんかこう嬉しいんだ。嫌…だったか?」


私が何も言えずにいると、代わりに私のお腹が鳴った。


「………とりあえず、早く夜ご飯食べちゃいましょうよ。私、お腹空いちゃって……」


「よし分かった。きず…瀬戸は松葉杖だから先に座ってて…」


「もう、絆でいいですよ……お、お父さん。学校からずっとそう呼びたそうにしてたじゃないですか。」


お父さん呼びに少し動揺して、誤って熱された鍋を手で直接触れて悶絶しているのを見てから私は席に座って待っていると、先生が私と先生の分の食事を持って来て、私の前に座った。


「あー……それ、学校では絶対言うなよ。揶揄われるから。」


「えぇ、どうしようかな…ぎゃぁ!?そ、それは虐待ではないでしょうか!!」


「おっとすまん、つい教育的指導で右足が滑ったんだ…ぐぁ!?何を…」


「あ。ごめんなさい…私の左足が———」



俺/私はまだまだ未熟な教師/子供だから、それが果たして良かったのか。或いは悪かったのかが分からない。でも…これだけは分かる。


絆が目を覚ます前に、俺が目を逸らしたくなるくらい、悲しくて思い出せば泣きたくなる物語を終わせて


私が目覚めたら、親になった先生と食事中にしょうもない言い争いから、お互いのつま先を踏み合って笑い合う




心も体も傷跡やら生傷だらけの、新たな物語がここから始まるんだなってね。


                   了


















































































































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