雪月花
七雨ゆう葉
雪・月・花
しん、しん、とか
「どうしてわかったの?」
「どうしてだろうね」
とぼけて見せた彼女の唇は、十二月末の寒空と類似して見えた。
「きっと」
「わたしは雪、だから」
言い終えた直後、少々慌てた様子で「なんてね」と付け足し、彼女は僕の手を握ろうと手を伸ばした。絡めた手は暖かく、けどそれはどちらの体温によるものなのか。思慮する傍ら僕は再び窓の外を眺め、こちらの表情など見えていないと知りながらも隠すようにして声を押し殺した。
来年は――。春が来たら――。
彼女に向ける枕詞は、もはや口癖のようになってしまっていた。自覚していながらも、対する彼女もすべてを包括するように何も言わず、一笑と首肯を繰り返す。
「
「みづき? ああ、元気だよ。年末でもあって、今仕事が忙しいみたい」
「そう。でもそれを言うなら、あなたもでしょ」
「いや。まあでも、深月ほどじゃないよ」
深月は僕の大学の後輩。と同時に、彼女の勤めていた会社の後輩という不思議な繋がりを持つ、一つ年下の女性。それぞれに共通の縁もあり、プライベートで当時頻繁に、今ではこの病室で度々顔を合わせていた。
一方僕の知らないところで、彼女は深月と連絡を取り合っていたらしい。知っていながら僕は、それ以上は聞くことはしなかった。
「じゃ、行こうか」
レバーを外し、彼女の要望に応えるべく部屋を出る。前回よりも軽くなった背中、首筋、後頭部から、嬉しそうな表情が伝播した、そんな気がした。
冬空の下、見上げる僕たちの前に降り注ぐ白雪。終始瞑目したままの彼女は手を伸ばすと、しわがれた白い手の甲にピタリ、ひとひらの雪が漂着した。
「私、だね」
僕は「うん?」と答え、ただひたすらに同じリフレインを続けることに徹した。
やがて白銀に染まる視界。童心に返ったように綻ぶ彼女とは対照的に、僕にはその一粒一粒は雨のように冷たく、そして、温かかった。
◆ ◆ ◆
「サクラだ! ねえ、サクラ!」
勾配のある小さな丘の上、舞い落ちる花びらに吸い寄せられるように右往左往しながら、まだまだ未発達な手足をバタバタさせはしゃぎまわる。
「おーい、
そんなに動き回ったら危ない、そう言い放とうと立ち上がった直後、差し伸べられた細い腕。すぐさま察知し別方向から現れた妻に抱きかかえられながら、母娘は共に破顔を咲かせながら向かってくる。
春。心地よい快晴の下、流れる東風に乗り一枚の花弁が手の甲にピタリと着地し、僕はふと思い出した。
「わたしは雪、だから」
あの日の言葉。あれから何年経っただろうか。
けど、それは違うよ。
君は雪じゃない。
雪のようだなんて。いずれ雪解けのように、はかなく溶けて消えゆく恋だなんて。
僕たちは決して、そんなものじゃなかった。
忘れない。だから、君も。
小春を降ろしお待たせと告げると、深月は娘と共にハミングをしながら用意した敷物を広げている。
君がいたから、今がある。
君と出会って、彼女と結ばれて。そして。今こうして、家族になって。
「パパ、何してんの! 手伝ってよおーっ」
――――う。
言葉にはしないままに、僕は春空を仰いだ。
了
雪月花 七雨ゆう葉 @YuhaNaname
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