最初からクライマックスなポンコツ雪女さん、令和の空に散らない

初美陽一

何て切ない恋物語フフッなんだ……

 ある日、マンションの五階に住んでいた〝湯木ゆき とおる〟の部屋に、ベランダから闖入者ちんにゅうしゃが現れた。


 五階なのになぜ、ありえない、と怯える融に、近代には珍しい白一色の和服を纏った闖入者は、その身から明らかに異常な冷気を吹き付けながら告げる。


「私は、……貴方に、問います。良いですか、心して答えなさい……」


 雪女、伝承の妖怪、そんな非現実的なことを告げられても、既に異常なるこの状態では、信じてしまう他にない。

 何より、その透き通るような怜悧なる美貌が、澄んで水色に見える長髪が、あまりに浮世離れしすぎていて、いっそこの世ならざる者と言われた方が、説得力がある。


 異様なまでの冷気に、恐れに――そして美しさに、震える融へと。


 雪女は――うやうやしく、問いかけた――



「貴方は、この私の正体が……雪女と知っても、それでも、愛し続けることが出来ますか……? 恐れず、その腕に、抱きしめることが出来ますか……?」


「――――――!!」


「どうなのですか……出来るのですか? それとも、出来ないのですか……? さあ……お答えなさい……!」


「ッ、ッ……! ちょ……ちょっと、待って……待ってくださいっ……!」


「……ふう、どうやら出来ないようですね……ならば、仕方ありません。悲しいことですが、今すぐ貴方を氷漬けにして――」


「そ、そうじゃなく、あ……あのですねっ……!?」



 震えに緊張感まで入り混じる中、融は冷気にかじかむ口から、辛うじて質問を発する。



「お、俺と、雪女さん……これが、初対面ですよね? 初めて会う人……妖怪さん? に、いきなりそんなコト言われても……心の準備が出来てない、っていうか……」


「……………………」


「ッ。は、はあッ、はあッ……あ、あの……」


「――――や」


「!? は……はあーッ、はあーッ……な、何を……何を言おうと……!?」



 恐れおののく融に――雪女が、発した言葉は――!


「やっば~~~! そいえばそーだった! 私、一回も話したことないじゃ~ん!? うっうわーっ恥ずかしッ!」


「!? !!? !!!??」


「ああも~っ突っ走っちゃった、ついヤッちゃった、フフッ、やば、顔熱っ。恥ずかしすぎて溶けちゃいそオォォオォァァァァ」


「ヒィンッ!? マジで溶けてヒィンッ!!?」


 固い表情が解けると言うことはあるが、物理的に溶けるとは、これ如何いかに。


 さて、溶け落ちそうになった美貌を改めて固め直した雪女が、こほん、と咳払いしつつ改めて言う。


「こほん。こほん、こほんこほんっ。えー、すみません、何やら不幸なすれ違いがあったようで……では改めて、仕切り直すことに致しまして」


「あ、は、はい……じゃ、お引き取りいただいて……」


「とりあえず、雪山で遭難してくれません?」


「初対面でいきなり遭難を求められます!? 俺の命がクライマックス!」


「でもやっぱ、雪女ってそんな感じじゃないです? そこから始まるのが、美しくも儚い雪女と、矮小わいしょうなる人の子のドラマっていうか」


「すげぇ下に見てくるじゃん! そんな俺と何でドラマとか言い出したんスか!?」


「去年の冬頃、スキーしてた貴方を見てから……一目惚れでした」


「一目惚れ相手に矮小とか言えちゃうタイプか、震えちゃうね……て、ていうかそうだったんですか、何か……照れますね」


「そうですか。……フ、フフッ、なにこれ、気恥ずかしいっていうか、なんかこう、むずがゆいっていうか……体が熱オオオェァァァァア」


「ウワァァァッまた溶けてる!? この瞬間が怖すぎるッ、ヒィンッ!?」


 再度、溶けだした雪女が、また改めて体を形成し直し、咳払いして続ける。


「こほん。こっほほーんっ。さて、それでは改めまして……貴方には今、彼女さんとかいらっしゃいます?」


「急に俗世じみてきましたね……で、えっ。い、いませんけど、それが……?」


「彼女はいないけど実は既婚者でした~、とか言いませんよね? だとしたら氷漬けですよ?」


「すぐ凍らせようとすんのやめてくれません!? 結婚もしてないですよ、大学生ですし俺!」


「ほほう、大学生……いいじゃん。いえ、いいですね……見たところ、ひとり暮らしのようですし、なるほど……」


「な、何がなるほどなんですか?」


「では、とりあえず……私を真実の愛をもって抱きしめてみませんか?」


「いえですから、初対面で真実の愛も何もないですって! ていうか、何でそんなコトいきなり!?」


「真実の愛をもって抱きしめることで、雪女は人間になれるとか何とか」


「うしお〇とらか!」


「漫喫で読みました」


「うしお〇とらじゃねーか! ていうか漫喫とか利用するんだ、雪女……」


 身分証とかあるのかな、どうなんだろ……まあそれはさておき、雪女は更に告げる。


「まあそんなわけで……雪女らしく、こちらに住まわせて頂きますね。よろしくお願いします……あっ、貴方のお名前は?」


「名も知らず押しかけてきたんスか!? いやその、〝湯木 融〟ですけど、それが何か……」


「えっ。……私、ユキって名前なんですけど……それじゃユキユキになっちゃうじゃないですか、Vtuberか何かかよ。ちょっと改名してきてくださいよ」


「初対面で同棲どころか、改名まで求められる始末!? てか結婚まで視野に入れてるんですか!? クライマックスにも程がある!」


「えっ。……ちょっヤダ~、恥ずかしいじゃないですか、やめてくださいよ~! はあ~何かもうそんなこと言われたら、体がホットにオオオオアアアアア」


「ウワアアアアまた溶けてるぅぅぅ!? 戻して、戻してェェェ!?」


 こうして。


 押しかけてきた雪女ことユキは、令和の空に特に散ることもなく。


 想い人と同棲生活を始めることにしたのだ――!(強制)



 ~ ちゃん★ちゃん ~

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