第13話 決断の刻

銃声が建物の外から響き、ジウンの心臓は凍りついた。チェが拳銃を構え、扉の前で身構える姿は、これが最後の闘いであるかのような覚悟を漂わせていた。


「ジウン、ここから出ろ。裏口に非常階段がある。それを使え。」

チェはジウンを振り返らずに言った。その声は冷静だが、どこか別れを告げるような響きがあった。


「行かない!私はあなたを置いて逃げるつもりなんてない!」

ジウンは必死に声を張り上げたが、チェは振り向きもしない。


「このデータを守ることが最優先だ。俺のことは気にするな。」


記者がジウンの肩を掴んだ。


「彼の言う通りだ。このデータが外に出なければ、全てが無駄になる。」


ジウンの頭は混乱し、体が震えた。逃げるべきだと理解しながらも、チェを残して行くことへの罪悪感が胸を締め付ける。


「チェさん……絶対に戻ってきてください。」

そう言うのがやっとだった。


チェは短く頷き、「必ず」とだけ言葉を残した。


ジウンと記者は裏口の非常階段に向かい、足音を殺しながら階段を降りた。外の銃声はますます激しくなり、建物全体に緊張感が充満していた。


「急げ、奴らがここに気づくのも時間の問題だ。」

記者がジウンに言う。


非常階段を抜けると、薄暗い裏路地に出た。ここには敵の気配はないようだが、ジウンはまだ心臓の鼓動が速いまま収まらなかった。


「車がある。そこに向かおう。」

記者が路地の奥を指差した。


ジウンは息を切らしながらも必死で走った。靴の中に隠したUSBメモリの感触が、冷たく重く感じられる。この小さなデバイスが、多くの命を救う鍵となる。その責任の重さが彼女を動かしていた。


一方で、チェは扉の前に身を潜め、敵の侵入を待っていた。外からの銃声が近づき、やがて扉が勢いよく開け放たれる。


「そこだ!」

スーツ姿の男たちが飛び込んできた瞬間、チェは冷静に引き金を引いた。弾丸が一人の男の肩を貫き、男は呻き声を上げて倒れ込む。


「ここを通したら終わりだ……。」

チェは低く呟き、次々と敵の攻撃をかわしながら応戦を続けた。


だが、彼の弾薬も残り少ない。敵の数は圧倒的に多く、彼が立ち向かうには限界が見えていた。


「時間を稼ぐだけでいい……ジウン、逃げ切れよ。」


ジウンと記者は車に乗り込み、エンジンをかけた。車が路地を抜けると、背後から再び黒いSUVが現れた。


「追いつかれた!」

ジウンが叫ぶ。


「落ち着け。これから安全な場所に向かう。」

記者は冷静に言ったが、ハンドルを握る手がわずかに震えているのが見えた。


SUVは距離を詰めながら、ジウンたちの車を激しく追い立てた。ジウンは窓越しに振り返りながら、冷や汗が頬を伝う。


「チェさんは……どうなるんですか?」

ジウンが小さく呟く。


「彼はプロだ。俺たちに時間を与えるために命を懸けている。」

記者の言葉が、ジウンの胸に突き刺さる。


ジウンたちの車は、郊外の小さな倉庫にたどり着いた。ここは記者が事前に準備していた安全な隠れ場所だった。


車を止め、二人は急いで中に入る。ジウンは扉を閉めると、崩れるように座り込んだ。


「これで……本当に終わるんですか?」

ジウンの声は弱々しかった。


記者はUSBメモリを手に取り、真剣な目で彼女を見つめた。


「これを世に出すことで、多くの命が救われる。そして、亡くなった人たちの死が無駄にならない。それを信じるしかない。」


ジウンはその言葉に小さく頷いた。だが、心の中ではチェの無事を祈ることしかできなかった。


倉庫の中で、記者はパソコンを起動し、USBメモリの中身を確認し始めた。画面には、貨物機の積荷リストや事故当日の詳細な運航記録が表示される。


「これだ……間違いない。」

記者が呟いた。


そのとき、外から車の音が近づいてきた。ジウンは再び緊張し、体が硬直する。


「まだ追ってきたの?」

彼女が恐る恐る尋ねる。


記者は冷静さを装いながら、データの送信を開始した。


「これが送信されれば、彼らももう手を出せなくなる。」


倉庫の外では、SUVが止まり、複数の男たちが降りてくる気配がした。ジウンは扉の前で震えながら立ち尽くす。


「間に合うの?」

ジウンの声に、記者は強く頷いた。


「あと少しだ……守り抜け。」


次回予告


ついに真実を世に広める手段を手に入れたジウンたち。しかし、敵は最後の手段に出る。データ送信が完了するまでのわずかな時間、ジウンと記者は命を懸けてそれを守らなければならない。そして、その最中に訪れる衝撃の結末――。次回、すべてが明らかになる。

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2025年1月11日 12:00 毎日 12:00

『最後方の奇跡』 湊 マチ @minatomachi

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