雪(彼方よりきたりて短編)

伊南

第1話

「……よし、かまくらを作りましょう」

「は?」

 あと数日で年の瀬を迎える、ある日のこと。

 王宮の窓の外、降り積もった雪を見ながら突然の発せられた言葉にエルナトは目を丸くして主人を見る。一方、主人──アリアは「あっ、通じないか……」と小さく呟いてからエルナトへ向き直った。

「えっと、かまくらっていうのはですね……雪を使って作るドーム型の……半円型の小屋みたいな……」

 身振り手振りでかまくらを説明しようとするアリアに対し、エルナトは僅かに首を傾げる。

「……イグルーの事ですか?」

「イグルー………………あっ! そう! それです! ちょっと違うけどそういうやつです! ……って、それはあるんだこの世界……」

 後半、若干視線を落としながらアリアはぼそっと呟きをもらした後。こほん、と咳払いをしてからエルナトに向き直った。

「かまくらはイグルーみたいにがっちりした作りじゃないんですけど、形は似たような物ですね。これだけ雪が積もってますしかまくらを作って、ベテル様とリゲル様も誘っておしるこを食べましょう」

「おしるこ……」

 アリアの言葉をオウム返しに呟きつつ、エルナトは先日彼女が「やっと出来たー!!」とはしゃぎながら振る舞っていた食べ物を思い出す。

 おしるこは柔らかいが少し弾力のある不思議な食感をしたオモチという物を、豆から作るアンコという食材をスープに溶いて一緒に煮込んだ食べ物だ。……スープは黒くて最初びっくりしたけれど、とろりとしていて上品な甘さがあり、オモチと絡めて食べるとすごく美味しかった。……そういえば、食べた後でシリウスがアリアに作り方を聞いていたな……。

 それを思い返していたエルナトがふっと視線に気付いて顔を上げれば、アリアはニマニマと含み笑いを浮かべてこちらを見ている。

「……シリウス様も呼びます?」

「呼び……んんっ! 呼び、ません。結構です」

 リゲルから休みをもらって実家に戻っている婚約者の名前を出され、つっかえながらも断りを口にしたエルナトに「遠慮しなくて良いですのにー」とアリアは笑みを浮かべたがそれ以上は何も言わず。

「じゃ、かまくら作りに行きましょう!」

 と、エルナトを引っ張って王宮の外へと出た。


 ……そうして、三十分後。

「よし」

「……………………」

 ふー、と満足そうに声をもらすアリアの横、置き台に乗せたおしるこの鍋を持ったエルナトは唖然とした表情でかまくらを見上げていた。

「どうしました?」

 首を傾げるアリアの言葉に、エルナトは若干呆れの混ざった視線を向ける。

「……いえ……何か作り方が想像と違ったので……」

 それに対してアリアは気にした様子もなく「あー」と声をもらして笑った。

「一から十まで手作業でやるのも良いんですけどねー。今回はほら、二人しかいなくてそこまで時間もありませんし……」

 かまくらを手作業ではなく魔法で作った言い訳を口にした後その中に入って行く。エルナトも続いて中に入り、指定された場所に置き台ごと鍋を置けば、アリアは置き台の窪みに魔宝石をいくつか入れて手をかざした。

 ……しばらくして、置き台を中心にじんわりと暖かさが伝わってくる。どうやら入れた魔宝石は火炎石のようだ。薪で起こす火と違い火炎石は温度調整がしやすく火事などの心配もないという事もあり使い勝手のいいアイテムの代表格でもある。難があるとすれば高価なものである事だろうか。

 暖かくなっていくかまくらの中、アリアは鍋の蓋を開けて中身をおたまでかき混ぜて──ほかほかと白い湯気が立ちのぼり始めたところで手を止めてエルナトの方を見た。

「すみません、ベテル様達を呼んでくるので鍋を見てもらっていてもいいですか? すぐに戻りますので」

「判りました」

 頷きながらおたまを受け取ったエルナトに微笑んだ後、アリアは入口をくぐってかまくらを出て行く。

「…………」

 残されたエルナトは鍋の前に座っておたまでスープをかき混ぜていたが……僅かな時間、少しだけ手を止めて。小さく首を横に振ってから再び手を動かしていた。


 ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆

 

「……わ、すごいねぇ」

 かまくらの外から不意に聞こえた声にエルナトはハッと顔を上げる。

 視線の先、入口から中に入ってきたのはベテルとリゲル、アリアだった。エルナトは体をそちらに向けて深く一礼した。

「お待ちしておりました」

「こんにちは、エルナトさん。今回はアリアに付き合ってくれて有り難う」

 ベテルは柔らかく微笑み、腰を降ろしてその場に座る。それに続いてリゲルやアリアも鍋を囲むようにして腰を降ろした。

「年末で忙しい日が続いてますが、甘い物を食べてあと少し、乗り切りましょう!」

 アリアはニコニコ笑いながらおしるこを容器によそってそれぞれに手渡し、全員におしるこが行き渡ったのを見てから「いただきます!」の声が上がる。

「……うん、甘くて美味しい。しかしこれはまた面白い食べ物だねぇ。どうやって作ったの?」

「あ、これはですね……」

 一口食べた後にベテルがアリアの方を向き、彼女はそちらへ体ごと向き直る。笑顔で説明するアリアを見ながらベテルは目を細めて優しい笑みを浮かべており、傍目から見れば仲睦まじい二人だ。

 

「……しかし、かまくら、だったか? イグルーより強度はなさそうだが簡易型の避難所としては良さそうだな」

 おしるこを食べながらリゲルがぐるりと中を見回す。それに対しアリアが「あ」と言ってそちらを見た。

「かまくらは元々、私のいた世界の雪の降る地域で行なっている水神を祀る祭壇が起源のものなので……避難所にするには難があるかと思います」

「そうなんだ」

 リゲルの言葉に対しての発言だったが、それに反応したのはベテルだった。うーん、と言いながら考え込むように顎に手を当てる。

「でも吹雪遭遇時に作れれば一時的な避難所として使えそうだよね。イグルーだと組み上げが必要だから時間かかるし……魔法で作れるなら、水魔法を併用して水をかけながら雪を積めば強度も上がるんじゃないかな」

「いえ、魔法でかまくらを作る場合は雪を積む操作と雪を押し固める操作の二つが必要なので……更に水魔法を使用するのは難しいです」

「あぁ、確かにそれは無理だねぇ。でも出来るようになったら遭難しても生還率が上がるし……何かないかなぁ」

「そうですねぇ……」

 うーん、と言って腕を組み、二人は考え込み始める。

 一方、そんな二人を見ながらエルナトとリゲルは苦笑いを浮かべた。

 

「休憩が休憩になってませんね」

「……ま、公務とはちょっと違うし……兄上らしいっちゃらしいけどな」

 エルナトの呟きにリゲルはそう返した後、残っていたおしるこのスープをぐっと飲み干してから彼女へ顔を向けた。

「そういえば年末には家に戻ると言ってなかったか?」

「はい、明日レオニス領に一度戻って、年明けにまたこちらに参ります」

「そうか」

 軽い会話を交わして、リゲルは少しイタズラっぽい笑みを浮かべる。

「……カノープス領には行かないんだな?」

「………………年明け、ベテル王への謁見でシリウスもこちらに来ますし、休み明けには学院も始まりますから、今回は行きません」

 二呼吸ほどの間を置いて淡々とした口調で言葉を返したが、彼女の顔を見たリゲルは変わらぬ表情で笑い。

 エルナトは視線をおしるこの容器に落としてからおもちを食べ、残りのスープを飲み干した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

雪(彼方よりきたりて短編) 伊南 @inan-hawk

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画