第2話 私は身バレなんてへっちゃらだよ
俺の勤め先の水産試験場と実家は電車で1時間半ぐらい離れている。
通って通えないことはないが、実家から離れてアパートで暮らしてる。
【太郎】今まで、月1ペースで帰省してたけど、この先は毎週帰省することにするよ
【みのみの】私の家は、どちらかというと太郎さんのアパート側なんです
【みのみの】ですから、時々遊びに行っていいですか
積極的な人だな。
父さん母さんそんなこと言ってたっけ?
【太郎】掃除しておきますよ
【みのみの】掃除も好きですよ
【太郎】ま、それでもね
あの手の本とかは捨てよう。ちょっと惜しいけど……
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
結局週替わりで俺の実家とアパートで会っている。
2度目の帰省で、初めて
もちろん、美乃さんのおとうさんおかあさんに挨拶するということでとっても緊張した。
結果は、大歓迎された。美乃さんはいつにもまして積極的だし、いつのまにか客間に布団が二組敷いてあるし……歓迎されすぎ。
今までの、年齢=彼女いない歴はなんだったんだ?
ところで、美乃さんがアパートに来るときは、何かしら料理をタッパーに詰めて持ってきてくれるんだけど、これがめちゃくちゃ美味い!
で、今回も美乃さんがアパートに来たんだけど、何と台風が急に進路を変えてこの地域を直撃するということになってしまった。
早々に電車が止まって……
一応、買ってあるんだけど……
…………
「美乃さん」
『美乃って呼んで』
「美乃、俺……美乃と結婚したい」
『うれしい』
美乃の肌は、石鹸とも香水とも違う匂いがしてた。
ハマグリの匂いに近いような気がするけど……??
「美乃、俺のところに来てくれてありがとう」
『太郎こそ、生まれてきてくれてありがとう』
『ねえ』
…………
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
目が覚めた。
あれ、美乃は?
キッチンで音?
『あ、太郎、おはよう。朝ご飯できてるよ』
『おはよう、美乃。ごはん作ってくれたんだ』
『「いただきます」』
『美味しい?』
「すごい美味しい。美乃が持ってきてくれるおかずもすごい美味しかったけど、作り立ての料理は本当に美味しいよ」
『ありがとう。太郎に喜んでもらえてうれしい、生きてて良かったと思う』
『台風一過、いい天気』
「朝チュン?」
『フフフ』
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
何度目かの美乃のお泊りの時。
ちょっと早く目が覚めてしまって、キッチンに行くと……!
美乃の手がみそ汁の中に入ってる。
「み、美乃! やけどしてないか」
『大丈夫よ』
「そんなことないだろ……えっと救急箱は」
『もういいかな』
?
『私の体はコハク酸のかたまりなの』
?
「え? コハク酸……って貝だしの成分」
『そう』
『だから手を水に漬けただけでコハク酸を滲出させることができるのよ』
??
「ちょ、何言ってるの?」
『混乱するのも無理はないけど……じゃあもう一つカミングアウト。私はホンビノスガイなの。正確には魂と身体機能の一部が溶け込んだ受容体』
!
『太郎は覚えてない? ずっと昔、大時化の日の翌日に、潮だまりにいた貝を海に戻したことを』
!!
「人間の姿……それに9年ほど前の」
『ああ、この姿は、
!!!
「本当に?」
『本当に』
「今思い出したけど、確かに貝を海に戻したことあるよ」
『そう、あのままだと乾燥して死んじゃったから、太郎は私の命の恩人よ。あの時私は太郎と一生を共にするって誓ったの』
これ、異類婚姻譚じゃ……だとすると……イヤだよ!
「美乃、海に帰っちゃわないで」
『え?』
「だって身バレしたら帰っちゃうんでしょ」
『あー、蛤女房みたいなことが起きると思ってるのね』
「うん、鶴の恩返しなんかもそうだけど、今美乃を失ったら俺、立ち直れない」
『大丈夫よ』
「え!?」
『まず、私は身バレなんてへっちゃらだよ』
『というか、みんながみんな身バレで去るってことはないのよ』
「そ、そうなの」
『身バレを恥ずかしがる子はいるけど、あれは教訓的なことを盛り込みたいと考えた人間が後付けしたの。実際は人間の世界に溶け込んじゃってる子は多いよ。鶴は知らないけど、ハマちゃんもそう』
「ハマちゃんって?」
『蛤女房のハマちゃん』
なんと!
「美乃……本当に、本当に本当に帰っちゃわない?」
『そうよ、私は私が愛する太郎から離れるわけないじゃない』
「良かった。良かったよ」
『泣くほど?』
「美乃が最初の彼女なんだよ」
『そうなんだ。ちょっとうれしい』
『じゃーあー、最後の彼女にしてね』
「うん。絶対最後の彼女にするよ……でも、自分の体でだしをとるのは控えめにしてね」
『え、どうして』
「あれって、身を削ってるんでしょ。今はだしの素とかいっぱいあるから」
『コハク酸は食べたものから合成されるんだけど、まあ、太郎が心配するなら体でだしをとるのは3日に1回ぐらいにしとくよ』
「うん、そうして欲しい」
『そういう優しい太郎が大好きよ』
「俺も美乃が大好きだよ」
◆◆◆◆◆◆side ?◆◆◆◆◆◆
『どうだ、綿津見、あの二人は』
「エーギルか、よかったよ。人間もなかなかやるな」
『あら、美乃も頑張ったわよ』
「セドナ。確かにそうだ」
『え、綿津見泣いてるの!?』
「この歳になるとな。いいものを見せてもらったよ」
『ああいうバイタリティに溢れる子たちがいれば、
『「まったくだ(ね)!」』
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
ご訪問ありがとうございます。
ホンビノスガイは漢字で書くと“本美之主貝”だそうです。
これは、絵画の「ビーナスの誕生」でビーナスが乗ってる貝殻が一説にはホンビノスガイであるためだそうです。
このお話しのヒロインは“本美之主貝”から採用しようと思ったのですが、“美之”では男性名(読みは“よしゆき”?)なので、“美乃”としました。
私は身バレなんてへっちゃらだよ 獅子2の16乗 @leo65536
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