第4話 ミラの予感
魔族、いや吸血鬼は、息を荒げ、重たそうな足を必死に動かし、森に倒れ込んだ。
ボーッと空を見上げて、息を吐く。
人間の少女が泣きながら語ったことが、一晩経っても、衝撃的すぎて頭を離れない。
そして、あの怯えよう。
人間は、想像以上に、異質なこちらを嫌っている。
「……今日も、戦ったのは女性ばかりだった」
吸血鬼は思い出した。
目に生気のない女性が、魔法を駆使しながら襲い掛かってくる。それはなんとも不気味な光景で。
(なんとか傷つけずに、眷属にすることはできたが。……あの少女はどうする?)
立ち上がり、吸血鬼は歩き出す。自分が作った、これからは少女を住ませる予定の家へ。
(まだ生きれるかもしれない少女を、簡単にこちら側に引き寄せてもいいのだろうか。俺の最終的な目標「共存」への、第一歩にできないだろうか)
家が見えてくる。
他の誰かからは見えないように、家の周りには魔法をかけた。
キイ、と扉を開ける。
がらんとした家の中。
吸血鬼は気配を感じ取って、ゆっくりと、図書室の扉を開けた。
「なるほど、想像した時に魔力を練り合わせて……」
本棚からたくさんの本が取り出されて、少女がパラパラとページをめくっていた。
その姿に、吸血鬼は少し驚き、熱心な少女に近づいた。
「本が気になるか?」
「はい、魔力が少し多くても、勉強なんてできなかったので」
うつむく。
吸血鬼は、少女に少し近づいて、不安がらせないように笑った。
「好きなだけ、ここの本は読んでいい。俺が教えられることは教えてもいいが……」
「い、いいんですか……」
目を見開く。
吸血鬼はうなずいた。
「あ、その。私は、ミラといいます。魔族さんは、なんていうんですか?」
「俺か」
「はい」
少女ミラの言葉に、吸血鬼は苦笑いをした。
「魔族っていうのは、やっぱり人間の呼び方だな。前にも言った通り、俺はヴァルア。吸血鬼だ」
「ヴァルア……さん」
「ああ」
ミラは名を口にし、はにかむようにして笑った。
「そういえば、お腹空いてないか? 俺たちは少量の血があれば生きていけるが、人間はそうもいかないんだろう」
「そんなこと……あ」
ぎゅるるるる、とミラのお腹が鳴った。
よく考えると、ミラは、朝食から何も食べていない。
「一応台所にパンとおかわりのポトフは置いておいたんだけどな」
「む、夢中になっていて……」
もじもじするミラ。
ヴァルアはクスッと笑って、ミラの手を引く。
「さて、もう外は暗い。夕食にしよう」
♦
それから、ミラはヴァルアに魔力の扱い方を教えてもらった。
ミラはヴァルアに、この力でみんなを説得して、吸血鬼と共存したいと話した。
この生活になれたミラは、外に出るようになり、周りに住んでいる吸血鬼たちとも話すようになった。
人間をむやみに襲うような獣ではなく、普通に話ができ、一緒に本を読んだり食事ができた。
引っかかったのは、ヴァルア以外は、吸血鬼は女性で、そして全員ヴァルアを慕っていること。
ミラは考えたが、結論はでなかった。
そして、年月が過ぎていった。
♦
「はい、血です」
「うーん、やっぱり、ミラの血って甘くておいしいわね。もう、いつの間にこんなに大きくなってー!」
吸血鬼の女性はわしわしとミラの頭をなでた。
少女だったミラは、長くて美しい金髪、目鼻立ちの整った美女に成長していた。
ミラはこんなふうに定期的に、血を提供している。
まあジュースのようなものだ。
「えへへ、やめてくださいよ」
変わらない顔ぶれ。
吸血鬼たちは年をとらない。美男美女ぞろいで、ミラはそこでたった一人の人間として、暮らしてきた。
「うん、ミラのおかげで元気出た。ありがとうね。今日も行ってくる」
「はい。気を付けてください」
去る女性の背中を見送る。
ミラの以前の印象は、好戦的な感じだったが、それは実際には人間の方がそうだったのだ。
しょっちゅうある人間の襲撃に、こうして吸血鬼たちは迎え撃ちに行く。
(大丈夫かな……怖いんだよね……)
人間の、自分のためなら何でも使う醜さ。
それを思い出して顔をゆがめる。
「……お風呂、入ろ」
家に帰り、魔法でお湯を張って、服を脱いでつかる。
なんだか妙に胸騒ぎがしていた。
ぱしゃり、と手からお湯が流れる。
なんだか落ち着けなくて、さっさと上がり、魔法で体を乾かす。
グッと腕を握りしめた。
(……少しくらい、見に行っても、きっと大丈夫)
胸騒ぎの正体を突き止めるために、ミラはそっと家を出た。ヴァルアも、戦いへ行っているため、抜け出すのは簡単だった。
次の更新予定
2025年1月10日 13:20 毎日 13:20
私、国を裏切ることにした。 虹空天音 @shioringo-yakiringo
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