第3話 選択

「そう、か……」


 魔族は、ミラの話を聞き終えて、一言、つぶやいた。


 ミラの話し方は、はっきり言えばしどろもどろだった。思い出すたびに胸が痛くなり、泣きながら話した。

 言葉がうまく出てこず慌てても、魔族は急かしたりしなかった。


(全部、聞いてくれたけど……こんなこと、人間の私に話されても、困るよね……やっぱり、帰るしか)


 ミラが「ごめんなさい」と謝ろうとしたとき、


「――じゃあ、い、嫌でなければ、俺と暮らさないか?」

「え……?」


 魔族の提案に、ミラは目を見開いた。

 まさかそんなことを言われるとは、思っていなかったのだ。


 魔族は人間を食糧としか見ていない。


 この男の魔族の優しい姿を見て、さすがにミラはその考えを少し改めたが、小さい頃から教え込まれた恐ろしさは、消えていなかった。


 人間である限り、魔族に怯えなければならない。


「俺たちは、人間が大量に必要、とかそういうわけじゃないんだ。少量の血を飲めれば、それだけでも生きていける」


 ミラを怖がらせないようにするためか、男は羽をしまった。


「人間は『魔族』と呼ぶが、俺たちは『吸血鬼』なんだ。血さえあればそれでいい。君が怖がるのも分かるが、その、危害を加えないことは、約束する……」


 ごくり、とつばを飲み込んだ。


 恐ろしい魔族。

 近寄ったら、あっという間に首を噛み千切られるんじゃないか。そんな考えが頭をよぎる。


 だが、逃げたとしても。


(怖い。でも、逃げても……結局、私はあそこで生き地獄になるだけだ。そんなふうになるんだったら……少しの可能性に、賭けてみなきゃ)


「私……帰りません。ここに、いたい、です」

「……わかった」


 男はしっかりと頷いた。


「俺たちは、血が無ければ生きられない。だから、君が辛くない程度に、この……」


 男が取り出したのは、魔力のこもった透明な瓶だった。

 それを、ミラに手渡す。


「瓶の中に、血を入れてほしい。最低限だけでいいんだ。無理はしないでいいからな」

「はい」


 返事をして、瓶をまじまじと見つめた。

 手には、強い魔力が伝わってくる。


(結構強力な魔具なのかな……こんなのを持っているなんて、この魔族さんは何者なんだろう……)


 まあそれはいいか、とミラは考えるのをやめた。


「じゃ、じゃあ血を……」

「いや、君は疲れているだろう」


 男は、ミラの寝ているベッドのそばから腰を上げ、首を振った。


「今は体を休めてくれ。そして、十分に元気になったらでいい」

「……はい」


 瓶を、とりあえず近くのテーブルに置き、ベッドに再び身を預ける。

 すると、男の言う通り、まだ回復しきっていなかったらしく、すぐに眠気がやってきた。


 少しその眠気が怖い気持ちもあったが、抵抗はせず、眠りについた。




 ♦




 それからミラは一晩眠って回復し、魔法を使って傷をつけて血を採り、自分で回復した。

 ベッドから出て、別の部屋を覗くと、木でできたテーブルとイスがある。


 テーブルには、木の実の粉でできたパンと、ホットミルク、野菜がゴロゴロとしたポトフがあった。朝食のようだ。


 途端にミラは、自分がお腹を空かせていたことを思い出す。


 ミラの家は、父が早くに先立ってしまって、ずっと貧しかった。

 そのころから、ゼアはミラをいたぶり、傷だらけ。


 母の疲れ果てた顔と、薄いスープの味を思い出し、また涙が込み上げた。


 ――大丈夫、お母さん、私、回復魔法覚えたから……。


 ぶんぶんと頭を振って、ミラは嫌な記憶を消し飛ばした。

 そして、強くなって、母を助けよう、と思い直す。


 席に着き、美味しい料理の味を噛みしめる。


 食べ終わって、周りを見渡すと、男の気配はどこにもなかった。

 お皿などを、簡単な水魔法で洗い、近くにあった食器棚にしまう。


(どこかに出かけてるのかな、あの魔族さん。そういえば、名前きいてないや。私も名前言ってないし……)


 片づけを終え、ミラは、この家の中を探検し始めた。


 ほとんどの物は木でできていて、「まあ森の中にあるから当然か」とミラは納得する。


 部屋から出て、また違う別の部屋に入ると、そこには。


「うわあぁぁ……」


 天井まで届く本棚と、ぎっしり詰まったたくさんの本。

 どれも古びているが、強い魔力を秘めていることが、ミラにはわかった。


 一冊手に取って開くと、ギリギリ読める。


(道に落ちてる新聞とか読んでてよかった~……)


 安堵しながら、パラパラとめくった。

 様々な魔法、魔力について、魔具の詳細など、たくさんの情報が詰まっている。


(強くなるため……!)


 ミラは、この図書室のような部屋の床に、たくさんの本と共に座り込んだ。

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