斑模様の羽根を舞わせて

直木 虎夢

斑模様の羽根を舞わせて

 西暦二×××年、第四次世界大戦が始まってもうかなりの年月が経過した。

この国はまだ何の危険にも犯されていない。しかし戦いの影は少しずつ姿を見せていた。そんな中、俺はぼんやりと雲一つない空を見つめながらふと考えた。

「あの子は元気にしているのだろうか。」

手ぶらでなにもできない俺は、二年ほど前の出来事に思いを馳せた。


 その日は雨だったはずだ。しがないサラリーマンだった俺は、その日の仕事が終わり俺はゆっくりと帰り道を歩いていた。そういえば、あのときはやけに軍のサイレンがけたたましく鳴っていたような気がする。今思い返してみればあれは、軍があの子を探していたんだろう。あの子は壁にぐったりともたれかかりながらも俺を睨み付けていたが、その姿は正直以上といわざるを得なかった。両手両足は鳥のようになっていて腕を中心に羽毛が生えている、まさに鳥人間という言葉がふさわしい見た目だった。しかしあまりにもボロボロだったので、心配になった俺は大丈夫だと示しつつ家に連れて帰った。

 家に着くとまずはびしょびしょの体をタオルで拭いてあげつつ話しかけてみた。

「大丈夫?君、名前はなんて言うんだい?どうしてあんなところにいたんだ?」

するとあの子は少しおびえた小さな声で

「なまえはわかんない。おっきくてこわいひとたちからにげてきた。」

と答えた。そこで俺は先日見たニュースを思い出した。我が国の軍が戦争終結のために新兵器を導入することを発表したという内容だ。まさかこの子がそうだというのか?だとすれば軍は人体実験をしていたということになる。

「とんでもないことになってしまったぞ…」

ともかくこんな幼い子を危険な目にさらすわけにはいかないと考えた俺は彼女を匿うことにした。そうなってくると呼び方を考えなきゃいけない。

「名前か…。どんなのがいいんだろ…。」

おもむろに窓の外を見るとまだ雨が降っている。水滴が窓についているのを見ながらなんとか名前をひねり出した。

「ねぇ!つゆって名前はどうだい?」

「つゆ?いいとおもう。」

「それはよかった。今日から俺が君のお父さんになるからね。」

その日から俺とつゆの生活が始まった。


 幼い子の世話というものはここまで大変なのかと思い知らされた。そもそも戦場で兵器として運用される予定だったのだろう。ある程度の言葉はわかるが常識などは全くといっていいほど知らなかった。そして腕の構造が完全に鳥の羽なのでものをつかむことができない。なのでご飯は全部俺が食べさせてあげるしかなかった。生きていく上で覚えておいた方がいいことはたくさん教えてあげた。ご飯は食べ盛りなのもあってもりもり食べてくれた。つゆが目に見えて成長していく様子に俺は親のように嬉しかった。つゆの羽根は隼のようにも見える美しい斑模様になっていった。何回か軍の人間が家を訪ねてきたが、そのたびになんとかごまかしてきた。だが月日がたつにつれて、家の周辺には不審な人物を見かけるようになっていった。そいつらがつゆを探しに来た軍の人間で俺が監視されているということはすぐにわかった。とにかく俺たちはあいつらに見つからないように遠くへと逃げた。だんだん生活は苦しくなっていったが、つゆが笑顔でいてくれるだけで俺は幸せだった。


 しばらくしたある日、つゆは俺に

「お父さん!私、空をとびたい!」

と言ってきた。どうして急にそんなことを言い出すんだろうか。不思議に思った俺は一旦理由を聞いてみた。

「なんで急に飛びたいと思ったんだい?」

「私のうで、鳥みたいでしょ!だったら鳥みたいに空をとべるんじゃないかなって思ったの!」

それを聞いた俺は考えた。そもそも軍のやつらがこんな人体実験をしているのは人間に鳥に匹敵するほどの飛行能力を与えるためのはずだ。つゆが空を飛ぶというのは軍と目的が一致してしまう。それは彼女を兵器に近づける行動なのではないだろうか。

思考を巡らせる俺をよそにつゆは、

「おねがい!とぶための練習をてつだってくれるだけでいいから!」

と言う。つゆがここまで真剣になっているのなら、何より俺はつゆのしたいことをやらせてあげたい。そう思った俺はその日から毎日、つゆと近所の高台の上の公園に出かけるようになった。今考えてみてもこの選択が総合的に正しかったのかはわからない。だが、つゆの笑顔という一点においては正しかったのではないかと思っている。

 そこからが大変だった。何せ元々人間なのだからそう簡単に飛ぶことはできなかった。つゆも精一杯腕を動かすのだが中々飛べない。いろんな鳥の動画を見て飛び方を研究した。体にむち打ってつゆと一緒に走ってあげたりもした。もはや俺たちは本当の親子のようだった。それでもつゆは飛べなかった。


 その日は確か今日みたいな雲一つない青空だったはずだ。その日も俺たちは日課の空を飛ぶための練習をしていた。その日の公園はどこかおかしかった。まず俺たちは人がほとんどいない時間帯を狙って公園を訪れていたのだが、やけに公園が静かだった。少し怪しみながらもつゆを見ていると、つゆの体が少しの間空に留まったのだ。

「やったー!お父さん、ちょっととべたよ!」

「すごいぞつゆ!がんばったじゃないか!」

そう言ってつゆに駆け寄ろうとした瞬間、俺は後ろから近づいてきていた人間たちに殴られ取り押さえられた。

「何だお前。俺が何をしたって言うんだ!」

「ようやく見つけたぞ、個体識別No.283。お前さえいれば我が国の勝利は目前なのだ。さあ、我々と一緒に来てもらおう。」

その台詞を聞いて俺はそいつらがつゆを探しに来た軍の人間だと確信した。ここまで守ってきたんだ。こいつらにつゆを渡してたまるか!その一心で俺はつゆに向かって叫んだ。

「つゆ、逃げろ!そこの崖から飛び降りるんだ!」

状況をうまく把握できていなかったつゆは、

「お父さんもいっしょに逃げようよ!それに私まだ飛べないよ?」

と返す。ためらっている暇はない。

「つゆ、おまえなら絶対飛べる!大丈夫だ。それに俺のことは気にするな。まずはここから逃げてくれ。頼む!」

「…わかった。ぜったいにお父さんも逃げてね、約束だよ!」

「もちろんだとも。」

そしてつゆがその美しい羽根を舞わせて崖から飛び降りるのと同時に、俺は意識を失った。


 あの日から一年以上が経過したのだろうか。俺は未だにつゆに会えていない。結局つゆが空を飛べたのかどうかはわからなかった。あのとき宙を舞った羽根がまだ目に焼き付いている。せめて無事でいてほしいと願う俺は、後頭部に突きつけられた銃口の冷たさを感じていた。

「貴様はこれから国家反逆罪により秘密裏に処分される。第一我々軍の重要機密事項である、あれを知ってしまったんだ。遅かれ早かれこうなってしまう運命だったのだ。恨むのなら貴様の前に現れたあれを恨むんだな。」

「はは…。あの子を恨む気になんかなれないよ。子どもに罪はない。ところで最期に一つ聞きたいんだが、あの子は…つゆは無事なのか?」

「その質問に答える権限は私にはない。」

「そうか…。」

すこしだけ未練が残ってしまった。約束も果たせなかった。そのことに申し訳なさを感じながら、つゆと別れてしまったあの日と同じ空を眺めていたとき俺には見えた。あの見覚えのある斑模様の羽根を。

「そうか、飛べたのか。よかった…。」

そうぼそりと呟いて安堵するのと同時に、俺は銃声を聞いた。


    終わり




 

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