ノート
はっぱろくじゅうし
第1話 ノート
「なんだこりゃ?」
月曜の朝俺は道端に落ちているノートを、思わず見下ろした。
少し細い裏通り。普段なら、特に気にも留めず通り過ぎる場所だ。だが、その日は違った。
その道の端に、ぽつんと置かれているように落ちているやたらと真新しく見えるノート。
近くの女子小学生の落とし物か?
女子小学生と断定したのは俺の偏見ではない。その落ちているノートが、ピンクを基調としたプリヒロだかなんだったか、人気の女児向けアニメのタイアップ商品のノートだったからだ。
いや……やっぱり偏見か。別に大人の男がプリヒロが好きでも良いはずだし、いわゆる大きなお友達も多いと聞くシリーズだ。
俺はノートの前で足を止め、軽い興味から手を伸ばした。
拾い上げると、裏表紙が地面の砂で少しだけ汚れていた。だが、それ以外は新品同然だ。まるで本当に誰かがわざとここに置いたように。
ノートの表紙部分には名前欄がある。もしも小学生が実用品として使っているなら、名前が書かれているだろう。
そう思ってひっくり返すと、名前欄には平仮名で『はな』とだけ書かれていた。
やはり女子ないしは、女児のものだったか。
───どうする?名前まで見たからには、拾って届けてやるべきか?
だが、冷静に考えてみると『はな』という名前だけでどう届ければ良い?別に変わった名前でもないし、無理がある。
というか普通名前だけ書くか?いくら小学校低学年でも苗字ぐらいは書くだろう。
例えば俺の名前は
とすると、これを使っているのは相当小さい子か?
……どちらにしろ、届けるのは現実的ではない。
交番という手もあるけど、それをしていると遅刻する。それに、俺が持って行った後に、探しにきてもかわいそうだ。
俺は迷ったあげく放置する事にした。『はな』ちゃんもしくはその家族が取りに来るだろうと、希望的観測をして学校に急いだ。
その日の学校の帰り、朝ノートのあった場所には何もなかった。良かった、持ち主が取りに来たみたいだ(あるいは誰かが拾ったか)。
俺は胸の中の小さいもやもやが消え、ほっとした気分で家路を急いだ。
翌日──火曜日。俺は学校へ向かう途中、同じ道の同じ場所で信じられないものを見た。
ノートだ。ピンク色で、離れていても分かる妖精的なプリヒロのマスコットキャラクター。
嘘だ。ありえない。なんで昨日の夕方なくなっていたノートが今日の朝またあるんだ?
「どういう事だよ…」
俺は思わず独り言を呟いて、ノートのほうへ歩いて行った。今日も裏表逆になっている。
俺は嫌な予感を抱きながらも、好奇心なのかよく分からない感情で、ノートを昨日と同じように表面にひっくり返す。
『たなか はな』
その隣には「5/11」という日付が記されている。
俺は背筋に冷たいものが走るのを感じた。
昨日の朝見た時には「はな」とだけ書かれていたはずだ。それが今日になってフルネームと日付が加えられている。
………イタズラか?しかし、誰が何のために?
それにこの道は人通りが少ない。俺がノートを見た事を、知っている人がいるとは考えにくい。後イタズラにしては……どこか妙に気味が悪い。
俺はノートのプリヒロのキャラクター達と目が合った。皆カラフルな衣装を身につけ、愛くるしい笑顔を浮かべているが、それが何だか逆に恐怖を煽る。
俺はノートから視線を外し逃げるようにその場から立ち去った。
その日の帰り道、俺は急ぎ足でその道を通り過ぎた。ノートの存在を確認するつもりはなかったが、目の端でちらりと見てしまった。
そこには、当然のように何もなかった。
……規則性があるような、ないような。
むしろ、ノートがなくなっているほうが不気味だ。
俺はその翌日から、あの道を避けるようになった。
もしまたあのノートを見つけてしまったら――そう思うだけで嫌な汗がにじむ。
イタズラにしろ心霊的な何かにしろ、またあのノートがあれば、恐らく俺は見らずにはいられない。
そしたら何が書いてあるのか?好奇心はあるが、恐怖が勝った。
それにはあのプリヒロと『たなか はな』という名前を、ネット調べたら気味の悪い事実が判明した事も合わさっている。
まずあのプリヒロは今放送しているものではなく、なんと5年前に放送されていた作品だった。
調べたらタイアップ商品という物は、その番組が放送されている期間にしか売られない。その上、プリヒロシリーズの作品は、ほぼ例外なく1年しか放送されず、次の作品と交代するらしい。
そんな5年前の作品の今はもうどこにも新品で売っていないタイアップ商品が、あんなに真新しい状態で落ちているものだろうか?いや、まず有り得ない。
それとあの『たなか はな』という名前。これも検索したら、とある家族の死亡事故記事がヒットした。
居眠り運転のトラックと軽自動車の正面衝突。父母娘3人が全員死亡したという痛ましい事件──その事件の娘の名前が『田中 花』ちゃん享年6歳。
そして俺があのノートを見たあの道は、その死亡事故の現場とさほど離れていない。
更に事故のあった年月は5年前の──5月11日。
調べるほどにノートの存在が現実離れしていくようで、俺の中の恐怖は膨れ上がった。
そして、イタズラにしろ何にしろ、これ以上関わるのはやめた方がいいと判断した。
もっと丹念に調べれば事故のあった時間も分かるかもしれない。
もしもそれが俺があの道を通った時間だとしたら──いや、もういい。
うろ覚えだけど『好奇心は猫を殺す』とはどこの国のことわざだったか。
もう俺はあの道を二度と通らない。特に通学する朝の時間帯はだ。
ノート はっぱろくじゅうし @ACC4649
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