第4話
翌日。蝉時雨がけたたましい、真昼。
葬儀のため、休暇をもらった僕は、一人、舞の帰りを待っていた。
家に一人で行くと、ジジイのために何かできないか、オバンは大丈夫か、と、そんなことが、頭によぎる。
ケトルで湯を沸かす。まだ、三分しか経っていない。コーヒーを入れる。これで、計五分。
ベランダに出て、煙草の火を点けては、消した。長い。
そうしているうちに、昼下がり。舞は、帰宅した。
「行こうか」
僕たちは、手早く準備を済ませる。家を出た。
車の中で、ラジオだけが、呑気に天気の話をする。僕は、昨日行った道を走る。舞は、車の外を眺めていた。
歩道では、笑いあう親子。眩しい日差し。ラジオが、陽気な音楽を流し始めた頃、舞は、口を開いた。
「おじいさん、結婚式のときは、あんなに元気だったのにね」
「うん」
「お酒いっぱい飲んで、万歳三唱して。……うちのお父さんにも、話に行ってさ」
「うん」
車窓の景色は、街から住宅地へ、変化していく。舞は、それを眺めたまま。
「立て続けだね」
「うん」
僕は、それしか言えなかった。
昨日に引き続き、オバンは僕たちを、丁重にもてなした。
「舞ちゃんも、忙しいのにありがとう」
母さんも、正座をして、言う。
僕と舞は、ジジイの元へと向かう。ジジイの横に座ると、舞は、ジジイのてを手を握った。
「いい顔、しているね」
と、舞。自慢の長い髪は、簾のように垂れ下がっていた。
「舞ちゃん、おじいちゃんのためにありがとうね。舞ちゃんも、お母さんの件があってすぐだから、お辛いでしょうに」
オバンは、僕たちの傍へ座る。
「いえ。でも、おじいさんは、おばあさんに最期に会えて、幸せだと思いますよ。私は、母の最期に会えなかったので」
言い切った舞は、簾の間から、一滴の雫を見せた。それが、みるみるうちに、雨となっていった。
「すみません」
鼻を啜りながら、舞。
「いいのよ、泣いてくれて、ありがとう」
オバンは、目頭を押さえる。
僕はまだ、俯くことしかできなかった。
外は、どっぷりと闇に沈んでいた。
僕は、玄関から一歩出たところで、左手に煙草。舞は、居づらいのか、僕の傍。なぜか、愛子まで、加熱式煙草を吸いに来ている。
フーッ。息を吐く。
「臭いぞ、お前」
と言う、ジジイは、静かに眠っている。
「じいちゃんがいないと、静かなもんだね。結婚式の話、おばさんから聞いたよ。大変だったね」
愛子は、カラカラと笑いながら、言う。
うるさいや。
僕は、心の中で、悪態をついた。
そうしていると、玄関の引き戸を開ける音がした。おじさんと、母さんが、外へ出てくる。
「ねえ、雅と舞ちゃん。一つ頼まれてくれないかな」
と、母さん。僕と舞は、母さんに向き直った。
「明日からの、おじいちゃんの通夜と葬儀の、受付をやってもらえないかな」
と、おじさん。おじさんの顔は、昔の怖い男性ではなく、憔悴した様子だった。
「いいんじゃない。私は、父さんにお使いさせられっぱなしで、疲れたし。雅たち、やりなよ」
デバイスをしまいながら、愛子。
事実、愛子は実によく動いていた。昨日、今日と、全員分の夕食を、買い出しに行ってくれた。弔問客の接待も、している様子だった。
かくいう僕は、まだジジイに何もできていない。涙一つもくれてやれない。顔を見ては、俯くことしかできずにいた。
ジジイのために、できることなら。
僕は、舞を見やる。舞は、赤くなった瞳で、僕を見ていた。僕は、目を閉じる。そして、ゆっくり目を開けて、おじさんと母を見た。
「うん、やるよ。任せて」
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弔い 夢崎 醒 @sameru_yume
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